「グラディオって本当にキャンプ好きなんだね」 「男のロマンが詰まってるからな」 「ロマンかあ…そうだね、特別な感じするもんね」
グラディオラスは手際良く鼻歌交じりにテントを設置する。彼が持参してきた道具に全て同じロゴが刻まれていることから、このブランドの熱心なファンであることが窺える。確かに男性は、いや男の子達は秘密基地やら探検やらを好む傾向にある。そういう意味では彼もまだまだ青いのだろう、アーテルはくすぐったそうに微笑みつつ、イグニスに頼まれていた鍋の蓋を探し出して渡した。 イグニスもまた手際良く食材を切り分け、鍋にそれらを放り込んでいく。投下されていく食材は緑黄色の割合が随分と多く感じられる。訝し気にアーテルはイグニスの顔を見つめた。
「イグニス、もしかして今日の夕食は…」 「野菜たっぷりシチューだ」
野菜と聞いて黒髪の双子達は渋い顔だ。イグニスが材料を放る鍋に向かって怨念を放つよう眉間に皺を寄せる。食の好みは顔以上に似通っているらしい。無言で不服を訴える彼らに向け、イグニスは淡泊な目線を投げかけた。
「シチューと一緒にピリ辛骨付きステーキもつけてやる予定だったが、またの機会にするか」 「わーごめんなさい!イグニスが作った美味しいお肉食べたいです!」 「野菜もだろう?」 「イグニスがあーんしてくれるなら」 「…その代わり全部食べろよ。それとデュアルホーンの肉の切り分けを頼んでいいか」 「うん、任せて」
簡易の調理台で楽しそうに作業を進めるアーテル達を眺めながら、プロンプトは椅子に腰かけた。グラディオラスとノクティスも準備が終わったらしく、男三人の視線は自然と調理中の二人へと注がれる。
「……ねえ、俺らは何を見せつけられてるワケ?」 「日常茶飯事だろ」
調理台が狭いせいもあって、アーテルとイグニスの距離は非常に近い。時折冗談を言いながらも彼らの間に流れている空気は仲間同士のそれとも異なっていた。特にイグニスは普段よりずっと柔和な表情を浮かべ、緑の瞳が甘く艶めているのだ。恋慕を抱いていると全身で訴えている。 恋する人の持つエネルギーは強力だ、周囲の風景すらも怠惰染みた幸福で蕩けさせてしまう。 それでも尚イグニスは「付き合っていない」と言い張る頑固者だ。そのくせ本人はアーテルへの深く強い愛情を隠し通せていると思っているのだから、何を言っても無駄なのかもしれない。
「ほっとけよ、いずれくっつくだろうさ」 「いずれ、ねえ。ノクトみたいに?」 「…うっせ」
楽し気に口角を上げるプロンプトの冷やかしに、ノクティスは唇を尖らせた。気恥ずかしさで少々苛立ったようにポケットに入れていた携帯を取り出してゲームを始めてしまう。 「あいつらの写真撮ってやれよ」とグラディオラスはプロンプトに耳打ちし、彼らはこっそりとカメラを向けて消音状態で撮影を行った。きっとイグニスに見せたら拗ねるんだろうな、といつか来る時を想像してプロンプトは優しく笑う。
翌朝、慣れない野宿で強張った身体をほぐしつつ、アーテル達は荒野を走る。デイヴからの情報と地図を頼りに散策していると突如獣の声が響き渡る。五人は確信を得て、声の方向へと急いだ。
「見て!あれじゃない?」
プロンプトが指さした先には、腰から角の先にかけて赤黒く変色し、皮膚に着いた虫でも取り払うかのようにしきりに頭部を振る野獣が居た。ハンター達から「ブラッドホーン」と命名されていることから、恐らくデュアルホーンの一種なのだろう。 形状も歪で、晴れ渡った大地に立つとより不自然さが際立っていた。息苦しいのか閉じていられない口元からは涎が滴っている。毛で埋もれている眼は理性を失いかけているのか血走り、時折上げる悲痛な慟哭にアーテルの胸がざわつく。
