もう石鹸は忘れない



※セトが変態





その日風呂に入った私は、シャワーを浴びてからすぐに石鹸を脱衣所に忘れたと気づいた。

「っちゃー…せっかく新しいの買ったのに……」

誰か手洗いに来ないかな。できればキドかマリー。カノだけは勘弁!
そう思っていたら脱衣場の扉が控えめにノックされ、大柄なシルエットが扉越しに入って来るのが見えた。

セトだ。なんという折衷案。

私は少し躊躇ったが、体を洗えないのでは意味がないとひとつ頷き扉の外へ声を掛けた。

「ごめんセト、その辺に石鹸落ちてない?」
「石鹸すか? んー……あ、あったあった。はいどーぞ」

手だけがなんとか出るだけの隙間を作り差し出すと、すぐにセトの暖かい手が石鹸を手渡してくれる感触にあたった。

「ありがと」
「いえいえ。ところでナマエ…」
「はい、なんでしょう」

突然の呼びかけだったけどセトは逡巡しているようなので、重要な話なら風呂上がりにしようかと提案しかけた所、

「一緒に風呂入りたいっす!」

とんでもない爆弾発言をされた。

「っ………はぁぁあああ!? 何それ、アンタは小学生か!」
「立派なじゅう――――」
「ツッコミにマジで返さなくて良い! そして風呂も入らないから!」
「いやだって、俺も最初は何とも思わなかったんすけど、なんつーか何、シルエットだけの会話ってなんか、こう……エロいっすね」

目を線にしてデレデレしてるセトの様子ならシルエットだけとは思えない程くっきり想像できるし、私はそれを全くエロいと思わない。
物凄く冷めた気持ちで突然発情し出したセトを拒む。

「エロくないっす。嫌っす」
「えー、そんな事言わずに! だってなんかナマエって普段はゆったりした服ばっかり着てるから解んないっすけど、やっぱこうして見るとプロポーションが…よっこいしょ…凄く綺麗っすもん」
「ちょっと待て今よっこいしょっつったね? 座ったね?」
「こうなったら交渉成立するまで立てこもるっす!」
「逆よ逆! アンタがやろうとしてるのは押し入りだ!」

しかしいつまで経ってもセトはへこたれない。終いには別に初めて見る体って訳じゃないしーとか恥ずかしい事を大声で並べ立ててくるものだからもうヤメテ。こんなのマリーに聞かれたら私がキドに怒られる…。あとカノに聞かれたら私がからかわれる…。

「…本気でそこに居座るの?」
「もちろん。ナマエの肢体を拝むまでの辛抱っすから。あ、なんかさっきから体の話ばっかりしてるけど、ちゃんと俺はナマエって人間全部が好きなんすからね?」
「そこでイケボはやめて」

怒りつつも地味に照れてしまう自分がなんとなく悔しい。
いつもそうだ。いつもセトの愛は私には大きすぎる程で、甘えても甘えても底知れない甘さを持っている。
今だって好きとかなんとか散々言って、要求こそゲスだけど無理に扉を開けて入るような真似はしない。要するに素直なだけで、私の人格をちゃんと尊重してくれてるのだ。
そんな自分にもったいなさすぎる恋人を、どこまで邪険に扱わせていただこうと最終的には精一杯の"好き"で帰着させるしかない事なんて、私が一番解ってる。

「ねーねーねーねーナマエー」

普段の頼れる大きな背中も今じゃ子犬のような振舞いだ。あざといよ。ある意味こいつ一番怖いよ。
確実に絆されてしまっている私は、まぁ確かに知らない仲でもないし、風呂くらいいいかと思ってしまった。遂に。

えぇ、私の負けですとも。

「っはぁぁぁあああ〜………今日だけね」

せめてもの嫌みにと盛大な溜息をついてやったが、そんなものセトには通用しなかったらしい。ぱっと驚くべき速さで立ち上がり、高揚しているのがまたもやシルエットだけで丸わかり。

仕方ないので今度は自分用の小さな溜息をつき、風呂の扉を開けてやった。
一応隠す所は小さなタオルで隠して開けたのだが、セトはそれまでの輝く笑顔から一転、みるみる顔の色を赤く染めてわなわな震えだした。

「ちょ、セ――――」

ばたーん!!!!!

思わず耳を塞ぐ程大きいその音は、セトが何の受け身もとらずに床へ倒れた音。

「ナマエ!? どうかしたか!?」

すぐさまそれを聞きつけて脱衣所まで走って来たキドはセトを見るなり目を丸くした。

「な、なんだこのセトは」
「……………ね」

見ればセトの鼻からは赤い液体がつつーと頬を伝っていた。あーあー、イケメンが台無し。

キドの後から軽やかに顔を見せたカノは、すっかり扉を閉める事を忘れた私を見てひゅうと口笛を吹いた。

「その濡れた上に見えるか見えないかの瀬戸際な体を見りゃそうなるって。おおかたベッドの上とはまた違うエロさだったからとかで、想像と現実のギャップについてけなかったんじゃない?」
「!!!! そ、そうだナマエ、お前なんでそんな格好――――!!!」
「あー…………面倒くさい」

元はといえば石鹸を取って欲しかっただけなのに、鼻血出した彼氏の介抱やら団長の長い説教やらがオプションでついてくるとは。
一瞬でもこの素直な変態に絆された自分を、強く呪った。




(もう、こっちが情けなくなるんだからやめてよ!)
(ナマエ…美ボディ…)
(あぁ、もう!!)









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