Marauder-Capriccio



5年生の終わり、今までずっと温めてきていた計画を実行した。
僕のいないところで、セブルスを大々的に表舞台に出したこと。
自由に動かしているようでいて、結局裏で糸を引く決定権を持った人間はあくまで僕なのだと仲間内にだけ周知させること。
それを徹底しながら、ちゃんとブラフも使いつつ、時を待った。ここでなら派手にかませると思った瞬間、セブルスに全てを託した。

────この作戦は、別に成功を目指しているわけではない。
いかにして、我が軍の人脈と実力を誇示できるか。この目的さえ果たせれば、あとは戦争の結果などどうでも良い。

今までも明確な主従を築いて従わせたことはないが、大局を動かしているのが僕だとわからないほどの馬鹿ではない。

それはこの間セブルスに対して思ったことだったが────実は僕はそれを、兄達に対しても同様の推測を立てていた

特に兄。短い時間とはいえ同じ屋根の下に暮らし、互いに唯一会話が成り立っていた相手なのだ。きっと僕が意図的に考えていること以上に、潜在的な僕の欲望と道標が見えている可能性はある。

それから、僕が闇の帝王に心酔しその意志を継ごうとしている人がいることなら、誰よりもリヴィアが知っている。それに加え、今回相手取っているのはリヴィアを超えた勢いを持っている兄達。
まず確実に、あの戦争を引き起こした黒幕が僕であることは割れると思った方が良い。

セブルス達が戦っている間、僕は彼に持たせた両面鏡を見せながら闇の帝王に定時報告をしていた。

「────なので、この戦い自体は勝っても負けても…」
「お前は何かを勘違いしているようだな、レギュラス」
「…と、仰いますと」

闇の帝王は、僕の見せる鏡を忌々しげに遠ざけながらそう言った。

「どんなに小さな戦いでも、たとえ戦い自体がブラフだったとしても、私は敗北を許さない。自軍の存在を誇示することは前段に過ぎない。全ての戦いにおいて圧倒的な勝利を収め、恐怖を煽り対抗心を折る。そもそも我々に従わない命に生きる権利などあるわけがない、そうだろう?」
「……はい」
「その理解ができているなら、やるべきことも自ずとわかるな? 私に従わざるは死、それを本人のみならず周りの者にも教え込むのだ」

そう言うなり、帝王はどこか知らないところへ姿くらまししてしまった。

彼はいつもこうだ。興味があるのは、ホグワーツの内情のみ。決して僕個人に関心など持っていない。
ベラトリックス姉さんは帝王が僕を気に入っているとしきりに言ってくれるが、それが事実でないことならとっくに知っている。きっと姉さんは僕のことも、そして自分のことも闇の帝王の忠実なる下僕にして同胞だと思っているのだろうが、それは妄信の末の幻想に過ぎないというのが僕の意見だ。

思った以上に、闇の帝王は冷酷な人だった。いや、あれを一般的な"人"と呼んでも良いのかさえ、もう既に僕にはわからなくなってきていた。
あの人に、本当にこの社会を統治する気はあるのだろうか。

もう何人も、彼の返してほしい言葉を返さなかったからという理由で、磔の呪いにかけられた仲間を見てきた(そもそもそれを"仲間"といえるのかももはやわからない)。そして何人も、彼に従わないからという理由で家族を人質に取られたり、殺されたりしてきた一般人を見てきた。

僕の言っていることが理想論だと切り捨てられるなら、それまでなのだろう。
しかし、思ってしまうのだ。
求めている言葉があるのなら、先に伝えてみてはどうかと。
従わない人間がいるのなら、一度無視をして先に社会の土台作りに戻ってみてはどうかと。

統治に感情は要らない。社会を動かすことに心は要らない。
ただ、統治される者は、社会で生きる者は、心を…感情を持っている。
理論と道徳、正義と快楽、一見共存できるようには見えないこれらの二物だが、並べることはそう難しくないはずだ。
要は"そういうもの"と馴染ませてしまえば良いだけのことなのだから。

僕が望んでいるのは、命ある者がありのままの姿で生きられる世界。
保身に走って隠れ住むよりも、堂々と日の下を歩ける世界。

至極簡単な例を出すなら、"マグルに魔法使いの存在を認知させ、両者の世界を平等に併存させる"方法だ。今はマグルの首相レベルでしか我々の存在を知らないと聞いているが、それを一般市民にも普及させ、我々の住む場所を露わにし、"魔法使いが当たり前に生活する"領域を確立すれば良い。

もし歴史がそうだったように、マグルが我々を攻撃しようとしてきたら?
余計な争いを防ぎたいなら、先に魔法使いが住む村に保護魔法でもかけたら良い。もちろん、存在を隠すのではなく、単に侵入できないようにするだけだって十分だ。

そうやって、強弱のバランスを取っていけば全てうまくいく。
だって、なぜ僕ら魔法使いはマグルの存在を知っているのに、マグルは僕らの存在を知らずに生きているんだ? そんな無知で厚顔な人間を、僕は"同族"とは思えない。だからこそ、必要なのは"秘匿"でも"迫害"でもなく、別の種族としての"棲み分け"だと思っている、それだけだ。

秘匿を望むダンブルドア達には従えない。
かといって────迫害を望む闇の帝王に全てを捧げた上で喜んで従えるか、と言われると────。

死喰い人として迎えられた時のように笑うことが、だんだんと難しくなっているような気がしていた。
…きっと、仄かにでもそう思っていることを自覚してしまったのも、一因だったのだろう。

「ひとり退学。ひとりが禁忌呪文使用により指導。関わったスリザリン生は全員教師の監視下に入り…結果として完全敗北。片や対峙したグリフィンドール側の人間は全員ダンブルドアの保護下に置かれた上に卒業後の騎士団入りを約束…」

戦争の結果を伝えると、闇の帝王は蛇が地を這うように、しかしその皮は既に乾ききっているとでもいうかのような囁きで落胆を隠そうともしなかった。

「随分と向こうとの差をつけてくれたな、レギュラス?」
「ですから────この計画は、失敗するまでを織り込んで────」
「私は最初から失敗など許されないと言っておいたはずだが?」
「お言葉ですが、ホグワーツを戦場にする以上、最初から不利なのは我々の方でした…」
それならば、もう少し機が熟すのを待てば良かったのではないのか? 私は在学中、少なからずマグル生まれの女子の殺害に自らを否定する邪魔者の退学…要は不要物の排除は徹底的に行ってきたつもりだっただのだが────なぜ同じことができない?」

それは時代と、人間と、考え方が違うからではないだろうか。
僕は別に、誰か特定の人間を傷つけたいわけじゃない。無差別に誰かを殺したいわけじゃない。

マグル生まれを殺した、それが"賞賛されるべき"ことなのか。
自らを否定する邪魔者の退学を促した、それが"進んでやるべき"ことなのか。

どうにも、考えていることが食い違ってならないのは────結局、僕の言っていることが理想論を抜けられていないからなのだろうか。
誰にだって家族がいる。誰にだって、守りたいものがある。結果的に今のそんな生活に犠牲が出てしまうことはわかっていても、その先にある子孫の未来が明るいものになると見込んだ上で、僕は"奪う"つもりでいた。
しかし彼はそういうものを全て蹴散らして、洗脳のように文字通り市政を足にして────彼のやろうとしているのは、まるで幼児達の玩具の争奪戦のようだ。欲しいものは誰かに怪我を負わせてでも手に入れ、泥のついた靴で屍を踏みつけ玩具を天に掲げる、そんな小さな山の大将を思わせるような…要は、なんだか思っていたより器の小さい男の所業と言わざるを得なかった。
独善欲と、プライドの塊。"世の中がどうなるか"ということより、"自分自身の快楽が満たされるか"を気にしているように見える。

