傾国



※最終話まで読まれている方向けです
(ネタバレ回避したい方はこの時点でブラウザバック推奨です)

↓以下ネタバレ非配慮の補足事項
※生存IF
※ざっくり設定→戦争が長引かなかった平和な世界線の話(ヴォルデモートがポッター家を襲った夜、なんやかんやうまいこと働いてヴォルデモートは死亡、一家は全員生き延びた的なご都合主義の雰囲気です。ピーター不在)。










深夜。時間にして、だいたい2時を回った頃だろうか。
そろそろ寝ようかと、先にベッドに入っていたシリウスを横目に羽織っていたカーディガンを椅子の背に引っ掛けたそのタイミングで、玄関のチャイムが鳴る。

「誰だ?」

明らかにうつらうつらしていたシリウスだったが即座にベッドから跳ね起き、ベッドボードに置いていた杖を拾うと緊迫した声で訪問者に注意を向ける。
かくいう私も同様だ。戦争が終わったとはいえ、未だに当時の闇の陣営の残党は残っている。特に最前線で戦っていた私達は時折未だに敵から狙われることもあったので、なかなか警戒を解くことができずにいた。

「わかんない…けど」

"知らない人が来た時に鳴る警報機"は作動していない。ということは、一応知り合いのはず…ではある。戦争が終わった後に、私達不死鳥の騎士団の面々はポリジュース薬の悪用を防ぐために常日頃から髪の1本ですら落とさないよう気を付けることを約束していたので、おそらく…あくまで推測でしかないが、誰かが変装して家を訪ねてきたということも考えづらい。

私はすぐに呪いを唱える準備をしつつ、そっと扉を開ける。

そこにいたのは────。

「…ハリー?」

まだ13歳の、幼いハリーだった。










「────それで、家を飛び出してきた…と」

確かに15年前に比べれば平和な世界になった。でも、だからといってまだ未成年の子供がこんな夜中に出歩くものではないだろう。せっかくの夏休み、2週間前にホグワーツから帰省した時にはリリーとジェームズに温かく迎え入れられ、私とシリウスも、そしてしっかりグレースまでお呼ばれしての楽しいディナーをいただいてきたはずだったのだが。

どうやらつい1時間前、ハリーはそのリリーとジェームズと大喧嘩をしてきたらしい。

細かい理由は正直よくわからなかった。辛うじて、ハリーが何かしらの粗相をして怒られたらしい、ということくらい。そうは言っても、ハリーはまだ13歳。色々と新しいことにチャレンジをしたいだろうし、世間で認められていることと認められるべきでないことの区別が多少つかなくてもおかしくはない。

残念ながら────ハリーがいくら自分の正当性を主張しようとも、ひとりの親として聞いてしまうせいでそれはどうにも子供の戯言にしか聞こえないい。そう、まるで3年生の時にいくら先生方に怒られようとも"実験"をやめなかったシリウスのように。

だから私はハリーの目をよく見て、肩をそっと支えながら彼の良心に語り掛ける。

「リリーって、普段からそうやってガミガミうるさいの?」
「そういうわけじゃ、ないけど」
「ジェームズはどう? ハリーのやりたいこと、否定とか…する?」
「ううん。むしろいつも面白がって聞いてくれてる」

うん。やっぱりハリーがただ子供だっただけで、リリーとジェームズは何も変わっていない。それなら、私も安心してハリーに声をかけてあげることができる。

「今はまだ理解することが難しいことかもしれないけど、リリーがハリーを叱るのは、大人になって恥ずかしい思いをしないように。ジェームズがハリーを叱るのは、ハリー自身が危ない目に遭ってしまわないように。2人ともハリーのことがとっても大事で、愛おしくて、幸せになってほしいから」

幸せって、すごく難しい。
もしかしたら私がそうであったように、リリーとジェームズの思う"幸せ"は、ハリーにとって"不幸"と同義なのかもしれない。
でも、それを判断するためには、ハリー自身がまず"自分にとっての幸せ"を見つけなければならないから。

「ハリーは、世間の人に何て言われようと、自分のやりたいことを貫ける?」
「……」

ハリーが黙り込む。

「ハリーは、自分や他の人が危ない目に遭ったとしても、自分のやりたいことを貫きたい?」
「………ううん」

そして、か細い否定が出る。

「リリーやジェームズは、自分の意見を押し付けたりする人じゃないよ。ハリーがどうして"それ"をやりたくて、"それ"をしたら自分と周りがどうなるのか…ちゃんと説明したら、わかってくれるはずだと思うんだ」

