過保護上等!



今日の作戦は万事快調、もう任務も殆ど終盤。

「――――よし」

携帯で連絡を取った所、こちらの任務完了とほぼ同刻に他のみんなも終わったというメールが入った。
簡単な仕事だったがやはり仲間の無事に安堵は覚える。
しかし次々と入る受信メールを惰性で開きながら、俺はだんだん体温が下がっていくのを感じた。

彼女からのメールが、来ない。

いつだって手際よく作業をこなし、キドやカノのような熟練者の動きで一、二番目に完了メールを寄越す彼女が、今日に限っていつまでも音沙汰ないなんて。
まさか、何かあったんじゃ。俺の脳を不安が一瞬で占拠した。
連絡しなきゃと携帯を開いたは良いが、もしもまだ任務中だったら迷惑にしかならないとすぐ閉じる羽目になる。何もできないこの時間がとても歯痒い。
ナマエが絡むと俺はドがつく心配性になるし、そんな俺を見てみんなセトはナマエに甘すぎる、と言う。確かに自分でも過保護だとは思うが、ナマエは仲間という関係を超えての仲なのだ。心配して何が悪い。

持て余す時間の中、意味もなく路地裏をうろうろするも、やはり連絡は来ない。
キド辺りにそろそろ相談の電話をしようかとアドレス帳を開いた瞬間、携帯のバイブが俺の汗ばんだ掌を刺激した。

「!」

着信はナマエから。

「もしもしナマエ!? 無事っすか? 今一体、」
『ねぇセト?』

呑気な口調は焦る俺を宥めるかのように、

『私、今どこにいるの?』
「…こっちが訊きたいっす!」

そう、迷子宣言をしてみせた。






「俺も遅いとは思ってたんだ。まぁだからって任務をしくじるとは考えられなかったが…」
「っくく……ナマエ、あんなに自分の持ち場を地図で確認してたのに…アホ過ぎる…」

一旦ナマエにはそこで待っているように言い含めて電話を切り、その後でキドに連絡を入れると彼女はすぐにカノを連れて俺の前に現れた。

「場所の検討はついてるか?」
「検討もなにも、ナマエの言葉は"赤い屋根の大きなおうち"だけっす」
「あっははは、最高! どこに迷い込んだらそんなシルバ○アチックな所に移動できる訳!?」
「カノ黙れ。セト、力でなんとかならないか?」
「今やってはいるんすけど、追いつかなくて」

そう、目下の懸念材料はそれだった。
鳥や猫のようなあちこち見て回れる動物の思念からナマエの足取りは多少掴める。しかしあの人は俺の忠告を完璧にシカト決め込んでいるようで、信じられない速さで動き回るが故に情報が追いつかないのだ。
ある猫は5キロ先の住宅街にいると言い、ある鳥はそこから2駅離れた住宅街にいると言う、そんな有り様。

「いやいやいや、確かに有能とはいってもアイツの運動能力は人並みだぞ!? そんな、まさか」
「多分…電車に乗ってるんすよ。しかも帰り道とは反対方向の」

この時点でカノは腹を抱えて笑い出した。仕方ない、俺だって呆れかえり、お叱りの1つでも入れたい所だ。
しかしちゃんとナマエを迎えに行って、思念なんかじゃなくこの目で直接安全を確認しない事にはどうも胸の動悸は収まらなかった。

「まあ何、任務はちゃんと完了、したんならさ、もうあとは、ナマエの生命力だけが、問題な訳だし、大丈夫っしょ」
「カノいい加減にしろ」

ひいひい言っているカノを睨みつけた後でキドは気遣わしげな顔になり、俺を見てきた。言いたい事ならそれだけで伝わる。

「電話で帰り道を指示しても良いんだが…お前の不安もそろそろ飽和しそうだしな、すまないが迎えに行ってやってくれ」
「当たり前っす! じゃ、また後ほどアジトで!」

言うが早いが、俺はカノを引きずってアジトへ戻ろうとするキドに背を向け走り出した。

ああ心配だ。正直この力がなかったら心配で今にも死んでいたかもしれない。しかし実際は動物達のお陰でなんとか大まかな方向だけは掴めるので、自分も電車にとりあえず飛び乗った。
さて、ここからどうするか――――
一刻を争い過ぎたせいですっかり連絡するのを忘れていたが、もうここからはナマエ本人と情報交換をしなければ辿り着けなさそうだ。

