霧混じりの雨の中、憂いの黒に濡れるレガリアは「主」の元へと疾駆する。車内に重く圧し掛かる沈黙に耐えかね、プロンプトが口を開いた。
「――みんな、無事かな」 「…、無事なわけねーし」
噛みつくように発したのはノクティスであった。苛立った溜息混じりに吐き捨てられ、プロンプトは委縮する。見かねたイグニスが宥めるが、ノクティスの腹で煮え立つ怒りは容易に治まる事は無い。
「ふざけやがって…何が停戦だ」
複雑に絡み合う感情は行き場を無くし、濁流のごとく彼の内で暴れている。 ――王都インソムニアがニフルハイム帝国軍の襲撃を受けたのは、昨日の事。騒動が起きたのは調印式の真っただ中だったという。帝国軍は飛行艇からの爆撃、あろうことか兵器としてシガイも用いていたらしい。 国王・レギスは死亡。そして婚姻の為オルティシエに向かっていたノクティスとアーテルも、襲撃されたと報じられていた。 何が本当なのか、何が嘘なのかも曖昧だ。各々不安や憤怒、苦悩が入り混じる中、アーテルは新聞を握り締めたまま黙り込んでいた。ふと上空から聞こえる金属音に微かに視線を上げると、王都へ向かって複数の帝国軍機動戦艦が飛び交っていた。
「…魔導兵、」
帝国軍が大量生産しているという人型の兵器。あれが王都の中に侵入し、無関係な市民まで巻き込んで殺戮を繰り返しているのだろうか。 城はどうなっているのだろう。側近達は脱出出来たのだろうか、あるいは人質として捕らえられているのだろうか。
『いろいろ控えた大事な旅なんだろ。もっと締まった顔できねえもんかね』
意味合いは異なれど、シドの言葉が胸に刺さる。 自分達が呑気に旅をしている間、王都が襲撃されているなんて知らなかった。調印式の事すらも知らなかった。 何も知らされていなかった、はずなのに。
『――すぐに帰れないことだけは、覚悟しておきなさい』
言葉の端に憂慮を感じていたではないか。王家の双子達は父の言葉に危機感を抱くべきだったのだ。
「…とうさま…」
アーテルのか細い声が零れ落ちた。新聞を握り締めた手のひらからは血が滲み、小刻みに震えている。 隣に座るノクティスは組んでいた腕を緩め、傷ついたアーテルの手に己の手を重ねる。妹の痛切な祈りを兄は聞き逃さなかったようだ。アーテルは目を伏せ、ノクティスの労わりを胸の内にて感謝する。
「あれ見て!」
プロンプトが前方を指さしたのと同時にレガリアが減速する。多数の魔導アーマーや帝国兵が王都への関所を封鎖しており、飛行艇も王都上空を飛び回っていた。ノクティス達同様、王都へ戻ることも出来ず立ち竦んでいる人々もいるようだ。
「先には進めねえな。迂回しようぜ」
王都への侵入経路は関門以外に存在しないが、一望できる丘はあったはずだ。帝国との戦争時に設置されていたという城壁の傍でレガリアを止め、5人は丘へと駆けだしていく。見張りを兼ねてか、少数ではあるが帝国兵が周囲を警戒しているようだ。
「帝国軍だ。このくらいなら片付けちまうか」 「ああ、蹴散らしてやる。もう停戦もなんもねーからな!」
ノクティスが帝国兵に向けて剣を投げ、グラディオラスが後に続く。アーテルも青白く輝く残像を纏わせながら長剣を振るった。狙撃兵からの攻撃をプロンプトが応戦し、イグニスが素早くナイフを投げる。 ぬかるんだ道を進んでいくにつれて、空に浮かんだ小型の飛行艇から武装した人間――ではなく人間を模した兵器が次々と現れた。
「これが魔導兵か」 「中身は人間じゃない。容赦なく攻撃してくるぞ」
魔導兵は全身が鋼鉄で覆われていることもあり想像以上に頑強だった。彼らは両目から人工的な赤い光を放ち、さもアーテル達を憎い相手と言わんばかりに襲いかかってくる。 魂なぞないくせに。 命の重さを、知らぬくせに。 ――アーテルの瞳が、金色を帯びる。