「……」

初めて彼に会った時の興奮、彼を慕う人々の高揚した素振り、それらを見た時に僕は確かに確信したはずだった。
彼についていけば、それまで日の目を浴びれずに隠されていた"真の魔法使い"が自由に暮らせる"世界"が戻ってくると思っていたのだ。

僕は、"世界"の中で平等に生きたかっただけだった。
何億人もが平等に生きることなど絶対にできない────だからあくまで、僕が求める"統治者"の存在もなくてはならないものだと思っていたが────。

統治者が必要だ、となら再三言ってきた。
しかし、統治者に顔はいらない。
必要なのは受け継がれる意思のみ。その意思を正しく伝える口のみ。

たとえ考えていることが一緒だとしても、同じ道を歩いていたとしても、僕達が再び奴隷になることはない。僕達が再び、誰かに利用されることはない。
それを許してしまえば、結局僕達は同じ歴史を踏むことになるだけなのだから。

その時、ふと昔言われた言葉を思い出す。

私はある1人の思想が"是"とされて、それ以外の思想を持った者を理由なく排除することが正しいとは思わない。

それは3年生の時、普段誰も寄り付かない厨房でリヴィアが僕を否定するために投げた言葉だった。
そしてあの時の僕は、それを"綺麗事"と一蹴した。

今でもその気持ちが変わっているわけではない。

「統治は"遊び"じゃない。統治とは、正当な力の下で行われるべき"支配"だ。自分より強い者に従い、弱い者を従える。完璧な上下関係があってこそ、初めて政治とは、支配とは────成り立つものだ。人望や優しさのような脆い精神のつながりだけで生まれた集団に、一体何ができる?」

あの時そう言った自分の言葉は、今でも正しいと思っている。
"こころ"に頼ってはいけない。"ただしいこと"を貫かなければならない。

そのために、全員が耳を傾けられる"統治者"が必要だと、そう言っているのだ。
合理的で、博識で、目の前の1人より未来の100人を救える選択が直ちにできる者を。

リヴィアの言い分は、「目の前の1人を助けている間に未来の100人を助ける方法を考えよう」というもの。到底納得できるわけがない。
では、「今すぐ忠誠を誓い家族も世間も捨てて仕えている間は命だけなら助けてやるが、その確約が失われた瞬間自分の家族も現在も未来も含めた全員を殺す」と言おうとしている彼の言い分は? それは、許容できるのか?

怯えて生きるな、堂々と道を歩け、自らの継承した血を誇れ。
そして────生産性のある命が正しく残れ。

僕の信条は、そこにあったはずだ。

実家にかけられているしもべ妖精の首。
あれは"魔法使いに最期まで尽くした栄誉"の証。

実家に貼られている家系図を示したタペストリー。
あれは"長い時間をかけて血と力を継承してきた歴史"の証。

魔力は、五大元素にも基づいた自然と生き物を繋ぐ秘術だ。マグルのように土地を大規模にコンクリートで塗り固めなくても、僕達は瞬時に遠くへ移動できる。有害なガスを撒き散らさなくても、電気を流し水を綺麗にすることができる。
本来、重宝されるべきはどちらだと思う? 何かを犠牲にしなければ何かを生み出せない者と、既に自然界に流れている素材で自らの生活を成り立たせることが十分にできる者、どちらの生き方の方が環境や精神への満足度が高いと思う?

生きる価値がないとまでは言わない。生まれてきてしまったものは仕方ないのだから。
しかし、生まれた命をどう生かすのか。魔法を受け入れ、敷かれた土台に乗り、種の繁栄という本来の目的に尽くすか。魔法を拒絶し、将来の自らの環境を破壊するような真似をして首を絞めていくのか。

もっと人間の在り方を、"合理的"に考えるべきではないのか。

理想として見ていた人に近づいた時、粗が見えれば見えるほど落胆する度合いが大きい、という話はよくあることだ。
きっと僕は今、ちょうどその過渡期にいる。

闇の帝王は、思っている以上に"支配"を軽んじている人だった。

「────恐れながら我が君、今のようなことを繰り返していては、いずれクーデターが起こりやしないでしょうか…」

一度は友と呼んだ者を殺し、一度は優しく抱擁した相手の家族を殺し、果ては彼の前を横切った猫を殺し。自分以外の命は価値のないゴミクズ同様と思えてならないその所業に、一度だけ苦言を呈したことがある。

すると彼は鼻で笑いながら、"とてもまともな人間なら口に出さないようなことを"言ってのけたのだ。

「私とて、万人に慕われているなどと夢物語のようなことを妄信しているわけではない。ダンブルドア含め、私を排除したがる強き魔法使いはさぞ多いことだろう。しかし、私がそこで負けることはないのだ」
「…もちろん、我が君のお強さは誰よりも私が理解しております」
「そうだろう、レギュラス。私としても、ホグワーツに身を置きながらこちらの力になろうと言うおまえの心意気は買っているのだからな。ただ、私の強さはそれだけではない────私は死してなお、再び命を宿す術を心得ているのだ」

死してなお、再び命を宿す術を心得ている。

そんな事態が、本当に起こりえるのか?
────いや、闇の帝王ができもしないようなことを軽く言うはずがない。彼が"できる"と言うのなら、それは確かに実現可能なことなのだ。

ああ────だからこそ、支配の質に重きを置かないのか。完全なる独裁が"どこかで"叶えば良いと思っているのか。そのせいで、こんなにも自らの命をも軽んじてみせるのだ。
…要はそれだけの無茶をしようが、彼の計画が止まることはないから。彼の命は、一度潰えてもまた…蘇るから。

…信じられない話だとは思ったが、その直後に、昔兄と両親が大喧嘩しているのをやりすごすために、父親の書斎にこもっていた時のことを思い出した。その時に何か、"命を分けて保存する方法"という近畿指定の魔術を見たことがあったような気がする。

彼は、その"最重要禁忌"と呼ばれるものに手を出したのだろうか。だからこそあんなに、すべての命を軽く見るのだろうか…?

