あなたの太陽になりたい



人は、自分が持っていないものを持っている人に惹かれるらしい。
俺はよく人から「表情がないね」「いつも冷静だね」とばかり言われてきた。

だから、それはこういうことなのだろうか。

同じクラスの、あまり話したこともないような女子。
その子はよく表情の変わる子だった。ちょっとしたころでコロコロ笑って、ちょっとしたことでオタオタ狼狽える。箸が転がっただけでお腹を抱えて過呼吸を起こすし、忘れ物をしてきただけで泣きそうな顔になる。

面白いな、と思った。
どうしてそんなに簡単なことで心を揺さぶられるんだろう。どんな気持ちで日々を過ごしているんだろう。

だから、最初にあったのは純粋な興味だった。
自分にないものを持っている人。その人が、どういう思考回路をしているのか知ってみたい。

「みょうじさん」

ちょうどその日は一緒に日直の当番を任されていたので、良い機会だと思って話しかけてみる。

「なあに?」

彼女は名前を呼ばれただけなのに、とても嬉しそうな顔で応じた。

「…変なこと訊くようなんだけど、みょうじさんっていつも何考えてるの」

素直な問いを投げると、これまた素直に戸惑ったような表情が返ってきた。
本当にわかりやすい子だと思う。そして、そのわかりやすさが、俺にはわからない。

「ええ…いつも何考えてるの…かあ…。そうだなあ、例えばね、昨日は夢に猫が出てきたんだけど、猫の夢って人を呼び寄せる良い夢なんだって! 朝それを調べたら、なんかもう1日中ハッピーな気分になれてさあ。お昼のお弁当には私の好きなものが入ってたし、授業で当てられたところはちょうど復習してたところだったからバッチリ答えられたし、夢占いって結構当たるんだな〜って思ってた!」

1に対して100の答えが返ってきてしまい、思わず面食らった。
これだけ忙しそうに感情を動かしている子なのだ、きっとその頭の中では色々な出来事が大袈裟に捉えられているのだろうとは思っていたが────まさか、ここまでとは。

「赤葦君は何を考えてるの?」
「うーん…だいたいはバレーのこと」
「あ、そっか。赤葦君ってバレー部のレギュラーだったんだっけね。あの…3年のすごいなんかこう…元気! って感じの人とよく一緒にいるの、そういえば見たことあるかも」
「元気…ああ、木兎さんのことか」

木兎さんについても、あの感情の振れ幅には興味を惹かれるものがある。もっともあの人の場合は、その生き様に憧れて、その傍で猫背になりやすい肩をぴんと伸ばせるひとつの要素になれたら良いなという淡い願望の方が先行しているところはあるが。

「赤葦君、すごいクールなイメージだから、木兎さん…? と一緒にいると、すごい凸凹コンビって感じで楽しいよ。見てるだけで楽しくなっちゃう」
「そんなに?」
「うん。木兎さんの全身全霊な雄叫びに冷静なマジレス返す図、すごく好き」

思い出し笑いをしながら、彼女は花瓶の花を丁寧に取り換えていた。そういえば、いつも教室の窓際には新鮮で彩り豊かな花が生けられていたっけ。枯れてしまった花に「ありがとうね」と、そして新しい花には「これからよろしくね」と声をかける彼女のその丁寧さに、一層興味が増す。

「その花、みょうじさんがいつも変えてるの?」
「え? そうだよ。日直ってだいたい2週間に1回くらいの頻度で回って来るでしょ。だからそのついでにやってるの。そっか、赤葦君と日直一緒にやるの初めてだから、知らなかったんだね」

えへへ、と照れたように笑う彼女の顔は、窓から差し込むオレンジ色の夕焼けによく似合っていた。

その顔がやたら眩しく見えたのは、西日のせいだったのだろうか。それとも。

「みょうじさんの好きなものって何?」

こちらは日誌を書いている間に。彼女は教室を整えている間に。なんていうことのない沈黙を埋めるためだけの雑談のつもりで、俺は気になって仕方なくなってしまった彼女のことをもっと深く知ろうと、些細な質問を投げた。

