「この辺、なんとなく暑くない?」
プロンプトの言葉に、ノクティスはジェッティーズ片手に「ん、」と頷き、グラディオラスも同意する。
「ああ、俺もそう思ってた」 「隕石がかなり近いはずだ、その熱かもしれない」 「ねえねえイグニス、ジャケット預かろうか?」 「結構だ」
ちぇ、とアーテルは唇を尖らせる。 一体何に使うんだ、と言いたげなイグニスの眼差しをさらりと受け止め、アーテルは得意の王族スマイルを返した。 冗談はさておき、アーテルは汗を拭いながら周囲を見渡す。 薄霧の森近辺に近づくにつれて、木々の騒めきだけが耳をかすめ、鳥や小動物といった生き物の気配が感じ取れない。 不穏な空気を感じた矢先、雷鳴の如き咆哮が轟く。岩壁に阻まれてはいるが、音の方角にて木々が不自然になぎ倒されていく瞬間が見えた。
「様子がおかしい」 「行くぞ」
音の方向へと進むと、妙に湿り気を帯び、木々が鬱蒼と生い茂る地形へと辿り着いた。 名前の通り――薄霧の森は陽が差し込まないせいか気温が下がり、汗で濡れた身体を一気に冷やしていく。濃霧が視界を遮り、途中襲い掛かってきた野獣・キュウキの気配に感づくのも遅れてしまった。慌てたプロンプトが飛びのき、イグニスが素早く野獣達の額を狙って短剣を投げつける。
「うっわあ!びっくりしたあ!」 「おら、遅れんなよ!」
グラディオラスは大剣を振り回し、応戦する。 ノクティスとアーテルは視界が悪い中では得意のシフトを使えない。悪条件の中、離れた場所から攻撃を仕掛けると、仲間と野獣の姿が判別できず事故を起こしかねないからだ。
「やりづれえな」 「ねー、さっさと倒しちゃおう」
双子達はやきもきしながらキュウキの堅い腹部を薙ぎ払い、遠吠えによってやってきた援軍も迎撃した。 一向はひと暴れした後、再び熱を帯びる身体と外気温との差にくしゃみを連発しながら、奥へと進んでいく。
「おーい、こっちになんかある」
探索をしていると、ノクティスが人工的に作られている小道を見つけた。周囲には錆びれたトタン板が打ち付けられており、煉瓦が積まれた小道がある。水道管と思しき配管も設置されていることから、かつてはここに人が住んでいたのかもしれない。 ノクティスが屈んで小道へ入ろうとすると、猛々しく、それでいて批難めいた叫びが辺りに響き渡る。 「ノクト、」とグラディオラスが制止し、自ら先に様子を窺いに行った。 手招きする彼の指示に従い、双子達は無言で顔を見合わせて、唾を飲み込む。恐る恐る歩みを進めていくと、重たい足音と荒い鼻息を共に、トタン屋根の隙間から野獣の姿が現れた。
「――待て」
グラディオラスの声とほぼ同時に、野獣は一帯を激震させる咆哮を上げる。 野獣の右の角は根本付近から折れ、目元には裂傷が走っている。右目は白く澱み、視力を失っていることが見て取れた。 獣にとって致命的であるはずの傷を受けながらも生きていられるのは、その強大な肉体のおかげなのだろう。 通常のベヒーモスよりも巨大で、牙や爪も比較にならない。そして口元から除く紫色の舌。小道の屋根に阻害されて見えないが、咀嚼する音が響いた。恐らく骨ごと獲物を喰らっているのだろう。時折ゴリゴリと硬いものが擦れ、噛み砕くような音が響く。 食事中ということもあり、過敏になっているのか、辺りを警戒する唸り声も時折発していた。 ゆっくりと通路を歩いていると、あろうことか通路上部の隙間から鼻を突っ込み、こちらの気配を探ってくるので生きた心地がしない。プロンプトに至っては失神寸前だった。 やがてスモークアイは満足したのか、巨体を揺らしてどこかへと去っていった。 通路を抜け、5人はようやく弛緩した息を吐く。
「はああ…寿命縮まる…」
アーテルは半ば涙目になっていた。グラディオラスの服の裾を引っ張り、言葉を続けた。
「あれが目的のスモークアイでしょ?とんでもない大きさだね」 「だな。角と一緒に右目もやられてんな」 「死角を突ければ勝機はある。追いかけよう」
一向は再び森の中を駆け、一際濃い霧の中にうっすらと浮かぶスモークアイのシルエットを発見する。 恐らく棲み処に向かっている様子から、慎重に尾行していく。先程よりも距離をあけ、岩陰で身を潜めながら追っていくとやがてスモークアイは高く跳躍し、塀を超えたような行動を見せた。
「もしかして、あそこが棲み処?」 「そうだな、岩の隙間から侵入できそうだ」
岩の間を擦り抜け、霧が薄まったそこは拓けた場所――朽ちた塀から鉄の枠組みが剥き出しになり、廃材がうち棄てられている場所だった。 野獣の雄叫びが増し、鼓膜と共に頭まで揺らされる。まだアーテル達の姿をとらえられてはいないが、侵入者の気配は察しているのだろう。対決するのは時間の問題だ。
「アーテル、ドラム缶をファイアで狙えるか」 「んー、いけると思――あ、」