もちろん、この疑いは間違っているのだろう。完全に心を許し、命を捧げ、その未来を託すと決めた人だ。決めたからには、最後まで僕もその人生を歩み続ける覚悟があった。
闇の帝王とてひとりの人間だ。僕が描いた理想そのままの人間がこの世に存在しないことなど、最初からわかっている。
だから僕の定めたラインを越えて来さえしなければ、僕は彼についていける。
今まで出会ってきた中では確実に彼の在り方が理想に近い、そのことは最初のうちに見定めた。

僕は────僕はきっと、この人に従うと決めた自分の判断を覆したくなかったのだ。
それをしたら、まるで自分の今まで築いてきた思想が壊れてしまいそうで。それが────それこそリヴィアにそうされたように、自らを否定されることと同義だと思ったから。

「────とにかく。来年で地盤を固める…その意向は変わっていません。今年の小競り合いで向こうに僕達の存在は割れた。向こうにとっての"敵"が明確になった。きっとこれから彼は、今まで以上に僕達の陣営を警戒してくるでしょう。その中でもなお、私と貴方の繋がりが続いているとわかれば────」

そこで僕は、偶然談話室の隅で見つけた"エメラルドの鍵"を彼に翳してみせる。
色々と使い方を試してみて気づいたのだが、これはホグワーツ内にある"あらゆる扉から外へアクセスすることが可能になる"魔法の鍵だった。外部からこの鍵を使って城内に入ることはできないが、生徒が教師の目を忍んで外出することは可能になる。
いくらなんでも、兄達はこの鍵の存在を知らないはず。ホグワーツ内で勝手に闇の帝王の信者が暴れているだけと思っているのなら、大間違いだ。こうして僕は着実に、卒業後に市政をひっくり返す算段を整えているのだから。

「────彼らも成す術のないまま、不死鳥の騎士団などという名前ばかりの脆弱な団体が壊される様子を見ていることしかできなくなるのです。この鍵を使うことにより、時が来たら、こちらからあちらへ一気に侵攻する際の役に立てることとお約束します」

闇の帝王は、それでひとまず納得してくれたようだった。
依然こちらが優位であることに加え、僕の存在は彼にとっても思ってみなかったものだったのだろう。ホグワーツの内情を知れるということは、ダンブルドアを何よりも目の敵にしている彼にとって相当なメリットをもたらしているはず。
僕がすぐに殺されるということは、ないだろう。

そもそもこの鍵を発見し、校内から闇の帝王へのアクセスが可能になった旨を報告した時点で、僕の株はかなり上がっていた。今までハッフルパフのカップやレイブンクローの髪飾りのように、貴重な宝物は一通りコレクションしたことがあるとは耳にしたことがあったのだが、これはそんな闇の帝王にも見つけることのできなかった逸品らしい。

「学生の頃に私もこれを見つけていれば」とぼやいていたところも見ていたくらいだ。心の底からそういった"いわくつき"のものを求めていたのだろう。彼の満足感を得たことで、僕の日常が脅かされる機会も目に見えて減っていることがわかった。

────さて、そうは言っても新学年は容赦なくやってくる。
今年は6年生。そろそろ皆が卒業後の進路を真剣に考え始める頃だ。去年OWL試験を経たことで授業のクオリティは格段に上がっていたが、僕は何よりも僕の使命を全うすることで精一杯だった。

毎晩のように、深夜寮を抜け出しては、帝王と密会する。
ホグワーツは毎月のように何らかのイベントを設けていたので、そういった機会に紛れて闇に触れることは簡単だった。相変わらず兄達の動向に注意はしつつも、ホグワーツの外から合法的に外部者が入れるルートの確保、兄達に留まらない敵対勢力の動き、そしてダンブルドアが忙しくするタイミング等、全ての城内の人間に目を配りながら、一番の癌である兄達の卒業を待つ。
今我々に敵意を持っている生徒は、大概が兄あるいはリヴィアの考えに賛同している者だ。ポッターは闇の勢力と戦う仲間を集める、というには多少能天気すぎるし、ルーピンやピーターの発言力などたかが知れている。エバンズは所詮リヴィアの腰巾着に過ぎないし、彼女を下手に刺激するとセブルスがまた暴走するリスクもある。

だからまずは、兄とリヴィアを除外しなければ。

「今の生活、楽しいか? ────お前は今…幸せか? …お前には、色々と気苦労をかけた自覚がある」

「あなたの意見にも正当な部分はあって、認められるべき部分が確実にあると思う。雰囲気に流されて、あるいは恐怖に囚われて残酷なことをする人よりずっとしっかりした"あなたの意見"を、私は否定しない」


そう、"僕"を見てそう言った人間のことを捨てて。

「勘違いしないように、肝に銘じておくのだぞ、レギュラス。私は今のお前の才能、人の心を惑わす力、そういった才能に期待をしておるのだ。私を失望させるようなことが続けば、たとえおまえであったとて」

僕をあくまで"駒"としてしか見ていない人間に付き従う。
それが僕の覚悟であり、使命であり、生きる意味なのだ。

僕は別に、僕に価値など要らないと思っている。
ただ僕が描いた未来が遂げられるなら良い。どんな形でも望んだ"未来"が近付いてくるのなら、そのために全力を懸けるのは当然のこと。

そうだろう? 僕のしていることは、理論的に判断すれば最も正しいだろう?

そして、今年のクィディッチシーズンがまた始まる。本来、僕が一番"僕"として輝ける時間。誰もが"レギュラス"を見てくれる時間。

────それも、今年はもう心から楽しめなくなっていた。

だって、世界が"レギュラス"をもう求めていないから。こんな小さな輪の中でいくら小さな王と持て囃されようが、ひとつ簡単なことを間違えるだけで次の日には数多ある屍のひとつとしてゴミ捨て場に転がされているような、そんな程度の命だ。

僕はもう、僕のための人生を歩むことができない。

そんなことなら、始めから理解していただろう? 僕は所詮名家の"次男"。生まれた時から、僕の存在価値は無に等しかったのだから。

試合の手を抜く気はない。それでも、負けたところでなんとも思わない。

「レギュラス、今回の試合…どう思う?」
「僕がポッターの動きに釣られた、それが敗因だ。すまない」
「いや…それだけの話じゃなくて、去年からポッター体制に変わって随分と向こうの出方も変わっただろ。それに対してこっちも対策を取らないといけないんじゃないかって…」

バナマンが退学になっところで、クィディッチのキャプテンの座は僕に移っていた。
しかし申し訳ないが────僕にはもう、そんな些細なことを考えている暇がなかったのだ。

「皆の動きが悪いわけじゃない。対グリフィンドールについてはどこの寮も手を焼いている。ここで下手にグリフィンドールの対抗策を捻りだすより、グリフィンドールに翻弄されている他の寮との得点差を広げていくことに集中した方が良い」

それっぽいことを言うと、彼らは一様に納得した様子で頷いた。皆がグリフィンドールを敵わない相手として見ているのは明らかだ。だったらそこで、下手に対グリフィンドールの練習を新たに開始するより、できる限り"今までのやり方"を継続していく方向に持って行った方が良いのだ────僕がもっと、闇の帝王のために時間を割くために。

クィディッチの仲間は、唯一心を許せる存在だと思っていた、そう────それこそ1年前までは。
同学年の奴らには皆好印象を持っていたし、そもそもスリザリン寮の人間は仲間を大切にしている。例えば理由を明かさずに「手を貸してほしい」と言っても、その道中で説明を求めてくるくらいで、基本的にはお互いのやりたいこと・やるべきことがそこにあるのなら無条件で手を差し伸べてくれるような人徳者が多かった。
他の寮の人間とは折り合いがつかないことも多かったが、それはあくまで周りの奴らがスリザリンを"悪"と決めつけているから。あとは、今の時代の潮流に意味もなく流され、マグル生まれや半純血を無意味に歓迎しているから。

歴史と思想の強いスリザリン生は、理解されない種族であるだけなのだ。
半純血であろうがマグル生まれであろうが、そこに魔法使いとしてのプライドを持ち、それまで血を受け継いできた純血家系への敬意さえあれば、我々はいつだって受け入れる準備をしている(些か高慢すぎる態度の者がいるのは…まあ、否めないが)。