ハリーは案の定、難しそうな顔をして再び言葉をしまってしまう。

「大丈夫。あの2人ちゃんと人の話を聞く人だから。まずは自分の気持ちの整理がつくまでここにいて、一緒に"自分の気持ち"を探そう?」
「自分の気持ち?」
「そう。いきなり理由を出すのは難しいと思うけど、自分の言葉や行動には絶対理由があるの。私もシリウスも一緒にそれを探すから…そのうち、仲直りできたら良いね」

もちろん、仲直りができない例だってある。私もシリウスも、それを知っている。
もしかしたら、"仲直りをしてほしい"と思うことすら私達のエゴで、ハリーにとっては不幸な結論を出させてしまうかもしれない。

でも、まずは何事もやってみなきゃ。
個人的に、ポッター家には私が憧れてしまうような仲の良い家族を作ってほしいと思ってしまったから。だから、歩み寄れるようなら歩み寄って。それでもダメだとわかったらその時は、ハリーはハリー、リリー達はリリー達として別個に私達が付き合いを続ければ良いだけのこと。

薄情だと思われるだろうか。
でも、仕方ない。人の数だけ、幸福の数もあるのだから。

「────イリスは、僕のことを子供扱いしないんだね」
「そりゃあ…もう13歳だもん。なあに、リリー達は子供扱いしてくるの?」
「うん、いつも」

聞けば、すぐに「まだハリーには早い」、「子供なんだから」という言葉が出てくるらしい。
まあ────気持ちはわからないでもない、とシリウスに遊んでもらっているグレースを見ながら思う。

「────ハリーが大好きだから、可愛くて仕方ないから、つい色々口出をしちゃうんだよ」

特にリリーは面倒見が昔から良かったし、反するジェームズは年の割にやることなすことが全て規格外の例外な子供だったから、余計にハリーのことが心配になるのだろう。私だってグレースが廊下で他の生徒を転ばせて遊んでいたり、スリザリンの生徒に誰彼構わず喧嘩を吹っかけていたり、授業をサボッて必要の部屋でいつまでも高度な謎の薬を作っているなんて聞いたら、一度は常識的な意見として止めると思うし。

「自由と無責任は違うんだ、ハリー。自由には責任が伴うし、それはとっても重たい。ちょっとした悪戯心が未来に大きな影響を与えるかもしれない────だから、一歩立ち止まって"本当にこれで良いのかな?"って考える時間を取ってほしいんだよ、きっと」

ハリーは納得したような、していないような、微妙な顔つきで────それでも、口を挟まずに最後まで話を聞いてくれた。きっと私がハリーの"母親"じゃなくて、ハリーのことをよく知っているリリーの"大親友"だから、というところはあるのだろう。

「────もし自分が蔑ろにされてるんじゃないか、って怒ってるなら、昔の写真でも見せようか?」
「昔って、いつの?」
「そりゃあもちろん、ハリーが生まれた時の写真だよ」

言いながら、本棚にあるアルバムに手を伸ばす。それは、私達の学生時代からグレースが生まれ、今に至るまでの十数年を収めた、悪戯仕掛人達との思い出の一冊だった。最初はリリーとジェームズの結婚祝いのためと思い、2人が映っている写真だけを集めていたのだが、昔からリリーには私が、ジェームズにはシリウスやリーマスが一緒にいたせいで、結局出来上がったのはそんな賑やかなアルバムだったのだ。

私はペラペラと慣れた動作でページをめくり、ハリーが生まれたその日の写真を見せた。

「見て、この2人の幸せそうな顔」

実際に夫妻はこの辺りでグレイバックやヴォルデモートとの戦闘を経ているので、何の心配もなく笑顔を浮かべられる精神状態ではなかったと思うのだが────それでも、今もなお褪せない少年少女のように無邪気な笑顔を見ていると、ハリーがどれだけ2人にとって希望を与える存在だったのかがよくわかる。

「母さんも父さんも、あんまり顔が変わってないね」
「あの2人は心が元気である限り、老いを知らない不思議な魔法使いだからね。リリーにはリリーの、ジェームズにはジェームズの悩みがあるけど、それでもハリー、あなたの存在が2人をいつまでも若々しくしてくれてるんだよ」

