That is SUICIDE.



レギュラスとの共同戦線が始まってから、3年。

彼は夏休みの間に、"例のあの人"に会ったのだと言っていた。まだ夏らしい暑さと湿り気が残る中、彼の顔だけが外国で見るような雲ひとつない晴天を浮かべている。

「何か話したの?」
「ああ、ほら────前からずっと考えてはいただろ、闇の帝王こそが新しい世界の統治者に相応しいんじゃないか、って」

その通り。レギュラスはずっと、ああまで克明な未来を描いておきながら、決して自分が玉座に立とうとはしなかった。なぜかと何度も問うたのだが、その度に返ってくるのは、「僕に直接人を率いる力はない」というやけに冷めた言葉だけ。

人を率いることをしないのと、できない。この両者には確かに決定的な差があるが、レギュラスはただ"しない"方の人だ。そう思っていたのに────。
彼に唯一誰の意見も聞く気のない主張があるとしたら、その"自分が王座につく気はない"というものがそれにあたるのだろう。

代わりに彼は、ずっと探していた。自分の理想を叶えてくれそうな"王"を。

私は────私は、そこだけは自分の本音を彼に言えずにいた。
人って、そんなに皆意思能力が薄弱なのだろうか? わざわざ全ての人の手を引こうとせずとも、レギュラスがただ自分の思想を声高に叫び、歯向かう者とは杖を交え、混沌とした世にひとつの新たな楔を打ち込んでみせれば、必ずそこについてくる者が必然的に現れるのではないか、と思うのだ。

せっかくそんなに面白い世界を描いているのだから、その冠を他人に任せるのではなく、自分で自信を持って被ってくれれば良いのに。私は、彼にならそれができると信じているのに。

────彼は完璧な統率、支配を望んでいた。きっとそれは、"無法地帯だった時代"が彼にとっては"無駄な歴史"でしかなかったから。口では"歴史が変わる時には必ず混乱がつきまとう"と理解しているようだったが、どうにもその本能は鮮やかな革命を求めているように見えてならない…と思うのは、流石に考えすぎだろうか。

とにかく、本名を口にすることすら憚られるという"例のあの人"は、レギュラスが新時代に据える代わりの王にぴったりな人物のようだった。

元々、聖28族の多くにあるように、"純血の者こそが魔法界の頂点となり、マグルに存在を主張すべき"という主義を掲げている者にとって、例のあの人はダークヒーローの象徴だったらしい。彼を賞賛する声が聖28族の末裔たるホグワーツの生徒からも何度か出ていることだけは、私でも知っていた。

だからレギュラスはずっと、例のあの人に接触できる機会を狙っていたらしい。

「闇の帝王は、僕の考えを快く受け入れてくださった! この年でそれだけの未来を描けていることに、お褒めの言葉もくださったんだ。僕に覚悟さえあるなら、ダンブルドアの目が光っているホグワーツの中ででさえも、彼の配下として命に従うことを許してくださると…」

レギュラスは本当に嬉しそうだった。
まるで、初めて笑顔を覚えた子供のように。初めて感情を知った小さな生き物のように。

────こんな顔、見たことなかったな。
私が必要の部屋を紹介した時ですら、ここまで嬉しそうな顔はしていなかった。
そっか。レギュラスも、憧れの人の話をする時にはこんな風に笑うんだ。

私には、どうしてかそれが寂しいような気がして────…でも、そんな風に考えてしまう自分があまりにも分不相応な気がして、なんとか同じ温度の笑顔を捻り出そうとしては見事に失敗してしまった。

「────…君も、やっぱり心配か?」

すると、すぐに私の変な表情に気づいたレギュラスが顔を覗き込んでくる。既に人生一番の笑顔が出たからなのだろう。不安げにしているその顔ですら純朴な少年そのものにしか見えなくて…────私は、彼を今までどこか"大人で、どこか遠いところにいる人"だと思っていたのだと気付く。

彼も、ただの14歳の子供だった。
憧れている人に認められたら喜ぶし、自分の夢が叶うかもしれないと気付いたらはしゃぐ。そして、それを話した時、近しい人に思った反応が返ってこなかったら────不安に思う。

自分がレギュラスにとって、ある種特別な位置に存在していることは、わかっていた。わかっている、つもりだった。
でも、今だけはどうか察さないでいてほしかった。

「ううん。…────ただ、レギュラスがどこか遠いところに行っちゃうような気がして…」
「どうして?」
「だって、例のあの人の話をしてる時のレギュラス…見たことないくらい、嬉しそうで…」
「なんだ、そんなことか」

どうこの気持ちを表そうかと悩む私に、レギュラスはちょっと呆れたような溜息をついた。

「夢が叶うかもしれない、ずっと探していた人を見つけられた、そう思ったら当然嬉しく思うし、そうだな…確かにちょっとはしゃぎすぎたよ。でも────君は別に、僕の夢を"代わりに"叶えてくれる人じゃないだろ。君と闇の帝王は違う。ましてや、僕は君を探していたわけでもないんだから、顔が変わるのは人間の心理として当然だよ。そもそも、この世に同じ全く同じ人間なんているわけがないんだから、少しでもその思想に被るところがあるなら嬉しく思うのだってある種当然だろう」

それは、わかっている。そして私が言いたいのは、厳密にはそこじゃない。

「君は、僕の夢を"一緒に"叶えてくれる人だ。そして、君の方が僕を探し出してくれた。君のことは最初、体の良い情報屋くらいに思っていたけど────実力もあるし、余計な詮索はしないくせに何かあった時にはすぐ気づいてくれる洞察力も持っている。僕からすれば、君の方が余程僕も素で付き合える等身大の"大事な人"だと思っているんだけど────それじゃあ、不満か?」

────それなのに、不意を突かれたそんな言葉が思ったよりも嬉しくて。
嬉しいと思う自分がいることにも、驚かされて。

私はもしかしたら、レギュラスに対して"観察対象"以上の気持ちを持っているのかもしれない、そう思ったら────。

とても、言えなかった。

"闇の帝王に今の時点でそこまで心酔するのは、危ないんじゃないか"なんてことは。

「────ありがとう。変な心配かけてごめん。レギュラスが思い描いた通りに進めてるなら、私も嬉しいよ」
「僕の方こそ、年甲斐もなく浮かれて悪かったよ」

ねえ、これで大丈夫なんだよね。
だって、私の目的は"新しい時代を作ろうとしている人の視界を見たい"ってところにあるはずなんだから。

レギュラスが自分の意志で動いている限り、私がそこに介入する必要は────ないよね?





レギュラスとの共同戦線が始まってから、4年。

レギュラスは、着実に仲間を集めていた。実際には1年生の時から私のように目をつけた相手には積極的に声をかけており、卒業したルシウス達も含めセブルスやバーティを中心に、闇の魔術と呼ばれる主に戦闘魔法に強い関心を持っているスリザリン生が私達2人の周りに集うようになっていた。

去年の夏以来、レギュラスの目的は、明確に"闇の帝王に仕えられる忠実な下僕を集めること"が第一優先とされるようになった。
その次の目的は、レギュラスが"是"と判断した軍団と、闇の帝王直々の配下が結合して、最強の革命軍を作ること。
"闇の帝王"の配下については、もう本人が手ずから采配を取っている。
ならば、レギュラスは専ら"これから死喰い人になる存在"の育成に追われることとなるのだが────。

「スリザリンの、"未来"に同じ展望を抱いている者はある程度手の内に入っている。イリス、期待を込めてあえて君を頼るが────他の寮に、目ぼしい奴はいないか?