だからこそ、僕はスリザリンの奴らが好きだった
他のどこの寮より、自分の存在意義に自信を持っている彼らのことが。
同じ志を持っている者に対して惜しみなく手を貸すことができる、度量の広い彼らのことが。

────でも、もう、それも。

「レギュラス、OWL対策の勉強会に付き合ってくれないか?」

1年下の男子生徒がいつものように気楽な調子で行ってきたが────。

「すまない、暫く忙しいんだ。君の苦手科目は確か薬草学だっただろ、それならバーティが得意だ」
「薬草学じゃなくたってお手のものさ。見せてごらん」
「助かるよ。ありがとう、バーティ、レギュラス!」

バーティは彼を机のある場所へ移動しながら、こちらを小さく睨んできた。
大方、「確かに有事の際は君の代わりを務めるとはいったが、こんな雑務まで引き受けるとは言っていない」とでも訴えたかったのだろう。
一応"こちら側"の事情を知ってくれている同志にこんなことを任せるのは確かに申し訳ないと思うが、バーティの立ち位置はこういう時のためにこそ使える。

あくまで僕の株を落とさず、死喰い人としての仕事をこなす合間に、それを不審がられないよう"僕とセット"として光の立場をバーティに担ってもらう。どうせ彼は父親が魔法執行官である以上大きく誰かと対立することはできないので、彼自身も僕と役割が対になることはわかっているだろう。文句を言われれば受け入れなければならないが、それが彼にとって耐えがたいほどの不条理になることだとは、思っていなかった。

────ただ、こうしていくうちに…自分の中の"何か"が擦り減っていくことを、どうしても感じざるを得なかった。

僕はレギュラス・アークタルス・ブラック。
由緒正しきブラック家の次男であり、出奔した兄に変わってこの純血思想を継ぐことを約束された者。
僕に個性は要らない。僕に自我は要らない。僕はただ、僕が臨んだ夢を、果たしたい大義を果たすための歯車になるだけなのだから。

だから────どれだけ"友人"を作ったところで、最後は彼らの全てが────僕も含め、その礎になるに過ぎない。むしろ無駄な縁を作る方が、僕にとっては後々足枷になるだけ。

そう、わかっていたはずなのに。

必要の部屋で闇の帝王に定時報告をした後、クィディッチの練習場に向かいながら、その足がどんどん重たくなっていくことを感じていた。
今の僕は、一体何なんだろう。学生として日々を謳歌するレギュラス? 未来のために自我を捨てたレギュラス? それとも────まだどこかで夢を見る余地のある、可能性を持ったレギュラス?

わからない。自分がもう、わからない。
だから、

「レギュラス! 待ってたぞ、早く箒に乗れよ!」

そんな無邪気な声が、日に日に辛くなってくるのだ。

情など要らない。心など邪魔になるだけだ。
わかっていた。最初は、それが当たり前だった。実際リヴィアにも、そう言っていたのだから。

なのに────どうして今、それを自分に言い聞かせなければならなくなっているのだろう。
そしてそういう時に限って、何年も前に言われたリヴィアからの声が蘇る。

「あなたの意見にも正当な部分はあって、認められるべき部分が確実にあると思う。雰囲気に流されて、あるいは恐怖に囚われて残酷なことをする人よりずっとしっかりした"あなたの意見"を、私は否定しない」

僕の思想は、僕だけのものだ。否定しないのなら、こちら側につけ。認められる部分があるのなら、僕達は────本来、わかりあえるはずじゃなかったのか。

「それに、歴史と伝統があればあるほど、"家"そのものにも魔力が宿る。"家の名"は権威の象徴であり、そしてそんな権威ある者こそが世を統治するに相応しいと、僕は考えている」
「…そのやり方が、"雑種"を見境なく殺して笑っているような、自分に逆らうものを容赦なく拷問するような、そんな恐怖による統治だとしても?」


うるさい。僕の思考に入り込むな。
お前の思想に"認められる部分があるかもしれない"なんて────今更、そんなことを言わせるな。いつまでも、間違ったままでいてくれ。

「どうしてあいつなんかが首謀者になるんだ。どうしてあいつなんかが僕より先に闇の帝王のお手を取りに行くことが許されるんだ。僕はただ、僕のことを見て欲しいだけなのに────」

"使える"と思って最初に引き入れたセブルスの、戦いの最中の言葉。僕はその全てを聞いていたが────ここまでくると、その言葉こそが感情に任せた思想のない言葉に思えてくる。

何が正しいのか。何が間違っているのか。
僕はこのまま、消費されるだけの人生を送るのだろうか。生まれた時から、死ぬまで。
ちゃんと求めているものに消費してもらえているだろうか。
消費されるだけに値するものに、僕は尽くせているのだろうか────?

そんな迷いを抱えたまま、僕はもう────すっかりシーカーに選ばれたあの日のことを忘れてしまったまま、虚無感を抱えてグラウンドを飛び回った。

「レギュラス、最近どうしたんだ? なんだか動きにキレがないっていうか…視力でも下がったのか?」
「いや、すまない…ちょっと最近勉強の方で根を詰め過ぎたようだ。できるだけ早めに戻せるよう努力する」
「まあ…それなら良いんだけどさ。何かそんなに重大な課題でもあるのか?」
「スラッギー爺さんからの特別課題だよ。懐に取り込めたのはデカいが、代償もそれなりにあるってことだな」
「成程、お気に入りも苦労するな」

そんな程度の言い訳で、ニールは勝手に理解してくれた。
…正直、疲れる。彼のせいで(自らが望んでいることではあるのだが)、本来楽しいと思えるはずのことが、全て計画に組み込まれた演技にしかならなくなる。

レギュラス・ブラックの人生とは、一体なんだったのだろう。
わかっていた。僕の人生は、僕のためにあるわけじゃない。
僕が望んだ未来のために使われる人生、それが僕という存在だ。

でも────どうしても、ここにいるとわからなくなってしまう。
思った以上に、"僕"を見てくれる人がいるから。成績がどうだって、素行がどうだって、"レギュラス・ブラック"を見てくれる人がいてしまったから。

だから、ほんの一瞬だけ迷ってしまう。
奔放に笑って、誰からも一目置かれていて、悪評ですら自らの看板に落書きし直し、それこそ"シリウス・ブラック"としての生を存分に謳歌している兄のことを見ていると。
最初は世間知らずを丸出しにして、他人の空気を読むことしかできなかった傀儡が、今では理想の生徒として大多数の生徒の憧れの対象となり、その親しみやすさからか同級生・下級生から絶大な人気を誇っているリヴィア。

彼らこそ、"自分の生き方"に自信を持って、"自分にしかできない生き方"を叶えているのじゃないだろうか。そしてそれこそが、彼らの求めた"正義"にあたるのではないだろうか。

自分の"生きたい人生"を歩むことで、自分の"叶えたい夢"を叶える────それはなんて、理想的なのだろうと思った。
理想論だと一蹴したはずの思想が、着実に歩を進めている。

それに比べて僕はどうだ?
欲望を殺し、大義のために生きる、機械的な人生。しかもその大義ですら、今の僕には正しいのかわからなくなっている。

この人生に、僕の存在に、本当に意味はあるのだろうか。
そして闇の帝王をこのまま頭に据えることで、本当に"魔法使いにとっての明るい人生"は叶うのだろうか。

────そう思っていた矢先のことだった。

「レギュラス、待って。あなたに用があって待ってたの」

クィディッチの練習を終え、一通りフィールドの後始末と更衣室の点検をしてから、競技場を後にした時、おそらくそこに待ち構えていたのであろうエバンズに呼び止められた。
リヴィアほどの因縁はなくとも、彼女も十分兄達と同じくらいの危険人物だ。ついこの間まではポッターと杖を交えていたはずなのに、リヴィアとの縁もあり、ここ最近はいよいよ彼らとの仲を深め始めたくらいなのだから。