「なんでも好きだよ〜。あ、でも勉強だけはダメ。毎回山張って博打打ってる気分」
「博打って」
「いや、ほんとなのこれが。友達もおいしいご飯も運動も音楽もだいたい好きなんだけど、勉強だけはセンスがないみたいで」
「まあ、人によってやり方は千差万別だからね。まだ自分に最適な勉強法が見つかってないだけなんじゃない?」
「赤葦君…難しい言葉を知っておりますね…」

知れば知るほど、木兎さんみたいな人だ。そのことに、少しだけ親近感を覚える。

「良かったら、今度テスト前に勉強教えようか。俺もそこまで得意ってわけじゃないけど、山を張って徹夜するよりは効率的だと思うよ」
「なんで一夜漬けしてること知ってるの!?」
「木兎さんがだいたいそうだから」
「ほわ…まさか赤葦君と仲の良い木兎さんと同列に扱っていただけるとは…。はっ、でもそれって赤葦君の勉強の邪魔になってしまうのでは?」
「別に。教えながら勉強するって、結構自分のためにもなるから」

そこまでして食い下がったのは、ずっと気になっていた子と仲良くなれる良い機会だと思ったから。好きとか付き合いたいとかそういうことを思っているわけじゃないけど────そうだな、確かに俺は彼女の言う通り、彼女と木兎さんをどこか重ねている節があるのかもしれない。

同じクラスの、不思議な子。俺にないものを持っている子。
自分の知らないことを知っているなら、それを教えてほしい。
俺に足りないものを持っているなら、それを与えてみてほしい。

言ってみればそれは興味から生まれた単なる我欲でしかなかったのだが、その提案は彼女にとって大きなメリットをもたらしたらしい。子供っぽい仕草で両手を大きくばっと広げ、「やったー!」と彼女は喜んでいた。

そんな成り行きで、俺と彼女はしょっちゅう同じ時間を共有するようになった。

始めは、テスト勉強を教えるところから。
彼女は決して頭が悪いわけではなかった。ただ、本当に勉強法を知らないだけだった。

「古典と漢文はとにかく量をこなせばそのうちなんでも雰囲気で読めるようになるから」

「数学は大事な公式って結構絞られてるから、基礎の問題をとにかく解いてみて。そのうち応用が効くようになってくる」

「日本史なんかは自分で年表を作ってみるよ良いよ。インプットとアウトプットが同時にできるようになるから」

最初は自分がやっている勉強法が果たして彼女に合っているのかはわからないと不安も感じていたが────1週間もする頃には、問題集を解く彼女の顔が目に見えて明るくなっていった。

「すごい! 本当になんとなくわかるようになった!」

「数学って意外と似たような問題ばっかり出すんだね。公式の大事さがわかりました」

「日本史の年表作るの楽しい〜!」

俺達の勉強会は、週に1回。部活がオフの月曜日の、放課後。
みんなが遊びに行ったり部活に行ったりするためにどんどん教室を抜けていく中、いつも腰を据えて残り続けている俺達。こうしてだんだん場が静かになっていくその時間が、結構俺は好きだった。

それに何より、17時を過ぎた辺りから見られる、西日に照らされたオレンジ色の彼女の顔。どうにも俺は、優しい光に包まれた彼女の姿を見ていることを心待ちにしているらしい。

「すごい、赤葦君に教えてもらうようになってから勉強も楽しくなってきた! ありがとう!」

俺からすれば、苦手意識を持っていたはずの分野を「楽しい」と言えることの方がすごいことなんじゃないか、と思った。そもそも苦手なことに積極的に取り組もうと思えるその姿勢がすごい。俺だったら、できることはできること、できないことはできないことと割り切ってしまいそうなのに。

やっぱりこの子は俺とは正反対のものを持っている子だ。
だからこそ気になる。だからこそ、素直に尊敬できる。

「逆にみょうじさんの一番得意なものって何?」

彼女が解いた問題集の答案を採点しながら、いつものようにさりげない話題を振る。

「うーん…料理とかは結構得意って言えるかも。お弁当作るの、好きなんだ」
「へえ、確かにそういうの器用にやりそう」
「あ、もし良かったら明日お弁当作って来ようか? 日頃のお礼に」
「え?」

思わず、手を止めて彼女の方を見てしまった。

今まで彼女に構っていたのは、自分が彼女のことを知りたいと思っていたから────つまり、自分のためだった。だからまさかそんな風にお礼をしてもらえる立場だなんて思ってもみなかったのだ。