────その質問がいつか来るであろうことなら、想像していた。
レギュラスはまずきっと、スリザリンと…わかりやすい闇の魔法使いを集めることに奔走することとなるのだろう。ならば、私にできることは何か────レギュラスが目をかけられない領域に踏み込み、彼の軍団の強化を図ること。

「まずグリフィンドール。今2年生なんだけど、アリス・トッドって子がいるの。彼女は専らの純血主義者で、正義感も強い────だからこそ、"自分の力でできること"を試したがってる節がある。レギュラスお得意の話術で丸め込めば、アリスとその周りにいる女子達はついて来るんじゃない? でも私達と年の近い子はダメ。監督生の影響が強すぎてとても引き込めない」
「なるほどな。他の寮は?」
「ハッフルパフは勧誘するだけ時間の無駄だろうね。こっちも今の監督生が強すぎる。闇の魔術イコール触れてはならないもの、っていうそれはそれでどうなのって思うような偏見があるから」
「…ということは、レイブンクローになら可能性があると見ても?」
「良いよ。レイブンクローなら、3年生に目星をつけてる。正直4年生から6年生は────これまた監督生の影響が強いから難しいね。3年生なら、フェーリ・アルバートとユーリ・アルバ―ト姉弟。この2人も知的好奇心に長けている双子で、光も闇も関係なく魔法研究を進めてる。…どう、条件的には声をかける余地があるんじゃない?」
「君がそういう相手なら、一度僕からも声をかけてみよう」

4年経ち、魔法の行使に関しては正直私よりも優れている仲間が集まった。
それでも────決してレギュラスは私を蔑ろにしなかった。

私達の意思疎通は入学した時よりもずっと早く、正確になっていた。最初、腹の探り合いをしていた頃が懐かしくさえ思えるくらいだ。仲間として手を取り合った後も、私はしょっちゅうレギュラスの言動の真意を尋ね、レギュラスはレギュラスで私が"何ならレギュラスのためにやるのか"、"どこまで越えたら自分の知識欲を優先するのか"を何度も測りかねているところがあった。

それも、歳月が過ぎればどんどん"当たり前"になっていく。
確かに、私は自分の知識欲を根源にしてレギュラスに近づいた人間だ。レギュラスという個人に心酔していたわけではない。レギュラスが目指すもの、明確に定められた計画、絶対に叶えるという覚悟…。レギュラスが持っている"今の命"に関心があっただけだ。

もし彼が自身の大望を諦めたり、いきなり理不尽な理由で意見の掌返しをするようであれば、私はいつでも彼から離れるつもりでさえいた。そう、私は彼の本心を初めて聞いた瞬間から"逃げない"と心に決めてはいたが、それはあくまで"レギュラスの方が心変わりしない限り"という条件付きのものだったのだ。

でも、今は安心して彼を追い続けている。彼も、安心して私に背中を任せてくれている、それがわかる。

だって、もうその3日後にはアリスも、彼女と親しいダイナもローズも、フェーリとユーリ姉弟も、私達と共に必要の部屋の机を囲む仲になっていたのだから。

「やっぱり君の見立てに間違いはないな」

レギュラスの顔は満足げだった。
ただ────。

「…最近、ちょっと顔色悪くない?」

闇の帝王と"何らかの方法"で接点を持っていることなら、知っていた。仮にも彼は公認のホグワーツのスパイ。それこそしもべ妖精におつかいを頼むなり、長期休暇を利用するなりで闇の帝王本人と話をする機会が他の一般市民よりずっと多いことだろう。

そのせいなのかどうなのかは、わからない。

「別に、自分では気づかないけどな」

だって彼は、いつもそう言うから。
でも、今年に入ってからレギュラスがまともな睡眠ないし栄養を摂れていないことは明白だった。頭の良い彼がそれを自覚していないわけがないのに、いつもはぐらかされる。

おかしいな。
去年、私は確かに、レギュラスとの"心の繋がり"を感じて喜びを感じていたはずなのに。
なんだかまだ────距離が遠い気がするのは、気のせい?





レギュラスとの共同戦線が始まってから、5年。

彼の目の下の隈が、取れなくなってきた。

「ねえ、そろそろ看過できないよ。あなたは自分のことだから自覚できてないのかもしれないけど────こう言ったら信じてくれる? 誰よりも傍にいた私から見て、あなたの健康状態が明らかに異常だっていうことを」
「────…」

レギュラスは、まだ不服そうだった。

「────闇の帝王は、遂に見つけられたんだ」
「…何を?」

脈絡のない言葉に、戸惑いを隠せない。

「彼が、長きに渡って統治を続けるための、その方法を」
「…それって、これから革命を起こそうとしている"新時代"の基盤を強固なものにする算段がついたってこと?」
「いや、違う。────なあ、昔僕が言ったこと、覚えてるか? "僕の命がある間に目指す世界が実現されなくても、結果として未来が僕の理想に適うならそれで構わない"と言ったこととを」

もちろん、覚えている。
でも私は未だに、彼がその新時代を生きて目の当たりにしたいのではないかという疑問も密かに持ち続けていた。

「────僕はきっと、この人生の間に新時代が"当たり前"の世の中になるまで命を永らえさせられないと思う。きっと、時代の過渡期に戦い抜いて、そうして新たな未来の礎として死んでいくのがオチだと思っていたんだ」
「────…うん」
「でも、闇の帝王はそれを克服された。新しい時代の前置きになる混沌の世を超えて、世界を更地から整備し直すまでの算段を、あのお方はお1人で叶えられる道を見つけた。だから────もしかしたら、僕は、新しい時代を目の当たりにする前に死ぬだろうが────未来を闇の帝王に安心して託して死んでいくことができるような気がするんだよ」

どういう、意味?
レギュラスの言いぶりでは確かに、たった一世代では世界をひっくり返すのは難しい作戦だと思っていた。それこそ煉瓦道を敷き、レギュラスの意志を引き継ぐ誰かにその願いを託して、私達はこの命を終えることになることを、むしろ最有力候補として考えていたくらいなのだ。

「────でも、どうやって? いくら闇の帝王が常軌を逸した力を持っているからって、そんな簡単に────」
「"分霊箱"の存在を、君は知っているか?」

そう言って、レギュラスは一冊の本を取り出した。
"深い闇の秘術"。彼がパラパラと慣れた動作で繰ったページには、まさに"分霊箱"についての記述があった。

「まあ、簡単に言うと────"魂を切り分ける"魔法なんだ。殺人を犯すことにより、人の魂は分裂する。その分裂した魂を"モノ"の中に取り込むことで、実質的に"命"の危険性は保証ができないものの、魂を蘇らせることによって、全ての魂を破壊されることがない限り、何度でも"命"を奪われようとも"魂"によって蘇ることができる」

────どう考えても、正気じゃない。

だってそれじゃあまるで────。

「自分の命を長く保つために、人を殺すの?」

あまりにも身勝手すぎる。確かに闇の帝王が本当に新時代を統治するに相応しい人なのであれば、多少は長生きしてその力と主張を広めるための時間が必要なのかもしれない。
でも、それは本当に関係のない人の命を奪ってまですること?
"今"闇の帝王に賛同している人が自然と亡くなっていき、たったひとりこの世に残されてもなお統治を続けなければならないほど、闇の帝王の意志は世に浸透しないものなの?