…良い話のわけがないだろう。

表向き、用事はただのスラグホーンからのおつかいといったようだった。エバンズがどこまで掴んでいるかは知らないが、まず兄とポッター、それからリヴィアは僕が今どういう立場にいるかは掴んでいるはず。
このまま余計なことを突っ込まれるのも嫌だったので、僕は早々にその場を去ろうとした。

「用はこれだけか?」
「ええ、お騒がせして悪かったわね。さっさと安心できる寮に戻ってお眠りなさいな」

一体何のつもりだったのだろう。
わからないまま言われた通り帰ろうとした瞬間────目の前を、漆黒の闇に覆われた。

トラブルはトラブルだが、何か仕掛けてくることを予想していなかったわけではない。
できる限り身を動かさず、いつ呪文をかけられても良いように保護魔法を自らに施し────向こうの出方を伺う。

意外なことに、僕自身には何事も起こることなく、程なくしてその闇は晴れた。明らかに首謀者だと思い込んでいたエバンズとリヴィアが狼狽えているので、演技をしているわけでない限り、彼女達にとってもこれは不測の事態だったらしい。

「ジェームズがまた何かしたのかな」
「さあ…あるいは何かそういう性質を持った魔法生物がこの辺りにいたとか?」
「わからないけど、ひとまずマクゴナガル先生に相談してみましょう」
「そうだね」
「────じゃあ、ちゃんと頼まれたものは渡したから、よろしくね」

何がなんだかよくわからないまま、彼女は去って行った。
何もせず、何も奪わず、特にこちらを探るような動向すら見せずに。

「一体なんだったんだ…」

これも一応、闇の帝王に報告しておいた方が良いだろうか。
いや…まだ僕の中で何も仮説が立てられていない状況だ。ここまで根拠が薄い段階で彼の手を煩わせるわけにもいくまい。

何も不審な気配を出さず校舎に戻って行く2人を見送りながら────僕は念の為、いつ報告が必要になっても構わないよう、エメラルドの鍵をポケットの中で確認────…。

「…!?」

いつもそこに入れているはずの場所に、"それ"はなかった。
ホグワーツの創設者から贈られた、ちょっとした悪戯グッズ。ただの好奇心旺盛な生徒の元に渡ればそれは息抜きができる便利な道具になるが、僕のように外部の特定の人間との連絡に使うつもりの人間に渡れば、たちまちホグワーツの秘密が外部に漏洩される致命的な欠陥品になる。

それを取り上げられることの、何が問題か。

十中八九、"このタイミング"で失ったのは、リヴィア達のせいだろう。あの視界が消えた瞬間、何らかのやり方で鍵が奪われた。当然そこには兄達も絡んでいるはず。兄の発明したものなら、"何かわからないもの"であっても、リヴィアの視界だけを確保する手立てはあったことだろう。

…これは完全にしてやられた、と思った。

鍵がなければ、闇の帝王に定時報告をすることすら叶わない。
定時報告が途絶えれば、この城を出たが最後、昨日まで仲間だと思っていた人間に僕は消されるのだろう。
さて、油断していた自分が悪いという意識は大切に持っておくとして──── 一体今の状況を、彼にどう伝えよう。

志半ばで殺されるのはあまり本意ではない。できるなら、今後彼が僕の夢見た世界を実現してくれるかもしれないという可能性を抱えたまま死んでいきたい、というのが本音だ。

『姉さん
どうかこの手紙を、僕らの尊敬して止まない彼に渡してくれないでしょうか。
以下のメッセージさえ伝えられれば、彼には僕のファンレターが届くと思うのです。

"話したいことがたくさんあるせいで、なかなか手紙に全てをしたためるのは難しいことでした。お会いしたいとも常々思っておりますが、やはり僕はホグワーツで過ごす半人前の身。ひとりで外の世界に勝手に出て行くことはどうしてもできません。
なので、もし次の休暇や、僕のホグズミード行きとあなたの休暇が重なった時、是非お会いしたいと思っています。近況報告や、僕も今や6年生────進路の相談などに乗っていただけたら嬉しいです。いつかは僕もあなたの力になれるような強い魔法使いになりたいと思っているので、あなたのお話も是非聞かせてください。取り急ぎ、ご挨拶まで。"』

そこで僕は、闇の帝王に直接連絡を取る代わりに、危険を承知でベラトリックスに手紙を出すことにした。彼女も既に社会では要注意人物だが、まだ近しい親戚筋ということもあり(あとは僕の素行がそこまで悪くないことも踏まえ)、下手に他の死喰い人とコンタクトを取るよりマシだと思ったのだ。
加えて姉さんは、唯一裏表なしに僕を買ってくれている。下手な横槍を入れることもなく、きちんと帝王に届けてくれるだろうし────メッセージさえ伝わればあの聡い方は全てを理解されるだろう。

多少の罰は我慢しなければならないかもしれないが────それも致し方あるまい、僕の失態だと認めざるを得なかった。
僕の失態に間違いはないのだが────6年前までのリヴィアが相手だったとしたら────ここまで見事に出し抜かれることはあったのだろうか、と思ってしまう。

彼女は、成長している。
周りの者に影響を与えながら。自分自身を、確実な武器にしながら。

────僕は? 僕はあれから、何か成長したと…家柄や持って生まれた特性以外に、何か言えるものがあるだろうか?

元々のアドバンテージが違うのだから、彼女がただの淘汰されるべき一般人から同じ土台に乗れるだけの成長を遂げたところで、所詮それもマイナスがゼロに戻っただけのこと。これから対峙すべき多くの力ある魔法使いのひとりが増えたところで、本来狼狽えることなどなにもない。

それなのに────どうしてだろう。

「仕方ないじゃん、だってそれが私の"思想"なんだから」

「あなたがもし何か"行動"を起こす時がきたら敵対することもあるかもしれないけど」


まだ迷いに満ちていた、それでも"綺麗事"に胸を張って言い切っていたあの彼女の理想が、少しずつ現実に近づいている気がする。

理想を掲げるのは簡単だ。綺麗事だって、どれだけでも言える。
でも、それを成し遂げるには────それだけの後ろ盾か努力が必要だ。

後ろ盾については、志を共にしていた兄やエバンズの存在が大きかったのかもしれない。それでも、意思のない人形が今や周りを存分に巻き込んで"ただの理想"を"現実"に本気で変えようとするその姿は、不気味と言って余りあるほどの脅威だった。

「今回ばかりは失望したぞ、レギュラス」

クリスマス休暇、実家に帰り、指定された場所で待っていた闇の帝王は、開口一番にそう言った。そしてその一言で、彼の中における僕の存在価値が半分以下になったのだろうということにも気づいた。
当然だろう。僕は実力としては成人した魔法使いより遥か劣ったものしか持っていない。そんな中も比較的優遇されていたのは、ひとえに僕がホグワーツという闇の帝王にとって最も危険視されている場所の内部事情を漏らすことができたから。