「あっ、ごめん、人の手料理とか苦手なタイプだった? ごめん、嫌だったら正直に言ってね、そっちの方がありがたいから」
「いや、そうじゃなくて…。こんな程度のことでご飯を作ってもらえるなんて、思ってなかったから」
「何を言いますか!」

素直な思いを口にすると、頬を膨らませた彼女に叱られてしまった。

「私がどれだけ赤葦君にお世話になっていることか! 赤葦君、最初はクールな人だと思ってたけど、すっごく優しいし、面倒見良いし、笑った顔とか可愛い…は男の人には失礼かな? とにかくとっても素敵だし…私、赤葦君と仲良くなれたのがとっても嬉しいよ! 赤葦君は私の太陽みたいな存在なの! 行き先を照らしてくれて、いつも同じとこに輝いてる憧れの存在! だからむしろそのこと自体にお礼したい気分なんだ…って私勢いに任せて何言ってるんだろ〜恥ずかし〜!」

その時、夕陽に染まっているはずの彼女の笑顔が、不思議なことに────真昼の太陽のようにも、満天の星空のようにも見えた。表情がキラキラとしていて眩しいのは言うまでもなく────真正面から投げられたいくつもの褒め言葉が、陽光のようにまっすぐに、星々のようにキラキラと、俺の胸の中に吸収されていく。彼女は俺のことを太陽のようだと言ってくれたが、彼女の方が余程大きな────空そのもののようだ。

そんな風に言われたのは、初めてだった。

「…みょうじさんって、本当に面白い物の見方するよね」
「え、今のでなんでそう言われるんでしょう」

本気で不思議そうな顔をされてしまったので、思わず笑い出してしまった。

単なる興味と好奇心。そんな薄い感情が、その時ひとつ階段を登ったような気がした。
心臓が、とくんと跳ねる。
今のはなんだろう。褒められて嬉しかったんだろうか。思いがけない言葉をかけられて驚いたのだろうか。

よくわからないが────今日ばかりは、もう少し彼女と一緒にいたいな、と思った。

「ねえ、じゃあさ」

それでも時間とは無情に過ぎていくもの。今日の分と最初に決めていた問題集を解き終え、修正が必要な点も見つからず、仕方なく俺達は帰り支度を始める。

「今週末、午前中に練習試合があるんだ。良かったら見に来てくれない? そのついでにお弁当もらえたら、俺すごく嬉しいかも。…流石に欲張りすぎかな」

彼女を知りたいと思った。彼女という生態を明かしたいと思った。
そうしたら、日が経つにつれて、その気持ちが少しずつ逆転していった。

俺のことを知ってほしいと思った。俺という人間の日常を見てほしいと思った。

表情が毎秒変わって、思ったことを素直に言って、なんでも大袈裟に表す子。
そんな子が、俺のバレーを見たら何と言うんだろう。
やっぱり木兎さんの方に目が行くのかな。あの人、目立つもんなあ。

「え、行って良いの!? 行く行く! バレーのルール、勉強しておくね! 赤葦君のこと一番応援して、張り切ってお弁当も作って行っちゃうから!」

向日葵のような笑顔を浮かべる彼女に、こちらも自然と唇の端が持ち上がる。

「応援に応えられるように、頑張る」

────そして、その週末。
近隣の高校のバレー部と、予定通り練習試合が行われる。試合前に体育館をぐるりと見回すと────事前に邪魔にならない場所をリサーチしていたのだろう、キャットウォークの隅の方に、彼女が見えた。目が合うと、にっこり笑って手を小さく振ってくれる。
可愛いな、と思った。西日が当たっていなくても、彼女の存在そのものが温かい夕陽のように輝いて見える。

────いつから、そう思うようになったんだろう。

最初はそこまで彼女を特別視していなかったはずだ。ただ自分の近くに、全く違うタイプの人間がいたから、ちょっとした偶然を利用してその頭の中を解剖しようとしていただけ。
それが、少しずつ変わっていった。
週に1回程度の時間を共有するうちに。廊下ですれ違う時挨拶する度に。
彼女という存在が、自分の中にどんどん深く刻まれていくようになった。

どんなことでも挑戦するその姿が、眩しかった。
どんなことでも楽しもうと前のめりになるその意識に、憧れを抱いた。

「お、なんか今日見慣れない子がいるな。赤葦の友達? まさか彼女?」

俺と同じように彼女の姿を捉えた木葉さんが、ちょうど彼女に手を振り返したところで俺にそう尋ねる。

「クラスメイトです。彼女ではないです」
「ふーん。でも珍しいな、お前が誰かを試合に呼ぶなんて」
「まあ…彼女は、ちょっと特別なので」
「なに、好きなの?」

好き…なの?