ハリーにアルバムを渡すと、彼は興味深そうに他のページも捲り始めた。

「これは?」
「ハリーの1歳のお誕生日の日。シリウスが当日来られなかったから私が代わりにこのおもちゃの箒を渡したんだけど、すごく気に入ってくれたみたいで…ほら、ジェームズなんか喜びすぎてピントが全然合ってないの」

地上1mくらいのところで浮きながら、ピンボケしていても嬉しそうに笑っているハリー。奥の方に映っているリリーが、お腹を抱えて笑っていた。

「こっちは…僕の入学式の日だ」
「そう」

頬を期待の桃色に染めながら、ハリーが笑っている。この写真はシリウスが撮っておいてくれたものだ。名残惜しそうにハリーを抱きしめるリリー、それを微笑ましく見守るジェームズ(ついでに私も少し離れたところから家族面をしてそんな3人を眺めていた)。

「…これは? 結婚式? 母さんと父さんだけじゃない…────」
「ああ…それはね、リーマスが是非隣に並べたいって言って…」

ハリーが興味を示したのは、並んだ2枚の写真。
1枚目は、ウェディングドレスを着た太陽の女神と、いつも通りの格好つけたタキシードで自慢げな顔をしている親友。
2枚目は、涙を必死に堪えているせいで変な顔になってしまった花嫁と、この人のためだけに誂えられた全てを纏う美の男性神。

そう、リリーとジェームズの結婚式の写真と並べて貼られていたのは、私とシリウスの結婚式の日の写真。私達の結婚式の写真には、笑顔のリーマスとポッター夫妻、それからジェームズの腕に抱えられながらも飛び出さんばかりにはしゃいでいるハリーも映っている。

「これ、僕?」
「そうだよ。可愛いでしょう」
「それより、イリスがすっごく綺麗だ」
「本当? ありがとう。ドレスもヘアメイクもリリーが見繕って、手を施してくれたの」

するとハリーは写真から目を離し、じっと私の顔を見る。

「どうかした?」
「イリスの顔も、全然変わってないんだなって思って」
「本当? この日はリリーにとびっきりの美人にしてもらってたから、それを見てそう言ってくれるのは嬉しいな。ありがとう」
「うん。とっても、とっても…美人だよ」

ハリーがあまりにも熱の入った言い方で言うので、大人げないと自覚しつつもつい照れくさくなってしまった。

「それに、イリスはとっても頭が良いって聞いてたし────」
「リリーの方が優秀だよ。だって主席だったんだから」
「今だって、こうやって公平に僕の話も聞いてくれてる」
「そりゃあ、私は良くも悪くもリリーとジェームズのことをよく知ってるからね。親子喧嘩なんて結局どっちもどっち、ハリーの意見だってちゃんと尊重するのが当たり前なんだよ」

ハリーはそれでも深い溜息をつき、あくまで私のことを褒めようとしてくれているようだった。懐かしい、シリウスもよく、わかりにくい言葉で私のことを褒めていてくれたな、なんて思わず懐古に浸ってしまう。

「あのさ、イリス」
「ん?」
「その、良かったらなんだけど、今度は僕とも一緒に写真を撮ってくれない? 僕も家族写真を集めたアルバムを作ってるから、良かったら…その、"大好きなお姉さん"としてそこに貼りたくて」
「…大丈夫? "そこそこ人の心を持ったおばさん"とか書かない?」
「なんで? そんなこと、書かないよ!」

おっといけない。ジェームズならやりかねないからと、つい息子にその影を重ねてしまった。

「シリウスやグレースとも撮る?」
「うん。4人で撮って────それから、僕、やっぱり…その、イリスと撮った写真を残したい」
「うん、良いよ。ちょうど時間帯も良い頃合いだし、今撮っちゃおうか。シリウス?」

ずっとグレースと遊んでくれていたシリウスが、まるで今までの会話など何も聞いていなかったかのようにわざとらしく驚いた顔で「どうした?」と聞いてきた。

「家族写真撮るから手伝って。カメラ、あなたの部屋にあったよね?」
「ああ、そういえばあったな。…ちょっと三脚も含めて取ってくるから、グレースを見ててくれ」

彼はそう言ってグレースを私の腕に預けると、そのまま自室へと入って行った。そう時間はかからないはずなので、私はハリーとグレースと一緒に庭に出る。

外は幸い、太陽が覗いている。グレースが嬉しそうに「おそと、おそと」と騒いでいるので、ゆらゆらとあやしながらグレースの笑顔を一身に浴びる。
その間、ハリーがどことなく疎外された距離感に立っていたので、私は彼を手招きしながらグレースの笑顔をお裾分けする。