「申し開きのしようもございません」

ここで言い訳をしようものなら、却って彼の機嫌を損ねるだけだ。僕はただひたすら頭を垂れ、彼が次の言葉を発する瞬間を待っていた。

「詳しく聞こう。その鍵はお前しか存在を知らず、使う時も一目を忍んで必ず夜中を選んでいたはずだ。それがなぜ、ある日突然消えるというのだ?」
「…リヴィア達に、出し抜かれました」

嘘をついたところでバレるのはわかっている。
この人に必要なのは、偽りのない誠実な忠誠心だ。ミスをしたならば、身体を壊してでも償う。自分の脅威となりうる存在がわかっているなら、相討ちになったとしても破壊する。
彼を満足させるのは、文字通り命がけのことだった。

「イリス・リヴィア────マグル生まれの女だな。ホグワーツで彼女と関わったことのある者は皆、口を揃えてこう言う────"リヴィアは、ただの人間じゃない"とな。ある者など、こう言ってみせたくらいだ。"リヴィアはマグルの生まれだが、うまくこちらに引き入れることができれば、強力な駒になる"と。レギュラス、おまえから見てもリヴィアとは、そこまで一目置かれるべき存在なのか?」

僕はそこで、即答することができなかった。
闇の帝王の質問に素直に応えるなら、「はい」と即答することができたのだろう。

しかし、どうしても引っ掛かる部分があって────"一目置かれる存在"だなんて、そんな良くも悪くも取れるような言葉には頷けなかった。

うまくこちらに引き入れることができれば、強力な駒になる。

それだけは、絶対にできない。

僕は、僕だけはよく知っている。
彼女の信念は、一度は誰もが夢見るような平和の象徴であり、それだけに口にするのが易いものだ。だから多くの人が賛同し、彼女の人徳をより強いものにする。
しかしそれは誰もが夢見るからこそ、口にするのが易いからこそ、軽率に言葉に滑らせては"夢見事"と嘲笑うのが普通だ。「そうなったら良いけど、そんな都合の良いことが起きるわけがない」と、誰もが心の奥底ではわかっている。

わかるだろうか。
それを本気で成し遂げようとする意志と行動力の、その異常さが。

誰の意見にでも左右され、綺麗事"しか"言えなかった女が、進んで綺麗事"を選んで"前に進む、その脅威が。

僕にはわかっている。
彼女は絶対に、"こちら側"には来ない。

彼女は支配を望んでいないから。多くの人間に同じ方向を向かせるための"統制"が厳しすぎると考えているから。
あくまで彼女にとっての法や政治は、多くの人間が共存するために必要な"最低限の規律"でしかない。そこには感情も、願望も、人の数だけの未来も存在している。

だから今のこの堕落した世界があるんじゃないか────そう反論する余地は、まだ僕にもあった。
魔法使いが排他されている、その状況を変えるためには、一時の厳しい措置だって必要だ。魔法使いは当たり前に存在する生き物で、魔法の使えない生き物より優れているのだという"常識"を全員の"常識"にするまで、多少強引な政治は必要になってくる。

だからこそ、彼女との衝突はどう足掻いても避けられない。強引な政治が必要だと言えば言うほど、彼女は自分の理想を実現させようと歯向かってくることがわかっているからだ。

だから。

「────イリス・リヴィアは、明確な敵です」

一目置かれるなんて、そんな存在じゃない。
あれは、敵だ。真っ先に排除しなければならない、僕にとっての闇だ。

下手をしたら兄よりずっとたちが悪いかもしれない。だって兄はずっと前から、主張を変えてこなかったから。「誰にも縛られず自由に生きたい」、「新しいことを生み出したい」…それこそ僕が闇の帝王に対して疑いを持っているのと同じように、彼は自分の欲を満たすことにばかり注力していた。
今もその姿勢は変わらない────が、リヴィアの存在によって、「誰もが自由に生きられる新しい世界を生み出したい」という思想に少しだけ変わっている。
兄に"思想"が生まれたら厄介だということなら、僕が一番よく知っていた。リヴィアを中心に、声だけ大きかった厄介者の存在が確実に密度を増している。

傍目に見れば、あれは兄やポッターを中心にした集団に見えるのだろう。
しかし、目に見えるものだけが全てではない。前面に見える光が眩いほど、その裏に存在する影は濃い。────そんなこと、僕が一番よく知っている。

「…きっと僕が、一番彼女の懐に入りやすい。彼女は僕が────必ず排除します」

セブルスじゃ駄目だ。彼が見ているのはあくまでエバンズ越しのリヴィアでしかない。彼女を一番警戒していたのは僕だ。僕を一番警戒していたのは彼女だ。

たとえあの時の僕の言葉に多少の過激さがあったとして、彼女の言い分にも正しい部分があったのだとして────それなら尚更、僕は彼女を否定しなければならなかった。彼女の感情論をねじ伏せ、理論による政治の正当性を示さなければならなかった。

だから。

だから────。

「彼女のことは私にお任せください」

進言でもなく、求められたが末の提案でもなく、僕は初めて自らの希望を口にした。

闇の帝王は暫く腹を探るように僕を睨めつけたが、やがて不自然なほどに口角を持ち上げた。

「良いだろう。それではリヴィアの委細をおまえに任せる。生かしてこちらに引き入れるも、殺して向こうの覇気を削ぐも、好きにすれば良い。ただし、わかっているな、レギュラス。今回の失態に関しては、まだおまえの罰が済んでいないということを」

無意識に、構えてしまう。
磔の呪いだろうか。リヴィアの始末を許されている以上、今ここで殺されるということはないのだろうが…。仕方ない、闇の帝王が最も求めていたのであろう情報網を絶ったのは、十分な大罪だ。ある程度の苦痛なら覚悟せねばなるまい。

「今はまだ、良い。来年ホグワーツを去った後、またここに来い。その時に今回の失態を償ってもらう」
「────はい」

クリスマス休暇明け、仕方なくホグワーツに戻る。そこには吐き気を催すほどの明るさと、噎せ返るような笑顔と、発狂しそうなほど退屈な"日常"が待っていた。

償いとは、一体何をさせられるのだろう。僕の犯した罪は、どれほどのものだったのだろう。
きっと、どこかに油断があったんだ。リヴィアはエメラルドの鍵の存在を知らないと思い込んでいた。リヴィアが好きだったはずのクィディッチを利用してまで僕を敵視していると思っていなかった。

────日和見だったのは、どちらだったのだろう。
僕は無意識のうちに、リヴィアの方から仕掛けてくることはないと思い込んでいたのだろうか。僕はまだ、彼女のことを必要の部屋で会った時の迷いに満ちた弱者だと思っていたのだろうか。

もうとっくにそんな矮小な存在ではないと、わかっていたはずなのに。
自分から、彼女を過小評価するなと注意していたほどだったのに。

苛立ちと不安を抱えながら、家から手紙が来やしないかとずっと待っていた。
試験期間に入ってもな音沙汰がないとわかってからは、既に脳に記憶させた知識を書きながら、早く夏休みに入って家に帰ることだけを考えていた。

クリスマス休暇から、実に半年。
ようやく全ての科目が終わり、残すは荷造りの時間と学年末パーティーのみとなる。
どんな罰を下されるのかはわからない。それでも────今日を最後に、僕がこの城を見ることは二度となくなる。
この夏を最後に、僕はホグワーツを退学するつもりでいた。だから、まず最初に待っている罰がどんなものであろうと甘んじて受け止め、今度こそひとりの成人魔法使いとして、彼らを、彼女らを排除してみせる。

