「警護隊はもう機能してねえんだろうな」
「ああ、将軍が外に出るというくらいだ」
「中は、どうなってんだろ」
「そのうち報道されるだろう」
「これだけでかい騒動だからな」

仲間達が声を掛けあっている様子に対し、アーテルとノクティスは交わされる会話に耳を傾けることしか出来ないでいる。精神が現状に追いついていないのだ。
コルとの電話後、一行は後ろ髪引かれる思いで丘を後にし、車に乗り込むしかなかった。こちらは何の準備もしていない状態だ、増援されれば厄介な事態になりかねない。

「これからオレたち、どうするの?」
「まずはハンマーヘッドだ、他はあとで考えようぜ」

グラディオラスの言葉にプロンプトが頷き、バックミラー越しにちらりと双子達を見やる。
視線に気が付いているのかいないか不明だが、アーテルはイグニスから手渡されていたタオルで濡れた髪を拭き、肩にかけた。

「イリスからも伝言があった。何人かとレスタルムに向かってる」
「無事なんだ、妹さん」
「ああ、あっちはどうなってるかわかんねえが」

グラディオラスが携帯を片手に、留守電に入っていたメッセージを手帳に書き込んだ。どうやらイグニスから借りていたものらしい、メモ欄には旅の途中で見つけた食材の名前やレシピが記入されていた。色の異なる内容が隣り合わせで書かれている様子はアンバランスでありながらも、張り詰め過ぎた空気を緩和してくれる。

「死亡説はありがたい。追手も派手には動けないだろう」

イグニスがアクセルを緩め、右手にウィンカーを上げる。ようやく目的地であるハンマーヘッドに辿り着く事が出来たらしい。

「帰れないけど…旅はできる」

プロンプトの囁きに、ノクティスが弛緩した溜息を吐いた。
すべてが終わったわけじゃない。絶望に咽び泣くのは早すぎるだろう。
これはまだ、始まりに過ぎないのだから。


「――そうだな。行こう」



【Chapter02. 再起】




ショップの前で待機していた女性へグラディオラスが声を掛ける。雨が降りしきる中ずっと待ち続けてくれていたのだろう、そしてまた彼女自身も今回の騒動に衝撃を受けているのだろう。日に焼けた肌は普段よりも色白に見えた。女性――淡く笑むシドニーにプロンプトの心は微かに和らいだらしい、彼女に微笑み返す余裕は出来たようだ。労りと励ましの言葉を受けとめながらノクティスはハンマーヘッド周辺を見渡した。

「将軍は?」
「用事があるから、ってもう出てったよ。じいじにいろいろ伝えてあるみたい」

修理場を兼ねるガレージの中に、シドは居た。もう何百年もその場所から動けずにいたかのように彼の纏う空気は重苦しい。疲弊した眼がアーテル達を映し出し、挨拶もそこそこにシドはコルから聞き及んでいたであろう事の経緯を語り始める。
帝国の目的は『クリスタル』と『指輪』を奪うこと。
これらを略奪し、何の為に利用するかは定かではないが――領土拡大に心血を注いできたかの国には、停戦の意思なぞ最初から無かったということだ。

「何騙されてんだよ」

皆が俯き声無き悲嘆に暮れる中、ノクティスはひとり呟く。全身を覆う屈辱にその喉は震えていた。

「バカ言え、そう簡単に騙されるもんかよ」
「それならどうして父様は…」

シドは邂逅するように目を瞑り、やがて瞼を上げてアーテルを見据える。

「王都で起きてたのは一方的な襲撃なんかじゃねえよ。あいつは城で戦争したのさ、迎え撃ってやるつもりでな」

双子達は思わず息を飲む。

「だが…備えちゃいたが、力及ばなかったってのが現実だ」

作業台の上には王都襲撃に関する新聞、そして古びた写真立てには在りし日のレギス達の姿が残されていた。
シドは極自然な動作で――それらを普段通りに見つめた瞬間、哀惜に駆られたように視線を背けてしまう。柔らかく青い記憶を愛でることは、彼の心をより深く傷つけるだけだった。「細けえことはコルの坊主に聞きな」と苦し気に吐き出し、手に持っていた工具を新聞の上に置いた。

「俺はレギスと顔を合わせちゃいねえんだ。もう何年も前からな」

腰を庇いつつ、ガレージから離れていくシドの足は覚束無い。面から滲む苦悩故にたった数時間で何十歳も年老いてしまったようにも見える。
シドは、ノクティスとアーテル同様、レギスの異常を察しながらも何の対策も打てなかった。
己を慮る言葉は一生耳からこびりついて離れることは無いだろう。レギスが下した選択を人知れず恨み、死の間際まで自身の無力さを後悔し続けるのだろう。

「……コルから伝言だ。『王の墓所』で待つだとさ」

今はただ、友から託された双子達を支える事だけしか出来ない。
彼らの無事を。彼らの旅路に、ほんの少しでもいいから幸せをもたらしてくれることを祈るだけだ。


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