木葉さんに言われた言葉がうまく噛み砕けず、何も返せないままただ首を傾げてしまう。

「え、だって普通そう思わねえ? お前、基本バレーのこと以外そこまで関心示さないじゃん。こう…なんでも当たり障りなく、自分にできる範囲のことだけを淡々とこなす、っていうか…なんだろ、全部自己完結させるっていうの? そんなお前が自分の晴れ姿を他人に見せたいって思うことがあるなんて、俺2年お前と付き合って初めて知ったよ」
「…そうですか?」

初めて話した時には、「好きじゃない」と断言できていた。
でも今、俺は自分でも驚くほど素直に「彼女は特別だ」と言ってしまっていた。

特別って、なんだろう。
例えば木兎さんも、俺にとっては特別な人だ。それこそ、どれだけ暗い夜空の中でも明かりを失わない一等星のような人だと思っている。ムラッ気はあるし、人によっては賛否両論分かれるスタンスを持っている人ではあるが、俺にとっては紛れもないスターだ。

じゃあ、彼女への"特別"は?

その笑顔を近くで見ていたい。その努力を応援したい。その心映えに────俺も、相応しい人になりたい。

これは、木兎さんへの気持ちとは少し違う気がする。支えたいとか、背中を押したいとか、その光を輝かせる影でありたいとか、そういう風には思わない。

彼女とは、足並みを揃えて歩きたいと思う。
彼女が俺のお陰で苦手をひとつずつ克服できるというのなら、俺のために得意なものを披露してくれるというのなら、俺は喜んでその全てを享受したいと思う。

それって────。

「おーい、赤葦、始めるぞー」

ひとりで考え込んでいた俺を、いつの間にかコートの際まで移動していた木葉さんが呼ぶ。木兎さんは今日も元気に相手チームの主将を相手に何やら弾丸トークをかましていた。

そうだ、今は試合のことを考えないと。
彼女への想いの正体はその後で考えよう。これが終わったら、彼女特製のお弁当が待っている。もしかしたら、それを食べていたら何か思いつくかもしれないし。

その時ばかりは彼女のことを忘れ、俺は試合に集中することにした。
彼女が今日に至るまでにバレーの何を学んできたのかは知らない。ただ、その応援のタイミングは完璧だった。木兎さんのスパイクが決まれば「ナイスキー!」と叫ぶし、俺のサーブのターンが来た時には「ナイッサー!」と叫ぶ。でも、それ以外のところでは基本的に沈黙を貫いているようだった。
全く不快感がない。試合に集中しようとしたってどうしても彼女のことが気になってしまうのだが、彼女は俺が集中しなければならない場面では絶対に口を挟んでこなかった。見事に選手に与えるプレッシャーとエールの使い分けをこなしている。

いつも騒がしくて、ひとりで勝手に喜怒哀楽を網羅しているような子。
でも────いつだって、その言葉には気遣いが滲み出ていた。

「すごい、赤葦君に教えてもらうようになってから勉強も楽しくなってきた! ありがとう!」

「あっ、ごめん、人の手料理とか苦手なタイプだった? ごめん、嫌だったら正直に言ってね、そっちの方がありがたいから」

「バレーのルール、勉強しておくね! 赤葦君のこと一番応援して、張り切ってお弁当も作って行っちゃうから!」


全部、俺にはできないことだと思う。
きっと彼女は本心からそういうことができる子なんだろう。本心で人のことを気遣い、本心からそれを口にする。でもそれって、意外と貫くのは難しいことなんじゃないだろうか。

