妄想密林



※想像フォレストのマリーポジションがもし真逆の性格したおねーさんだったら?な話(設定にだいぶ無理あります)
※幼少セトの一人称はとりあえず"僕"





時計を見るともう午後3時だった。
自分で決めた、お茶の時間。用意するのは2つの可愛いティーカップ。
人里離れたこの森の中を訪れる人なんて、そうそういないとちゃんと解っている。けれど例えば物語の中で見るような温かい家庭や楽しげなお茶会、そんなものを夢見る事くらいは許してほしいものだ。

お茶を注いだその時、不意に扉がノックされたような気がして慌てて立ち上がった。脳裏を駆け抜けるのは物語の挿絵たち。
なのにはやる気持ちで扉を開けたその先には、何もいなかった。

なんだ、夏風か。

そう、今では出し方を忘れてしまった声を頭の中で反響させ、ゆっくり扉を閉める。
期待して、期待して、裏切られて、情けない自分を隠すように窓辺に止まる鳥へ話しかける。そんな生活がもう何年も続いていた。

そもそも私がこんな隔離された所にいるのは、その性格故の事で。
生まれた時から話す事が大好きだったらしい私は、知人初対面に構わずただひたすらに誰かを捕まえては話しかけるという少し怪奇な幼少時代を送ってきた。
それを周りの人は"メンドウ"というらしいと知ったのは7歳の時。

恥じらいや遠慮を知らずに育ってしまった私はやがて、誰からも目を合わせてもらえなくなってしまう。
気づけば私は、物言わぬ無機物達を相手にするしか、話したい、喋りたい、という欲望を満たす方法を持たなくなってしまった。

こんな私でも生まれてきてしまった以上、親の愛情を知りたかった、そう恨めしく思う時もある。
けれど様々な書物を媒介にして知ったのは、あまり自分の話ばかりを押し付けるのは悪いという事。
――――今更そんな風に周りの正当性と私の怪奇さを突きつけられても、ひとりぼっちじゃ後悔だって出来ません。そうでしょ?

温かな陽光の中、似合わない憂鬱な気分でカップを傾けると、また扉をノックする音が聞こえてくる。

どうせまた風が扉を揺らしているんだろう。建て付け悪いのかな。

しかし聞こえたのは風の通り過ぎる音なんかじゃなく、

「ってて…」

確実に人間の声で

「……………!!!!!?」

何年ぶりかに聞くその音は、子供のものだった。

さすがに驚く。そして戸惑う。
でも自分の持つティーカップと対に並ぶ、使われた事のないもう1つのティーカップ。
それを見た瞬間に、心は一気に躍った。

人が、この家に人が、遊びに来てくれた!!!

「どうぞ!!!」

勢い込んでそう返事をした。はずだったのに、長年のだんまり生活は私にとって予想以上に致命的だったようで、うんざりだと何度も言われたこの声はただ掠れて空気を微弱に震わせただけだった。

「―――――っ」

悔しい、こんなに嬉しいのに、声が出ないなんて。
唇を噛み締め、もうこうなったらこちらから開けてやると大股で踏み出した瞬間、向こう側から扉が開かれた。

あ、どうしよう。
同じ―――生きてる人間が、手の届く所にいる。

「突然すみません。あの、」
「い…いらっしゃい!」

最高潮に達した高揚は、一時的に私のブランクを消してくれた。
良かった、声が出る!

その事実が枷を外し、私は"話しかけてきた"少年を遮って話し始めてしまった。

「ちょうど良かった、今お茶の時間なの! 良かったら飲んで行って。カップはそこのを使ってね」

それからはもう止まらない、止まらない。
息もつかずに話し続けたのは、なかなか家に人が訪れない事や仲良くなった小鳥の話、好きな本の文章もお気に入りのカップの説明もとにかく片っ端から。

嬉しさのあまり、少年が唖然としてカップに手をつけられずにいる状況すら目に入らなかった。
気づいたのは、時計が5時の鐘を鳴らした時。
お腹に響くようなそんな音ではっと我に返ると、少年は固まったまま。

思わず椅子を倒す程の勢いで立ち上がる。

あぁ…やってしまった。

ここにいるのは、まさに今のように、自分の話ばかりを世界の主軸にして回そうとしたからに他ならないのに。
少年は逃げ出してしまうだろうか。普通じゃないと言って泣き出してしまうだろうか。

私は、私にとっては普通なのにな。

「………ごめんなさい」

突然萎んで謝る私に、まだ少年は怯えのような表情をしていたものの、やがて小さく口を開いた。

「お話するの、好きなんですね」
「……昔からそうだったんです。いつも自分の話を世界の中心にして話しすぎるから、お前は面倒だ、異常だ、って………」
「異常?」
「こんなにあれもこれも一度に話そうとするのは異常なんだそうです。だから多分あなたもびっくりしましたよね。怖い思いをさせてごめんなさい」
「…わからないです」

明るい声だった。私は思わず顔を上げて少年を見る。
少年の目はまっすぐ私を捉えていた。

「異常って、どこで決めるんですか? 話す事が異常なら、話さない事が普通なら、僕はダメなんて言われなかった」
「……?」
「僕は昔、誰ともお話できなかったんです。だから、周りにはそれじゃダメだってよく言われてた。もっと話さなきゃって」

驚いた。世界にはそんな人もいたのか。
しかし目の前の少年は実に朗々と意見を語りかけてくれる。

「だから、今僕は、昔の僕とあなたを足して2で割ったらちょうど良かったのかな、って考えてたんです。鳥とお話したり、物語の感想を一生懸命伝えたり…話すって素敵で…………………す、え、だ、大丈夫ですか!? 僕何かマズい事――――」

少年の慌てた声に首を傾げ、そういえばと違和感を覚えた頬に手を当ててみる。
これまた驚いた。涙が出てる。
物語に触れた時にはよく涙が出たけど…。人の話を聞いている時も涙って出るんだ。

「あー…あの、突然お邪魔してなんかいきなりペラペラとすみま…」
「………人の話を聞くのって」
「え?」
「……楽しいんですね。私…知らなかった。自分ばっかりを世界にしてたら、見えないものがあるんですね」

少年は私が異常でないと言ってくれた。でも、今私は自分が間違っていたと思う。
世界が狭すぎたんだ、私は。

「ありがとうございます。…気づかせてくれて」

今までの人生と今の思考を知らない少年は、多分私の断片的な感謝の意図を完全には汲み取れていない。
しかし私の涙はその感謝が理由だという事には気づいたようで、にっこりと微笑んでくれた。

「少しずつ、外に出てみます。人の話、聞いてみます。世界を広げる為に」
「……良かったら、手伝います」

少年はその後セトと名乗り、突然眩しい世界に出るのではさすがに新しい自分を見失いがちになるだろうと言って、なんとフードのついた大きい洋服をプレゼントしてくれた。
以来、私は少しずつその服を被って森の外まで散歩する事を日課にしている。

正直、未だにお喋りだなと笑われたり、敬遠されたりはする。
でも「すぐには直らないよ。ナマエさんのペースで大丈夫」そう言ってくれたセトの言葉があるから、なんとか価値観と大きくずれてしまった世界を怯えずにはいられる。

――――生まれて初めての温かい気持ちを胸に、その日の朝も外に出てみた。
そこにはいつものように笑顔でこちらへ向かってくるセトが、

後ろに2人の新しいお客さんを連れていた――――




(こっちがキドでー こっちがカノっす!)
(はじめまして、私はナマエっていうの!! ここにはずっと住んでいて、人はいないけど自然が綺麗で、――――)
(……な、なかなかインパクトある人な)
(面白いねー!!)









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