「…なんだか、おかしいよ。レギュラスは言ってたよね、たとえ自分の理想が自分の命ある時に叶わなくても、その"意志"さえ誰かに伝わっていれば良いって」
「ああ、そうだな」
「それは闇の帝王だって同じことじゃないの? もし本当にあなたが彼を理想としているなら、彼だって────」
「僕とあのお方は、当然だが同じ人間じゃない。僕は自分の力だけでは、どこまで寿命を延ばしても、自然に自分の命が潰える時間と同じくらいのことしかできないと思っている────だから、分霊箱になんて興味はない。でもあのお方なら────」
「ならレギュラス、あなたがもし自分の力だけであなたの望む統治が叶うとしたら、あなたは分霊箱を作る?
「────…」

レギュラスの目は泳いでいた。迷っていることが、はっきりとわかる。
本当は、彼だって疑問を持っているんだ。倫理的に、闇の帝王のしていることがおかしいんじゃないかって。

レギュラスは別に、誰かを傷つけたいわけじゃない。
もちろん、意見が対立した末に誰かが傷つくことは想定しているはず。どこかで必ず、新しい世が生まれるための犠牲があることだって理解している。そして、その傷も犠牲も全て背負う覚悟があるからこそ、彼はいつも厳しい顔をして、できる限り相手の意見を尊重し、必ず"邪魔者"か"味方"かを慎重に判断している。

だから彼は、絶対に望まない。自然の摂理を壊し、奪った人の命を自分の命を繋ぐ道具にしてまで自らの寿命をを延ばすなんて。

レギュラスは、それでも闇の帝王についていくのだろうか。
とはいえ今はきっと、まだ答えが出てこないはず。
でもいつか、自信を持って「そうだ」と────…「僕は闇の帝王が実現する世界こそ正しいと、たとえどんな手を使われても信じる」と言い切られてしまったら────。

────その時、私はどうする?





レギュラスとの共同戦線が始まってから、6年。

去年、分霊箱の件で私が苦言を呈して以来、レギュラスは私に以前のような輝きで闇の帝王の話をしなくなってきた。────というより、何かとひとりで塞ぎ込んでいる時間が増えたような気がした。

もはや、体調云々の問題でないことはわかっていた。レギュラスが一体どこまで考えを巡らせ、具体的に何に思い悩んでいるのかはわからない────が、その強かった精神が今かなり摩耗していることは、明らか。

「ねえ、レギュラス────」

私に意地悪な謎解きを仕掛ける時の、あの笑顔はどこへ行ったんだろう。
闇の帝王の話をする時の、紅潮した頬はどうして色を失ったんだろう。

夢を語る時の、冷静さを隠し切れないほどの輝きは、もう戻って来ないのだろうか────?

「本当に……」

大丈夫ではないことなんて、わかっている。そして「大丈夫?」と尋ねたら、絶対に「大丈夫」と返ってくことも、わかっている。

だから、出かけた言葉を押し留める。
そうして、代わりに出てきたのは。

「────今、楽しい?」

大丈夫の代わりにそう問うと、レギュラスの眉が一瞬だけ歪んだ。
まるで、泣き出しそうなほどに。

────いつだってレギュラスは、楽しそうだった。
どれだけ忙しそうでも。どれだけ膨大な量の情報の渦にいても。どれだけ、その先に思い描く道が過酷でも。
だって、そんな障害を乗り越えた後の最後に待っている未来こそが、彼の夢だったから。その灯りこそが、彼の人生の意味だったから。

今、未来は見える? 進む道の先に、少しでも頼れるような灯りはある?

「────…」

言葉を失ったレギュラスは、くっと俯く。
その仕草だけで、彼が苦しんでいることなら容易に想像がついた。そして逆に、それに私がすぐ気づいてしまうほどの隙を自分が与えていることも────彼は、わかっているのだろう。

「…何に悩んでいるのか、聞かせて」

仲間は、たくさんいた。"闇の帝王"に心酔している者もいたし、"レギュラス"について行く者だって、最初の頃に比べたらだいぶ増えた。
それでも、彼が何かを────その深い深い海の底にあるような本音を打ち明ける可能性があるとしたら、最初にその置き去りにされた沈没船の宝箱に手をつけられる人間は私だと、そう驕っていた。

そりゃあ、セブルスの方が呪いをかけるのは巧い。ルシウス達は既に卒業して、闇の帝王に最も近い者のひとりとして暗躍している。バーティの方が頭が良いし、アレクトとアミカスの方がよっぽど情に厚い。

それでも私は、あの日図書室で見た"闇に葬られし古の記憶"を机に置き、こちらを挑戦的に見上げるレギュラスの瞳を忘れられずにいた。

あの日、決めたんだ。
私は知識を追う者として、過去を追い、現在を追い、そうして最果てにある"未来"を追おうと。
何度も質問を重ねてきた。何度も彼から答えを得た。
だから、知っている。どう尋ねれば、レギュラスは私の欲しい情報を教えてくれるのか。

信頼と、"2人の歴史"
彼が3年生の時に、冗談と浮かれ交じりに言った「大事な人」という称号は、きっと今はもう冗談でも浮ついた言葉の遊びでもなくなっている。

久々に必要の部屋で2人きりになったこのタイミングこそが、私に残された最後のチャンスなのだ。レギュラスを救えるのか、救わない方が良いのか、私は今も彼について行くべきなのか、見限るべきなのか────その全てを決断するための、最後のチャンス。

「────最近、君が昔投げた疑問が頭から離れないんだ」

レギュラスは、答えた。

「…なんだか、おかしいよ。レギュラスは言ってたよね、たとえ自分の理想が自分の命ある時に叶わなくても、その"意志"さえ誰かに伝わっていれば良いって。自分がいなくなった未来に、その理想が実現できるなら、それで良いって。それは闇の帝王だって同じことじゃないの?」

疑問なら、今まで数えきれないほど────それこそ星の数ほど投げてきた。
それでも、レギュラスが何のことを言っているのかは、すぐにわかった。

「ならレギュラス、あなたがもし自分の力だけであなたの望む統治が叶うとしたら、あなたは分霊箱を作る?

思えば、あれからだったじゃないか。彼の表情に陰りが見えるようになったのは。
あの言葉を投げたその瞬間は、きっと闇の帝王に会えた興奮で反射的に言葉を返してきていたのだろう。
でも、本来ならレギュラスは本来合理的で、何より感情より理論を重んじる人だ。

そして私は、あの時意見をした自分の主張が、私にとっても、そしてレギュラスにとっても間違っているものだとは思っていなかった。少なからず、彼の心をそのせいで揺らしたという自覚はあった。

闇の帝王は、本当に"新たな世の中で、今まで虐げられてきた歴史を継承してきた魔法使いに光を当てる"気があるのだろうか?

