すべての始まり。
それは炎神イフリートが、星に住まう「人間」という生命に進化と発展の可能性を見出し、知恵を与えたことだろう。
六神が統治していた古代のイオスにおいて、画期的な試みであった。
知恵を与えられた「人間」は、火の扱いを覚えた。
人間は火の大いなる力に畏怖の念を抱きつつ、そのエネルギーと共存していくことで文明を生んだ。
その様子を見た、他の神々の反応は様々である。
炎神に促されて人間と関わりを持とうとする者、遠目から人間を観察するだけの者、変わらず関心を持たぬ者もいた。
「人間」の姿は神々とよく似ている。
弱く儚い小さな生き物が、限られた時間の中で懸命に生きている。知恵を得たことで、失敗と成功を繰り返しながらも前へ進んでいく「人間」。
炎神と、炎神のよき理解者であった氷神は、彼らの成長に愛着と歓びを感じつつあった。
だが文明が著しく発展するにつれて、人間は傲慢になっていく。
驕り高ぶった人間は神の恩を忘れ、あろうことか神を排斥しようと企んだ。
炎神は人間の裏切りに激しく狼狽し、悲嘆し――彼らに与えた慈愛と同じ分だけ、憎悪の焔を燃やした。
荒ぶる感情のまま、星すらも滅ぼそうとした。
人間と他の神々はそれを阻止すべく、ありとあらゆる生命を巻き込んだ魔大戦、つまりは戦争が勃発した。その戦いは凄まじく、人間の文明は滅亡した。
神々もまた、力を使い過ぎたため長きにわたり眠りについたという。
魔大戦時に滅んだ文明・ソルハイム。
凍土地帯に君臨するニフルハイム帝国は、ソルハイムが保有していたと伝わる魔導文明を再建することによって強大な軍事力を得ることとなる。
支配力をより一層強固にするべく、ルシスやテネブラエ――神々から星を守る力を授かった国々への侵略を進めていた。
――…皮肉なことに、帝都グラレアは年々陽が刺す月日は減っている。
神々から疎まれるよう、年中陰鬱な雲が帝都に垂れこめているのだ。加えて、10年程前に突如覚醒した氷神を討ち果たした頃から一層寒さも増している。

「……はあ、」

日常茶飯事ともいえる、吹雪に覆われた景色を眺めながら、竜騎士は溜息をつく。
彼女がいるのは、押しつけがましい威厳と厭味ったらしい豪奢な要塞のなかであった。
最初こそ物珍しく、目を見張って眺めていたが今ではどうにも窮屈でならない。
施設内を歩けば、どこもかしこも頭のおかしい連中ばかり。吐き気を催す実験ばかりで、気が変になってしまいそうだ。
この国はおかしい。
ルシスの王に代々伝わる光耀の指輪とクリスタルに執着する皇帝も、その臣下達もだ。
特に皇帝であるイドラの面立ちは、日に日に生気を失っている。
虚空を彷徨う光無き瞳に、「未来」は見えているのだろうか。その先に幸福な世界を思い描いているのだろうか。

(昔はそんなこと、考えもしなかったけどね)

自分のことを棚に上げて言うのもなんだが、国の行く末には興味がない。准将という位を与えられているが、己の根っこは傭兵のままだ。
ルシスとニフルハイムの小規模の戦争は以前から勃発しており、度々駆り出されている身としては愛国心など持っていない方がいい。
けれど酷く不可解で、言い知れぬ不安は。

(…この国は、この世界は)

大きな闇に浸食されながら、歪み始めている予感がしてならないのだ。










グラディオラスは【チョコボポスト・ウイズ】と書かれたチラシをプロンプトに返した。
彼の中で燻っていた焦燥感が消えたのは、妹・イリスが無事レスタルムに到着出来た為だろう。
だからこそチョコボポストに寄ることも快諾してくれた。
チョコボを一目見たいと、珍しく強く主張するプロンプトの熱意に折れたのもあるだろうが。
グラディオラス自身、ダスカ地方の広大な湿地帯を見て思うところがあるらしい。
旅をするにあたって移動手段が多いことは有利だ。
世界各地の王の墓所は、森の奥や険しい山脈を超えねば辿り着けない場合もあるだろう。
グラディオラスは、双子達の方に視線を向ける。
彼らは遠方の湿地帯を期待に満ちた瞳で、どこかむず痒そうに眺めている。釣り好きの双子達は鳥より魚派らしい。
世界には見たことのない多種多様な魚が生息している。湖や川辺に魚の姿を見つければ、たちまち駆け寄って釣りを勤しむに違いない。
子どもの頃と変わらない表情をして、彼らは笑うのだ。

「うおお〜!きたきた!」

グラディオラスの邂逅を押しのけ、まさしく子どもの顔をして興奮する男がここにもいる。
レガリアをチョコボポスト前に駐車させると、一目散にプロンプトが駆け出した。早速看板などを写真に収め、遠目から見てもはしゃいでいるのが判る。浮かれた旅行者の足先に引っ掛けられては困ると、周囲の蝶々が慌ててよけていく。
プロンプトは案内板を眺めていたかと思えば、突然引き締まった表情でアーテルの方へと振り返った。

「ん、どうしたの」
「大変です。チョコボのレースがあるそうです」
「それは一大事!早速見に行かねばね、プロンプトくん」

呑気に会話をする彼らに、イグニスは「そんなにチョコボが好きだったのか?」と脱力した。
ノクティスは売店を物色し、野菜が練りこまれたギザールチップスを見つけて眉根を寄せる。横目で見ていたグラディオラスは、王子と王女の健康を留意しつつ、ちょっとした嫌がらせも兼ねて購入しようとしていた。
各々が好き勝手に観光していながら、プロンプトは黄色いバンダナをつけた男性――この店のオーナーでもあるウイズに声をかける。

「すみませーん、チョコボ乗りたいんですけど」
「チョコボ?すまんがいまは出せなくてな」

事情を聴けばコルニクス鉱油アルスト支店で仕入れた情報の通り、スモークアイの出現によってチョコボの貸出が止まっているそうだ。
報酬は弾む、というウイズの言葉にイグニスの瞳が僅かにきらりと光る。
スモークアイが潜むと噂される「薄霧の森」の詳細を聞き、蒸し暑さが増していく森の方角へと探索を始めた。


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