アンジールは腕を組みながら決着がついた彼らを見つめていた。 かれこれ一時間半対峙していたザックスは息を切らしながら、トレーニングルームの真ん中で仰向けに倒れている。 1ST相手にザックスはなかなかの奮闘を見せてくれた。そしてルカもまた、アンジールが予想していた以上の技量を兼ね備えているらしい。 ――正直なところ、多少の贔屓や民衆への権威を鑑みて、ルカをソルジャークラス1STとして採用したのではないかと勘ぐっていた。いくら彼女にすべてを背負う覚悟があったとしても、実力が伴わなければ無意味だろう。
「…ルカの力は本物だな」
安堵と共に呟いたアンジールの言葉は、幸か不幸かルカ達に届いていなかったらしい。剣を交えた彼らには友情が生まれていたようだ。ルカは「お疲れ様」と声をかけながらザックスにケアルをかけている。 やがて体力が回復しつつある彼がむくりと起き上がり、不思議そうにルカを見上げた。
「ルカは強いなあ…どうしたらそんなに強くなれるんだ?元タークスってわけでもないんだろ?」 「うーん…ひみつ!」 「えー、なんだよそれー」 「それより!ザックスって本当に2NDなの?むしろ力は1STに近いんじゃないかな」 「まじ!?」 「おいルカ、買被り過ぎだ」 「違うアンジール!ルカが正しいって!」 「どうだかな」
正しいよ!と言い張るザックスと雑にあしらうアンジール。まるで兄弟のような二人の姿にルカが目を細めていると、携帯が震える。 受信したメールを開けてみれば、とある人物からの呼び出しだった。文面の最後に記載された送り主の名前を見た瞬間、ルカの表情が苦々しく歪められた。彼女はと小さく呻き声を洩らしながらも諦めたように携帯をポケットにしまい込む。
「ルカ、どうした」 「ん…ちょっと用事入っちゃった」 「そうか。俺とザックスもそろそろジュノンに向かう予定があるんだ、ここらで終わりにしよう」
アンジールは再び携帯を取り出し、トレーニングを終了させた。解放感がある景色が徐々に剥がれ落ちていき、やがて通常のトレーニングルームへと戻る。
「ザックス、今日は手合わせしてくれてありがとう。アンジールも、ありがとう」
――あたしのこと、母親のこと、心配してくれてありがとう。励ましてくれてありがとう。 直接的に言葉に出さなくとも互いの思いやりは伝わったらしい。ルカとアンジールは何処かくすぐったそうに微笑み合った。 トレーニングルームを後にしようとすると「ルカ!」と子犬の呼ぶ声がする。立ち上がった彼はもう疲れがとれてしまったようだ。
「また勝負してくれるか?」 「もちろん。あなたが英雄になっても、ね」
嬉しそうに笑った彼に獣の耳と尻尾が見えたのは、ルカの気のせいではないのだろう。ドアが閉まり、数歩歩いたところでルカの足がふと止まる。
(あ、休暇のこと言うの忘れてた)
だがまた伝える機会はあるだろう。ウータイでの任務終了の連絡を受けてからでも遅くはないはずだと、切に思う。 ――必ずジェネシスは帰ってくる。 帰って、来るのだから。 ルカは心によぎる不安を振り切るよう再び歩き始めた。
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神羅ビル内に設けられた喫煙室は三か所ある。 その中でも最も狭い、三人入れば埋まってしまう喫煙室は利用者が皆無の状態だ。理由は社員の事務スペースから距離があること、喫煙室内に設置された自販機のラインナップが一般向けでないからだろう。モルボルの写真を印刷している缶を見つけてしまった時にはルカも引いてしまった。
「で、何の用?」
ルカは趣味の悪い自販機から視線をそらし、自分を呼んだ男の方へと振り返る。 曇り空と同色の煙が男の口からぷかりと吐き出されていた。呑気というか、随分と誠意に欠ける態度の男に向けてルカは少々眉をしかめた。
「つれないぞ、と。久々に会ったって言うのに冷たいもんだ」 「あ、そう。あたしは別に会いたくなかったんだけど」 「うわあ、傷付くぞと」
男は赤い髪を揺らして、大げさな泣き真似をする。ルカから白んだ視線を向けられてもさして気にすることなく、やがて男は目元を覆っていた掌を離して意地悪く笑った。
「もう二度と神羅からの依頼は受けないと思ってたけどな。どういう心境の変化なんだ?…と」 「…別に。報酬が良かっただけよ。時間も空いてたし」 「また散々な目に遭うかもしれないぞ、と」 「余計なお世話よ、レノ」
男、レノは嫌味を言われながらも若草色の瞳をにんまりを細める。まるで最初から自分の名を呼んでもらうことを期待していたかのようだ。ルカは半ば呆れながら鼻を鳴らして腕を組んだ。
「ま、これからは神羅の人間同士仲良くしようぜ、と」 「はいはい、期間限定だけどね。…あ、そういえばシスネは?そろそろ長期任務から戻ってくるって聞いていたんだけど」 「今日の夕方到着予定だぞ、と。…何、あいつと仲良いんだな」 「シスネは特別よ」
ルカが鬱陶しそうに手を振ってみせると、丁度レノの携帯が喧しい音を立てて着信を告げる。随分と自己主張の激しいギターサウンドを止め、レノは通話ボタンを押した。
「もしもし。はい……は!?何で…、あーはい、はい…了解」
通話を終えた彼がちらりと視線を送ってくる。電話の内容は恐らく単純な連絡事項ではなさそうだ。妙に冷えたレノの双眸にルカは嫌な予感を察知し、断りを入れるべく口を開こうとするが彼の方が一足早かった。
「ルカ、『俺達』に出動命令だ。お前の所にも連絡来るぞと」
予感が的中したルカは言葉も無く額に手をあてた。 煙草の火を消した男は、憎たらしい程楽しげに八重歯を覗かせながら笑ってみせる。 挙句「ラザード統括には許可貰ってるからな」と畳みかけられてしまえば抵抗など出来やしない。レノに電話を寄越した人物の抜かりない対応にルカは陰鬱な表情を浮かべるしかなかった。
「早速だけど『一緒に仲良く』仕事しようぜ」
ルカは堪え切れず、一発だけレノの頭を殴りつけた。
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