ルカはアンジールが行うはずであった業務を引き継いだため、ソルジャー達の訓練も任されている。1STはたったの二名しかいないが、彼らの為すべきことは山のようにあった。遠方への任務やモンスター討伐はセフィロスが引き受け、事務処理や社内での活動はルカが担当し、何とかこなしている状況だ。あえて口には出さないが、互いに忙殺されている方が気が紛れて良いのだろう。

「――…、」

冷静さを欠いた刃のぶつかり合う音が響き渡る。苛立ち混じりの照準の合わぬ炎の球が飛んでくるが、ルカの身体を掠めることもなく有らぬ方向へと掻き消されていってしまった。
ルカは対峙する相手から一度距離をとると、掲げていた剣を下ろして鞘に納める。訝しそうにする相手――ザックスは少し剣を傾けながら彼女の表情を窺ってきた。

「ルカ?」
「今日はおしまい」
「なんでだよ!まだ一時間もやってな…」
「心が乱れすぎてるわ」

正論に対して言葉に詰まったザックスは髪を乱暴に引っ掻いた。行き場を無くした剣を地面に突き刺し、短く荒い溜息を吐く。

「アンジールのやつ、どんだけサボれば気がすむんだっ!」

心の内に押し込めていた憤怒が爆発し、ザックスは大きな口から全身を使って感情を吐露する。

「あれからもう、ひと月だぞっ!セフィロスもセフィロスだよ!ジェネシスとアンジールを一緒にするなんて!ジェネシスっていったら2NDや3RD連れて消えちまったやつだぞ?コピー使って俺達を襲ってきたんだぞ?アンジールがそんなこと、許すはずない!あいつがソルジャーの誇りを誰よりも大事にしてんだから!」

息継ぎと共に勢いよく地面に胡坐をかいて座り込む。ルカはしばし黙り込んでいたが、焦燥感を抱えて苦悩する彼に向けてそっと手を伸ばした。好き勝手な方向に跳ねていた黒髪は随分柔らかく、まさしく犬の毛のようだ。昔村の皆で可愛がっていた雑種の黒犬を彷彿させる。
ザックスは無言で頭を撫でるルカを茫然と見つめ返していたが、やがて耐えきれなくなったのか頬を赤くさせた。

「あの、ルカ?」
「…ザックスは偉いね」

神羅ビルを抜け出して、一回り離れているであろう少女に泣きついてしまう自分とは違う。信じる力とめげない強さを持ちながら、何処か保護欲を駆られる彼の言動に、張りつめていたものが緩んでいく。
頭を撫でられていたザックスもまた、溜めこんでいた靄を吐きだすことができたからか、先程よりも表情が和らいでいた。彼はおどけたように笑みを浮かべ、ルカを真似て青い髪を軽く撫でる。

「ルカも、えらいえらい」
「ふふ、ありがと」

慰めも嘆きも吸い込まれていきそうな、空の瞳を見つめ返してルカは微笑んだ。すると不意に「あっ!」とザックスが声をあげる。

「どうしたの?」
「俺、ルカに借りてたハンカチ、まだ返してなかったよな!?」
「!、あ…」

初めてザックスと出会った時、雨に濡れて困っていた彼に貸したものである。だがルカ自身、今の瞬間まで忘却の彼方に放られていた記憶であった。

「気にしなくていいわよ、別に急を要するものじゃないんだし」
「そうか?なら、今度時間あるときに持ってくるな」
「ええ。…ねえザックス、もう一回特訓する?」
「おう!次はちゃんとやってやる!」

子犬は再び立ち上がり、突き刺さった剣を抜いて構えをとる。初めて彼と剣を合わせた時、傍らにはアンジールが居て、自分たちを見守ってくれていた。
――これからも傍で見守っていてほしい。ソルジャーとして未熟な自分を、心身ともに成長しつつあるザックスを、叱咤激励してほしい。
夢と誇りを尊ぶあなたの声を、聴きたいのよ。










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遠方での任務を終えたセフィロスに呼ばれ、ルカが執務室に向かうと一枚の紙を渡された。
それはラザード統括からの指令書であり、セフィロス単独の任務であることが記載されている。内容は、今もって行方不明であるジェネシスとアンジールの捜索にあたる事だった。その他に新規の情報として、彼らの両親に連絡を取ったが接触は無いとの返答のようだ。
神羅の調査とは別に、ルカ自身も個人的に村人達とコンタクトを取ろうとしたのだが、未だ何の反応も返ってこない。また、疑念を増長させるように、直接現場に潜入させたタークス数名の安否も不明の状態だ。

「バノーラ村へ、ってこと?」
「ああ。だが拒否した」
「じゃあ代わりにあたしが――」
「これは俺の単独の任務だった。それがどういう意味か分かっているのか」

英雄がひとりで出動するということ。戦闘の規模とは関係なく、神羅の重要機密と関連しているケースが多い。
セフィロス単独の任務の意図は、恐らく今回のソルジャー大量失踪事件そのものを隠蔽し、ジェネシス・コピーを排除することだ。失踪したジェネシスとアンジールと接触し、彼らの拘束が不可能である場合には抹殺だ。「和解」という道は最初から選択肢に与えられていないのだ。
彼らとの戦闘は回避出来ない。死を持って沈静化を図らねばならぬ程、事態は悪化しつつある。
――大切な幼馴染達を殺す。



『ふたりも、ルカのこと、思ってる』



蘇ってくる花の香りが、陽だまりの言葉がルカの躊躇いを揺らす。指先から冷えていく感覚を抗うように、ルカは険しい表情を浮かべるセフィロスの手を取った。

「それでも、二人を止めたいの」
「………」
「あたしは二人が何を思って失踪したのか知りたい。ちゃんと話してみたい…。二人の気持ちを知ってからでも、未来を選択するのは遅くないでしょう?」

無謀な発言ではあるが、反論しても聞き入れてはくれそうにないだろう。ルカの眼差しにセフィロスは寄せた眉根を緩め、代わりに彼女の細い体をきつく抱きしめる。

「約束してくれ。必ず帰ってくると」
「うん、必ず帰るわ」

静かに疼く傷が自分も蝕んでも、荒波のような恐怖が襲い掛かってきても、あなたを置いて去ったりしない。抱きしめ返せる、確かな温もりを手放したくないのだから。


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