夜はとうに明け、シャワーの音が響く浴室には微かな日光が差し込んでくる。陽は随分と高く上がってしまっていることだろう。 ルカは身体につけられた複数の鬱血痕に羞恥を抱きつつ、シャワーのノズルを捻り、温かな水流を止めた。
『ルカは強いなあ…どうしたらそんなに強くなれるんだ?元タークスってわけでもないんだろ?』
ふと過ぎるのはザックスが投げかけた純粋な疑問。ルカはそれに答えることが出来なかった。
(だってあたしも分からないんだもの)
――ルカは魔晄の適性検査を行っていない。 魔晄を浴びずとも、先日の身体能力測定と技能訓練で、ラザード統括を納得させるのに十分な結果を残している。
「………」
曇った鏡の一部を指でなぞると、自分の顔が写り込む。温まった体と反してその表情は酷く物憂げだ。 濡れた彼女の髪は、星のもうひとつの命の象徴である海色。 双眸は、ライフストリームと同じ色に輝いている。
「魔晄の瞳…」
元の目の色を思い出せなくなるほど、自分の体に馴染んだ色。 「お前はそうあるべきだったのだ」と天の声が囁きかけているような気がしてならない。 己の瞳を見つめるたび、思いだすのはあの時。 ――母が行方不明になった時のことだ。 母を探し、ルカは縋るような思いで、行ってはいけないと口酸っぱく言われていた森の中へと入りこんだ。 木々が生い茂り、曇りの日には折り重なる葉によって陽も遮られる程鬱蒼とした森。声が枯れるほど母を呼び、何度も転んで足に痣を作りながらも走っていた。 幸いモンスターと遭遇することは無かったものの、自然発生した魔晄の泉に足を滑らせて転落してしまったのだ。
(あの時あたしは、誰かを求める夢を見ていた)
行方不明になった母のことか、それとも未だ会えていない誰かの事か。あまりに遠く微かな記憶を呼び覚ますことは困難だ。 その後、魔晄の湖面で漂っているところを村人達に発見され、救出される。 子どもながらの純粋さと無知故だろうか。あるいは奇跡的に魔晄と相性が良かったのか、幼いルカはライフストリームから注がれる情報量を苦もなく吸収してしまった。 怪我一つなく…むしろ今後怪我の心配などない「ソルジャー」と同じ体質になったルカにとって、転落事故は不幸中の幸いであった。危険な場所へも行くことが出来、母親の捜索に有利に働くことだろう。 しかし騒動を起こしてしまった手前、そう易々と行動に移すことは困難であるし、子どもながらに負い目は感じていた。結局ルカは母の捜索を中断せざるを得なかったのだ。
「…ふ、」
ルカはひとり苦笑する。 元の瞳の色を失い、ソルジャー同等の能力を得たルカを忌避することなく、昔と同じように接してくれたアンジール。 孤児となったルカを、わが子のように愛してくれた村人達。 特に幼馴染の両親達には本当に世話になった。ジェネシスの両親からは、良ければ養子に来ないかとまで言われたくらいだ。 さすがにそこまでは頼ることは出来なかったし、ジェネシスを兄として接する事にも抵抗があった。 ――そう、ジェネシス。 村の中でただひとり、彼だけは自分に対して特別な反応を示した。
『俺は認めない』
きっとあたしが変わってしまったことを悔しく思ったんだろう。 美しい外見とは裏腹に、頑固で意地悪で捻くれ者。 勉強でも口でも喧嘩でも絶対に勝つことが出来なかった。 誰よりも努力をしながら、努力している様をけして晒さないようにしていた。 だからこそ先日の彼の態度には不安がよぎる。ジェネシスは弱みを見せることを躊躇うはずなのに。 ルカは浴室から出て、広い洗面所で柔らかいバスタオルで身体を丁寧に拭う。すると突然廊下と洗面所を繋ぐ扉が勢いよく開かれ、ルカは慌てて無防備な体をタオルで覆って隠した。
「やっ、まだ着替えて――」
昨晩裸よりも恥ずかしい姿を晒していたというのに、ルカは生娘のように顔を真っ赤にさせてしまう。しかし侵入してきたセフィロスの表情を見た途端、瞬時にルカの面は言いしれぬ不安に強張った。 乱れたシャツを羽織り、社用の携帯を握りしめていつになく困惑している彼の状態に羞恥など消え失せてしまう。代わりに湧き上がってくるのは動揺と拭い難い焦燥感だった。
「何かあったの」
胸元で握りしめたルカのタオルに深い皺が刻まれていく。彼女の問いかけにセフィロスの双眸が苛立ちと悲しみに揺れ、一度瞼を伏せる。薔薇色に染まっているはずの唇は色が失せ、生気をなくしかけているようにも見えた。やがて彼は薄く口を開く。
「ジェネシスが、失踪した」
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