ゆるく、おちる。



3月に入って、日が随分と伸びてきた。
外には桜の蕾が付き始め、並木通りをほんのりと桃色に染めている。
それでもまだ、肌に吹き付ける風は「まだ春が来るには早い」と言い聞かせるかのように冷たい。ちょうど校舎を出た瞬間に北風が襲ってきたので、私は思わず溜息をつきながらコートの前襟をぴっちりと重ねた。

時刻は20時。日が伸びてきたとはいえ、もう辺りはすっかり暗くなっている。前回外の様子を確認した時にはまだ仄かに明るかったように思うのだが、今はただ寒々しい電灯が足元を心もとない光で照らすだけだ。どうやら今日は、月さえ出ていないらしい。

委員会の仕事を片付けていたら、思ったよりも遅くなってしまった。今日は急いで帰って、ゆっくりお風呂に浸かろう。

「なまえ?」

凍る手に息を吐きかけながら校門を通ろうとした時、私が通って来た道と反対側の方から人の声が聞こえた。

振り返ると、そこにいたのは電灯の明かりを集めて神々しく輝く金髪。
やたらその姿が煌めいて見えるのが決して彼の外見のせいだけではないことを、私は無意識に理解していた。

「研磨…」

唇の先で名を呼ぶと、連動するように心臓がひとつ大きく跳ねた。風で乱れた前髪を直し、不自然にならないよう筋肉を一生懸命コントロールしながら笑う。

「今帰り? 遅いね」
「うん、委員会で。研磨は…今日はひとりなの?」
「クロなら先生に呼び出し食らった。まだ主将になってそんな経ってないから、引継ぎとか色々あるみたい」
「そっか」

気のない友人相手ならいくらでも出てくるはずのくだらない話題が、彼を前にしてしまうといつも引っ込んでしまう。「途中まで一緒に帰ろう」と簡単に言えば済むことなのに、急に速くなった拍動に圧迫されたように、全ての言葉が喉元で詰まっていた。

「────途中まで、一緒に帰る?」

すると、暗くて静かな校門前で、研磨の方からそう言った。私より背が高いくせに、こちらの顔色を窺うように覗き込んでくる彼の視線。迷いに溢れた声と揺れる前髪が、彼の緊張を如実に表している。

私は知っていた。
普段の彼なら、"知り合い"に会ったところで話しかけることも、ましてや一緒に帰ろうと提案することも決してないということを。

私が彼に対して"知り合い"以上の情を抱いていることと同じように、彼もきっと────。





研磨と初めて出会ったのは入学式でクラス分けの発表があった直後のこと。偶然隣の席になって、偶然彼が初日の授業で教科書を忘れてきて、あからさまに困っていたので一緒に見せてあげたという、それだけ。

研磨はあまり自己表現をしないタイプだった。友達を作ることもなく、常にひとりでゲームばかりしている。
だから当然、私達もすぐに仲良くなれたというわけではない。こちらとしても特段彼ばかりを気に掛ける理由がなかったので、クラスメイトとして最低限の挨拶くらいしか交わしていなかったのだが────。

"同じクラスの孤爪くん"から、"話の合いそうな研磨くん"に認識が書き替えられたのは、じわじわと這い寄る暑さに侵食される7月に入ってからのことだった。
彼の手元に視線を落としたのは、単なる偶然だ。いつも通りゲームをやっているその画面がたまたま目に入った。別に私は普段からゲームをやっているわけではないので、どうせその日もわけのわからない戦いを挑んでいるのだろうと軽い気持ちで流すつもりだったのだが────。

「うわ、そのボスめちゃくちゃ強いやつだ」

気づいた時には、勝手に声が漏れていた。
奇しくもそれは、昨日ちょうど兄がプレイしていたものと全く同じ場面だった。相当のゲーマーでないとタイトルすら聞いたことがないようなマイナーなゲームだが、ストーリーと音楽がよく作りこまれているので、知る人にとってはまさに"神作"らしい。「タイミング見てボタン押すだけなのにそんなに難しいの?」と出来心で訊いてしまったがために、その後無理矢理1時間もやらされたという私にとってはある種因縁のゲームでもあった。

