終わりへと



※最終話まで読まれている方向けです(ネタバレあり)
※7巻、ホグワーツ最終決戦にて。ハリーが死を覚悟して、禁じられた森へ行った時のこと。








古びたスニッチが割れ、中から黒い石が現れる。蘇りの石を手にしたハリーは、手の中でそれを三度転がした。
ハリーには全てがわかっていた。終わりへと向かう自分の前に、最後の希望が現れる。
ゴーストより余程現実味のある、しかし本物の肉体よりいくらか儚い人の姿が、ハリーをそれぞれ見下ろしていた。

ジェームズ、リリー、シリウス、ルーピン────そして、ハリーはその姿を写真でしか見たことがなかったが────イリスまでもが、優しくハリーを見つめている。驚いてイリスの顔を見ていると、その視線を受け止めた彼女が面白そうにニヤリと笑った。その顔は、シリウスの表情ととてもよく似ている。

「久しぶり、ハリー。ずっと見守っていたよ」

イリスの声は、どこか不思議な懐かしさがあった。シリウスが何度か真似をしていた声とはもちろん異なっていたが────喋り方だけは、その時聞いていたものと全く同じだった。
ハリーはその時唐突に悟った────たとえ自分自身に記憶がなくとも、ハリーは今までずっと、シリウスを通してイリスの姿を見ていたということを。物心がつく前に亡くなってしまった庇護者は、命なき後も確かにハリーを見守ってくれていた。それで彼女はここに現れたのだ。ここにいるのは、ハリーが生まれる前から今に至るまで、誰よりも近いところでハリーを想ってくれていた人達なのだから。

「あなたはとても勇敢だったわ」

親友の隣で、リリーが言う。

「お前はもうほとんどやり遂げた。もうすぐだ…父さん達は鼻が高いよ」

ジェームズも誇らしげな顔をしていた。リリーの肩に手を乗せ、ハリーに微笑みかけている。

「苦しいの?」
「死ぬことが? いいや、眠りに落ちるより素早く、簡単だ」

ハリーの質問に答えたのはシリウスだった。ルーピンもすかさず「それに、あいつは素早く済ませたいだろうな。あいつは終わらせたいのだ」と続く。

「僕、あなた達に死んでほしくなかった」

言葉が自然と喉から零れる。ここにいる人は皆、ハリーやハリーの家族を守るためにその命を懸けた人だ。
ハリーが最初に目を合わせたのはイリスだった。自分の運命を自覚する前に亡くなった、優しくて強い魔女。

「あなたのことはシリウスから聞いていました、イリス・リヴィア。ずっと会ってみたいと思ってた、でもこんな────こんな形で────だってあなたは、シリウスと────」
「私は私のために生きたまでだよ、優しいハリー。私の人生は、全てちゃんと私の選択と責任の下に成り立っていたから、安心して。それより2年間、シリウスの面倒を見てくれてありがとう。ハリー、私はね、あなたが運命に翻弄されながらもしっかり顔を上げて前向きに歩いてくれたことが、本当に嬉しいんだ」
「まるで私の方が子供みたいな言い方をするんだな」

イリスの言葉にシリウスが反応する。わざと不貞腐れたように言うシリウスと、それに悪戯っぽい笑みを返すイリスの姿には、びっくりするほど一体感があった。今までシリウスひとりとしか関わっていなかったハリーにとって、それは不思議な気持ちにさせられる光景だった。まるで2つに分かれていた風景画がようやく1つに繋がって、完成された景色を見せてきているかのようだ。

シリウスはずっと1人で生きてきたのだと思っていた。そしてそれは全くの間違いではないのだろう。ただ、イリスという片割れと並ぶシリウスを見ていると、ハリーは不思議な満足感を覚えるのだった。この時になって初めて、後見人の本来の姿を見たような気がした。

だからこそ、もうひとりの友人には言いようのない申し訳なさが湧く。
ルーピンは、まさに家族と引き離されてしまったばかりだった。ハリーのせいで、愛した女性とも、生まれたばかりの子供とも別れることになってしまった。

シリウスとイリス、ジェームズとリリーの間にある見えない絆の糸を感じる度、自分がルーピンから何を取り上げてしまったのか思い知らされ、痛みが体と心を貫く。

「許して────男の子が生まれたばかりなのに…リーマス、ごめんなさい…」
「私も悲しい。息子を知ることができないのは残念だ…」

しかし、ルーピンは笑った。悲しそうな顔をしながら、それでもハリーに向かって力強い言葉をかけてくれた。

「しかしあの子は、私が死んだ理由を知って、きっとわかってくれるだろう。私は、息子がより幸せに暮らせるような世の中を作ろうとしたのだとね」

自分とそう年が変わらない背格好をしている彼らは、揃ってハリーを見守っていた。ある人は嬉しそうに、ある人は興味深そうに、そしてある人は意志の強い瞳で────ハリーが足を踏み出す瞬間を、待っていた。

「一緒にいてくれる?」
「最後の最後まで」

ハリーの問いに答えたのは、ジェームズだった。

「あの連中には、みんなの姿は見えないの?」
「私達は、君の一部なのだ。他の人には見えない」

シリウスの言葉を聞いて、改めて両親と友人達の顔を見回す。

「僕の、一部…」

イリスと再び目が合う。今度こそ、この女性も自分の中に確かに息づいていたことを感じた。直接会話をしたことはないはずなのに、まるで昔から仲の良い友人として付き合ってきたかのような安心感がある。

「大丈夫。私達がついているよ」

その声に、ハリーは思っていたより力強く頷き返すことができた。
全てが終わって、彼らの元へ行くことができたら、たくさん話を聞こう。

「そばにいて」

最後に母親に向かってそう言うと、ハリーは歩き出した。
森に入る前に冷え切っていた体はすっかり温まっていた。胸には自信と勇気が戻り、地面を踏みしめる足にも力がこもっている。

大丈夫。彼らが、ついている。

暗い森の中を、ハリーは突き進む。
生の終わりに向かって。ヴォルデモートに向かって────。








「蘇りの石で両親達が登場する時、そこに夢主はいたのか」>>椎名様

リクエストありがとうございました。こちらは椎名様に捧げます。

原作の内容に沿った話なので、少しだけ短めの、ワンシーン切り取ったような形に仕上げました。初めてハリーと直接絡む機会をいただいたので、わくわくしながら書かせていただきました。

「ハリーは今までずっと、シリウスを通してイリスの姿を見ていた」

今回の話はこの一文が全てです。ハリーが2歳の頃には命を落としているヒロインですが、その後もシリウスの心に留まり続けることで、ハリーにいざという時の力を与えてくれていました。
本当はヒロインともっと会話をさせたかったのですが、状況が状況なので空気を読んでもらっています(笑)









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