「ほら、見て。すごく嬉しそう。ハリーが来てくれる日って、いつもこうなんだよね」
「本当? …可愛いなあ」

ハリーがグレースの頬をちょんとつつくと、くすぐったかったのか嬉しかったのか、グレースの歓声が一際盛り上がる。

「────…グレースだけ?」

すると、ハリーが不意にそう尋ねた。

「何が?」
「喜んでくれてるのって、その────…グレースだけ?

とても言いにくそうに、でも…まるでそう訊かずにはいられないかのように────顔を赤くしたハリーが、私から目を逸らしながら小声でそう言った。
なんとなく────意図は読めてしまった。私はハリーの両親じゃない。だからきっと、程よく甘やかして、いつも優しくして、余裕を持って接してあげることができる。
そういうところで、ハリーは幼さをそのままに残し、私を慕ってくれているのだろう。姉のような、年上の友達のような…(あるいは、懐かしささえ覚えるような、あの夕暮れに向けられた眩しい恋人を見るような)

わかるよ。だって私も、入学時に監督生だったミラとか────それこそ、ユーフェミアさんやフリーモントさんが私をいつも歓迎してくれているのが何よりも嬉しかったのだから。
そして、私をいつ何時でも優先してくれたの存在に、いつも助けられていたから。

私はハリーの頭を優しく撫で、もはやほとんど変わらない身長差に、それでもできるだけ目線が合うよう屈み、ハリーに対する慈愛の想いが表情だけで伝わるように笑ってみせた。

「もちろん、私もハリーが来てくれるのは嬉しいよ。夜中に家を飛び出してきたって聞いた時は心配したけど、でも、そういう時に一番に頼ってくれたのが私達だったって思ったら、リリー達には申し訳ないけど…ちょっと、誇らしくなっちゃったもん。ハリーは私のことを信頼してくれてるんだな…って」

それを聞くと、ハリーはおずおずとはにかんだ。

「その、ええと…僕は…えっと、つまり…イリスのこと、とっても好…そ、尊敬してて、だから…その、母さん達との喧嘩とかがあったわけじゃなくても、えっと…今度、おかものとかつきてほし」
「待たせたな、カメラ、持ってきたぞ」

おかものとかつきてほし?
最後の最後に意味のわからないことを言われてしまったので尋ね返そうとしたのだが、微妙なタイミングでシリウスが戻ってきた。別にだからといって態度を変えることなく、普通に訊き返せば良かったのだが、ハリーは妙に上擦った声で「ありがとう、シリウス!」とそちらの方に駆け付けて行ってしまった。

「さて…じゃあイリスにはグレースを抱いててもらって…僕が君の肩とハリーの肩にそれぞれ腕を回すから、せっかくだし距離感の近い写真を撮ろう」

いつも脊髄反射でものを言うシリウスにしては、やけに具体的な指示だった。とはいえ、その案はとても素敵なものに思える。私が「それ、良いね」と肯定の意思を示すと、ハリーが曖昧な顔で笑いながら頷く。

────さっきから、なんだか少し挙動がおかしいな。
いや…でも、まさかね。

ちょっとした懐かしい違和感を覚えつつも、魔法でタイマーのかけられたカメラに目を向ける。シリウスが私の肩を抱いた瞬間、いつもの慣れた温かみがそっと体の中を巡っていった。できるなら、第二の親としてハリーも同じような安心を感じていてくれたら良いと思う。

カシャリ、と小気味良い音が鳴った。そういえば、魔法界のカメラは不思議なことにマグルとほぼ同じ性能を持っているので、私でもすぐに扱えたんだっけな。むしろマグルの世界で使っていたカメラよりアナログな仕組みになっていたので、そちらの方で手こずったくらいだった。

多分、ちゃんと撮れていると思う。グレースも暴れなかったし、シリウスの腕に包まれた私の表情も、自分でわかるくらいには柔らかく緩んでいた。

「────うん、よく撮れただろうな。じゃあ…」
「あ、ハリーが…」

シリウスがカメラの方に向かったのを見て、そのまましまってしまうのではないかと思った私は慌てて声をかける。しかし彼はカメラの向こう側に回り、「ほらハリー、もっとイリスの方に寄って」と言い出した。