否────私には、どうにも闇の帝王が"自分の尺度で測った独裁政権を敷き、逆らう者は皆殺しにする"ほどの身勝手な計画を立てているようにしか見えなかった。

「今、闇の帝王はあなたに何を命じているの? 今まで通りの仲間集め?」

「違う」という答えを確信しながら、それでもあえて、煽るように尋ねる。
レギュラスは、すぐその煽りに気づいた。私がわざとそういう言い方をしたことにムッとした表情を見せたものの、溜息をついて首を振る。

「────クリーチャーを差し出せ、と言われているんだ。それだけじゃない。兄さんを殺せ、親を死喰い人として招き入れろ、ホグワーツの中で闇の帝王の意見に賛同しない者を洗脳しろ、と────」

────過酷な命令を、覚悟していたつもりだった。
それでも、私の想像を遥かに凌駕するオーダーを彼は押し付けられていた。
当然、それに従わなければ待っているのは"死"のみ。力、美貌、カリスマ性、知能、欲望、全てを兼ね備えて生まれてきた完璧な彼にとって、人間なである以上当たり前に起こす小さなミスひとつですら許されない"欠陥"になる。

レギュラスの課された課題に対して、私はその全てにおいて不信感を募らせるばかりだった。

「クリーチャー…って、レギュラスの家のしもべ妖精だよね? あなたがそれこそ夢に描いていた、"存在する命があるがままに生きられる姿"を一番叶えてあげたいと思っている、友達なんだよね?」
「ああ…」
「それに、親御さんまで巻き込もうとしているの? 詳しく聞いたことはないけど、あなたが死喰い人に入った時、喜んでくれてはいたけど────あなたのご両親って、あくまで新世代の頂点として闇の帝王を崇めているだけで、本人達に死喰い人に加担する気はないのよね?」
「……ああ」
「それに────"レギュラス"の思想に賛同しない人ですら、向こうから杖を向けてこない限りはこちらも手出しはしないって…最初からそう言ってたよね?」
「…………仕方が、ないんだ。闇の帝王が、そう言うのなら、きっと────」

パン。

────我慢の、限界だった。
ここ数年、ずっと抱えていた違和感。不安。そして、ほんの少しの怒り。
感情が飽和した私は、まるで自らに言い聞かせるかのように呻くレギュラスの頬を、思い切り平手打ちしてしまう。

「目を覚まして、レギュラス・アークタルス・ブラック。あなたの思想は、いつから闇の帝王の思想と同化したの?」

違う。そうじゃない。
たまたま、レギュラスの求めている未来を一番早く、一番理想に近い形で遂げてくれそうな人が身近にいたから。ただ、それだけ。

「全く同じ人間なんて存在しないから、その思想が"少し"被るだけでも嬉しいことなんだって言ったのは、あなたでしょ。レギュラスと闇の帝王の考えがぴったり重なることなんてありえない。今まではその違いを受け入れた上でもあなたの夢が叶うと思ったから、信じたから、ついて行っていたのかもしれない。でも、よく考えて」

耳を塞ぎたがっているようにしか見えないレギュラスの腕を鷲掴みにして、私は声を張り上げる。

「レギュラス、あなたの夢は何? あなたが大切にしたいものは何? あなたが望んでいる未来に辿り着けるなら、その過程にどれだけあなたの望まない傷や犠牲が伴っても構わないと、本当に言うの? あなたはいつの間に、そんなに傲慢な人間になっていたの?

レギュラスはその時初めて、私の目を見返した。
潤んでいる。揺らいでいる。今にも泣き出しそうな子供のように。感情の制御を喪ってしまった、可哀想な絵画のように。

「────…わかってるよ、自分が────闇の帝王が、おかしいってことは」
「……」
「ずっと苦しかった。彼は僕の目の前で、何の罪もないただの一般人を殺すんだ、笑いながら。僕の統治を素晴らしい未来と賞賛してくれていたのに、僕の思想はいつの間にか"闇の帝王の意に反する者は全てこの世に要らない命"にすり替えられていたんだ。行動も、言葉もエスカレートしていく。信者はそれに気づかないまま、自分が犯した罪がどんどん重くなっていくことも知らないまま、ただ自分の力を誇示することだけに喜びを見出すようになったんだ…」

堰を切ったように、言葉の洪水が溢れ出した。深海に沈んでいた言葉が、泡となって上へ上へと上がっていく。酸素を求めて。灯りを、求めて。

「自分だけはそうなりたくなかった。僕は僕のままでいたい。僕は、自分が掲げた信念が一度も間違っているなんて思ったことはない。クリーチャーは大切な家族だ。両親も、兄さんだって…意見が合わないことも多かったけど、戦場で出会うまでは…"そうするしかない"と判断するまでは、杖に手をかけたくない。ましてや、何も知らない一般人なんて…それこそ、僕はただ基盤を作りたかっただけなのに────…。命を奪いたいなんて、積極的に思っているわけじゃない。僕は、僕はただ────」
「"命"が、"ありのまま"でいられる世界を作りたい。新しい秩序を作り、その最中の混乱でたとえ戦いが生まれたとしても────…その先にある"新しい平和"を求めた、"あなたの正義"のために戦いたい。────そうでしょう?」

レギュラスの望みなら、何度だって聞いてきた。
そりゃあ、王と信じて付き従った人間がすぐ傍にいるのだ。どれだけ強い信念があろうと、彼も、私も、まだ十代の子供。彼が闇の帝王に洗脳されかけていることはすぐにわかったし、思考を捨て妄信する死喰い人が多い中、それに疑問を持ち続けてきたことで却ってレギュラスの信念の強さがここでまた改めて浮き彫りになった。

だから私が。レギュラスの望みを聞き続けて、レギュラスの望みを待ち続けた私が、今度は何度でも言おう。

「レギュラス、あなたは間違っていない。…ううん、きっと、誰の主張も本当は間違ってない。だからこそ、闇の帝王の言うことが正しいと信じる人がいるのも、ある意味では当たり前なのかもね。でも、あなたが"闇の帝王が正しい"と心から納得しない限り、自分の主張を曲げちゃダメ。それはただ、自分より強い人に挫けてる証拠になっちゃうだけだよ」

レギュラスは悔しそうに、唇を噛んだ。
私が言っていることなんて、きっととっくの昔にレギュラスは考えているはず。それでも抗えないほど強い圧をかけられているから、きっとこんなに悩んでいるんだ。

あのレギュラスさえをもここまで追い詰める人なのだ。
私が敵うわけがない、そんなことはわかっている。

それでも、語らなきゃいけない。
私だけは、レギュラスの輝きを守らなきゃいけない。

だってレグルス星は、自転速度があと十数パーセント速まるだけでも崩壊してしまう────本来、とても脆い星なのだから。自分のペースで、自分を守り抜いて、自分の信じたもので────自分の足で、生きてもらわなければならない。

「私はね、レギュラス。あなたが"世界をひっくり返す"って言った時、心から面白いと思ったの。全ての命がありのままに生きられる世界ってどんなものなんだろうって、何度も夜に夢を見たの。戦いも覚悟してた。私だって、私が生きている間にそれが実現しないことを半分くらいはわかって、諦めてた。でも、"終わり"が見られなくたって、"始まり"が見られるのなら、それだけで私は幸せだって────だから、あなたについていくことを決めたの」

ねえ、小さな王様。
その輝きが他の一等星より劣るとしても、あなたは獅子の心臓を司る者でしょう。

────今なら、私がスリザリンに組分けられた理由がわかるような気がした。
自分の信念を貫き、高め、"仲間"を誰よりも大切にする寮。
たくさんの人に認められなくたって良い。どれだけの人に後ろ指を指されたって構わない。
それで、たとえかつての大親友と決別することになっても。

