アーテルは自室でシャワーと着替えを終え、恐らく起床したであろう兄の部屋を訪ねた。
体内時計まで似通っているのか、双子特有の勘は外れたことがない。案の定寝ぼけ眼だったノクティスに、アーテルはサンドイッチを渡した。

「イグニス達が帰ってくるまでどうしようかな…」

単独行動は避けた方が良いだろう。アーテルは一度、全員の食事場所や会議室として利用している大部屋へ向かう。
部屋にはイリスとジャレッドの2名がいた。イリスはダイニングテーブルに紙を何枚か広げ、設計図のようなものを書き込んでいる。

「おはようイリス、ジャレッド」
「おはよ!」
「おはようございます、アーテル様」

アーテルはソファーに腰掛けつつ、イリスの作業を見つめた。

「何してるの?」
「秘密!今は製作段階なの」
「そうなんだ、じゃあ出来あがったら見せてね」
「うん」

話しているうちに一体いつの間に準備していたのか、老執事・ジャレッドがアーテルに紅茶を淹れてくれた。

「いい香り…ジャレッドありがとう」
「とんでもございません、お口にあえば宜しいのですが」
「ジャレッドが選ぶものに間違いはないよ」

空調の利きが良い室内であるためか、身体を冷やさぬようあえてホットで淹れてくれたらしい。暑さ故に冷たいものばかり飲んでいた彼女の行動を見透かされているような気がする。
程良い温度に保たれた紅茶を一口飲む。暑い地域でも飲みやすいすっきりとした味だった。茶葉の中に広がる花びらは色鮮やかで美しい。香りと見た目、どちらでも楽しませてくれる。

「ね、ねえアーテル!ノクトってもう起きてるかな?」
「ん?ああ、起きてるよ」
「そっか…」

妙に上ずったイリスの声音にアーテルの胸がむず痒くなる。にやけるのを必死に堪えつつ、さも平然と口を開いた。

「イリス、お兄ちゃんと観光してきたら?」
「えっ!」
「みんなが来るまで時間あるし、せっかくの機会だから連れ出してあげて」
「う、うん!分かった!」

イリスは頬を紅潮させ、指先を落ち着かなさげに動かした。机に広げた紙を忙しなく纏めたのち、「一度自室に戻って準備してから声を掛けてみる」と告げる。アーテルは手を振り、イリスを見送った。
ジャレッドもまた温和な微笑を湛え、細められた瞳はいつもより楽し気に輝いている。

「旅に出る2ヶ月くらい前だったかな、みんなでお茶会をしたの覚えてる?タルコットも来てくれたね」
「もちろん覚えております。タルコットは興奮して前日なかなか寝付けなかったのですよ」
「そうだったの!可愛いねえ」

父・レギスの執務の合間、僅かな時間に開いたささやかな茶会。親しい間柄だけ呼び、格式ばった作法は気にせず開いたのだ。
茶葉は一等良いものを。スコーンやサンドイッチ、デザート類はアーテルとイグニスの手作りだった。

(…父様は、どんな気持ちで参加したんだろう)

己の葛藤も知らずにはしゃぐ娘を見て、何を思っていたんだろう。
茶会の最後には「また開こうね」と軽い約束を交わしながら終えた、あの懐かしい時間。
何も知らされずにいたとはいえ、呑気に過ごしていた自分を小さく恥じた。
何も知らせてくれなかった父を、責めた時もあった。
――…でも、今なら少しだけわかる。

「ジャレッド」

凜と、張り詰めた声が出る。
引き締まった空気感にジャレッドは反射的に立ち上がろうとした。アーテルはそれを留め、彼の足元で自ら膝をつき、視線を合わせた。

「ジャレッド、本当にありがとう。苦難の連続の中、あなたの知恵なくして私達の再会は不可能でした。心から感謝します」
「滅相もございません。ノクティス様、アーテル様あってのルシスでございます。王家を守ることこそ我々臣下の務め…」

謙遜する彼に対し、アーテルは敬意と深い愛を持って微笑みを浮かべる。アーテルは彼の膝に置かれた皺だらけ手に、己の手を柔く重ねた。

(もし、戦争のことを知らされていたら)

双子達は王都や家族・友人を守るため、修羅の如く戦ったことだろう。
手段を問わず、迷うことなく帝国の人間を殺めただろう。
そして双子達を守るため、彼らが愛する人々もまた血の道を進んだことだろう。
誰もかれもが精神が蝕まれ、己の生きる意味すら無くし、その身が朽ちるまで憎悪の焔を燃やし尽くす。
まさに地獄絵図。
だからこそ、知らされなかったのだ。

「父はきっと…仲間という道標を残してくれたのです」

アーテルとノクティスが、人ならざる者にならないように。ルシス王家の誇りを忘れぬように。
レギスの息子と娘として常に胸を張れと、背を押してくれた。

「恥ずかしながら私や兄は土地勘もなく、世界に対する知識が少なすぎる。未熟さ故、判断を誤ることもあるでしょう。どうか今後も力を貸していただきたい」
「アーテル様…」
「昔から王家を支えてくれた仲間がいるのは心強いです。今後とも宜しくお願いします」

小さく震えるジャレッドの手をアーテルはそっと握り返した。
――いつの間にこんなにご立派に、頼もしくなられたのか。
ジャレッドは窪んだ瞳を潤ませながら思う。
老いた身故に、戦場に出て共に戦うことは出来ない。いつか自分は足手纏いになるだろうと覚悟はしている。
今ある己の知識を孫に叩きこませることが、自分が出来る精一杯のことだった。
――王都陥落後、アーテルとノクティスが無事である知らせを聞き、安堵したと同時に不安もあった。
双子達が堪え難い屈辱と喪失に押し潰され、意気消沈しているのではないかと案じていたのだ。
だが、リウエイホテルで再会した時の彼らはどうだろう。長旅で疲れこそあれど、彼らが浮かべる笑顔はかつてのものと変わらない。
彼らの心の強さだけではない。等身大の自分と向き合ってくれる仲間達の存在あってこそだ。

(レギス様。あなたの御子息、御息女はよき仲間に囲まれ、苦難の道を懸命に乗り越えようとしております)

対を成すルシスの宝。世界の光。
己の命に代えても彼らを、この世界の希望の光を守り続ける。
それは王家に仕える者の責務であり――ジャレッド自身の誇りなのだ。


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