いつも言えないけど



「……お」

いつものように開いてみた、例のニコニコできる系動画サイト。新着動画を漁っていたら、サムネのむちゃくちゃ可愛いボカロ曲を見つけた。私好みの洋服を着てるリンちゃんがふんわりと笑っている。

タイトルは【いつも言えないけど】。歌っているのはレン君だ。
…うん、なんか感動的な曲っぽいな。あるいはそう見せかけてギャグかもしれないけど。

暇だった事もあり、私は迷わずぽちりとクリックしてみた。


「初投稿です。――――大切な彼女に、いつもは言えない気持ちを叫ぶ愛の歌。」という説明文から見るに、ギャグオチはないようだ。……作者は「しんた」さん…どんな曲なのかな。


わくわくしながら再生ボタンを押す。

イントロは綺麗なピアノだった。切なげな旋律が幾重にもなる和音を奏でて………………るんだけど……

………なんか和音があんまり綺麗じゃない…かも?
いやいや、そういう仕様かもしれないもんね。まだ評価するのは早い早い。

ちなみにPVは期待通り、凄く可愛かった。出てきたのは、椅子に座って頬杖ついてるレン君。物憂げな表情が格好良い。

………ただ、この赤いジャージはどうしたんだろ。サムネのリンちゃんはめちゃくちゃ可愛かったのに、なんでレン君こんなファッションに無頓着なの?
ていうか赤ジャージて。どこのシンタローだ。

そんな風に、今頃きっと家で元気に引きこもっているであろう恋人の事を思い出しながら聴く。妙な親近感を抱いたその曲もいよいよイントロが終わり、レン君が歌い出した。


♪〜おはようって笑う君に、返せるのは無愛想な頷きだけ〜


…………こ、これは……………。


はっきり言って、その調教は物凄く下手だった。
で、でもボカロの調教が難しいのは素人なりに解ってるつもりだし、この人だって初投稿だし、何より曲も作れない私が一方的に批判するのは失礼だよね。


♪〜楽しそうに話す君に、返せるのは適当な相槌だけ〜


う…うん、この人も凄く努力して作ったんだもん。歌詞は素敵な訳だし、最後まで聴いてみよう。ていうか私はなんでこんなに擁護してるんだ。くそう、レン君がシンタローそっくりであるばかりに…。



って、まさかこれ……シンタローが…?
………いやいや、流石にありえないよね。



その時浮かんだ予想を急いで頭から振り払い、画面に集中する。


♪〜なのに君は僕の隣にいる、その輝く笑顔を絶やす事なく〜
…気づいてるかな、本当はその笑顔に僕がどれほど救われているか、感謝しているかって〜


おぉ…そうかそうか、本当は彼女の事大好きなんだね、良い彼氏だ。
ていうか本当に内面までシンタロー似のレン君だ。

しかし私は程なくして、それが"似"なんて言葉じゃ処理できないくらいに現実と似通っている事に気づいてしまった。



な……なんかこのPVの背景…アジトの風景に似てない?


しかも
♪〜素直になれなんて言う周りの声、
なのにいつまでもつれない態度を取ってしまうのは僕がその優しさに甘えてしまうからなんだ〜

って所でゲスト出演した"周りの声"役のミクさんやらKAITOやら…
その人達の服、メカクシ団のみんなにそっくりじゃない?

青ジャージを着たミクさん。
髪のふわふわしたエプロンドレスのIAちゃん。
髪を短く切って「阿吽」なんてパーカーを着てるネルちゃん。
フードを目深に被ったLilyちゃん。
前髪を一部だけピンで留めてるKAITO。
性転換で男の子になってるハクちゃ…君もいる。


いや、もうなんかこれは………


「………ヒビヤとカノはいないんかい」

我慢しきれずに、思わずツッコんでしまった。確かにあの2人似のボカロを見つけるのは大変だけどさぁ…コノハをハクにするくらいの暴挙をやってのけるなら2人のも探したれや、って心の中で付け足す。