「────せっかくなんだ、大好きなお姉さんと2人でも撮るだろ? ああ、そっか。そうしたらグレースは僕が預かっていた方が良いな」
「えっ、僕、えっ?」

グレースを預かりついでに、ハリーの背を押して私の肩とくっつけさせるシリウス。ニヤニヤと笑うその顔は、リリーにフラれて落ち込んでいるジェームズを煽る時と全く同じ表情を浮かべていた。

ハリーは体を硬直させながら完全に慌てているので、私はシリウスの悪ふざけに満ちた挙動を諫めようと睨みつつ、それでも彼が私と写真を撮りたがってくれていたのは事実なので、できるだけ優しく彼の肩を抱き寄せた。

「わっ、イリスっ!?」
「ね、せっかくのツーショットなんだから、笑お?」

ハリーは私にとって、息子のような、弟のような、友達のようなとても大切な存在だ。もしかしたら13年前のあの夜、彼やリリー、ジェームズの命が絶えていたのかもしれないと────本当は、今でも悪夢に魘され飛び起きることがある。

命があるということは、当たり前のことじゃない。
今生きているということは、とても幸運なことなのだ。

戦争が終わってもなお、私の中にはどこか不安が残り続けていた。
いつどこで、誰が死んでもおかしくない。いつどこで、誰と誰の縁が切れてもおかしくない。

死は、生と同じくらい身近にある"日常"だ。
ここまで共に生き、志を同じくし、縁を途切れさせることなく付き合えているのは、まさに奇跡。

だから私も、ハリーのことを最大限尊重したかった。優しくして、愛を注いで、リリー達と喧嘩した時にはそれこそちょっとしたシェルター代わりにもなったりして────それこそ、年相応に暴れて、楽しく過ごして、自由の重みと楽しみを存分に味わってほしかった。

そんなハリーが私を慕ってくれているなら、それ以上の愛を返してやりたい。
緊張にまだ固まっているハリーの肩をついでに簡単に解し、リラックスして一緒に撮れるよういつも以上の笑顔を浮かべる。

「ハリー、まだ緊張してるの?」

笑いながらそう言うと、ハリーはぎこちなく「う、うん」と返す。

「大丈夫だよ。一緒に、最高の思い出を残そうよ」

ついでに調子に乗って、ハリーの腕を組んでみる。ハリーが緊張したようにビクリと跳ねたが、嫌がっている様子はなかったので、そのまま若い子に媚びるおばさんのように自分もつい若い子ぶってしまった。

「────そろそろ撮って良いか?」

シリウスがすっかり飽きた様子でカメラを覗き込む。ハリーはなぜか精神的にいっぱいいっぱいのようで何も答えてくれなかったので、私が代わりに「良いよ」と応じる。

彼がシャッターを押すタイミングは早かった。流れ作業のようにも見えかねなかったが、シリウスがその辺りをしくじるはずがない。態度こそ悪けれど、望まれた以上の成果を出すのがこの男だ。実際、魔法ですぐに印刷されたその写真には、照れて硬直しているハリーと、まるでジェームズと写真を撮る時のようにはしゃいでいる私が映っている。

…こうして見ると、やっぱりハリーはジェームズにもリリーにも特別似ているわけではないな。持って生まれたものは2人にそっくりなのだが、教育と環境によって育てられたものは他の誰でもない、ハリー・ポッターその人のものだ。
皆が皆、ハリーは両親にそっくりだと言いながら彼に2人の影を重ねているし、ハリー自身もそれを嫌がっている様子はない。それでも、人より少し過敏に"個"を考えがちな私は、いくら両親が優秀だったとして、本人が尊重されないことには生の意味でさえ揺らいでしまう────と勝手に思ってしまうので、こうしてハリーにしかできない表情と佇まいを出してもらえると、これまた勝手に安心してしまうのだ。

「────良い子に育ってるね」
「え?」
「ううん、なんでもない。ハリーはそのまま、ハリーらしくいてね」
「…僕、らしく…」

だいぶ濁し方の汚い、苦しい繕いだったが、ハリーは存外素直にその言葉を受け止めたようだった。何かしらを考え込み、そして神妙な顔をして私を見つめる。

「────僕、やっぱり家に帰る。帰って、父さんと母さんと…もう一回話してみる」
「…大丈夫? 冷静に、話せそう?」
「うん。気分転換はできたし…僕、ずっとイリスの言葉が忘れられなくて」

