「――訓練中止」

トレーニングルーム内に響く命令にザックスは憤慨する。ミッドガルを舞台とした反神羅組織との抗争、モンスター討伐を終え、誰もが憧憬を抱く英雄との決闘が始まろうとしていた矢先のことだった。
何故と問い返せば刃が折られた剣を差し出された。その切り口の美しさに慄然する。訓練とはいえ桁違いの力を見せつけられたのだ。
だがザックスはめげずに目を覆うゴーグルを外して、剣を差し出す男――アンジールに食ってかかる。

「これからが俺の見せ場なんだぞ!」

子犬宜しく吠える姿にアンジールはふっと微笑み、折れてしまった剣を返した。途方に暮れた溜息を零す彼を見やり、アンジールは静かに口を開く。

「ザックス、夢を持て」
「あ?」
「英雄になりたければ夢を持つんだ。そして誇りも」

それは耳にタコが出来るほど聞かされた言葉だった。
普段なら辟易しかねないのだろうが、アンジールの冷然とした声音にザックスは微かな当惑と言いしれぬ寂寥感を抱く。

「…うん」

曖昧な返事をする彼を優しく見守るように、誇り高き剣・バスターソードは鈍く光を放っていた。
ザックスは未だ知らない。
アンジールが何を思って「夢と誇りを大切にしろ」と諭すのか。
――ザックスは、知らない。
かつて英雄を目指した男が、世界の破滅を希っていることなど。










There is always light behind the clouds.05










ソルジャー・クラス1STジェネシスの失踪。行方不明ではなく失踪ということは、彼は自ら任務を放棄した事を指し示している。彼が率いていた大量の2ND、3RDソルジャーも連絡が取れなくなっている事から拉致された可能性が高い。あるいは自ら望んでジェネシスと共に任務を放棄し、失踪した者もいるだろう。ジェネシスとて1STとして名を馳せている人間だ、心酔する者は少なくない。
ルカをはじめ、緊急収集された1ST達の表情からは煩悶が窺える。重苦しい空気がブリーフィングルームに立ち込めていた。

「ジェネシスが失踪した動機について、何か心当たりがあるかい?」

最初に口を開いたのはラザード統括であった。しかし彼の問いかけに応える事が出来る人間はいない。
ルカは手に持っていた小さな鞄をぎゅっと抱きしめる。
…理由なんてわからない。付き合いの長い幼馴染達とて知りたいくらいだ。ラザード統括もそれを察していたのか、深く言及することも無く静かに目を伏せた。

「この件に関しては我々ソルジャーだけでなく、タークスとも連携して調査を進めていく予定だ。君達も何か情報を得たら私まで伝えてくれ」
「はい…」
「…了解」

ルカとアンジールは返事をするものの、セフィロスだけは無言でブリーフィングルームを後にする。ルカは反射的に手を伸ばすが、結局行き場を無くして下ろすしかなかった。
ジェネシスと交流があった1ST達は、状況を鑑みて暫くは長期遠征を控えることとなる。鍛練か若手ソルジャー達の教育に精を出すしかないだろう。これ以上論議を進めても埒が明かない為、二人は自分達の仕事に戻ることにするが彼らの足取りは重い。気持ちの切り替えはそう簡単に出来はしないものだ。

「…仕事って気分にはなれないね」
「そうだな…」

互いに慰めあうよう言葉をかけたくとも、何をどう言えばよいのか分からなかった。ジェネシスが身勝手に任務を放棄することなど考えられなかったのだ。
ルカはアンジールと別れた後、自然とセフィロスの執務室へと足を運んだ。ノックをすると「留守だ」と声が聞こえるものだからルカは苦笑してしまう。随分と天邪鬼な入室の許可を得て、ルカは扉を開いた。
重厚なデスクの上には書類が散らばっているものの、それに手をつけていた形跡はない。セフィロスは腕を組みながら事件について思案しているようだった。
ルカは一度キッチンへ向かい、食器棚に入っていた手頃な瓶を取り出して水を入れる。瓶を持ったままセフィロスの傍へと向かうと、ようやく彼はルカの姿をちらりと見つめた。

「セフィロス、これ飾ってて」
「?、何だ」
「お花」

ルカは鞄の中から新聞紙で包まれた黄色い花を取り出し、先程の瓶に活けてセフィロスのデスクの上に飾った。教会の少女からお礼として受け取った花である。自室かブリーフィングルームにでも飾ろうかと考えていたが、途中でルカの考えは変わったらしい。

「買ってきたのか」
「ううん、貰ったの。綺麗でしょ?」
「…ああ」

微かな笑みを浮かべた彼を見つめると、不思議と古代種の娘・エアリスが思い起こされる。僅かな時間しか共にしておらず、ルカを神羅の人間と知りながら再会を約束をしてくれた彼女。
――ジェネシスとも、約束をするべきだったのだろうか。震える手で抱擁した彼を、抱きしめ返さなくてはいけなかったのだろうか。


【約束のない明日であろうと 君の立つ場所に必ず舞い戻ろう】


あなたが愛する叙事詩が、あたしの心を掻き乱していく。


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