出発の時刻となり、ルカは支給されていた剣を担ぎつつ、回復と攻撃魔法のマテリアをバンクルに填め込んだ。
今回は長きに渡る戦争の終結をこの目に収めるべく、ラザード統括も同行するらしい。

「ザックス、ところで君の夢は?『1STになる』、かな?」
「いや――英雄になることです」

得意げに胸を張る彼に向けてラザード統括は瞑目する。唇に湛えた笑みは皮肉混じりでありながらも、何処か淡く寂しげだった。

「そうか。かないそうにない、いい夢だ」
「もしもし?」
「ウータイ戦の結果で、ザックスのソルジャー人生がどう転ぶか見物ね」
「なぁっ!?」

俺は完璧にやってのけるよ!と少々拗ねながら吠える彼に、ルカは軽く肩を叩く。大人達にからかわれたのが悔しいのかザックスの頬は膨らみ、勇ましい眉には皺が寄ってしまっている。

「じゃあルカの夢は?」
「あたしの夢?」

多少の目標を立てることはあれども、幼少期から大きな志や夢を抱いたことはなかった。母親の失踪がルカの人生を狂わせ、平和で長閑な暮らしを一変させたのだ。ソルジャーという立場もあくまで情報収集に利用しているにすぎない。
母親との再会は「夢」と形容しても構わないのだろうか。ルカはしばし思いあぐねたが、やがて組んでいた腕を解いてザックスに視線を向ける。

「故郷で家族とリンゴを食べること」
「…?、それが夢?」
「ええ。…さ、行きましょうか。そろそろヘリが到着しているはずよ」

颯爽とドアへと向かうルカをザックスは不思議そうに見つめていたが、慌てて彼女の後を追う。
沈黙したままルカの言葉を聞いていたラザード統括は、彼女の思惑を理解している。遠ざかる彼らの背を錆びた視線が射抜いた。
呪われた宿命を持つ者達に起こるであろう悲劇を思い、彼は人知れず呟く。


「――かないそうにない、悲しい夢だ」










There is always light behind the clouds.06










青白い月明かりが照らす石畳の道をルカ達は歩いていく。ウータイ地方にしか生息しない草木には蛍が漂い、幻想的な風景が広がっている。川のせせらぎと虫の声が優しく響き、戦争中でなければ観光していきたいものだった。
彼らが居る場所は戦場からは離れている為、喧噪も遠くから微かに聞こえてくる程度だ。時折現れるウータイ兵はザックスが瞬時に倒してしまう為、ルカの活躍は一向に訪れない。見かねたアンジールは、気合十分な子犬に向けて声をかけた。

「焦るな、ザックス」
「無理無理。統括もどっかで見てるんだろ?とにかく活躍しないとな」
「やる気満々ね」
「おう!」

アンジールが諌める言葉も意味を為さない。ルカに至っては、呑気にザックスを見守っているだけだ。
「まだまだ未熟なソルジャーだ」と軽く肩をすくめながらアンジールは再び歩き始めたが、何か思いついたらしく足を止める。

「ザックス、バカリンゴを知ってるか?」
「なんだよ、それ」
「なんと…バカリンゴを知らないとは。これじゃあ、1ST昇進は無理だな」

予想だにしない発言にザックスは目を丸くし、ルカはニヤつく口元を急いで押さえた。彼女が笑いを堪えている姿はどうやらザックスに誤解を生み、動揺させたらしい。バカリンゴという単語を知らないことは世間知らずであり、1ST失格と認識してしまったようだ。

「ちょ、待って!なんだよ、バカリンゴって!?」

大いに焦る子犬の質問を無視し、アンジールとルカは愉快そうに先へと進んでいった。

「ところでルカ、お前の活躍の場は?女性ソルジャーとして名を馳せる必要があるんだろう」
「あたしの行動は何とでもなるわ」
「随分と余裕だな」
「…配慮すべきところは他にあるから、ね」

今回の作戦では、タンブリン山に位置する砦の爆破及び陥落が主要任務となる。
神羅兵によって構成されたB隊による作戦区域内での爆破後、ザックスは混乱に乗じて砦への潜入。アンジールは砦中心部に爆弾を仕掛ける。
本来ザックスに任されるはずであった任務は、元々ルカに割り当てられるものであった。しかしジェネシス・コピーと接触するケースも鑑みて、作戦を練り直したのだ。
ルカは戦況を確認しつつ、失踪事件の調査も兼ねてセフィロスと合流し、残存勢力の壊滅にあたる予定だ。

「アンジール!ルカ!バカリンゴってなんだよ!」

二人に追いついたザックスが声をかける。回答したのは大剣を抱えた男だった。

「正式名称バノーラ・ホワイト。1年中好き勝手な季節に実をつける。村の連中は親しみを込めてバカリンゴと呼んでいる」

形状は一般的なリンゴと変わりないが、薄紫色の皮が特徴的であった。村の敷地内には農園が設けられていたが、年中実をつけるせいでリンゴは食べ放題。場所によっては景観の一部として至る所に生えているせいか、村人からすれば農園のリンゴはあまり有難みがなかっただろう。
アンジールもルカもけして豊かな生活を送っていたわけではない。成長期の頃はよく腹を空かせていたために、農園に忍び込んでリンゴばかり食べていた。「言い訳だあ」とザックスがからかうが、まったくもってその通りであろう。

「しかしそんな俺にも誇りはあった。地主の家に村でいちばん大きな木があった。そのリンゴがおそろしくうまいという評判だったが――俺はけして盗まなかった」

小首をかしげる子犬にアンジールが静かに微笑み、ルカの瞳は切なげに細められる。


「地主の息子が親友だったからだ」


親友ならばリンゴが欲しい、食べさせてくれと強請れば良かったのだろう。ザックスも同じ疑問を抱いたようだがアンジールは「誇りというのは厄介なものだ」と何処か嬉しそうに呟いた。
"地主の息子"は自尊心が人一倍高く、人一倍偏屈であったが、貧しさを理由に人を軽蔑することは一度もなかった。金にも権威にもけして媚びず、誰よりも人間としての品性を尊重した。誇りを尊ぶアンジールからすれば、彼の家のリンゴを盗むことは親友の信頼を裏切ることと同義だ。万死に値するのだろう。
ルカとしても同意見である。少々付け加えるとすれば――その話を種に、何十年もネチネチと嫌味を言われることが容易に想像出来たためである。"地主の息子"はルカへの風当たりが非常に強かった。

「…で?1ST昇進とどういう関係が?」

本題に戻ったザックスに、ルカはひらりと手を振った。

「知っておいて損はないわよ」
「え……、…!関係ないんだな!」

ルカは今度は弧を描く唇を隠すことなく、小さく震える肩を押さえることはない。アンジールもまた豪快に笑っていた。
幾度となくからかわれ、顔を真っ赤にしたザックスは足早に逃げ出した意地悪な大人達を追いかけまわす。戦場に不釣り合いな明るい笑い声が、月の下で響いていた。


[*prev] [next#]
- ナノ -