だからこそ、やっぱり彼女はすごい人だ、と思う。

だからこそ────そんな彼女の傍に、いつもいたいと思う。

試合は俺達の勝利に終わった。午前中いっぱい、5セットやって、全てうちの圧勝。相手チームの主将が今度は悔しそうに木兎さんにあれこれ言っているのが聞こえる。木兎さんはそれを聞いて、笑い飛ばしていた。「またやろーな!」…ってそれは煽りになってませんか、大丈夫ですか。

相手チームを見送って、ミーテイングをして、体育館を清掃して、その日は終了。
その間、彼女はキャットウォークから一言も発することなく俺達の様子を眺めていた。

全てが終わった後、「なんか食い行くー?」と話し合っている他の先輩達に断りを入れて、俺はようやく彼女を自分の元に招き寄せた。

「お疲れ様〜! もーーすっごく格好良かったよ!」
「ありがとう。木兎さん、今日は絶好調だったからね。お昼、体育館の裏の広場で良い?」
「もちろん! ────でも、私言わなかった? 赤葦君のこと一番応援するよって。木兎さんもすっごかったけど、今の格好良い、は赤葦君宛の言葉だよ?」
「え?」

思わず、裏手の方に移動していた足を止めてしまう。彼女は俺が戸惑っている理由がわからなかったのか、「どしたの」ときょとんと首を傾げている。

「で、でも…俺ってこう、あんま詳しくない人から見たら目立たないポジションっていうか…セッターはわかる?」
「うん、もちろん。勉強したもん。打ちあがったボールを的確にスパイカーに渡す、チームの頭脳だよね?」

────まさか彼女の方から先にセッターというポジションの醍醐味を口にされるとは思っていなかった。じゃあ、格好良いと言ったのは、ただのお世辞じゃなくて────?

「まさに赤葦君! って感じだったなあ。名前はよくわかんなかったけど、先輩が苦しそうに上げたボールを綺麗に木兎さんに返した時、私叫ばないようにするために息止めてたの。お陰で窒息死するかと思った」

彼女は相変わらずの大袈裟な表現で、俺のプレーを逐一実際にリプレイするかのように解説し始めた。

「────それで、最後のトス! 私てっきり左側の方に大きく放るのかな〜って思ってたんだけど、右側にぎゅんっ! って飛んで行った時、もういい加減耐えられなくてほえあ〜〜〜って言っちゃったんだよね。聞こえちゃってた?」
「いや、全然…」
「ほんと? なら良かった、邪魔になってたら元も子もないじゃんって思ってしばらく見るのやめようかと思ったんだけど、試合終盤で良いとこだったし、目が離せなくって大変だったんだ〜。もう目を抉り出してやろうかと思ったくらい」
「さっきからちょくちょく物騒だね…」

体育館の裏にある広場で、お弁当を広げる彼女。こうなることを予想してか、ビニールシートも持参していてくれたらしい。俺達は並んで座って、2段に重ねられた弁当箱に手をかけた。

バレーのことをそこまで理解してくれていたことにも驚いたが、弁当箱の蓋を開けた時にもそれに負けず劣らずの驚きが待っていた。
一段目には、おにぎり。ふりかけのかかったカラフルなおにぎりもあれば、白くツヤツヤ輝いた白米のおにぎりもあった。
二段目には、おかず。卵焼き、煮物、ウィンナー、唐揚げ、定番ながら確実に手の込んだ料理が並んでいる。

「…すごいな。正直ここまでとは思ってなかった」
「張り切ってみちゃいました。頑張る男の子へのお礼とちょっとしたご褒美…になってたら嬉しいな」
「そんなに謙遜しなくても、十分ご褒美だよ。ありがとう」

丁寧にお礼を伝えて、「いただきます」と感謝の念を込めて呟いてから、卵焼きを口に運ぶ。

「────おいしい」
「ほんと? 良かった〜。いっぱい動いてお腹空いてると思うし、たくさん食べてね」
「ありがとう。1人で全部食べられちゃいそう」
「え!? 待って、私もお昼まだだからせめておにぎり1つは残してほしい…!」
「っはは、嘘だよ。俺そこまで大食漢じゃないから」