「あんた達より、シナバーシザーの方がよっぽど頑丈よ」
アーテルは粗暴に振り下ろされる魔導兵の腕を回避し、顎の部位にあたる箇所に槍を突き刺した。槍を上空に向けて振るい、首を刎ねると損傷した箇所から黒い塵が漏れ出し、血飛沫の様に舞い散った。 滴る雨を拭い、地に伏して活動停止する魔導兵を踏みつけ、アーテル達はただひたすらに丘へと駆けあがる。 早く真実が知りたい。確かめたい。 知りたくない、見たくない。 相反する感情に翻弄されながらも、アーテル達の足は止まることがなかった。 やがて彼女の青い瞳に映し出されたのは――霧と灰煙で霞む王都であった。
『――両国間で行われていた停戦協定については、今回の事件を受け、当面の凍結が発表されました』
ようやく電波が安定したのか王都内で飛び交っている報道を、プロンプトの携帯がキャッチしたようだ。プロンプトは手を震わせたまま音声だけが入る画面を見つめている。
『また、崩御されたレギス国王陛下に続き――ノクティス王子、アーテル王女、そしてテネブラエのフルーレ家神凪・ルナフレーナ様のご逝去が新たに確認――』
耳を疑う報道内容に思わずプロンプトが音声を切ってしまう。消すな!とグラディオラスに叱責されるがアーテルが緩く首を振った。 ノクティスをはじめ、皆無言で携帯を取り出し、荒っぽい動作で電話を掛ける。余りに脆く無力な彼らを嘲笑うように、飛行艇が彼らの真上を通過し、曇天の空を泳いでいった。心は僅かな期待と焦燥感に焼かれ、アーテル達の表情を苦渋に歪ませる。
「――もしもし、コルか?」
一番最初に通話可能となったのは、ノクティスであった。アーテルは視線が合った兄の元へ向かい、会話にそっと耳を傾ける。
『無事で、いるようだな』
余程疲労困憊しているのだろう、皺枯れた声が響いてくる。
「どうなってんだ」 『いまどこに』 「外だよ、そっちに戻れない」 『…ああ』
意図の読めない無感情の相槌に、必死でこらえていた苛立ちが爆発した。ノクティスは拳を握りしめ激昂する。
「ああってなんだよ!なんなんだよこれ、俺たちはどうしたらいいんだよ!オヤジは、ルーナは、王子と王女が死んだってどういうことだ、説明しろ――」 『俺は、ここを出てハンマーヘッドへ向かう』 「はぁ?」
突拍子もない返答に、より一層の怒りをぶつけることも出来ずノクティスは呆れ果てるしかなかった。再び説明を促すように口を開いた瞬間、電話越しのコルが微かに声を震わせる。
『陛下は 亡くなられた』
耳をそばだてていたアーテルの瞳が見開かれた。双子達は心の内で「嘘だ」と叫び、縋るような思いで崩落しつつある王都を見つめ――やはり現実であるのだと打ちのめされるのであった。
『何が起きたかは必ず教える。まず、そこを動け』 「………」 『また会おう』 「…、ああ」
通話は終了し、ノクティスは酷く重たげな動作で携帯を持つ手を下ろした。冷え切った四肢、泥水を吸って重たくなった靴のせいか全身が凍り付いたように動けずにいた。茫然と立ち尽くす彼らに向けて、イグニスは声を掛ける。
「将軍か?なんと――」 「ハンマーヘッドに行くって」
アーテルに代わって、ノクティスが喉から精一杯の声を絞り出し応える。
「……陛下は」
グラディオラスの問いかけに双子達は応える事が出来なかった。無表情のまま、ふらりと力無く体勢を崩したアーテルをイグニスが支える。ノクティスとアーテルの反応を見る限り、疑惑は確信に導かれたことだろう。 ――…永きに渡る二国間の戦争は最も醜悪な形で終焉を迎えようとしていた。アーテルの長い睫毛を這う雨の雫は、涙のように頬を伝って流れ落ちる。
【Chapter01. 旅立ち】
運命の双子達に残されたのは、三人の友と父の愛車だけだった。
|