「え、これ知ってるの?」

1時間かけた程度では攻略するどころかゲームの操作すらろくにできなかったのだが、お陰でそのボスの顔だけは夢に見るほど頭に刻み込まれていた。思わず声をかけてしまった私に対し、研磨が戦闘を中断して顔を上げる。
────彼とまともに目が合ったのは、それが初めてだった。

「兄がゲーム好きで」と言い添えて経緯を説明してみたところ、研磨は最後までどこか晴れやかな顔でその話を聞いてくれた。

「確かに音楽はすっごく格好良かったんだけど、ストーリーとかは正直ボス戦だけ齧っても全くわかんなかった。難しかったし」
「初心者にはちょっと厳しいかもね。それにこれ、2作目だし。ストーリーに繋がりはないけど、細かいネタが1作目からあれこれ拾われてるから、操作性も含めてせっかくならそっちから始めた方が良いと思う」
「あー、私もタイトルの"2"ってちょっと気になってたんだよね。でも"1"ってだいぶ昔に出たやつなんでしょ? お兄ちゃん、中学生の時に一回プレイして、もう売りに出しちゃったって言ってたんだよね」
「…興味あるならやってみる? おれの家に"1"もあるけど」

興味があるかないかと言われたら、「興味がないわけではないが別にそこまでやりたいとは思ってない」というのが正直なところだった。
それでも、

「…良いの? ありがとう」

そう答えてしまったのは、研磨がその時表情の乏しい顔にたくさんの星を浮かべていたから。

「うわ、お前それどこから持ってきたの!? "1"はもう出回ってないのに」
「んー、クラスメイトに借りた」

兄が驚いたような顔をする横で、それから私はしばらく借り物のゲームに没頭していた。

始めてみると、確かに隠れた名作と言われるだけのことはあった。ストーリーが複雑すぎて一度ならずキャラクターの関係を図に表さなければならなくなるという難点はあったが、どうやら私はそれなりに凝り性だったらしい。むしろ細部まで作りこまれている点においては好感しかなく、途中で夏休みに入ったのを良いことに朝から晩まで戦場を駆け回った。

クリアしたのは、1ヶ月後。その頃には蝉の大合唱が鼓膜に張り付く夏の盛りを迎えていた。

「あー…どうするかなあ…」

ラストの主人公達の別れのシーンを引きずり、ずるずると鼻を啜りながらベッドに転がる。

この感動を、誰かに伝えたい。
新学期が始まるまで、待っていられない。

私はその日、入学式以来開いたことのなかったクラスグループのメッセージチャットを開いた。
メンバーの中から"孤爪研磨"を選び、まっさらなトーク画面に無心で文字を打ち込む。
見るのも嫌になるくらい長くなった感想文を、見返すこともなく送信。返事が返って来たのは、5分後だった。

「…長っ」

何をどうしたらこの5分であの長文を読み、同じだけの文量を返せるのだろう。そう思ってしまうほど、文字上の研磨は饒舌だった。

何はともあれ、ちょうど夏休みで(少なくとも私は)暇を持て余したことも原因だったのだろう、それから私達は1日に1回程度のペースで長文のやり取りをするようになった。
"孤爪君"から"研磨"に呼び方が変わったのもその流れの中でのことだ。「(孤爪って一発で漢字変換が出ないから)研磨って呼んで良い?」と訊いたところ、おそらく私が言葉足らずだったせいだとは思うのだが、研磨も「おれもなまえって呼んだ方が良い?」と返してきたので、なんとなく距離を縮めるような形になってしまった。