私は、私の信念を譲らない。
私は、絶対にあの日決めた覚悟を胸に、堂々と生き続けてみせる。

「ちゃんと、あなたはあなたの信念を貫いて。揺らいだことのなかった自分の覚悟を、よく知りもしない独裁者に折らせないで。────どうか、最後まで悔いのない人生を、堂々と生きて」

レギュラスは、掴んでいる私の腕をそっと繋ぎ直した。

「────君は、僕のことを信じてくれるのか」
「あなたのことだけを、信じてきた。ううん、正確には、あなたのことを信じると決めた昔の自分を、信じ続けてきた」
「僕がどんな答えを出そうと、君は────…それを受け入れてくれるか」
「あなたが今まで見せてくれた信念と覚悟に基づいた最後の結論を出すというなら、私はそれがどんなものであっても受け入れてみせるよ」

レギュラスからの問いにしては、随分と簡単なものじゃないか。
私が淀みなくそう答えると、彼は笑顔を浮かべようとしたのか、再び顔を歪め────そして、ふっと体から力を抜いた。

「────実は、ずっと考えていたことがある。闇の帝王に対して僕がどう振舞い、どう接するべきなのか────…それで、悩み続けていた。板挟みの感情の中で、僕はどの結論が自分にとって正しいのか…わからずにいたんだ」
「うん」
「だから────…もう少しだけ、時間がほしい。きっと、僕は僕だけにしか出せない答えを出すから。そして────その時こそ、君には僕の信念を、嘘偽りなく…いいや、きっと嘘や偽りを出しても気づかれてしまうんだろうな」
「そりゃあ、これだけ観察してきてるからね」
「相変わらず話が早くて助かるよ。それなら、次にあの日の僕が君に会う時はきっと、僕に出せる最善の答えと、人生の道標を語って聞かせると、そう約束する」

そりゃあ、あれだけ悩んでいたのだ。
頬がこけ、目が落ち窪み、掴んだ手がすぐ骨に当たってしまうほど痩せこけた体になるまで。彼は家族と、友人と、世界と、信じた主と、自分の信念と、あまりにも多くのものをそれぞれの天秤にかけながら、いつまでも安定しないその秤を見つめながら溜息をついていたのだ。

すぐに結論が出るなんて、こちらだって思っていなかった。

だから、今はこれで良い。
私の言葉が届いたことですら、私にとっては幸せなことだった。

「────うん、待ってる」

まだ12歳だったあの冬の日。
他の全てを捨ててでもこの神秘を追い求めると、私は決めたから。

私は、揺らがないから。大丈夫。
だから最後には、その神秘が紐解かれて、私があなたから解放されるその瞬間の気持ちを、味わわせて。





レギュラスとの共同戦線が始まってから、もう────7年が経とうとしていた。

あれから、レギュラスに闇の帝王の話はしなかった。
なんとなく一緒にはいる。手を取り合う前からなぜか生活リズムが同じだった私達なのだから、別にそれが特別な意味を持つとは思っていなかった。
ただ強いて言えば、崩れていた私達のリズムが再び整い始めたことに────私は、彼の中に強く粘りついた"悩み"が徐々に剥がれてきているのではないか、という予想を立てていた。

相変わらず元気はない。
それでも、寮生に向ける笑顔は戻ってきた。

相変わらず口数は少ない。
それでも、それがただの茶番だとわかっていても、私との雑談の話題には困っていないようだった。

そうかと思ったら、9月が終わる、その頃。
新学期が始まってもうすぐ1ヶ月になるというそある日、彼は唐突に私を夜中、談話室に呼び出した。

夜中の3時。当然もう全員就寝していて、ただでさえ冷たさがどこかにあるスリザリン寮の談話室は、一足先に冬を迎えたように寒かった。

暖炉に迷いなく火をつけてから、誰もいないとわかりきっているのに、長いソファに座っていたレギュラスは膝が触れそうなほど近くまで私を引き寄せた。

その瞬間、私は猛烈な既視感に襲われた。

彼は、1冊の本を手にしていたのだ。

「"深い闇の秘術"────…」

それは、分霊箱の作成方法について書かれた、およそ生徒が手にして良いものとは思えないこの世のおぞましい魔法に包まれた禁書。
私は、この本を見ている。そして、どのページを開くでもなく、まるでさも最初からそこにあったかのような自然さで膝に本を乗せる彼の表情が、あまりにも────そう、1年生の時に見た、あの図書室の時の顔とよく似ていて────。

「……結論が、出たんだね」

レギュラスは笑った。暖炉の炎がチラチラと光を明滅させながらレギュラスの顔に当てるせいで、その奥に潜む感情を正確には読み取れない。

「────僕は、分霊箱の在り処をひとつだけ知っている」

唐突に、"結論"が語られ始める。

「だから、それを回収しに行ってくるよ。まだ壊す方法は見つかっていないが────なんとか、試す方法はいくつか考えてみた。そのひとつが分霊箱を破壊するのに有効な手であると信じて────…僕は命懸けで、僕の信念を貫くことにした

分霊箱を回収する。手立てがわからないとはいえ、破壊する意思を持った。

自分の信念を、貫くことにした。

「────…闇の帝王から、離れることにしたんだね」
「君の言う通りだったよ。────いや、失礼を承知で言うが、僕も君の言っていたことはずっと考えていた。僕は自分が賢い人間だと驕っていたから────どれだけ重たいものを天秤にかけられようが即座に判断ができると見誤っていたが────そんなことはなかった。自分の子供じみた軽率な妄執のせいで、危うく"他の"大切なもの全てを失うことになったかもしれない、っていうことに気づけなかったんだから…まったく、どんだ愚か者だったよ」
「それだけの人だから、あなたが妄執したんだろうけどね」
「今更彼を擁護するようなことを言うのはよしてくれよ。気づかせてくれたのは、君なんだから」

なんということのないようにレギュラスは言う。その口調は昔と同じように、堅苦しいくせに軽やかで、不遜なのに親しみやすい、不思議な音をしている。
私の信じたあの日のレギュラスが確実に戻っていることは、問わなくてもわかった。

でも、だからこそ────私は、聞き逃すことのできなかった一言が頭から引っ掛かって離れなかった。

「分霊箱の在り処を知っているのは良かった、探す手間が省けるだけでもかなり変わるからね。でも、分霊箱を破壊できる魔法なんて、具体的には何も載っていなかったでしょう。命懸けでそれを取りに行くっていうのは……」

つまり、それって────。

「君なら言わずともどうせ察しをつけてるだろ」
「あなた…まさか、」
「死ぬつもりだよ。本当に死んでしまうのかはわからないが、少なからずその腹積もりはできた」

確かに私達は、他の生徒よりきっと少しだけ死に近い場所で生きてきた。
歴史を知ったから。外の世界の話を聞いたから。寮生の家族が、今まさに戦っているから。

でも────…それがまさか、今目の前にいる、毎日当たり前に顔を合わせていた少年に明日でも起こりえてしまう可能性なんて────……考えていなかったどころの話じゃない。無意識に、「考えたくない」とその可能性を締め出していた。

「どうして────…」
「それこそ君にはもうつべこべ言わせる気はないぞ。僕は、僕の信念と覚悟を持ってこの決断を下したんだ。闇の帝王は人の命と引き換えに自らの魂を切り分けた。なら、その魂を奪うためには、こちらだって自分の命と引き換えにする────そのくらいの代償は簡単に予想がつくし、それこそ覚悟が必要じゃないか」
「でも、」
「今更君の方が怖気づくのか? 君だって、分霊箱がどんなものか知りたいだろう? どんな形をしていて、どんな場所に隠されていて、どうやって壊すのか────…。大丈夫だよ、僕が死んでも、そのいきさつを語れるものならこの世にちゃんと遺して────」
そうじゃなくて!

