ガーディナ渡船場から程近い海辺にて、アーテルは痺れた手を乱暴に振った。彼女をあざ笑うように対峙するシナバーシザーは鋏を鳴らす。頑強な甲羅で覆われたモンスターといえど弱点くらいあるはずだと思い、試しに槍で関節を狙ってみたもののそう巧くはいかない。そして共闘するグラディオラスも苦戦しているらしい。
焦れたようにアーテルは声を上げる。

「――グラディオ!もう無理!限界!」
「は?…おい、ちょっとまて!」

業を煮やしたアーテルはついにマジックボトルで生成した魔力を込めた球体を取り出す。慌ててグラディオラスが岩陰に身を引いたのと同時に、シナバーシザーの群れに凍てつく吹雪が襲い掛かった。南国の気候では体感するはずのない冷気が群れを覆い、自慢の甲羅よりも強固な氷の刃によって絶命した。
魔法の余韻が残る中、グラディオラスは溜息をつき、身を乗り出してアーテルの傍へと向かう。

「あっぶねえだろ!俺まで殺す気か」
「えー、グラディオは丈夫だから余裕でしょ」
「お前なあ…」
「だってもう夕方じゃん、みんな帰ってきちゃうよ。さっさと終わらせたかったんだもん」

アーテルはぶすくれた顔で真っ白になった甲羅をこつこつと叩き、昼間の出来事を逡巡する。
――胡散臭い男と離れた後、運航状況を確認してみたがやはり船は出ていなかった。
理由は不明。急きょ差し止められたのだと、乗船場所にて遭遇した新聞記者・ディーノは語っていた。
それで話が終われば良かったのだろうが、あろうことか新聞記者はアーテル達が「ノクティス王子御一行」である事を知っていた。挙句情報を拡散されたくなければガーネットの原石を捜して来いなどという交換条件を押し付けてきたのだ。
おまけにこちらが嫌悪感を丸出しにすると、報酬のひとつとして「船の手配も引き受ける」と言ってのけるのだから喰えない男だ。
――ここがインソムニアであったなら不敬罪で牢屋に放り込まれかねない。しかし外の世界では顔など周知されているはずはなく、名前を知る者の方が少ないのではないだろうか。世界から見れば、王族というのは所詮その程度の存在なのだ。

「とりあえず終わったから行くぞ」
「はーい」

グラディオラスに声を掛けられ、アーテルは武器を仕舞う。行き先は「うち、レストランなんだけど」と苦笑しながらも討伐依頼を寄こしてくれた料理人のもとだ。日が傾き始めた所為か、旅行者や宿泊者達が続々とレストランに集まりはじめている。中には今回の運休の件で足止めを食らった人々もいるのだろう、昼間よりもスタッフが増員されているようだ。
料理人はディナーの下準備を終えたところだったらしい、二人を見つけると品のいい微笑みを浮かべる。

「御苦労様、これは謝礼よ」
「おう」
「ありがとうございます」

アーテルはちらりと女性の胸元に視線を向ける。料理人のネームプレートには「カクトーラ」と記されていた。彼女の顔と名前に聞き覚えがあったが明確には思いだせない。アーテルが小さく首を捻りながら記憶の引き出しを開閉しているところに、カクトーラは声を掛けてきた。

「他の子達はまだ帰ってきていないのね、良かったらうちで休憩していけば?」
「そうだな。アーテル、何か飲むか」
「…えーっとじゃあ、これで」

各々飲み物を注文し、観光地気分が味わえる洒落たソファーに腰掛けた。夕陽によって染まり始める海を眺めつつ、アーテルは謝礼をグラディオラスに手渡そうとする。しかし彼はアーテルの手をそっと押し戻した。

「お前からイグニスに渡してくれ」
「え、でも」
「俺だと全部使っちまいそうだ。あいつに管理させた方がいいだろ?」

――オルティシエについたら異国の酒と食事を味わいたい。だが今所持しているギルでは豪遊なんてできない。せっかくだから討伐依頼で小遣い稼ぎがしたい。
…新聞記者から原石採取の交換条件を受けた直後、そう豪語したのは他ならぬグラディオラスであった。討伐にアーテルを連れていくと提案した際、イグニスに渋られた様子も覚えている。