私達の間に特別なきっかけなどなかった。
偶然に偶然が重なり、結果として他の人より少しだけ特別な位置にお互いを据えただけのこと。

その先に行き着いたのが、この不安定と言って有り余る感情だった。
話しているのが楽しい。もっとこの時間が続けば良いと思う。会いたいと願うようになる。現状で満足していたはずの心は次第に欲を訴えだし、気づいた時には取り返しのつかないところまで大きく育ってしまっていた。

もちろん、最初はこんな気持ちを抱えたところで一方通行に終わるだけだと何も期待していなかった。話題を重ねれば重ねるほど、研磨が恋愛に興味など持っていないと思い知らされ、私はあくまで"この年になって得られた貴重なゲーム仲間"の域を出ないと信じていたからだ。

たとえ付き合えなくたって、好きになった人とこれだけ近い距離にいられるなら幸せなものだ。そう言い聞かせて友達の地位に甘んじていた私だったが────。

それは11月に入る頃。
たまたま休み時間にお手洗いから戻ってきた時、うちの教室の入口で研磨と上級生の男子が喋っている光景を見た。1つ上の学年に幼馴染がいるとは聞いていたので、きっと彼がそうなのだろう。
気を遣うのも遣わせるのも申し訳なかったので、できるだけ気配を殺し、こちらに背を向けている彼らに気づかれないよう歩く。

「で? お前の好きな子はどこの席にいんの?」

────しかし幼馴染先輩の好奇心に溢れた声が聞こえてきた時、思わず私の足は止まってしまった。

おまえの、すきなこ?
研磨、好きな子がいたの?

程良い人混みの中立ち尽くす私。そっと会釈だけして2人の脇をすり抜けるつもりだったのだが、思わず隣のクラスの前で立ち話をしている見知らぬ人の陰に隠れ、聞き耳を立ててしまった。

恋愛になんて、興味ないと思っていたのに。
私が報われることなんて、期待していなかったのに────それでも、好きな人に好きな人がいるらしいと聞いて、そのままスルーできるほど私の心は広くなかった。

そして────。

「なんだっけ、花子さん?」
「なまえだから。覚える気がないなら適当言わないで。ていうか本人今いないし」

唐突に自分の名前が出てきた瞬間、私は一瞬重力を失ったかのような錯覚に陥った。

今…あの人達、何の話してたんだっけ? えっ、なんで急に私が出てくるの?

「えー残念。せっかく1年の教室くんだりまで来たんだからせめて顔くらい見ておきたかったのに」
「クロにだけは絶対会わせない」
「なんで!」
「面倒なことになるのが目に見えてるから」

「もう戻って良い?」とあからさまな溜息をつく研磨の姿は、あまりにいつも通りだった。照れる素振りも躊躇う気配もないので、さっきの台詞は私の幻聴だったのではないかと疑いたくなってしまうほどに。

「えー、でも仲良いんだろ? 俺にも紹介してよ、幼馴染のよしみじゃん」
「ヤダ。それに仲良いって言ったってこっちが勝手にそう思ってるだけで、なまえにはたくさん友達いるから」
「またそんな"僕にとっては唯一だけど相手にとってはたくさんのうちの1人"みたいなこと言う」

……と思った途端にこれだ。まるで聞き間違いなんかじゃないと念押しされるかのように、私の耳に再び自分の名前が入る。

ええと、うちのクラス…他になまえって子はいないよね…?
じゃあ、なんだ。
研磨は私のことが好きなの? 本当に?

結局その後呆れかえった研磨は教室に引っ込んでしまい、駄々をこねていた先輩も大人しく2年の階へと戻って行った。後に取り残された私はチャイムが鳴って我に返るまで、その場に留まることしかできなかった。

そして今に至り────。

「昨日どこまで進んだ?」
「あのあれ、主人公パーティが雪山に遭難して、大きい狼と戦うところまで行った」
「結構強いでしょ、あいつ」
「もー強すぎ! 5回くらいゲームオーバーになったところで心が折れて放り出した!」

