「ノクトとアーテル、顔真っ青だよ…」 「頭痛が酷くなってきてるんだろ」 「少しでも休んでいた方が良い」
心配してくれている仲間達に感謝していたが、双子達は呻き声で返す他なかった。眩暈に似た独特の気持ち悪さに眠ることも出来ず、ただ耐えるしかない。 幾分回復してきた頃合いにレスタルムに到着し、リウエイホテルへ向かう。 皆の帰還を今か今かと待っていたのだろう、タルコットがホテルのロビーで落ち着かなさそうにうろうろしていた。
「ただいま、タルコット」 「ノクティス様、アーテル様!おかえりなさい」
声を掛ければ子犬のように駆けてくる彼に、アーテルとノクティスの心は和らいだ。 洞窟には王の墓所があり、新たな力を得ることができたこを伝えると、タルコットは嬉しそうに笑みを浮かべ、顔を真っ赤にさせていた。 談笑している最中、ノクティスとアーテルに一際強い痛みと耳鳴りが響く。 洞窟を出た直後よりも映像は鮮明で、まだ相まみえた事の無いはずの「巨神」の姿が浮かび上がる。 音無き声で2人に何かを訴えかけているが、その真意を汲み取ることは出来ない。圧倒的な脅威が目の前に立ち塞がっている感覚に、じわりと汗が滲んだ。
「――まただ」
苛立たし気にノクティスが呟き、隣にいる妹・アーテルに同意を求めるよう視線を向ける。 だが先程とは異なり、彼女は未だ激痛と浮かび上がる情景に苦悩しているようだった。 瞬時にイグニスがアーテルを支えるが、頭を押さえてその場に蹲り、脂汗を滴らせている。
「アーテル!」
兄や仲間の声を遠くで聴きながら、アーテルの脳裏には先程現れた蒼い光が描かれるばかりだ。 アーテルは激痛に堪えながら、光の面立ちを懸命に焼き付けようとするが、蜃気楼の如く霞んでいく。
『俺は特別な力を持つみんなが羨ましかった。そして何よりも" "のことが、』
アーテルへ向けて、光は仄かに悲しく笑う。 その身に大きすぎる苦悩と憂いを滲ませて、光は彼女に背を向けた。 ――私は、彼に何かを告げたかった。 でも何を言えばいいか、わからなくて。 何を言っても、言葉は不自然に浮かぶばかりで。もどかしくて。
「……展望台」
やっとのことで絞り出した声は、酷く掠れていた。 アーテルはイグニスの腕に支えられながら、力の入らない四肢を叱咤して立ち上がる。グラディオラスが彼女の意思を汲み取って口を開いた。
「展望公園からカーテスの大皿が見えたよな」 「うん、望遠鏡もあるよ。行ってみようか」 「ああ、痛みがそこと関係しているなら何かわかるかもしれない」
「動けるか」と問いかけるイグニスに、アーテルは視線を落としたまま頷く。 正直なところ、心配するイリスやタルコット達に声を掛けることもままならない状態だった。アーテルは後ろ髪引かれながらも、リウエイホテルを後にする。 体の内に籠る熱気と脂汗によって冷える首元が、酷く不愉快だった。
「あ、」
展望公園に近づいたころ、最初に声を上げたのはプロンプトだった。 無骨な観光用双眼鏡の傍らで、ぽつりと燃える炎。 否、赤毛の男だった。 眩い青空の下、解放的な風景であるはずなのに、その存在は周囲と馴染まない。男のいる場所だけ、まるでひび割れているかのようだ。
「――あれ、偶然」
男はアーテル達に向けて親しげに左手を上げ、挨拶を投げかける。警戒心を露わにしたグラディオラスの牽制に、男は素知らぬ顔で「ねえ、昔話興味ある?」と話を続けた。 5人を見合わせ、誰も言葉を発しなかった。男はその様子を「応」と捉えたらしい。
「巨神がさ、隕石の下で王様を呼んでる。神様の言葉は人にはわからないからな、頭が痛くなる人もいるかもね」
5人の立場や状況を見聞きしたかのような発言に、イグニスとグラディオラスが静かに双子達を庇うような立ち位置に動いた。 場合によっては即座に武器を振るえるよう、僅かに足を開き、腰を落とした体制だ。
「どうすればいいの、それ」
プロンプトの問いかけに、男は全員の視線を集めるよう緩やかに歩く。
「会いに行ってみる?何か伝えたいんだと思うよ」 「……あなたと?」
男はアーテルの声に歩みを止め、滑らかに振り返る。
「一緒に行こう」
琥珀色の双眸が、アーテルを射る。 ――ガーディナで会った時とは違う。 彼女の全身を覆うのは、身を焦がす恋慕や甘い痛みではない。 それは墨色の狂気。淘汰された生物の、怨念に似たおぞましいもの。
「乗るか?」 「行ってみて――」 「ヤバけりゃ戻る」 「ああ」 「じゃ、それで」
仲間達が相談する中、アーテルは人知れず確信を持つ。
(一緒に行こうって言いながら、)
男は、その場所を憎んでいるのだと。
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