わからない。
わからないのだ。私は、それこそ今更────自分の気持ちが

受け入れると断言した。
レギュラスがどんな結論を出そうとも、それによって私達の仲がより親密になろうと疎遠になろうと、私は私、レギュラスはレギュラスの信じた道を歩くのみだと思っていた。
レギュラスは────どんな結論を出そうとも────道を、歩き続けてくれると────無意識に、信じていた。

「…ねえ、本当に死んじゃうの? 分霊箱って、そんなに…そんなに、惨いものなの?」
「"深い闇の秘術"なら君も一緒に読んだじゃないか。他人の命を簡単に踏みにじるような悪魔の魂が入っているんだぞ、無害なわけがないさ」
「そんな、そんなことを簡単に…」
「だから時間をくれ、って言っただろう。僕だってこんなタイミングで死ぬ計画を最初から立てていたわけじゃないんだから。でも、これが僕の信念を貫くために必要なことで、なおかつ誰にも迷惑をかけない唯一の方法だった────それは、間違いなかったんだ」

もう止められないことなんて、よく知ってる。
だってレギュラスは、とっても頑固なんだから。一見誰の意見にも耳を平等に傾けるように見せかけているけど、自分の意見を曲げたところなんて見たことがなかったんだから。

ずっと見てた。ずっと聞いてた。ずっと一緒にいた。
だから、わかる。

「そういうわけだから、きっと僕の信念と君の信念が全く同じ道を辿ることはできないんだと思う。僕がいなくなった後、君が何を追うのかわからないのが少し残念だけど────…その知識欲と吸収力は、きっと新たな世でも役に立つから────」
「────分霊箱は、どこにあるの」
「……え?」
あなたが目途をつけている分霊箱は、どこにあるの

ずっと見てた。ずっと聞いてた。ずっと一緒にいた。
だから、これからも。

「それを知って、どうするんだ」
私も一緒に行く

レギュラスは、完全に私が狂ったんじゃないかと心配するような顔でこちらを見た。もう炎の朧げな灯りに頼らなくたってわかる。
私がどんな気持ちでこの言葉を発したのか、もう聡い彼はわかっている。そしてきっと、この先の私の言葉をなんとかして止めようとしていることも、わかっている。

でもね。
頑固なのは、私も一緒なの。
頑固すぎるくらいだから、頑固なあなたにここまでしがみついてきたの。

だって私は、我欲の塊なんだから。
他の人なんて関係ない。私は自分が見たいと思ったものを見る。聞きたいと思ったことを聞く。

一緒にいたいと思った人と、最期まで一緒にいる。

「…行くのは良いけど、僕は既にクリーチャーを連れてそこに行って、彼の協力を得て分霊箱を回収した後、彼を安全に家に帰す算段を立てているんだ。君の命は保証できないし、そもそもきっと"あそこ"に辿り着けるのは、魔法使い1人分のスペースしかないぞ」
「それでも、行く。私の信念と覚悟の根源は、"全てを捨ててでもレギュラス・アークタルス・ブラックの行く末を見届ける"ことなんだから」

わかりきっているであろうことをあえて言葉にすると、わかりやすく大きな溜息をつかれた。もしかしたら、この話を切り出した時点で私がそう言うところまで想定していたのかもしれない。だからあえて軽い口調で、"ちょっと旅に出る"くらいの感覚で、"命懸け"という言葉を流したのかもしれない。

「────あのな、もうここからは君の出る幕じゃないんだ。わかっているだろう、僕は闇の帝王に深く関わり、自らの理想を遂げようとし、自らそれに失望した人間だ。自分の尻拭いをするのはある意味当たり前のこと。でも、君はただ"僕を知りたい"っていう我欲に基づいて動いているだけだろ。それこそクリーチャーに、君にはちゃんと詳細を聞かせるよう言っておくから────」
「────そっちこそ、もうわかってるでしょ。私の欲が、"面白い人の伝記を書いてみたい"くらいのものじゃないってこと」

これがただの知識欲だったなら、7年も一緒にいないよ。
そう。ずっと理由をつけてきた。一番の神秘だから、一番生き生きとして見えた人だから、もちろんそれだって嘘じゃない。

でも、もう遅いんだよ。
一緒に過ごした日々が、簡単に手に取るように思い出せる。

「────レギュラス、あなたは私にとって、今誰よりも大切な人になってしまってるんだよ。どうして、最期になるかもしれないと聞いて、黙って見送れるなんてそんな酷いことが私にできると思ってるの」

どうしたらそんなに頭の良いことを思いつくのか、その考えが気になった。
どうしたらそんなに他人を懐柔することができるのか、その話術が気になった。
どうしたらそんなにアイデアを実行に移せるのか、その行動力が気になった。

始まりは、きっとそんな程度。

でも、それを続けていくうちに、私の見ているものは少しずつ変わっていった。

こんな時、レギュラスならどう考えるだろう。
この人が相手だったら、レギュラスはどう言葉を返すのだろう。
歴史にある面白い人の行動、レギュラスは同じように取れるのかな。

「"神秘"を紐解きたいっていう願いは変わらない。でも私の関心は、"見たことのないタイプの人"なんかじゃない────"レギュラス"だから、追いたかった。レギュラスだから、気になった。レギュラスだから────私の全てを預けて、最期の瞬間まで共にいたいと思えた

私の欲の糸を辿った時、今はその全ての基がレギュラスに行き着いてしまう。
7年経つうちに、私の"なんでも知りたい"という子供じみた我儘は、"レギュラスを知りたい"という面倒な執着にいつの間にか変わり果てていたのだ。

「────そこまで僕を追い続けてきたと言うなら、僕がここまで冗談っぽい言葉で君の本音をかわし続けた理由も理解してくれよ」

レギュラスは、私の膝に手を乗せた。

「いつか言ったね、君は僕の大事な人だって。皮肉にも、闇の帝王に心酔したその瞬間に。あの時は確かに、高揚していた勢いで言い過ぎていたことを認めよう。でも、君が僕を7年見続けてきたというのなら、逆も同じなんだよ。7年。7年も一緒にいたんだ。僕の考えを理解しようと誰よりも努めてくれて、僕の夢物語を誰よりも楽しそうに聞いてくれて、どんな時でも僕の傍にいてくれた────君が、大切にならないわけがないだろう

うん。
たぶん、わかってた。

だってレギュラスは、機械じゃないもの。
レギュラスは、命を蔑ろにできない人だもの。

私が、誰よりわかっているよ。こんな風に膝に触れる相手が、私だけなんてこと。

言葉にはしてこなかったけど、心が通じていることなら、私、きっとずっと前からわかっていた。
私がレギュラスのことを徐々に特別と思い、誰よりも大切な人と思った時。どうせ同じくらいの時期なんでしょう。あなたが私が唯一の存在だと認め、誰よりも大切にしようと思ってくれた時だって。