私は5ヶ月近く、あの日聞いてしまった話の真意を問うことができずにいた。

研磨には何も変わった様子がない。みんながいるところでは滅多に話しかけてこないし、何か用があったとしても必要最低限の関わりしか持とうとしてこないままだ。
それでも今日のように、その場に私達しかいない時にはわかりやすく親しみを露わにしてくれる。相変わらず放課後のメッセージのやり取りは続いているし、なんなら直接の会話がなくとも時折少し離れたところからの視線だって感じていた。

関わりを持ち始めた頃だったなら、それを意識することはただの思い上がりだと自制していただろう。それでも、私がいない場で行われたあの先輩との会話がある以上、どうしたってそこに意味を持たせたくなってしまう。

だって私は、彼のことが好きなのだから。
彼にだって、私を好いてほしいと…今ではそう思う。

「それにしても寒いなあ…もう3月になるっていうのに、未だにおこた片づけられないよ」

袖の隙間から入る冷たい風を嫌がりながら、指先に息を吹きかける。

「確かに今年は寒いかも」
「んね。コートもマフラーも全然片づけらんない」
「…あ、そうだ。それなら…」

すると、研磨の歩みが急激に遅くなった。振り返ると何やらポケットの中を探っているようだったので、私も歩幅を合わせてその動きを見守る。

「…これ、あげる」

────出てきたのは、小さなサイズのカイロだった。

「え、でも研磨が」
「うん。その、寒いと思って部室で開けてきたんだけど、運動した後だからかそうでもなかったみたい。とにかく、おれは要らないから」

少し早口になって、視線を泳がせながら言う研磨。厚意をもらっているのはこちらなのに、なぜだか「もらってくれ」と頼まれているような気になってしまった。

…こういうことするから、調子に乗りたくなるんじゃないか。

「…じゃあ、お言葉に甘えて」

こういう時、きっと可愛い女の子なら上手に甘えられるんだろうな。私だって彼に可愛いって思われたいんだ、じゃあここは突っぱねるんじゃなくて笑ってお礼を言おう。

「ありがとう。指先が温まるだけでも全然違────」

そう言ってカイロを受け取った時、指先がちょんと研磨の手に触れた。

ひやり。

掌は鉄の熱ですぐ温度を取り戻したのに、指先は同じくらいの冷たさに跳ね返されただけだった。

「研磨、手冷たくない?」
「…冷たくない」
「本当は結構冷えてるのでは?」
「…冷えてない」

研磨は下手な嘘を重ねるばかりだった。視線さえ合わせてくれない。

「おれのことは良いから。寒いんでしょ」

カイロと、研磨の手と顔を何度か見比べる。
私に良いとこ見せようとしてくれたのかな、なんて思うのは驕っているだろうか。

でもさ、好きな人に優しくされたら嬉しいに決まってるよね。

思えばその時の私は、少し調子に乗っていたのだろう。
本人に確認したわけでもなく、状況証拠だけでこの想いが繋がっていると舞い上がっていたのだ。

「────手、繋いで帰る?」

そんな冗談が滑らかに飛び出してきたのは、生まれて初めてのことだった。

「えっ」
「カイロ挟んで温めっこしたら2人とも暖取れて幸せだよ〜」

無性に触れたいと思ってしまった。確かめたいと、思ってしまった。

立ち止まってわざとらしく彼の手を取る私。それが振り払われないことを、確認したい。
あざといことをしている自覚はある。付き合ってもいない男の子と手を繋ぎたがるなんて、もし私が勘違いをしているだけだったとしたらこんなものはただの気持ち悪い押し付けだ。

でも…真面目に告白する勇気がなくても、不真面目に手を取る真似なら私にもできる。
嫌がられたらぱっと放して、高らかに笑えば良いだけなのだから。

研磨は慌てたように視線を泳がせた後、こちらを見ないまま勢いよくカイロを私の手の中に押し付けた。

「っ、あんまり…揶揄わないでくれない」

その顔が真っ赤に染まっているのは、冷たい風に吹きつけられたせいなのだろうか、それとも。

「なまえは誰とでも仲が良いから平気で手だって繋げるのかもしれないけど…普通に考えて…っていうかおれは、そういうの慣れてないから…」
「誰にでもこういうこと言うわけじゃないよ」