そう…もうここまできたら「似てるなぁ」じゃ済まない。潜在的なレベルで否定していた1つの可能性が、再び嫌でも存在を主張してくる。


だってこれ、私達の交友事情とかアジトの中身とかを全部知ってる外部の人間が作ったとかさ。
内部犯だとしても、あの機械に疎いメンバーが作ったとかさ。
そっちの方がありえないもん。

まさかまさかとは思っていたけど、もう否定はできないよ。

おまけにほぼ決定打なのは、クリエーター名の"しんた"。ろうだけが行方不明なその名前。


あーあ……絶対ありえないとさえ思っていた予想は―――どうやら、的中してしまったよう。




つまり…

この曲は、間違いなくシンタローが作ったもの。

"大切な彼女に、いつもは言えない気持ちを叫ぶ"

そう……私の、ために。




そういえばこの間あの赤ジャ、得意げな顔をして「俺もこれで一躍有名に…」みたいな事をぶつぶつ言ってたっけ。
ボカロの曲を作ってるのは知ってたけど、まさか……

「……………マジか」

……まさか私への曲を作ってたなんて。

今更になって、リンちゃんの服のチョイスがどこまでも私好みである事に合点がいった。
当然だ、私がモデルなのだから。

「…………何やってんだ、あの人は」

羞恥の所為でひとり慌ててしまう私をよそに、曲はもうサビまでいっていた。


♪〜いつもは言えないけど、君の笑顔が大好きだ、
僕の手をそっと握る暖かい指先が大好きだ、
はにかみながら優しく触れる柔らかい唇が大好きだ〜


………なんというか、それが解るだけで物凄く恥ずかしくなってくる。なんだこれなんだこれ。


♪〜大好きだ、大好きだ、大好きだ〜


ヘッドホンをつけた耳がくすぐったい。曲のクォリティと不釣り合いな程に美麗なリンちゃんが浮かべる照れたような顔につられて、私の頬まで熱くなる。


♪〜いくら言っても足りないこの気持ち、
いつも伝えられないから君を不安にさせてる気がして、でもね…


とてもじゃないけど、冷静になんて聴けない。
そう思って本当は動画を今すぐにでも止めたかったのに、

私の指は動かなかった。


―――いつも何も言ってくれない、無愛想なシンタロー。
返事がなくたって、笑ってくれなくたって、シンタローが私を大事にしてくれてるのは解ってた。別に、言葉なんて要らないって思ってた。

でも……


♪〜この胸いっぱいの大好きとありがとうを、下手くそなメロディーを借りて今、伝えたいんだ〜


「………ほんと、下手くそだなぁ」

何故だか、私の胸までいっぱいになった。

やっぱり言葉にされると嬉しい。しかも、こんな不意打ちの仕方なんて聞いた事ないや。

燃えるように熱かった体と一緒に、心までもがぽかぽかしてくる。
めちゃくちゃなメロディーコードに、まるでなってない調教。でも、まっすぐな歌詞にはいつも言ってくれない、たくさんの愛が詰まっている。伝わってくる。

私……すっごい幸せ者なんだなぁ…。

普段あんな無愛想な顔してるくせに、心の中ではこんなに感謝してくれてたんだ。こんなに愛してくれてたんだ…。

リンちゃんの手を取って、真っ赤になりながら下手な歌を歌うレン君。それを見ていたらまるで、今自分がシンタローに手を握られてるような気分になって、思わず照れ笑いが浮かんでしまった。


♪〜だからね、これからもずっと一緒にいてほしい〜


――――曲が終わった後、彼の不器用さをどうしようもなく愛しく思いながら、私はそっとそれをマイリスに登録したのは言うまでもない。

次会ったら、この曲を口ずさんでやろうっと。




(大好きだ、大好きだ、大好きだぁーっ♪)
(なっ………なんでおま、それを…!)
(シンタローの愛、ほんとに嬉しかった!! でもなんか調教とか悲惨だったね)
(っ………消す、やっぱ消す!!)





「無駄にクォリティの高いPV」は言うまでもなくコノハ仕様です。









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