赤い月夜



その日の月はいやな赤みを持っていた。こういう夜は何かが起こる…古来そう言われてきただけの事はあって、かなり不気味である。

しかし逆に、そういうアブノーマルな夜に私が惹かれてしまっているのもまた事実で、操られるような動きでベランダに出てみたのは夜中の1時。
だんだん温かくなってきた初春のこの時期は、変な時間に外に出ても冷気に襲われる事がない。心地良い風に吹かれながら、赤い月を見上げてみた。

気持ち悪いけど、綺麗だ。

その時、惰性でポケットに入れていた携帯が振動する。こんな時間に何だろうと怪訝に思いながら出してみると、果たしてそれは電話着信であった。

しかも、カノからの。

「…何よ」
『良かった、やっぱり起きてた』

いつもの茶化すような声は、目の前の月のように不安定だ。嘘をつき、欺き、騙して生きてきたカノの姿が眼裏を冒す。

『月、見た?』
「…そんな事の為に電話してきたの?」
『いやー、あんまり綺麗だからさ、なんか誰かと共有したくなって』

それで私か。どうせキドとかも起きているだろうに、わざわざ離れた所まで電話してくるあたりカノらしいというか、なんというか。

「生憎ちょうど外に出てるのよ」
『それは残念だ。よく見えるでしょ。』
「……まあね」

天邪鬼な言葉を重ねるだけの会話。夜という事もあってか、普段より言葉がするすると口から出てくる。

「―――なんかあなたに似てる」
『何が?』
「今日の月」
『嘘だ〜。似てないよ、全然』

カノはそう言って笑うけど、私は大真面目だった。
赤くて、不気味で、でも目を奪われる、そんな輝きとか、
日中は全く見えないのに、夜になった瞬間増す存在感とか。

「…そっくりじゃないの」
『え、何?』
「なんでもない」
『でも、僕も月だっていうなら朝には見えなくなるよね』

静かな空間の中、耳に直接カノの言葉が入ってくる。
その途端、僅かに上がっていた口角が下がるのを感じた。

自分の発言が発端なくせに、不安に苛まれて仕方なくなってくる。
しかし今ここで夜を支配している月があっけなく朝につれていかれてしまうように、カノも突然私の前からいなくなってしまう…そんな錯覚を抱いてしまった後では、それももう止められなかった。

「……ねぇ、カノ」
『ん?』
「今、どこ?」
『え…アジトだけど』
「……そっち行く」
『え? ちょ、待っ――――』

最後まで聞く前に電話を切った。
何も支度しないまま、靴に足を突っ込んで家を飛び出す。
無機質な街頭がなけなしの人工灯を供給する中、私は通いなれたアジトへの道を走っていた。

なぜだろう、今無性にカノに会いたくなったのだ。
月の光に似せて切なくなるのも、姿のない声に悲しさを思い出すのも嫌だった。
ひたすらに、彼の腕の温度を感じたい。響きを持った声を聞きたい。

月が消える前に――――。





細い路地裏に入ったところ、アジトの扉の前でカノは待っていた。

「…大胆だね、ナマエは」

第一声がそれである。肩で息をしながら私は上を指差した。そこに輝くのは赤い月。

「…月、見てたら……」
「本物が恋しくなった?」

さっきは似てないなんて言ったくせに、まんざらでもなさそうな顔。
そのままにっこり笑って、私を腕の中に閉じ込める。

「それとも、僕がいなくなるような気がして慌てて来たの?」
「…解んない」

カノの胸に顔をうずめて、くぐもる声で返事をする。茶化すような声に冗談で返す事もできないでいた。

こんな事で取り乱すなんて、今日の私はおかしい。

でも、

赤い月が上がる夜、何かが起こる。

そんな伝説のような言葉を言い訳に、私はカノから決して離れようとしなかった。

「朝になっても一緒にいて。太陽につれて行かれるのは、嫌」

しぼるようにそう言うと、

「……それ、誘ってるの?」

カノは笑いながらそう答えたけれど、壊れ物を扱うような手つきで私の頭を撫でてくれる。

私達の真上では、赤い月が煌々と夜を覆っていた。




(僕が月なら君はかぐや姫かな)
(……買い被り過ぎよ)
(そりゃもっともだ)
(……………ちょっと)









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