私の何の言葉が刺さったのだろう、と思っていると、彼は確かに私の発した言葉を復唱した。

「────大丈夫。あの2人はちゃんと人の話を聞く人だから。まずは自分の気持ちの整理がつくまでここにいて、一緒に"自分の気持ち"を探そう?」

多分ハリーにはまだ、自分の気持ちがわかっていない。そしてそれは、これからの学生生活や家族との交流の中で自然と生まれ出るもの。それを急がせる必要はないし、意味もない。

"もう一回話してみる"。今彼にとって必要も意味もあるのは、そういう"他人との対話"だ。
一度で答えなんて出さなくて良い。リリーもジェームズも、今はきっと家出したハリーのことを純粋に心配し────そして、"もう一度話そう"と思っているだろう。
彼らだって、"人の親"としてはまだ13歳なのだから。そんな彼らとハリーがこの後きっと対等に話せるだろうということは、"人間"としての付き合いが20年以上に及ぶ私がよく知っている。

改めて、ハリーがリリー達の下に生まれてきてくれて良かったと思った。リリー達の子供がハリーで良かった、とも。

「夜中に突然来たのに、この時間まで話を聞いてくれてありがとう。それに────思い出も」

シリウスから直接写真を受け取り、2枚のそれを皺ができない程度に抱きしめ、最後にうつらうつらしていたグレースの頭を撫でると、ハリーは満面の笑みを浮かべて大きく手を振りながら、リリー達が待っているであろう家の方へと向かっていた。一歩一歩、子供らしく────はたまた、これから如何様にでも自由に道を切り拓ける有望な青年のごとく────地面を踏みしめて、ゆっくりと。

「さて、嵐が去ったところで────我らの姫も、相当おねむのようだな」

ハリーの姿が見えなくなったところで、シリウスが片腕の中でぐずるグレースを軽く揺らしながらもう片方の腕で私の頭をくしゃりと撫でた。その瞳の中に、学生時代の炎のような光を見た私は、そこまでの小さな違和感に確信を得て、思わず溜息をつく。

「…ねえ、ちょっと大人げないんじゃなくって?」
「なんのことかな」

ハリーを煽るような言動。私との関係を揶揄うような口調。2人で撮る時はともかく、4人で撮る時にあえて見せた牽制の動き。

────そりゃあ、ハリーの言動にはどこか既視感があったかもしれないけれど。
でも、まさかシリウスが考えているような、ハリーが私に本気で惚れていて、あまつさえ私がそれに応えるなんでことが、ありえると思っているの?

「君こそ、その自覚があったなら、いたいけな青年にあまり期待をかけるような行動は慎んだらどうだ?」
「なに張り合ってるの。あのくらいの可愛らしい憧れにいちいち張り合って、毎回真面目な顔で"私はシリウスのことしか愛していないの"って返す方が冷めない?」
「────少なくとも、僕は13歳の時から君を本気で好きだった

突然の真剣味に溢れた告白に年甲斐もなく頬が熱くなってしまう────が、ちょっと待ってほしい。

「────…私、もう30そこらの良い年なんだけど。13歳だったあなたが13歳だった私を本気で好きになってくれたあの時とは、全然状況が違うでしょ」
「そういう意味じゃなくて。つまりハリーにだって、君が言うような"可愛い憧れ"に留まらず、"本気で年上の女性に惚れ込んだ"可能性があるってことを言いたいんだよ」

カメラを片付け、グレースをベッドに寝かしつけながらも、私達夫婦の言い合いは続く。

「…もしかしてシリウス、あなたは13歳の可愛い少年に向けられた純粋な憧れ、あるいは好意に私が簡単に本気で応じるとでも思ってるの?」

シリウスがあんまりにも食い下がるので、私は却っておかしい気持ちがそのまま笑いとして口から出てしまわないよう気を付けるので精一杯だった。
面白いようでいて、それでもやっぱり嬉しい、というのが本音だ。

だって13歳で気持ちを持ってくれたあの頃から。16歳で数々の思想の乖離を乗り越えてそれでも私を愛そうとしてくれたあの頃から。18歳で将来を共に歩むことを約束したあの頃から。────なんなら、12歳になったばかりの時から本気で真正面からぶつかりにきてくれたあの頃から。

