かもしれない



久々の休日だから目一杯朝寝坊をした。日が高く昇った頃に伸びをする。

うん、いい天気だし、今日は布団も干そうかな。

そんな事を考えていると、脇に置いていた携帯が着信を告げてきた。

あれ、シンタローだ。

好きな人からの電話に少し胸が高鳴るのを感じながら出てみる。

『…今、電話平気?』

ただでさえ低くこもってる声が、機械を通して余計に聞き取りづらい。私は受話口に耳を押し当てて返事をした。

「平気だよ」
『…良かった。あのさ、』

――――車の免許取りたいから手伝ってほしいんだけど。

しかし押し当てた受話器越しにそんな風に言われた瞬間、私の全身に鳥肌が立ち、思わず電話を耳から離してしまった。

あのシンタローが運転免許? いやいややめてよ、シンタローが爽やかにオープンカーでハイウェイをぶーんする姿なんて考えられないって。別にそこまでしなくて良いけど。

咄嗟にカレンダーを確認して今日がエイプリルフールじゃない事を確認する。今まで普通に会話してた訳だから、聞き間違いでもないし…
となると、あと考えられるドッキリは……

「シンタローごめん、すぐ掛け直すね!」
『え、ちょ待っ』

答えるより早くに電話を切り、その勢いのまま電話帳から次の相手を見つけ掛ける。

電話はすぐに繋がった。

『ナマエちゃん? どうかした?』
「カノ…あんたシンタローに何の入れ知恵をしたの」

できるだけ低く言ってやると、カノはくっくっと笑い声だけを返してきた。それから、「僕の仕業だって思われてる。残念だったね、シンタロー君」なんて声も。くっそ、シンタローもそこにいるのか。

『生憎だけど免許の話なら僕はノータッチだよ』
「嘘だ、あのベスト・オブ・ヒキニート・シンタローが自分から免許取りたがる訳ないじゃん!」
『誰の所為かは手伝ってあげれば解るんじゃない? じゃ、頑張って〜』

ぶちん。電話は一方的に切られた。暫く携帯を睨みつけるもそれがカノに伝わる筈なくて。

本当にカノじゃないなら誰があの重病人を動かしたんだろう、なんて考えながら私はシンタローにリダイヤルした。

「アジトまで行くから待ってて」





実際、アジトから出てきたシンタローは既に意識が朦朧としていた。

「手伝うって言っても、私には練習できるような敷地を提供してあげられないよ?」
「あぁ、それは良いんだ…。一応仮免は取ってるし、セトが滅多に人も車も通らない公道を教えてくれてるから」
「肝心の車は?」
「モモが事務所にうまい事口利いてくれて、半日だけ借りれた」

ほうほう…
私の脳内で「この辺ならまず車は通らないっすね! ちょっとこっからは遠いけど、そこまでは俺が運転して停めとくんで問題ないっす!」と言うセトと、「お願いします! 母が急に遠方の祖母に呼び出されてしまったので車が必要なんですけど、父が出張に使っちゃってて…。この間の撮影で使った中古の奴とかで構わないんです、私が責任持ちます!」と言うモモが一気に現れた。

それにしても、結構大掛かりなプロジェクトなんだな。もしかして何かこの後大きい事を控えての義務なのかな。

「シンタロー、なんでいきなり免許なんて言い出したの?」

セトが待つという目的地へ向かいながら何気なく聞いてみると、シンタローはあからさまにぎくりとした顔で黙りこくってしまった。

「…ま、良いんだけど。本免試験、頑張ってね」
「あ、いや……あぁ…」

なんだかどっちつかずの返事をされてからは、なんとなくお互い無言。
待ち合わせ場所に到着した時のセトの眩しい笑顔が本当に救いだった。

「車はこれっす。ちゃんと元通りで返せるようにだけ気をつけてください。んじゃ、ガンバッテ」

ぽんとシンタローの肩に手を乗せ、さっさと帰ってしまうセト。この数秒の為にここまでしてくれたとは…やっぱりここまで何か深いプロセスがありそうだ。

「それにしても広いね〜。ここなら確かに練習できそう」

おそらく国道へ通じているらしい二車線道路は道幅も充分、殆どカーブもなくて見通しが良い。土手のようになっている道の下にはそこそこ大きな川が流れていて、その分住宅などへの騒音被害を気遣う必要もなさそうだ。更にはUターンに使えそうな窪地もあるとなればもう、

この敷地すらシンタローの為に用意されたんじゃないかと錯覚してしまう。もう、本当に。

シンタローは1つ私に頷いてキーを車に差し込んだ。おいおい震えてるよ。

それとは対照的に、優雅に助手席に座ってシンタローを待つ私。あ、良いかもこれ。ちょっとドライブデートみたいできゅんきゅんするかも。

……彼氏役がこんな及び腰じゃなければ、ね。

仮免は取ったからといっても実際の経験は流石に浅い。なんだか解らないけど焦っているシンタローの様子を見ていたら、楽しいドライブデートなんか叶う筈ない、むしろ―――

「ちょ、最初からそんなスピード出しちゃダメだって!」
「こ、こんなまっすぐな道でちんたら走るなんて無駄過ぎるだろ!」
「せめてブレーキ、ブレーキ踏みながら!」
「アクセルを踏みながらブレーキを同時に踏むなんて不道理だ!」
「そうじゃない、同時じゃない! ってあーもう、IQ168のくせに!!」

