「――旅の行程と日取りは了承した。ノクティス王子とアーテル王女の出発を認める」
「「ありがとうございます、陛下」」

ノクティスとアーテルは粛然として声を揃え、一礼と共に感謝の言葉を述べた。王の御前では双子達はどうにも言動が共鳴しあうらしい、不思議と同じ表情や動作をしてしまうように出来ているのだ。
そしてそれは「家族」ではなく臣下の一員としての態度なのだろう。いくら父親と言えども情を面に出すことが許されない時もある。

「旅の無事を祈る。下がってよい」
「「はい」」

彼らは再び声を揃えて返事をする。ノクティスは踵を返し、後方に控えていたグラディオラスに茶々を入れるよう、互いの肩がぶつかりかねない素振りを見せて玉座を後にする。
王子に怪我をさせるわけにもいかず、慌てて避けたグラディオラスは息を詰めた音でノクティスを咎めた。アーテルは子どもっぽい兄の行動に少々呆れながらも一礼を返し、玉座を後にした。グラディオラスをはじめ、旅に同行する他の三名もまた彼らの後を追う。
レギスは躊躇なく遠ざかる若者達の背を見つめ、遠い日の記憶を呼び覚ました。



『いや!いやだよ、とうさま!』
『アーテル!一体どうしたと…』
『どうしてみんな"わたしたち"のことがきらいなの!?わたしたちは何もしていないのに!ずっとくるしんできたのに!どうしてそんなことするの!?』
『アーテル…!?』
『おにいちゃんはいつかわたしたちを――…!』




レギスの脳裏には狂わんばかりに泣き叫んでいた、幼き我が子の姿が鮮明に甦ってくる。半狂乱状態だった当の本人・アーテルの記憶には恐らく残っていないことだろう、むしろ覚えていない方が幸せなはずだ。
幼い彼女が放った言葉の意図を、レギスとて完全に理解したわけではない。だが異様な雰囲気から娘もまた何かしらの啓示を、あるいは生命を賭して越えねばならぬ「試練」を課されたことは痛感したのだ。それは息子・ノクティスにも当てはまることである。

(未来のために私は多くを犠牲にする)

今を生きる者たちにとっては理解の出来ないことかもしれないが。
私の選べる道は。
今を守るために取れる手段は。
もうそれしかない。

(…私は「誇りを捨てた愚かな王」と呼ばれるだろう)

レギスの瞳に悲哀と憂いの灯が浮かんだ。







「まぁ、王子と王女なんだろうけどさ」

最初に口を開いたのはプロンプトだった。拡張高い紅蓮色に艶めく絨毯を、ちょっとばかり遠慮がちに歩く彼に続いて、イグニスとグラディオラスが同調するように息を吐いた。

「予想はしていたが」
「ビシッとしろよ、ああいうときくらい――」
「お兄ちゃんだらしなーい」

親友達と妹からの苦言を浴びても、王子はどこ吹く風と言った様子だ。

「ノクティス王子!アーテル王女!」

双子達につられ、仲間達も城内から響いてきた声に振り返った。臣下であるドラットーがレギスを支え、王子王女を引き留めている。杖をつき、不自由な右足を庇いながらもレギスは子ども達の傍へ向かおうと階段を降り始めた。アーテルは驚きながらも父親に負担をかけまいと駆け足で向かい、ノクティスは「なに」とぶっきらぼうに声を張りながらも歩み寄る。

「いろいろと言い忘れてな。大事な友人たちに迷惑をかけないように」
「父様…」
「んなことわざわざ」

レギスから贈られた言葉が「父」としての言葉であることに、アーテルとノクティスは困惑しつつも喜んでいた。停戦の影響もあり場内では至る所で連日会議が続き、レギスが多忙の身であることは重々承知している。本来ならば見送りの時間すらも惜しいはず。アーテル達も出来る限り無駄を削いだ、格式張った報告のみで構わないと思っていたのだ。
レギスの視線はアーテル達の後方、友人3名に向けられた。

「知ってのとおり、頼りない息子と危なっかしい娘だが、どうかよろしく頼む」
「お任せください」
「必ず無事に王子と王女をオルティシエまでお連れします」
「あっボクもです」

各々が、王からの慈愛に満ちた柔らかな眼差しを受け止める。重たくも誇らしい言葉に彼らの背はしゃんと伸びた。

「みんな頼りになるよ、心配しないで」
「ああ、お前達の大切な友だからな。いい旅になるだろう」
「うん!」

満面の笑みを浮かべ、自慢げに頷くアーテルをレギスは愛し気に眺める。一方ノクティスは惜しげもなく注がれる愛情に気恥ずかしくなってきたのか、ひらりと手を振って背を向けてしまう。

「行くぞ、コルが車で待ってんだろ。ドラットー、よろしくな」
「くれぐれも――未来の奥方へ失礼のないようにな」

ノクティスは勿体ぶりつつも、父に向けて王族らしい優雅な一礼を捧げた。

「どうぞそちらも。ニフルハイム帝国さまに失礼のないようにな」
「心配などいるものか」
「お互い様」
「いいか。途中で投げ出すことは許されない」
「投げ出すかよ」

レギスの悠揚な声音は何処か陰を帯びている。自然なやりとりに耳を傾けていたアーテルは言い知れぬ不安を嗅ぎ取り、彼女の表情には憂色が漂う。



「――すぐに帰れないことだけは、覚悟しておきなさい」



何か変だ。レギスとアーテルの間には徐々に煩悶の渦が生まれ始めていたが、ノクティスは未だ悪戯っぽく笑って軽口を叩いている。
しかし「気を付けて行くんだぞ」と再度念を押された時には、流石の彼も訝し気にレギスへと視線を向けるのだった。

「…とうさま、」

アーテルは堪らずに小さく声を漏らす。双子達は、言葉に隠された意図に触れるべきか躊躇していた。アーテルとノクティスがどちらとなく視線を交わすと、レギスは淡く微笑み一歩前へと進む。

「ルシス王家の人間として、このレギスの息子と娘として」

熱く大きく、老いた父の手がノクティスの肩に置かれる。





「常に 胸を張れ」








[*prev] [next#]
- ナノ -