「デイヴのいうとおり変種のようだな、放っておくわけにはいかなそうだ」 「うん、危険そうだし…苦しそう」 「え、そう?のんびりしてない?」 「――俺が行く」
グラディオラスがアーテル達の先頭に立ち、大剣を構える。進み出た彼に対し、ブラッドホーンはぎょろぎょろと動き廻り定まらぬ視線をようやく止め、身の毛がよだつ絶叫を上げた。 突進の勢いの割には隙だらけのそれに、グラディオラスは臆することなく首元を裂くと、巨体は崩れ落ちる。ノクティスとプロンプトは安堵の表情を見せるが、イグニスとアーテルは瞬時に武器を出現させる。
「まだだ!」 「みんな!来るよ!」
底知れぬ憤怒と憎悪を吐き散らすブラッドホーンの攻撃は苛烈極まりない。当たったら無事では済まないが、大振りであるせいかよそ見しない限り回避することは可能だった。 変色している箇所は案外脆いらしく、そこを中心に各々攻めていく。今度こそ本当にブラッドホーンは力尽き地に伏せた。
『――、―――…!』
心臓に刃が突き刺さる感覚に襲われる。 アーテルは反射的に胸を押さえ、不安げに辺りを見渡した。勿論身体に外傷など見当たらないし、獣達もブラッドホーンを恐れていたのか周囲に他の気配は感じられない。依頼を終えて意気揚々としているノクティス達と離れ、イグニスが声をかけてくる。
「アーテル、どうした」 「…音が聞こえなかった?」 「音?どんな種類のものだ?」 「叫び声みたいな…なにか訴えかける声…」
アーテルは感じた事を素直に伝えたものの、言葉に表した途端現実味のない中身であることを知る。 それにイグニスの反応を見る限り彼には聞き取れなかったようだ。恐らく他の三人も同様だろう。むしろアーテルの幻聴であったと捉えた方がいい。
「ん…ごめん。何でもないよ」 「そうか…。だが気になる事があったらいつでも言ってくれ」 「ありがと。……そうだ、気になる事あった」 「?、なんだ」 「あのねえ、イグニスの好みの下着の色。宿に泊まったらその色のブラを、」 「ノクトが呼んでる。行くぞ」 「ひどっ!ガン無視!?」
つれない態度にも懲りることなくアーテルは彼の背を追いかける。アーテルがイグニスの無防備な掌を掴んでみると、少し驚いたようだが無言で握り返してくれた。きっと心の隅に残る不安に寄り添ってくれているのだろう、冗談交じりで誤魔化してみてもイグニスにはいつも見透かされてしまう。指先から伝わる温もりにアーテルの瞳はほんの少しだけ潤む。 皆が集まっている場所に戻ると、グラディオラスは茶化すように笑った。
「おう、随分ラブラブだな」 「うふ、グラディオもっと言って」 「……ノクト、シドニーから連絡があったのか?」 「ああ、整備終わったってさ」
五人はその場から離れ、賑やかに喋りながらハンマーヘッドへと向かう。 ――彼らが居なくなってから一時間経過した頃だろうか。 悪食のトウテツ達は血の匂いの元を辿っていく。荒野に斃れたブラッドホーンを発見した若年のトウテツは我先にと駆けだしていく。しかしリーダー格と思しき一匹が、静止を促す雄叫びをあげた。 "そいつに近寄るんじゃない"と警告され、若いトウテツは渋々歩みを止める。 リーダー格の判断は正解だったようだ。ブラッドホーンは身体の内側に溜まった膿を吐き出すように、開いた口から闇色の粘液を溢れさせる。ぬらりと光るそれを見た瞬間、若いトウテツは尻尾を巻いて逃げだした。 リーダー格は唸り声を漏らし、群れに急いで立ち退くよう指示を促す。土埃を上げ、彼らは次の獲物を探すべく去っていった。
世界は傾きつつある。 だが、それを知る者はまだ少ない。
――ひとり残されたブラッドホーンは、土に還ることもなく黒い塵と化した。
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