突き返されたカイロを握りしめて、冗談に混ぜようと思っていた言葉を吐く。思っているよりその声は小さくて、自分のことなのになぜだか笑えてしまった。

「…そういうことしたいなって思った人じゃないと、言わない」

ああ、私って本当にこの人のことが好きなんだな。唐突にそう思った。
こんなの、真面目に告白しているのと同じことじゃないか。

期待しないなんて言っていたのは、一体いつのことだっただろう。
心臓が口から飛び出そうだ。冷え切っているはずなのに、体は全く寒さを感じない。内側から発せられる熱に浮かされて、私は思いきり見返りを求めようとしていた。

これが勘違いじゃないって、言って。
私の思い上がりじゃないって、言って。

研磨は先程まで頑なに逸らしていた視線を、今度は私にまっすぐ据えていた。見開かれた目が驚いたように、探るように私の目を捉える。

「そ…れって…」
「…なん、ちゃって」

先に耐え切れなくなったのは、私の方だった。遅すぎる撤回の台詞を口にして、くるりと進行方向に向き直る。

「カイロはありがたくもらっちゃうね! てか寒いから早く帰ろ、私今日は家に着いたらすぐお風呂沸かすって決めてるんだ」

研磨を急かしながら、短い足を一生懸命動かす。

答え、聞けなかったや。
きっと研磨も私のことが好きなんだろうなあなんて都合の良いことを考えたくせに、いざとなったらやっぱり恐怖の方が勝っちゃった。

別にそういう気持ちを茶化す人ではないんだから、私の気持ちがバレたところで傷つけるような真似はしないって…そのことなら、自信を持って言えるのに。
どうして勇気が出せないんだろう。私は、一体何を恐れているんだろう。

「────あのさ」

彼がついて来てくれているかもわからず歩を進める私の背に、いつもより少し大きな声が浴びせられた。

「…その…こういうの、全然おれわかんなくて…うまく言えないんだけど…あの、だから…ちょっと、整理させて」
「何を?」
「さっきのあれが冗談じゃないんだったら…話したいことがあるから…ええと、明日の朝…7時に、ここで待ってる」

消え入るような声が聞こえなくなってしまう前に、立ち止まる。
迷いながらも振り返ると、研磨は一生懸命言葉を選びながら私を見つめていた。

「…話したいことって、今じゃダメなの?」
「今言ったって格好つかないし、これがなんかその、夢…とかだったら嫌だし…」

なんだ、それ。
私の告白まがいな言葉は思いきり滑らせたくせに、自分は場を整えるつもりなのか。

それにそんなこと言われたら、どうしたってその"話"とやらの内容を妄想してしまうじゃないか。
私にとって都合の良い話なんじゃないかって。期待に応えてくれるんじゃないかって。

「と、とりあえず今日はおれ…こっちから帰るから」

そう言うと、彼は私を置いて不自然に遠回りになる道を歩いて行ってしまった。
取り残された私は、希望と不安の合間にしばらく立ち尽くしてしまう。

どういう意味なんだろう、客観的に考えたらきっとこれって…"そういうこと"なんだろうとは思う。でも、いざ自分のこととなると公平な判断が利かなくなってしまうのだから嫌なものだ。

あの態度を見ていれば、まず私の気持ちは伝わっているはず。その上ですぐ答えが得られなかったことに、落胆しなかったわけじゃない。
でも────。

「慣れてないから」と拗ねたように言われただけで、拒絶はされなかった。
「話したいことがあるから」と改まって言われただけで、終わりは告げられなかった。

強引に渡されたカイロが、私の手の中で熱を放つ。

「…夢、じゃないと良いなあ」

音にならない独り言が、唇の隙間から漏れた。









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