ドラム缶がスモークアイの振動にも動じないことから、石油や重油といった燃料が入ったままだと判断したらしい。 軍師イグニスの策略にアーテルは素直に頷こうとしたが、一度立ち止まる。
「ねえ、今日の夕食なんだけど」 「は?」 「豪華な肉料理で宜しくね」
報奨金弾んでるんでしょう?とアーテルは得意げに笑ってみせる。 突然何を言い出すのかと思い、一瞬呆気にとられたが、彼もつられて微笑した。
「心得た。――いくぞ!」
イグニスの号令と共に、アーテル達は武器を携えてスモークアイの棲み処へと躍り出た。 当然ながらスモークアイは憤怒を爆発させ、侵入者へと一直線に走ってくる。 ドラム缶がスモークアイに最も接近した瞬間を狙い、アーテルはマジックボトルで精製したファイアを放出した。 轟音を立てて焔が獣の身体を覆いこむ。絶叫を上げ、火達磨になりながらもスモークアイは斃れることがない。むしろこれまでにないほど逆上し、肌を焦がしながらアーテル達に向けて襲い掛かってきた。
「野生やべえ」 「野生やばいな」
グラディオラスとノクティスは、スモークアイの頑丈さと獰猛さを表現する言葉が見つからず、同じようなことを呟くしかなかった。 振りかぶる前足、巨体を翻す跳躍を回避しつつ、ノクティス達は火傷を負った箇所を重点的に狙って攻撃を繰り返していく。 スモークアイもじりじりと追い詰められ、動きが徐々に鈍くなる。勝算が見え、高揚したアーテルは再びマジックボトルを取り出した。
「よし!もう一回ファイアを――」
ノクティスの視界の端に、彼女を薙ぎ払おうとするスモークアイの尾が映る。 尾の先に生える棘は、先程戦ったキュウキと比較にならない。牙と同等の大きさ・鋭さは彼女の体を引き裂くことなど容易い。
「アーテル!」
水晶の欠片を舞い散らせながら、修羅王の刃が振り下ろされる。 燦燦と煌めく光の粒がアーテルの身体に降り注ぎ、斬り捨てられるような衝撃が走った――かのように感じられた。 一閃を喰らったのはスモークアイの方だった。 獣は一際大きな悲鳴を上げ、地響きと共に横たわった。しなる尾はアーテルの真横に崩れ落ち、彼女は絶句したまま力無く座り込んだ。
「ふー、間に合ったな」
安堵の溜息を吐いたノクティスの身体は、携えた刃と同じく清澄な輝きを纏っていた。 アーテルは眩すぎる兄の姿に、涙が滲む。 残酷なほどうつくしい光。 熱く冷たく、あらゆるものを慈愛で包み込み、それでいて魔を屈服させる浄化の力を秘めている。 いつの日か己の身を焦がし、霧散させてしまいそうな――恐ろしいもの。
「アーテル、どうした?どっか怪我したか!?」
狼狽しながら声を掛けるノクティスに、アーテルは我に返る。彼は既に刃を仕舞い、「兄」の姿に戻っていた。 呆然と動かないアーテルの様子に、仲間達も心配そうに駆け寄ってくる。
「…腰抜けちゃった」 「んだよ、らしくねえな」
ノクティスは苦笑し、アーテルに手を差し伸べる。 ――良かった、いつものお兄ちゃんだ。 アーテルは胸を撫でおろし、ノクティスの手を取った。変わらぬ彼の温度を感じれば、一体何を恐れていたのか自分でも不思議に思うほどだ。 気が付けば陽が傾き始めており、5人は夕焼けに染まる広場を後にする。
「今思ったけど、俺らってさ、キングスナイトみたいじゃない?」 「はあ?」 「5人で一緒に戦うじゃん」
プロンプトの発言に、ノクティスは「自分は星5のレアキャラ」と主張し、「いいや、俺がその立ち位置だ」とグラディオラスも負けじと張り合ってくる。 前方で議論を交わす3人を眺めながら、アーテルはイグニスと並んで歩いていた。
「本当に怪我はないか」 「うん…びっくりしちゃっただけだから!腰抜かすと思わなかった〜」 「それならいいが…」 「…ねーイグニス、一応ファイア成功させたから美味しい夕食よろしくね!絶対お肉メインだよ!」 「分かった分かった」
アーテルは気恥ずかしそうに笑ってみせるが、彼の目はそう簡単に欺けない。 ――ノクティスが修羅王の刃を振るった時。 アーテルはその輝きに怯え、泣きだしそうだったのは、気のせいだったのだろうか。勿論あわや大惨事というところだったし、全員肝が冷えたのは事実だろう。 だが、今彼女を問い詰めたところでけして教えてくれそうにはなかった。 キカトリーク塹壕跡でも感じた違和感は、アーテルだけでなく彼の中にも浸食し始めている。 イグニスはアーテルが希望する夕食のメニューを適当に流しながら、ポケットにしまい込んでいた端末の画面を付ける。時刻を見つめた後、再び薄霧の森の方角へと振り返り、橙色に濡れる空を眺めた。
「…日暮れが早い」
ぽつりと呟いた彼の言葉は、湿った風に攫われていった。
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