ひとつひとつ、ゆっくり味わいながら食べていく。
彼女のことだ、きっとこの全てにありったけの誠意を込めてくれたのだろうと思う。

そのことが、嬉しい。嬉しくて、むず痒い。

「前にさ、赤葦君が木兎さんはうちのエースで、スターなんだって言ってたでしょ」
「うん」
「あれ、よくわかった。それでね、素人がこんなこと言ったら怒られるかもしれないんだけど────」
「怒らないよ、何?」
「その星を輝かせてるのが、赤葦君なのかな〜なんて…クラスメイト贔屓の私は思ったりしちゃったんだよね。ほら、自分で勝手に輝ける星もあるけど、太陽の熱のお陰で輝ける星もあるでしょ? 赤葦君はその太陽みたい…ってなんか前にも同じようなこと言った気がするな、私。いつだっけ」

一瞬食事から気を逸らして彼女の方を見ると、彼女は少し照れたように笑いながら、地面を見つめていた。

「とにかく、今まで勉強してる赤葦君とか、私の知能レベルに合わせて雑談してくれてる赤葦君しか知らなかったから、今日はすっごくびっくりした。赤葦君って本当に頭が良いんだね。視野も広いし、なんかこう…ほら、よく良いステージは良い役者だけじゃなくて良い演出家がいてこそ! って言うじゃん?」

いや、それは知らないけど。

「それと同じで、良い試合にも良いエースと"良いセッター"が必要なのかなって思ったの。────赤葦君は、そういう意味ですっごく大事な存在なんだなって…あは、ごめん、私今すごい知ったかぶったこと言っちゃってるよね」

知らないけど────でも、確かに今、心臓がひとつ大きく跳ねた。
試合前と同じだ。突然訪れるこの不整脈。

あの時は試合前だったから考えることを放棄していたけど────きっと俺は、この気持ちを知っている。体験するのは初めてだったが、それでも本能で感じている。

俺は────この子のことが、好きだ。

自分にないものを持っているものに惹かれた、そんな単純な好奇心が始まりだったことは否定しない。
それでも、知っていくうちに、この気持ちは大きくなる一方だった。

努力家。ひたむき。感情豊か。気遣い屋。
どれもこれもが眩しい。どれもこれもが愛おしい。

彼女のことを知りたいなんて、もうそんな生温いことは言っていられない。
きっと俺は、彼女の傍にいることを────不動の隣を、望んでしまっている。

俺は木兎さんのことを、自分の憧れの具現だと思った。自分には決してなりえないスターの素質を持っている人だと思った。

でも、この気持ちはそれとは違うと、今なら明確に断言できる。
これはもっと強い欲だ。
彼女のことを見ているだけじゃ足りない。彼女に憧れているだけではいられない。

振り向いてほしい。俺も、彼女にとって尊敬できるような…そんな存在になりたい。
俺が彼女を欲していることと同じくらい、彼女にも俺を欲してほしい。そして俺は、それに全力で応えたい。

この気持ちを、どう伝えたら良いんだろう。

「今日はありがとう。誘ってもらえて、本当に嬉しかった! それにご飯も味わって食べてくれてるのわかって、それも嬉しかったよ〜!」

まるで自分の方が極上においしいご飯を食べたかのような顔をする。その顔を見ていると、表情筋こそ動かないものの心がすっきり晴れ渡るような気持ちになるのだから、彼女の存在は本当に偉大だ。

でも、俺は。

「────あのさ」

弁当箱を丁寧に包みなおし、ビニールシートも小さく畳んで手提げ袋にしまい、立ち上がる彼女に声をかける。すっかり帰るつもりで歩き出そうとしていた彼女は足を止めると、「なあに?」と振り返った。

「こんなこと突然言ったらきっと戸惑わせると思うんだけど」

でも、俺は────彼女と対等でありたい。

「赤葦君は私の太陽みたいな存在なの! 行き先を照らしてくれて、いつも同じとこに輝いてる憧れの存在なの!」

「────俺、"みょうじさんの"太陽になりたい」

行きたいところへいくらでも案内するから。いつだって同じところで待ってるから。

だから。

「…え?」
「好きです、付き合ってください」

俺を、君の太陽にして。何よりも強く輝く、何よりも美しく君を照らす、唯一の光にして。

素直に伝えたその言葉に、彼女は顔を真っ赤にした。
それが俺っていう太陽の光のせいだ、なんて言ったら、流石に自惚れすぎだろうか。でも、満更でもない様子の彼女の照れた顔に、俺は自然と自分が笑んでいることに気づいた。









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