「……────だから、最期まで一緒にいさせて、ってお願いしてるの」
「ダメだ。君は、君には、生きてほしい。黎明がいつ訪れるのかなんて知らないが、少しでも僕の望んだ未来を生きている間に見られる可能性があるなら、僕の代わりに」
「レギュラスのいない未来…うん、世界の変わり目は面白いかもしれないけど、きっとそこにレギュラスがいなかったら、私は"へえ、こんなもんなんだ"って程度で終わっちゃうよ。それともあなたは、自分の信念だけ貫いて、私の野望の達成感は勝手にもぎ取っていこうなんて考えてるの?」
「っ────……」

レギュラスが、俯く。随分細く、パサパサになってしまった黒髪が下に揺れて、炎の輝きに赤く照らされていた。

「君に、死んでほしくない」
「私も、あなたに死んでほしくない」
「僕は、死ななければならない」
「それなら、私もついていく」
「死んだ後、君に会えるわけでもないのに」
「片方が生きていたって、どうせ会えないでしょう」
「これは、僕の決断だ」
「私だって、自分で決断したよ」
「命を軽んじるな」
「命を重んじ続けた人の"一番傍にいた人間"が、命を軽んじることなんて、ある?」
「僕はひとりで死ぬんだ。誰にも知られず、家族を守って、歴史から消えるつもりなんだ」
「それなら、ちょうど良いじゃん。ふたりでぽっかり歴史に穴を空けちゃおうよ。きっと遠い未来では、私達2人で謎の空白を作れるよ」

レギュラスとの問答の割に、随分と答えを出すのが簡単な泣き言ばかりだった。
だんだんそれが面白くなってきてしまって、私は自然と「これが最後の会話になるのも面白いかもなあ」なんて、すっかり自分も死んだつもりになっていた。

死ぬ覚悟を持つって、思ったほど辛くないみたい。
だって、ほら。私は最初から命でさえ懸けるつもりを作ってこの人について行ったんだから。
いつかこんな結末を迎えることを、最初から具体的に想像していたわけじゃない。

でも、そんな結末がありえる世界に私が自らの意思で身を投じたことなら、本能的に理解していた。

だから、良いんだよ。

「イリス」
「なあに」
「僕に、これ以上悩ませないでくれ」
「じゃあ、悩まないでよ」
「君を────君を、望みたくない」
「私は望まれたいな」

これ以上、あなたが誰かのために悩む必要はないんだよ。

「レギュラス」
「…なんだよ…」
「一緒に、いようよ」

お互い、自分の信念を貫こうよ。
話はとっても簡単。ただ、それだけのことじゃないか。

膝に乗せられた手に自分の手を重ねる。まだ外は夏の残り香が漂っている頃だというのに、随分とその指先は冷たくなってしまっている。
顔を上げたレギュラスは────泣いていた。

初めて見たな、泣き顔は。
そうか。この人は、私のために泣いてくれるのか。

私は────やっぱり、とっても素敵な人を選んだんだな。

それだけで、もう、幸せだな。

たくさんのことを、教えてくれてありがとう。
私のたくさんの"どうして"に、答え続けてくれてありがとう。

だから、最後は私が応えるよ。

「私、レギュラスのことが好きだもん。一緒に死ぬくらい、容易いよ」

膝に重ねた手は離さないまま、今まで涙を知らなかった子供のように涙をぼろぼろと零し続けるその眦に、もう片方の指を這わせる。

「────…僕と、一緒に」
「うん」
「…死んで、くれるか」
「もちろん」

レギュラスは泣いたまま、私の肩に頭を預けた。しゃくりあげる声がとても成人魔法使いのものとは思えなくて、私はなぜか微笑みをたたえたまま彼の背中を撫でることになってしまう。

「もしかして、ずっとひとりぼっちだとでも思ってたの?」
「……」
「私は、ずっとあなたの隣にいたつもりだったんだけどな」
「それは、生きている間の…学校にいる間の…"思い出"に過ぎないと思ってた」
「これだって"思い出"だよ。私の人生で一番強烈で、鮮やかで、楽しい思い出。良いじゃん、闇の帝王のやり方は私もおかしいって思ってた…って、前にも言ったでしょ。対話をして、わかりあえないって思ったなら杖を向けることも厭わない。これは立派なレギュラスの使命のひとつだよ。そして、それを追うのが私の使命」
「……こんなに言葉を貰った後だと、"言葉を貰ったから言った"んじゃないかって思われそうだけど、」

思わないよ。

だって、言われなくたって伝わってたから。

「────僕も、君のことが好きなんだ。イリス。今までずっと一緒にいてくれて、ありがとう」
「これからも一緒にいようね」
「君となら…心強いよ」
「うん、任せてよ」





そうして私達は、クリスマス休暇に揃って実家に帰る旨を届け出た。
でも、2人とも家には帰らない。

私にたくさんの愛情をこめて育ててくれた両親には、流石に申し訳ないなという気持ちがある。
でも、両親は昔から「イリスが知りたいことを、どこまでも追求したら良い。どんな道に進もうが、応援するから」と言ってくれていた。それが"死"という形になることを────追求しきった結果を見せられないことを後悔しないわけではないが、でも、ごめんね。

私は、自分の命より大切なものを見つけてしまったみたいなの。

紹介されたしもべ妖精のクリーチャーは、とても年老いた子だった。レギュラスが丁寧に私のことを紹介すると────…どうやらクリーチャーは、レギュラスの言った通り彼のことをとても慕っているらしい。「どうして止めてくださらなかったのですか」と「坊ちゃまをどうかおひとりにはなさらないでください」と、相反する言葉を混乱した状態のまま何度も何度も繰り返し、そして何かを発言する度に自分の頭をぽこぽこと殴っていた。

「愛らしいだろう」
「うん。そりゃあ、しもべ妖精さんとは友達になりたくなっちゃうね」
「…クリーチャーを闇の帝王に差し出した話、したか?」
「そう命令された、とだけ」
「それが、分霊箱を隠した時だったんだ。方法はとても残酷で────迷っていた僕の背中を最後に押した要素だった」
「これ、私嫉妬した方が良い?」
「迷いを断ち切る決断をするきっかけをくれたのは君だろう。それじゃあ不満か?」
「うーん、まあそれなら許そうかな。それに、こんなに慕ってくれた"家族"を、仮にも"仲間の家族"を、そんな簡単に蔑ろにするなんて、やっぱりおかしいと思うし」

のんびりとおしゃべりをしながら、冷たい風が吹きすさぶ洞窟を歩く。崖に叩きつける波はとても激しく、灯りなしでは一歩前すら見えないような暗闇の中でも聴覚だけは過敏に仕事を続けていた。

────本当は、目を逸らしたいことがたくさんあった。
クリーチャーはいきなり自分の手を切って岩壁にその血をこすりつけるし、その先にあった湖には亡者らしきものがウヨウヨしているし、それでも分霊箱は更にボートに乗った先にあるのだと言われるし、肝心のボートは魔法使い1人しか乗せられないから、とか言って、レギュラスが先に行っている間私はひとりで待っていなければならなかったし。

でも、きっと一番怖いのは、レギュラス。
だって彼は、本当はこんな形で死ぬべき人じゃなかった。

ついていく主を誤った、判断する時期が早かった、ただそれだけで、命を代償にさせられている。願った新たな世界の基盤を、もはや思い描くことすら許されずに。

たくさんの"もし"ならある。彼の主が、彼の意見にもう少し近かったなら。あるいはいっそ、彼が王になる決断を下していたら。もう少し、世の中が彼の理想に近かったら。

私は良いんだ。ついて行きたいと思った人の最期まで、駄々をこねてついて行くことを許してもらえたから。
でも、レギュラスは、あくまで自分の矜持のためにその身を捧げるだけ。