逸る気持ちで会場を出ると────ちょうどNEWTを終えたらしい7年生が大広間から出てくるところに鉢合わせた。

"彼女"の姿なら、すぐに見つかった。
探していたわけではない。でも、会う機会があればひとつ言ってやりたいことがあったから。

「リヴィア」

もう遠慮も上辺の顔も要らない。もう、この女に容赦は要らない。

「半年前、お前は僕の持ち物を盗んだだろう」

何の前触れもなく、駆け引きもなく、直球に尋ねる。
これは完全に、僕の失態だ。彼女のせいじゃない、僕の、僕自身の油断のせいで生まれてしまった事故だ。

そう、もっと警戒していれば。
警戒なら、していたはずなのに────それでも、足りなかった。

この女は一体、あの数年で何を得たのか。
今の彼女は何を考え、何を話し、何を見ているのか。

話したことは、数回。目を合わせたことも、数回。
僕達のやり取りなんて、わざわざ数えるほどもなかった。
それなのに、(きっとお互いに)どこかに相手の存在を持っていた。

無視できない存在だった。僕に面と向かって「わかりあえない」と言いながら、「それが間違っているわけではない」とも言う、その矛盾しているようで何よりも筋の通った言い分をする彼女。
他に、そんな風に柔軟な考え方をする人間などいなかったから。
そう。僕はわかっていたのだ。

彼女の言っていることは綺麗事に留まらない。ご機嫌窺いの不快な笑顔でもない。
彼女は真実を求めていた。彼女が真実と思うものを貫く志を、探して、見つけて、そして最後には信じた。

だから僕は、彼女の存在を捨てられなかった。
いつもどこかに見える彼女の変化に────"可能性"を見出していたのだ。

…まあ、そんな話は、今したところでどうにもならないが。

「私は確かにあの日、あなたの鍵を偽物とすり替えて盗み出した。本物はもう、誰の目にも届かない場所に隠してある」

そう言う瞳には、初めて見る敵意が剥き出しになっていた。

「覚悟していろ、必ずあの時の借りは返してやる」
「どうぞご自由に。私としても、もうヴォルデモートに付き従う人間は皆"敵"だと思っているから。あなたがホグワーツを離れた瞬間、私もきっとあなたに杖を向けることを厭わないと思う」
「お前だけは絶対に許さない、リヴィア。いつかこの手で、必ず復讐をしてやる」

僕の名前を確認するだけで戸惑っていたイリス・リヴィアが、もうその時には完全に消滅したことを悟った。
ここにいるのは、僕の一番の敵だ。お互いの思想に重なる部分があるからこそ、そのくっついたテープを剥がして分離して、彼女の思想を捨て去らなければならない。ちぎって、燃やして、灰を水に溶かして、大きな海に流してやるくらいのことをしなければ────彼女はきっと、折れないのだから。

僕の憎しみは、彼女にも伝わったらしい。
滅多に負の感情を見せないと噂のリヴィアも、流石にこの時ばかりは厳しい顔をしてみせた。

…きっと彼女がこんな風に明確な敵意を見せてくるのは、僕だけなんだろうな。

皮肉なことに、イリス・リヴィアも僕を────"ただのレギュラス・ブラック"として見ているひとりだった。彼女はイリス・リヴィアというひとりの人間の目で、僕を"ひとりの敵"として、まっすぐに見据えている。

…良いさ、受けて立ってみせる。
お前の思想を打ち砕くのは僕だ。お前の存在意義を否定するのは、僕でなければならないのだから。

お前の理想論を覆し、僕の足下にくだしてやる。
お前がついて行くべきは兄じゃない。お前が導くべきは兄じゃない。
お前は手を取る人間を間違えたのだと────僕がその手を奪い取ることで教えてやろう。

リヴィアの視線は、いつまでも消えなかった。
それは僕のいる環境の中では珍しく、純粋な敵意に燃えていた。
これまで裏で糸を惹き続けた僕にとって、賛辞でも嫉妬でも競争心でもない"敵意"を感じるのは新鮮な気持ちだ。

それを挑戦状と受け取り、僕はホグワーツ特急に乗る。
気心の知れた仲間とコンパートメントを占領するのも、もしかしたらこれで最後になるのかもしれない。

────もし本格的に闇の帝王の下で命を捧げるとなったら、もはやホグワーツにいることは僕にとってデメリットしかもたらさない。
だから僕は、選んだ。ホグワーツでできることを全てやり終えた今、"ダンブルドアに明確に反抗する人間がいる"ことを周知させ、卒業を待たずに"彼"の下にくだろうと。

「バーティ」
「わかってるって。心配性だな、レグは。お前の思想なら6年間嫌というほど聞かされてきてるんだ、残りのベビーデスイーターの面倒ならちゃんと見ておくから」
「1年だけでもきみに王座を渡せて良かった」
「何言ってるんだ、1年だけでも王座を明け渡すことに抵抗があるのが本音だろ」
「…まあ、そうだな。でも空いた王座を渡す相手がきみなら文句はない、これは本当さ」
「そりゃあ、こっちだって伊達に黒子やってないからな」

6年間、僕以上に影を薄めて闇の魔術を研究し続けていたバーティは、完全にリラックスした様子で足を組み、おそらく来期から訪れる自分の時代に思いを馳せているようだった。
彼なら大丈夫だ。卒業後は死喰い人になることを、僕が動き始めた3年生の時には既に約束していた。その身の上のために表立って動けなかったが、志を同じくしていることは確信している。

「ただ…本当に良いのか、レグ? 1年だけとはいえ…6年築いてきたものを、お前は全て捨てようとしているんだぞ。最後の1年で成し遂げたかったことのひとつくらい、あるんじゃないのか?」
「まさか。兄さんじゃあるまいし。僕はあそこに思い出を作りに来てたわけじゃない。地盤と信頼、それを勝ち得ることさえできればいつでもこんなところを出る準備はしていたさ。それに、ここ数年の諍いでダンブルドアが相当僕を警戒しているだろうからな。潔く引いて、君という新たなダークホースに賭けたい」
「なるほど、君が6年かけて作ったホグワーツの穴を、僕が爆破すれば良いってことだな」
「その通り。普段家で鬱憤が溜まっている分、派手にやってくれて結構だ」
「任せろ」

そうして僕は次代のホグワーツの闇を冠する小さな王の称号を渡し、堂々と胸を張ってキングズクロス駅に降り立った。
行き先はまっすぐロンドン、グリモールドプレイス12番地へ。

11番地と13番地、そこに"屋敷がある"ことを意識すれば素直に姿を現す我が家。
いつも窓には厚いカーテンがかけられており、造りも他の家と比べて随分古びている。

それでも、嫌いじゃなかった。
歴史の積まれたこの家が。家族に囲まれている、この場所が。

母も父も、僕のホグワーツ中退を認めてくれた。むしろ行き先が行き先だったせいか、闇の帝王の傍に行くことを喜んでくれさえした。これでやっと我が家の悲願が叶うと。レギュラスは、我が家系が始まって以来最高の息子だと。

しかし、待っていたのは賞賛だけではなかった。
一般的に夏休みと呼ばれる期間が始まってすぐ、僕は闇の帝王からいつもの場所に呼び出される。挨拶もままならないうちから、彼は「さて、」と本題を切り出す。

