思ったより複雑な生命体



蛇のようだ、と思った。

絡みつく体の使い方。焦らしながら舐める真っ赤な舌。毒でもあるんじゃない、って言いたいくらいに意識を混濁させる鋭い歯。髪も服も性格も真っ黒な中で、唯一ギラギラと金色に光る瞳。

「……何見てんの」

重力に負けている髪を物憂げに掻きながら、彼は私を見下ろした。そこに感情が浮かぶ事はない。
…いや、強いて言えば 無意識的な嘲りの色は見受けられるかな。

「きれいだなぁって」
「…余裕だな」

私のこめかみを伝う汗に指を這わせ、笑い声を漏らす。それも、本当に楽しいから笑ってるとか、そんなんじゃない。
ただただ、馬鹿にしているのだ。人間を全て一括りにカテゴライズして、神にでもなったつもりだろうか、俯瞰して、たまにそこに腕を入れて引っ掻き回して、遊んでる。

そんな彼に、人間的な欲がない事など知っていた。今のこの時間が何の意味も為さない事を、私はきちんと解っていた。
解っていながら、無理やりつけこんだ。

「壊してくれて良いから」、そう言ったのはもうどのくらい前の話なんだろう。そんなに経っていないようで、永遠の時が流れたようでもある。

彼は興味がなさそうな顔をしていた。自分はもっと大きな破壊を観たいから、女1人の行く末なんてどうても良いと、当時は実際に言われた。

「人間が一番人間らしくなる時って知ってる?」
「…――――は?」
「それはね、原点回帰の瞬間なんだよ。意味なんかなくても、本能の求める形で欲望を昇華した瞬間、私達は幸福とちょっとした絶望を味わうの。…好きでしょ? 絶望」

でも とにかく彼が欲しかった私は、口先だけの御託を並べ立てた。愛なんか要らない。未来なんか要らない。

ひたすらに蛇の如くしなやかな貴方が、たまらなく欲しかった。

「……何度繰り返してもこれだけは共感しかねるね。こんな事をして何が楽しいんだか」
「あれ珍しい。人間の抱く虚無感や先の見えない気怠さは大好物だと思ってたのに」
「本音は もっと血生臭い悲劇の方が好きなんだ」

もう飽きたのか、彼は私の上からごろんと横に退いた。壁に背をつけて座り、ベッドへと長い脚を投げ出す。
仰向けに横たわる私が見上げると、蔑むような視線とかち合った。…きっとこれも無意識。

「じゃあ、私を殺す?」
「殺されたい訳?」
「貴方に殺されるなら、多分文句はない」

最後まで蛇が獲物を狩るように、私を全力で狙ってくれるなら。

「…いや、君だけは殺す気にならないな」

ニヤリと笑って短く答える彼からは、「君が死んでも誰も悲しまなさそうだし」という隠れた言葉がこっそり聞こえて来そうだった。悲劇を好む彼にとって、本当は私を殺す殺さないという問題なんて問題にすらならない程些末なものなんだから。

「こんなに良い顔をする女を、手放せる訳がないだろ」

ほらまた、嘘ばっかり。おもむろに私の髪を一房すくい、くるくると自分の指に巻く彼を見つめてそう思った。

隠せない下種な性格を はしたない程わずかにチラつかせながら、見え透いた紳士の仮面を被る彼。
例えるなら地獄の入口で優しく手をさしのべるような…うーん、これでは例えがイマイチか。

「楽しくないんじゃないの?」
「そうさ、だから君が喜ばないならこんな事しないよ。でも君の望みを叶える事で喜んでくれるんなら、する価値はあるだろ」

私はその形の良い鼻が今にも伸びてしまいそうで心配だ。
髪に触れている手を這うように、自分の腕も伸ばす。彼はすぐに口の端だけで笑って(相変わらず嘲笑にしか見えない事は黙っていた)、私にも触れさせてくれた。

なめらかな頬。微かに動いているのは、私達と同じように呼吸をしているから。
なのに、どうしてこんなに人間らしくないんだろう。どうしてこんなに歪んで見えるんだろう。

考えるだけでゾクゾクする。蛇に睨まれた蛙がもしも恐怖でなく、蛇の強い瞳に魅せられて動けないのだとしたら、きっと私は今、そんな蛙と同じ気持ちだ。

「好きだよ。愛してる」

狡猾な蛇が嘘をつくのは、愛していると哀れな蛙を騙しておいて後で裏切り、一番最悪な形での破壊を企てているから。関係性と、1つの命の。

「私も」

だから私も嘘をついた。愛されているふりをして、騙されているふりをした。彼が私を愛している……ふりをする、それすらできていないなんて、言うつもりはない。

何故って、私はこの人に喰われる為にここにいるんだもの。最後の最後で初めて見る嬉しそうな顔で、私だけを見つめて一息に呑み込んでほしいんだもの。

彼はシーツに両手をつき、少し屈んで綺麗な顔をこちらに寄せた。目を瞑って、唇が触れるのを待つ。

ふ、と酸素の供給が止まる。ざらりとした熱い舌が粘膜を撫でて、舌腺から唾液が噴き出した。ゆっくりと優しく、決して傷をつける事のないように口内を蹂躙する彼の表情は、切なくなる程に色気を孕んでいる。

あぁ、なんて奇麗なんだろう……



思ったより複雑生命体
私が欲しているのは純粋な愛なんてありふれたものより、俯瞰と嘲笑の末にある歪んだ光だという事を、彼は知らない。




口調が全く解らないのに妄想ばかりが膨らむもんだから、アウターサイエンスの歌詞で使っていた二人称と語尾で揃えてみました。
個人的にはもっと言葉遣いは乱暴な方が良かったんですが皆さんはどうですかーっ。









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