もっとやりたいこと、あっただろうな。
もっと見たいものも、聞きたいことも、話したいことも、あったんだろうな。

人生って、そんなもんなんだね。
だったらせめてひとりで全部背負って諦めなくても良いように。
少しでも、笑っていられるように。
夢を叶えることだけが幸せじゃないって────そこに自分を愛している人の温もりがあることも幸せのひとつなんだって、私、伝えられるかな。

「この薬を全て飲み干せば、分霊箱が取り出せるようになっている」

ボートに乗り、着いた先にあったのは小さな岩場。そこには鈍い銀色に光る水盆が鎮座していた。この水に見えるものが、"薬"ということなのだろう。

「分霊箱はクリーチャーに持って帰り、僕が考えうる全ての破壊方法を伝えてあるから────それを、試してもらうことになっている。薬は僕が飲む。おそらく苦痛を伴うものになるから、君のことだ、それを止めようと躍起になるかもしれないけど────」
「躍起になりたいけど、そのくらいしないと気が済まない、とか言うんでしょ。良いよ、嫌だけとそれはあなたの信念のひとつとして認める」
「念の為、飲む前に君には五感を遮断する魔法をかけるからな」
「それも良いけど、流石にそれを解かないままひとりで死んだら怒るからね。どうせ後追いするのは変わらないんだから、ちゃんと一緒に逝かせて」
「クリーチャー、僕が薬を飲み干したらどうなるかわかるな。その時、彼女の魔法を解いてくれ」

実際には、薬と呼ばれるその液体にどんな効果があるのか、私は全く知らなかった。ついでにレギュラスはもはや隠さず"それを飲めば死ぬ"という前提で話を進めているが、それじゃあクリーチャーが分霊箱作りに参加した時何が起こったのか、どうやって彼が死ぬのか、私はここに来てからの詳細を何も知らなかったのだ。

でも、そこでいつも通り全てを問い質そうとはしなかった。
もう、彼に訊くことなんて何もない。

最後に交わした会話らしい会話が、せっかく私を想ってくれている言葉だったんだ。
だったら、無粋な現実と残酷な死の話なんかで、その温かみを消したくはない。

「…良いんだな、本当に」
「嫌だったらとっくに帰ってるよ。疑ってるなら何度でも言うけど、私は今ここであなたと一緒にいることが本望なの。どんな結末が待っていようが、私は受け入れる。だから、あなたも────最後はちゃんと、私のことを求めてね」
「────…ああ、わかった。最後、君の魔法が解けた時には────絶対、その手を掴んでやるからな」

そう言って、レギュラスは私に杖を向けた。
途端、視界がだんだんブラックアウトしていく。耳に流れていた水音は心地良い風の音になり、まるでふわふわの綿が敷き詰められたソファに座っているような感覚に陥る。

その間、どれだけの時間が過ぎているのかはわからなかった。

だから私は、ただレギュラスのことを考え続けた。
入学式の日、私が彼に目を付けたのって、もしかしてあれが一目惚れっていうやつだったのかな。あんなに堂々とした11歳、きっとどこを探したってそういないよね。
腹の探り合いをしていた頃も、あの時は言葉をひとつ間違えたら見限られると思って緊張していたけど、今思えば楽しかったかもしれないな。
そんな"頑張り"を経て、今の関係ができたんだもん。

どれも、無駄な時間なんかじゃなかった。
世界の人の未来なんか、わからない。もう、今の私には興味もない。

でもね、レギュラス。
私は自分の未来が今ここにあって良かったと思ってるよ。
なんにでも手を出して、どこにも特別を作らなかった私に、"全てを捨ててでも欲しい"という強い気持ちを教えてくれたあなたと、最後まで一緒にいられることが、思ったより嬉しいみたい。重たいかな、って思ったけど、同じようなことを彼も言っていたし、同じようなことをお互いに言っているなら、きっと良いんだろう。

────不意に、くいと腕を引かれる。
その瞬間、冷たい水しぶきが体にかかる。洞窟の中に入った時にはあんなに暗いと思っていたのに、今まで真っ暗な世界にいたせいで、急に見えた水盆の輝きが目に痛く感じる。
それに、柔らかかったあの座り心地は一体どこへ行ったんだろう。足場は不安定で、見るからにどこもかしこも尖っている。

怖い、と本能的に思ってしまった。
寒い。痛い。苦しい。怖い。こんなところに、私は本当に望んで来たのかと疑いかけて────。

泣きじゃくりながら私の手に縋る、レギュラスを見た。

「嫌だ、嫌だ、ひとりにしないで、僕を、僕を忘れないで、僕をひとりにしないで、僕を、僕を見て────!!!!!」

叫んでいる。洞窟に彼の声がこだまして、反響して、天井の岩が崩れてしまいそうなほど悲痛だ。
彼の足元には、既に亡者の手が抱き着いていた。

ああ、そういうこと。

死ぬって、こういうことね。

怖いと思っていた自分の心が、急速に冷静さを取り戻した。ついでに一緒に帰ってきてくれたのは、レギュラスに対するまっすぐな愛情。

「ひとりにしないよ。忘れないよ。ずっと、見てた。だからこれからもずっと、見てる」

縋るように私の腕を求めるレギュラスの体を、丸ごと抱きしめる。
男の子だからさぞや、と思っていたのに、レギュラスの体はとても細かった。骨と皮ばっかり。どうせ死ぬんだったら、もっと吐くくらいおいしいものを一緒に食べておけば良かったのに。

でも、まあ、良いか。

「私がずっと一緒だからね」

レギュラスが怖いと思うなら、怖くなくなるまで抱きしめてるよ。
レギュラスが泣いてしまうなら、涙が止まるまで私が笑うよ。

今まで私にたくさんのものを与えてくれた、あなたへ。

私が今度は、失われた命の全てを使ってあなたにお返しします。

結局私は、この人生で何かを生み出すことができなかった。
知りたいことを知って、学びたいことを学んで、それを自分の武器として使えるようになれば、私も新しい世界の礎になれるんだと信じていた。

それでも、私は満足していた。何を生み出さなくても、私のことを必要としてくれた人に出会えたから。認めて、受け入れて、そうして、愛してもらえたから。

私は、私が望むものを全て手に入れた。
知識も、魔法も、歴史も、自分の限界も────その全てに果てがないということを、この数年でよくよく思い知ることができた。

だからもう、これは…これだけは、誰にも知られなくて良い。歴史の空白で良い。闇の帝王に殺された、なんて不名誉な伝聞が広まったって構わない。
私達が知っているから。私達2人が、これは"2人の信念を貫き通した強い意志による命の終わり"だと、自らを誇っているから。





「君がもう少し馬鹿だったら良かったのにな」

「私はあなたがもう少し馬鹿であって欲しかったと願うばかりだけどね」

「それなら、君だけでも戻れば良いじゃないか、あっちの世界に」

「思ったよりあなたは馬鹿だったのかな? もう戻れないって、知ってるくせに」

「そうだな。きっと最初から────僕達はきっとそうなる運命だったんだろうさ」

「わかっていたの?」

「まさか。でも君が、その運命を作ったんだよ。唯一僕のままにならなかった人」










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