シリウスは、私のことだけを見ていてくれた。あの時から今までずっと、変わらず。
苦楽を共にし、命を懸けた戦争を生き抜き、良くも悪くも代わり映えのない日常を過ごし始めた仲。そこに怠惰な気持ちがマンネリが生まれたっておかしくない、はずなのに。

あの頃からずっと変わらない気持ちを彼が向けてくれている。13歳の"おとこのこ"に、本気で嫉妬してくれている。

「……そんなことはない、って、わかってはいるさ」
「でも?」
「正直あれだな…やっぱり、いつまで経っても君にあの目を────眩しさと色欲の混ざった目を向ける男を見ると、どうにも黙っていることができないみたいなんだ。口も、身体もね。もう癖みたいなもんなんだよ、君は昔から目立っていたから────……こんな僕のこと、幼い嫉妬にまみれた小さい男だと笑うかい?」
「まさか」

グレースの静かな寝息の傍で、私はシリウスをそっと抱きしめる。さっき肩を抱かれながら写真を撮った時よりずっと広くて温かい、そして誰よりもよく知っている"シリウス"の温度だ。

「────どれだけ時間を経てもそんなに愛してもらえて、私は幸せだよ」
「当たり前だろう。君は僕が人生を懸けて愛した女性なんだ。あの時の想いが変わることは、絶対にないね」
「それなら、シリウスにも安心してほしいな。私が向けられた好意をありがたく受け取るっていう習性はきっと変わらないけど、そんな私が自ら好意────ううん、を向けて、その手を取り続けていたいと願うのはあなただけなんだから」

そう言うと、シリウスはくすぐったそうに笑って屈むと、私の鼻先に自分の鼻先をくっつけた。それが実際にくすぐったかったので、私は遂に笑い出してしまった。

「ハリーの初恋が自覚される前に散ったのは、可哀想だな」
「あんなの、ただの憧れだよ。どうせ次の年にでも、対等な恋の感情を知るって」
「それでも、僕は君を誰にも譲る気はないからな。それがたとえ、遥か年下の子だったとしても」
「だから言ってるでしょ。私は誰に譲られようと、誰の元へ送られようと、あなたの傍を離れるつもりなんてないんだから。いつか"思い出話"として、ハリーが私を姉として慕っていてくれた時代の話を、笑ってしよう?」
「────…その時僕は、改めてあの子に決闘を申し込んでも良いかい?」
「ハリーがそれを受ける、って言うならね」

こんな冗談にまみれた応酬の時間が、私は大好きだ。シリウスと交わす言葉なら、なんだって愛おしい。





ハリーはその後、無事にリリー達と仲直りができたようだった。自分の振舞いを素直に謝った上で、「でも自分はこういうことをしたかった」と"その時の言動の意図"を無事に伝えられたらしい。そのお陰でリリーもジェームズもそこに建設的なアドバイスをくれ、またひとつハリーの自由が増えたとか、なんとか。

ハリーの枕元には、リリー達3人で撮った家族写真の隣に、私達3人家族と撮った写真と────それから、私と2人で撮った写真が並ぶことになったという話も聞いた。

「うちの子は相当良い男だからなあ。うかうかしているとどうなるかわからないぜ、パッドフット」
「生憎、僕が愛したあの世界で一番美しい女性は僕のことしか頭にないそうなんでね。どんなに良い男が言い寄ろうとも、その手を取ることなんてないだろうし────そもそも僕が取らせたりはしないさ」
「ワオ。聞いた、イリス? こいつ、相当本気だぜ」
「その相当の本気は16歳の時から聞かせてもらってるから。私も安心して、彼に手を引っ張ってもらうつもりだよ」

後日、そんなハリーの家出騒動について騒がせたことをわざわざ詫びに来てくれたリリーとジェームズ。ジェームズは余計な火種を焚きつけようとシリウスにそう言ったのだろうが────残念、私達は既に、もう一度、何度でも変わらない愛を誓い合ったばかりだった。

「────とはいえ、僕のレディはあまりにも男の目を奪いすぎて困るな。これじゃあそのうち国が傾くぜ」
「うまいことバランスを取ってよね、シリウス。それがあなたの、最低限の役目よ。どうか私のイリスにそんな重荷を背負わせないでちょうだい」
「おっと、イリスの一番厄介なファンにそう言われちゃしょうがないな。まあ、元々そのつもりだけど」

な。そう言って私にウィンクをしてみせるシリウスの顔は、今日も世界で一番格好良かった。









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -