名月の条件



今日はアジトではなく、彼女の家に泊まりに行く事になっていた。その所為かいつもより足取りが軽いのを自覚しながら、バイト帰りの道を急ぐ。

脇目も振らずに歩いていると、彼女の家が見えてきた頃、車通りも人通りも少ない畑沿いの道をのんびり歩いている人影が目に入った。

それがよく見知った人のものである事に気づき、口元を緩ませながら声を掛ける。

「ナマエ!」

ナマエはゆっくりこちらに視線を向け、俺を視認すると嬉しそうに笑った。

「セト。早かったね」
「ナマエに早く会いたくて、急いで来たんす」
「ほんと? 嬉しいなあ」
「ナマエはここで何をしてたんすか? 散歩?」

特に何も持たずに、ただふらふらと歩いているだけ。そんな彼女を不思議に思って尋ねてみると、彼女は「んー」と曖昧な声を出しながら自分の横を見た。つられて俺もそちらを見る。

そこにはただ畑が広がっているだけだった。もう収穫は終わっているらしく、ところどころに石がごろごろと転がっている。足元にはススキがたくさん伸びていて、秋なんだなぁなんて感じさせた。

「ススキをね、貰いに」

足元の茶色いススキたち。それを見ながら、ナマエはぽつりと呟く。

「この畑、お隣さんの土地なんだって。少しススキを貰っても良いですかって聞いたら、快くOKしてくれたの。だから選びに来てたんだ」

言いながら、また彼女は歩を進めた。

「……なんでススキ?」

どうしてこんな所を歩いていたのかは解ったが、それがどうしてなのかが解らない。正直な疑問をぶつけると、彼女は逆に不思議そうな顔で俺を見上げてきた。

「今日、中秋の名月だよ」

ほら満月、と空を指差す彼女。見上げると、そこには薄い雲のかかった月が出ていた。

「…本当だ、綺麗な満月っすね…」
「一緒にお月見したくて呼んだのに。空見てないのー?」
「ナマエに会いたいって、そればっかりで…空見るのも忘れてた」

上を見上げながら呟く。しかし何も反応がなかったので彼女の方に向き直ると、彼女は頬を赤く染めてススキとにらめっこしていた。

「………照れてるんすか?」
「…照れてないっすよ」
「月よりナマエが好きっす」
「あぁもう、追い討ちヤメテ。無風流だし」

拗ねたように言って、やっとお目当てのススキを見つけたのか(それとも照れ隠しのつもりか)その場にしゃがみこむナマエ。そんな様子がたまらなく可愛くて、俺もススキを探すふりなんてしながらにやける口元を隠した。

それからお互い黙ってしゃがむこと数分。

「――――このくらいで良いかな。帰ろうか」

やがて両手に何本かずつのススキを持ち、照れも冷ました彼女が俺の傍までやってきた。

「見て見てナマエ、スズムシっすよ」

こっちはこっちで、ススキ探しのふりをしている間にスズムシを見つけた。良い声で鳴いている秋の風物詩を彼女にも見せてやると、俺の隣にしゃがんで嬉しそうに目を閉じる。

「秋ですねぇ」
「そうっすねー」

それから2人して立ち上がり、彼女の家へ向かう。

もうすっかり慣れ親しんだ玄関をくぐると、リビングについている大きな窓が見えた。カーテンは開け放たれており、外の月がよく見える。

「お団子買って来れば良かったっすねー」

俺がそう言うと、ナマエは台所に乗っていた花瓶にススキを挿しながら、その隣の月見団子を指差した。

「頑張ってみました」

小さくて歪な形をした団子群は、一目で手作りと解った。普段あまりお菓子に創作意欲を見せない彼女にしては確かに頑張ったのだろう。

出来映え云々より、慣れない手付きで団子作りに励むナマエの努力を褒めようとした俺。しかし何か言うより先に団子をひとつつまみ上げて、彼女は俺の口元まで持ってきた。

「え……と?」
「はい、あーん」

な、なんなんすかそのいきなり大胆な行動は!! いや可愛いんすけど!!

突然のあーん攻撃にわたわたしてしまう俺。しかし彼女はにこにこしたまま引こうとはしない。

「〜〜〜〜……あ、」

仕方ないので恥を捨てて口を開いた。ついでに目は閉じた。

「ん」

と同時に、口の中に甘い香りが広がる。彼女の細い指が微かに歯とぶつかり、何故か物凄い羞恥心がこみ上げた。

ゆっくり咀嚼する。中には何も入っていないらしい。きびだんご風の甘みが程良く舌を刺激した。

「ど? 形は悪いけどなかなかでない?」
「ん、おいひいっす」
「良かった良かった。今日はこれを肴に飲もうね」

にこにこしながら手についた団子の粉をぺろりと舐めるナマエ。さっきその手が俺の唇に触れていた事なんてお構いなしだ。更に赤い舌先がちろりと見えたその瞬間がたまらなく色気づいていて。

「………あー…」

何の溜息か解らなかったが、とにかく溜息が俺の口から漏れた。

さっきは彼女を照れさせて遊んでいたつもりだったのに、いつの間にかそんな余裕がなくなっている。

「…なーんか、なぁ…」
「何か言ったー?」
「いやいや、なんでも!」

立ち往生している間に、彼女は団子の盆と甘酒の瓶を器用に持って窓辺に行っていた。

「セトー、ススキの花瓶持ってきてー」
「はいはい、了解っすー」

花瓶と、それからついでにテーブルの上の猪口も持っていった。

「お、気が利くね」
「なんか宴っぽくて良いっすね、これ」
「でしょ。未成年だから気分だけだけどね」
「充分っす」

それから部屋の明かりを消して、2人並んでベランダに出された椅子に腰掛ける。月を眺めて十五夜の風情を楽しむナマエだったけど、俺は目下そんな彼女に目を奪われていた。

暗い闇の中、仄かな光に照らされた柔らかい横顔。風に揺れるススキと虫の大合唱の中で大人ぶって猪口を傾ける様は、嫌になるくらい似合っていて。

「……どうかした?」

なんか、俺にとってはこの風景とナマエ、どっちも揃って初めて風流を感じられるっていうか…

「…なんでもないっす。ただ、ナマエが好きだなぁって」

彼女がいて、こんなのんびりとした時間を過ごせる…ってそれだけで、日本に住んでいて良かったなーなんて

そう、思うのだ。




(……顔赤いっすよ)
(…………酔っただけだよ)
(甘酒はノンアルコールじゃないっすか。素直に照れてるって言えば良いのに)









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