「…」

胡散臭い男との出会いはアーテルに困惑と混乱を引き起こし、冷静さを失いかけていた。アーテルは迷子のように「男」を追い掛け、身体も精神も崩落していきかねない――グラディオラスとイグニスは半ば本能的に、アーテルに忍び寄りつつある危険を察知したのだろう。そして片割れであるノクティスにも悪影響が生じるのではないかという懸念だ。
勿論ノクティスとプロンプトもアーテルに対して違和感を感じていたのだろうが、どう声を掛けていいものやら戸惑っているようだった。
所持金収集というきっかけを作ったのは、アーテルと皆を落ち着かせる為の作戦だったのだろう。付き合いの長い「大人達」は違うなとアーテルはひとり苦笑する。

「…グラディオ、ありがとう」
「何がだ?」
「ん、いろいろ!」

なんだそりゃ、とグラディオラスは朗らかに笑う。丁度良く運ばれてきたフルーツ盛り沢山のサングリア、ガーディナ産のライムを絞ったジンリッキーを手に二人は乾杯した。疲れた体にビタミンと程良いアルコールが染み渡っていく。
アーテルが満足そうな吐息を零すと、視界の端からこちらへ向かってくる男が見えた。高級そうなスーツを着崩し、いかにも言動が浮ついていると受け止められる風体である。

「やっほ、お二人さん!俺も混ぜてよ」

有無を言わさず乗り込んできた男・新聞記者のディーノは悪びれのない笑顔でグラディオラスの隣に座った。彼が会話の共として手に携えていたのはアルコールの類ではなく、意外にもジンジャーエールだった。一体何の用か、アーテルが怪訝そうに視線を送るとディーノは手を合わせて頭を下げる。

「カンジ悪かったでしょ、ゴメン!俺、新聞記者兼アクセサリー屋なの。依頼したガーネットって結構希少品でさ、脅してでも欲しかったんだ」
「アクセサリー屋?」
「そ。良かったら見る?」

ディーノは自身の作品が掲載されているカタログを差し出した。女性向けの指輪やブレスレットと言った手頃なものから、礼服着用時に併せた重厚な装飾が施された肩当てなど種類は多岐に渡る。ふとアーテルの視点はアメジストが埋め込まれている腕輪に止まった。

「これ、見たことある」
「え!マジ!?」
「うん、王都警護隊の人が防具として使ってたの」
「そっか〜…いやあ嬉しいなあ……役に立ててるんだ…」

ディーノは頬を紅潮させ、心から喜びを浮かべていた。あまりにも純粋で優しい笑みを浮かべるものだからアーテルとグラディオラスは思わず顔を見合わせてしまう。ディーノは彼らの様子にようやく勘づいたのか、小さく咳を漏らしてから再び口を開いた。

「そうそう、難癖つけたお詫びに情報。君らが貰った銀貨、あれ『神凪記念硬貨』。あの男他にもばらまいててさ、帝国関係者かもね」

さっとアーテルの顔色が青くなる。就任記念硬貨は一般に配布されていないはずだ、ルナフレーナの就任式典に参加した来賓――王族や各国首相等、権威ある人物の手にしか渡っていないことだろう。あの男もまた帝国上層部の一員なのだろうか。
だとしたら何故わざわざアーテル達の前に姿を現したのか。警鐘を鳴らせと言わんばかりの行動にアーテルは苦悩する。黙り込んでいるアーテルに代わってグラディオラスがディーノにグラスを向けた。

「貴重な情報ありがとよ」
「別にいーよ。今後とも御贔屓に!…お、戻ってきたんじゃない?」

ディーノが指さした方向には駐車場の付近を走るレガリアがいた。日没までには間に合ったらしい。アーテルはグラスを置き、三人を迎えるべく席から離れた。


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