「お前の家の、屋敷しもべ妖精を差し出せ」
「え────…は?」

僕に待っていたは、"家族を売る"ことだった。

「なんということはない、お前の家のしもべを貸してほしいと頼んでいるだけなのだ。────お前には今まで、随分と難しい立場で仕事をしてきてもらった。そしてその成果は、お前にしか出せない上、私が最重要のものとして欲している情報でもあった。その功績を見込んで、今回の罰はお前ではなく、お前のしもべに肩代わりしてもらうことにした。家族でもなく、恋人でも友人でもなく、しもべ妖精に責任を負わせるなどという生産性のない罰など、本来ではありえないのだが────…」

違う。

この人は、わかっているんだ。
僕が、しもべ妖精を"生き物"として尊重していることを。その上で、僕自身を傷つけられるより家族を傷つけられることよりに苦痛を感じるということを。

その上で、クリーチャーを…。

「具体的には、何をさせるおつもりなんですか」
「しもべ妖精ごときの末路が気になるのか?」
「我が家は代々、歴史を継承するものとしてしもべ妖精の選定にも時間と手間を毎度かけております。簡単に死ぬような罰をお与えになるのであれば、今のうちから新しいしもべ妖精を手配するよう家族に伝えなければなりませんので」
「ああ、名家には名家なりの悩みがあるのだな。だが安心してもらって構わない、ただしもべ妖精には、私の仕事を手伝ってもらうだけだ」
「あなたの、仕事を?」
「ひとりではどうにも完遂させられないことが、ひとつだけあってな。おまえのしもべ妖精には、そこに同行してもらう。仕事さえ終われば解放してやるし、その後おまえの家に帰って何を喚き散らされようが許そう」

────おかしい。
闇の帝王の制裁にしては、あまりに温すぎる。
言ったではないか。彼は求めた言葉ひとつ返ってこないだけで部下を磔にし、従わせるためなら平気で家族を殺してみせるような人だと。

何か、きっと裏がある。
クリーチャーは…幸い殺されないにしても、きっと惨い目に遭ってくるはずだ。





ひとつの、境目なのかもしれない。





もしここで言う闇の帝王の仕事が"未来の100人"を守るためのものだったなら。あるいは言葉通りクリーチャーを無事に返してくれるのなら。
僕はその後も、理不尽を押し隠して彼についていこう。

しかし、そのどちらも叶わないのだとしたら────。

叶わないのだと、したら────?

結局僕はその日家に帰った後、クリーチャーにその話を聞かせた。

「一応、闇の帝王から聞いた内容の全ては伝えた通りだ。ただ、おまえが"それはブラック家への務めの範囲を逸脱している"と判断するならば、別の道を提案する機会も…一度くらいなら、与えてもらえるだろう」

クリーチャーは全く狼狽える様子も、悲しむ様子も見せなかった。

「それがレギュラス様のためになるのでしたら、クリーチャーめは喜んで闇の帝王に同行してまいります」
「クリーチャー…」
「クリーチャーはいつも見ておりました。幼い頃から魔法使いが光を浴びる日のことを夢見るレギュラス様のことを。闇の帝王のことを初めて知った瞬間の、輝かしいお顔を。レギュラス様だけではございません。お仲間に入られたことで再び賑やかになった屋敷で、奥様があんなにも楽しそうに笑っていらっしゃったのは本当にいつぶりのことでしょう────。クリーチャーは理解しております。今回のクリーチャーの務めがうまくいけば、またご家族の皆様が温かい食卓を囲んで、クリーチャーの用意したご飯をおいしそうにお召し上がりくださることを。だからレギュラス様、クリーチャーめに全てお任せください。高貴なるブラック家に仕えるものとして、しもべ妖精としての仕事をしっかりと果たしてまいります」

よくギョロリとしていて怖いと言われるしもべ妖精の目だが、僕は何も余計なもので覆われていないそのビー玉のような目に宿る大きな光が好きだった。人間よりずっと純粋で、正直な生き物。高い魔力を持っていながら、人間の頭脳に劣ることを弁えており、主従という関係ではあるがこちらに常に敬意と友好の意を表してくれている生き物。

素直で、純粋で、健気で、魔法使いの言うことなら何でも聞いてしまうしもべ妖精。
クリーチャーはしもべ妖精の中でも気難しい方だが、その反面、ブラック家の者には従順すぎるほどの誠意を常に見せてくれていた。
その直系の子供であり、何かと彼を気にかけていた僕の気持ちにクリーチャーがよく応えてくれてきていたことなら知っている。

だからきっと────彼は、闇の帝王の命令を僕からの命令だと思って、全て完璧に遂行するのだろう。それが最悪、死に至るような行為だったとしても。

「クリーチャー」

だから、"レギュラス"からの言葉という第一に優先されるべき命令として、僕は彼の名を呼んだ。

「闇の帝王の名誉ある計画に加わるお前の存在を、僕も誇らしく思う」
「もったいないお言葉です」
「彼が何を企んでいるのかはまだ掴みかねているところもあるが、新たな世界が始まった時には、その黎明の光を共に見よう。彼に目をかけられていることは、僕にとっても、クリーチャーにとっても名誉なことだ。だから闇の帝王の言うことには必ず従ってくるんだ。でもクリーチャー、最後には必ず帰って来るんだ。何があっても、僕のもとへ

クリーチャーはすぐに居住まいを正し、深々とお辞儀をした。

「レギュラス坊ちゃま、この身はあなたのために」

そして、次の瞬間には────指を打ち鳴らし、屋敷から去ってしまっていた。
しもべ妖精は、絶対に約束を破らない。僕の命令がどこまで効力を持つかはわからないが、ほぼ確実にクリーチャーは帰ってくるだろう。どんな姿かは、わからないが。

どうして僕に責任を取らせてくれない。この家の中で死喰い人であるのは僕だけだ。どうして僕だけで完結できるような、そんな罰を与えてくれないんだ。

どこか違和感を抱えつつも、僕は僕で独自の命令を遂行していた。政界の重役の暗殺、魔法使いのいる村に住みながらその生態を嗅ぎ回ろうとするマグルの殲滅、マグル向けの店の経営者の恐喝…どれも正直に言って、その場しのぎの快楽主義的な排他だ、と思った。

こんなことをしている間にも、クリーチャーは闇の帝王の下で虐げられているのだろうか。あまり理不尽な目に遭わないと良いのだが、と無駄なことを願いながら、半年近く僕は彼の消息を知らないまま、死喰い人として世の暗躍者を務めていた。

そして、次の年を迎える頃。
だんだんと人を殺すことに抵抗がなくなってきた。だんだんと、誰かを意味もなく傷つけることに対して感情が動かなくなってきた。

麻痺している。わかっている。何か、求めていたことと違う。
本当に僕はこんな自分になりたかったのだろうか。ちまちまと小さな命を奪い続けて、何度でも生える木の細枝を折り続けて、一体僕はいつになれば根に辿り着くことができるのだろうか。

迷いと諦め、両方の感情に挟まれたままの日々を送る中、ある日家に帰ると────。

「レギュ、ラ、ス様……」

玄関先に、体中傷まみれになり、ボロ雑巾と間違われても仕方ないほどの汚れがこびりついた、今にもちぎれてしまいそうな細い体を横たえてあえぐ、クリーチャーの姿があった。









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