急がば回れだ、ここで電話しなきゃ余計に探すのが大変だろ、と言い聞かせて次の駅で降り、ナマエに電話をする。

『はい』
「はいじゃないっす! あーもう、なんで動くんすか!」
『電車に乗ったらアジトに帰れる気がして』
「方向音痴は自分の勘を信じちゃダメっすから! 見つけたらお説教っすよ!」
『早く見つけてください』
「了解っす。今はどこなんすか」
『………青い』
「屋根の家はいっぱいあるんすよ! 何か珍しいやつで!」
『そんな事言われても…………………………あ』

それから少し急くような息遣いが聞こえた。若干移動したと思われるその場所に伝えたい目印があるようだ。

『木。大きい木があるわ。覚えてる? 昔、小鳥を届けてあげた木』
「……あぁ」

瞬間、どっと胸に広がったのは結び目の解けた糸のような感覚。
その場所なら確かに知っている。数ヶ月前に一緒に放浪していた頃、怪我をした小鳥を介抱し巣まで届けてやった事があった。確かその巣はここから1駅ほど離れた所にある自然公園の中の大木で――――

「俺だから解るんすからね、それ。ナマエはもう少し人に伝える努力をすべきっす」

言いながら、口元がにやけそうだった。やっぱりナマエを迎えに行く仕事は、俺にしかできないんだと実感して――――。

『セトが解ってくれたら大丈夫。今度こそ待ってるわ』

そう言うナマエの返事に、余計笑みは深まるのだった。
次に来た電車へ飛び乗り、法定速度に苛立ちながら待つ事3分、改札を抜けてすぐに見える自然公園に走って入り、中央の大木まで一直線――――と、ここまで一息の勢い。
大木の下、ナマエはいた。ベンチに座って行儀よくしている姿はやはりなんというか、上品で。

近づいた俺にすぐ気づいて微笑まれたその瞬間、膝から力が抜けた俺は地面に崩れ落ちる。にやけたなんだと言ったって最後の最後まで心配だったのだ。

「セト」

少しだけ声音に驚きを滲ませてナマエは駆け寄ってきた。

「あー………良かったっす。無事なの解っててもやっぱ、どっか緊張してたみたいで…」

俺に合わせて屈んでくれたナマエの細い体を、ぎゅうと抱きしめる。ナマエはすぐに、優しい手つきで俺の背中を撫でた。

「心配かけてごめんね……。ありがとう」






息も整い、気持ちも落ち着いてからは、先程までの柔らかな空気が一転、俺の説教タイムとなった。帰りの電車の中はもちろん、駅からアジトまでの歩く道のりまでも。

「だいたいナマエは気分で歩きすぎなんす。放浪するのはそりゃ楽しいけど、帰る所がちゃんと解ってなきゃ意味ないっすからね」

怒られているのにも関わらず、ナマエは始終にこにこしながらそれを聞いていた(もしかしたら聞いていないかもしれない)。

「…何がおかしいんすか」

アジトの扉に手をかけた時、若干不機嫌な俺が訊くとナマエはますます嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「幸せだなぁって思って。迷子になったら探してくれて、でもずっと叱ってきて、でもずっと手は繋いでてくれるの。セトみたいな人がいてくれて、私は幸せだわ」

言葉の通り、アジトまで無意識に繋いだままだった手を掲げて言われては敵わない。
俺は溜息をついて、結局同じ幸せを感じながら先にナマエを中へ入れてやったのだった。


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(どうぞ、お姫様)









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