そうなる事なんて最初から簡単に予想できた。えぇできましたとも。

運転しているうちに本能的な恐怖を感じ取った私は早めにシンタローへ忠告する。

「良い? 人通り少ないからって安心しないで、かもしれない運転で行ってね!」
「ひ…人が飛び出してくるかもしれない、だったか?」
「そうそう、覚えてるじゃ――――」

言いながら私の体はぐいんと横に引っ張られた。
Uターンの道路に"スピードを落とさないまま"バックして入ったのである。

ばか、このやろー、ばかぁっ!
そんな叫びは喉に詰まらせたまま、無理やり過ぎるUターンに引きずられる私はもう泣き出す寸前。
もう、なんで仮免が取れたのかそれすら疑問だわ!

そうしてかれこれ1時間、いい加減に疲れたらしいシンタローはおもむろにエンジンを切った。息切れしてるけど断言しよう、車の方が疲弊してる。

「車が対向車線から飛ばしてくるかもしれない! それも考えて!」
「向こうにも同じ配慮があれば大丈夫だ」
「開き直るな!」

まだ納得いっていないような顔をしてるシンタローの横顔。
運転も理論もめちゃくちゃだけど、結局はそんな所だって格好良いんだよなぁ、ってやっと落ち着いた頭でつくづく考える。
無茶には付き合わされたけど、なんだかんだで今日誘ってもらえて良かったよ。

「…シンタロー、免許取れるように私も何度でも付き合うからさ、とりあえずまともな運転法を身につけよう?」
「………セトが」

返ってきたのは"うん"でも"ううん"でもない、セトの名前。……なぜここでセト?

「男なら好きな女の子をドライブに1回は連れて行ってあげたいって思うもんだとか言い出して…。モモもエネもきゃあきゃあ騒ぎ出すから、お前もそうなのかと思って…。だからとりあえず仮免は取ったけど本免まではまだ程遠くて、それでちょっと焦ってたらカノが練習がてらにデートっぽくすれば良いとか言ってきて…」

私の提案を遮って始まった長い独白を黙って聞く。聞きながら、なんだやっぱりカノが絡んでるんじゃん、いや、でも発端はセトだっていうから厳密には違うのかな……なんて考えていた私はある事に気づいて慌てて思考を止めた。

「好きな女の子をドライブデートに誘う為に免許を取ろうとして、時間かかるから練習と本番を兼ねてみた……」

って事はそれって……
この大掛かりな練習会ってもしかして、

私の為……?

嫌でも顔に熱が集中するのを止められない。
え、待って、でもこれって、でもでもここにはシンタロー以外私しかいないし……でもでもでも、本当の本番はまだで、私はそれの練習に付き合わされただけって事もあーややこしい!!

彼の言葉を黙って待つ。シンタローは私をちらりと見やってすぐ顔を伏せた。心なしか顔が赤い。

「ほっ、本当はもっとちゃんとした場所で言いたかったんだけど…ちょっと俺が待ちきれないから…言うわ」

シンタローのぼそぼそと喋る声が心拍音に邪魔されてよく聞き取れない。まだ早いと言い聞かせても期待しちゃう悲しい自分に呆れながら促した。

「…お前の事が、あの…………好き…



…………かも」

「……は?」

好き……、かも?

あー…あの、なんですか。今更"かもしれない運転"ですか。
ドキドキしてて、凄く嬉しくて、ちょっと信じられなくて、さっきとは別の意味で泣いちゃいそうなのに泣けないんですけど!

色んな意味で混乱してしまった私は、赤いまんまの顔を隠すように背けて、わたわたしてるシンタローについ怒鳴ってしまった。

「あぁ、えと、違、」
「か、かもの好きならいらない、かも!」
「や、すっ、すきっ…」
「知らない! もう絶対シンタローになんか本免取れるまで私も好きって言ってやんない!」
「……え」
「……あ」

……ぅ…しまった、墓穴。

「お、お前も…好きって……?」
「知らん、もう何も知らん! 帰る!」
「ちょっ、ちょっと待てよ!!」

シンタローに構わず車を飛び出し、私は帰り道をダッシュした。
どうかシンタローが本免ちゃんと取って、その時こそ落ち着いて好きですって言えますように、そして今度は"かも"じゃない好きを言ってもらえますように

…そんな事を、願いながら。




(好きだろうと、思うんだけど)
(ねぇ、だろう運転はダメって言ったでしょ。かもしれないより悪質だよ)
(わっ…悪い……)









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -