汚点



※最終話まで読まれている方向けです(ネタバレあり)
※「もうひとりの家族」の後の話です








前世で何かしらの呪いを受けたのではないかと思われるほど、自分の人生は惨めだったと言う外なかった。
元々、大勢の人と付き合うことは苦手だった。魔法自体は嫌いではなかったが、なぜか自分の得意とする分野は大抵の人から忌み嫌われる類のものだった。
憧れた女性がいた。しかし彼女は明るく聡明で、常に場の人気者だった。幼い頃、狭い世界で2人きり育んできた絆を忘れたかのように、彼女がこちらを向く回数は減って行った。

人生において、幸福という感情を覚えたことがなかった。
気分が高揚した時、これが「嬉しい」というものかと思ったことならある。
試験で誰よりも良い点数を取った時、これが「誇らしい」というものかと思ったこともある。

しかし、心が十分に満たされ、勝手に頬が緩み、箒がなくとも浮いてしまいそうな気持ちになったこどは一度もなかった。
むしろ自分は常にどこかで不満を抱え、やり場のない怒りに苛まれ、まるであてつけのように人を傷つける呪文ばかり作っていたような気がする。

その感情を助長していたのは、数人の生徒達。
ジェームズ・ポッター。
シリウス・ブラック。
ピーター・ペティグリュー。
リーマス・ルーピン。
イリス・リヴィア。

いずれもグリフィンドール…よりにもよって、リリーと同じ寮に組分けられた同学年の奴らだった。
筆頭格にいたのはポッターとブラック。どこだろうが構わず頭より先に杖を出すタイプのポッターに、状況を見極めながら的確に自分をひとりに追い込み、肉体的のみならず精神的なダメージを与えることにも長けていたブラック。何をするでもなく傍観していたルーピンに、場の空気に呑まれてただ嘲笑しているのみだったペティグリュー。
そして、口では「誰の味方もしない」などと綺麗事をほざいておきながら、常にポッター達の傍にいたリヴィア。

自分では世渡りがうまいつもりでいるのかもしれないが、自分にとってリヴィアはまさに悪魔のような女だった。

入学当初から、リリーと共に行動していたリヴィア。気弱で、自分の意思がなく、人の顔色ばかり窺っているような女だったくせに、なぜかリリーからはとても好かれていた。
あの女さえいなければ、リリーがポッターどもとつるむようなことにもならなかったのに、と思う。
あの女が実質的な橋渡し役になっていた。何があったのかは知らないし、どうしてあんな人間として薄い女が自我の強いポッターの目に敵ったのかもわからないが、とにかくあの女はポッター達とリリーの間を器用に渡り歩いていたのだ。

特にブラックとの仲は目に見えて縮まっているようだった。スリザリンでもブラックは色々な意味で有名だ。良い噂も悪い噂も平等に入ってくるが、主に良い意味────ブラックに好意を寄せる女子生徒によって、ブラックがリヴィアとどんどん親しくなっていっているらしいという話を何度も聞いていた。

「イリス? あの子はとっても素敵な子よ、どうして?」

いつだったか、リリーに「あまりイリスと関わらない方が良い」と言った時、彼女はきょとんとした顔でそう言った。

「ポッター達とつるんでいるのは見ているだろう」
「ええ、まあ…そうね。でも私が嫌いなのはポッターなのであって、イリスじゃないわ。イリスだってポッターと仲は良いけど、"行き過ぎた部分"にはハッキリ意見を言ってるみたいだし。私とあの子が友達でいることに、何か問題がある?」
「あんな臆病者と一緒にいたって、君に良いことなんて何もない。そのくせスリザリンの生徒とは何度もいざこざを起こしているじゃないか」
「あのねえ、セブ」

リリーは溜息をつき、少しの怒りすら滲ませて自分を見た。

「あの子のことを無視してるくせにわかったようなことを言わないで。確かに小さなことでも大袈裟に迷うのはあの子の悪い癖だわ。でもあの子はいつだって一生懸命なの。慎重で、どうしたら全員が幸せになれるか、本気で考えられる優しい子なのよ。それにスリザリンの生徒と揉めたのは、聞いたところによるとだいたいそちらさんから仕掛けてきた話ばかりじゃなかった? イリスが自分から理由もなく杖を上げるなんて、フィルチが規則を破った生徒にお菓子を配るくらいありえないことよ」
「君はその場面を見たわけじゃないんだろう」
「その場面を見てなくても、普段のイリスのことを誰よりも見てるからわかるわ。セブ、もしかして私とイリスの仲を引き裂いたいって思っているなら、二度とこういう手段は用いないことね。私はあの子のことが大好きで、信頼していて、命でさえ預けられると思っているの。そんな子のことを貶されたって、仲良くするのをやめようと思うどころか、むしろそれを言い出したあなたの方に反発心を覚えちゃうわ」

リリーは全く聞く耳を持っていないようだった。その後もリヴィアの名を出す度、それを口にする自分の口調が明らかな侮蔑を含んでいたからか、最初から「イリスの話はしないで」と言われるばかりだった。

リヴィアとは、ポッター達のように直接対決したことはなかったはずなのに、一つとして良い思い出がなかった。

1年生の時、なぜかやたらと話しかけようとしてきたことがあった。それが不快で、自分はひたすらに無視を続けた。

2年生の時、リリーを引き合いに出してポッターとの争いを止めさせようとしてきたことがあった。自分の話ではなく、よりによってリリーのためだなんてわかったような口を利くその態度に腹が立った。

3年生の時、ルーピンの汚い秘密を暴こうとした時、ポッター達にそれを阻止されたことがあった。確証はなかったが、自分はあれをリヴィアの手引きによるものだと思っている。満月の晩、姿をくらましているはずなのに元気な様子で現れたルーピン。少し考えれば、誰かがポリジュース薬でも使ってなりすましたことくらい想像がつく。だとすれば、あの時ルーピンに扮していたのはリヴィアだったのだろう。

4年生の時、自分が考案した魔法が馬鹿なオーブリーによって行使され、返り討ちに遭ったことがあった。使う場所は選べと言っていたはずなのに、よりによっていきなりブラックに対して使ったせいで、リヴィアからの復讐を受けていた。それ自体はどうでも良かったが、余波としてその呪文を考案したのが誰かという問題になり、スリザリン寮の中では暫く問題となっていた…お陰で、学期が終わるまでは目立った動きを取ることができなくなった。

5年生の時、忘れもしない────ブラックといざこざを起こした。それ自体は大した問題ではなかったが、その時に"暴れ柳に近づいたところをポッターに助けられた"という身の毛もよだつような噂を流される羽目になった。ルーピンの正体に気づくことができたことだけが唯一の功名だったのに、あろうことかダンブルドア直々に口止めをされることとなった。あの時もそうだ、リヴィアは自分とブラックが杖を向け合っている間は何もしなかったくせに、暴れ柳に向かおうとした時には正義の味方面をして必死に止めてきたものだった。

そしてその後のOWL────。
あれこそ、自分の人生において2番目の失態だった。
ポッター達に辱めを受けたせいで、自尊心はズタズタだった。そんなところを、よりによってリリーが仲裁してきたせいで、自分は完全に自棄になっていた。
見ないでくれ。こんな状態の僕を、僕と認識しないでくれ。
庇おうとしてくれなくて良い。どこか遠いところへ行って、あんなことなんて何も知らないでいてくれ。

必死だったんだ。
とにかく彼女を遠ざけたかった。彼女にいつも助けてもらうことしかできない自分が、情けなかった。自分はそんな人間じゃない。むしろ彼女を守り、2人の関係を強めたいと願っていただけだった。

穢れた血と、そう呼んでしまったのは、完全に頭に血が上っていた結果だった。
そしてそんな簡単な一言によって、憧れ続けた、自分にとっての世界の全てとも言って良かった女性を失った。

呆然とする意識の中、視界に映ったのは楽しそうに笑っているいつもの4人組と────心配そうにリリーを追いかける、リヴィアだった。

ああ、またお前か。
またお前は、安全な場所から成り行きだけ見守って、全てが終わった後に訳知り顔で被害者を助けに行くのか。

その背中が、今までの人生の中で一番恨めしく見えた。

────その後のことは、もう語るまい。
リリーとの縁は完全に断たれ、入れ替わりのように彼女はあれだけ毛嫌いしていたポッターと付き合うようになり、そして家庭を持った。幼い頃、孤独だったあの頃、彼女の隣にいられたのは自分だけだったというのに。たったの数年でそれは全て変わってしまった。
最終的にリリーを助けたのは、あれだけ敵対していた4人の男ども。最終的にリリーの"一番大事な人"になったのは、ポッと出の自我もないような1人の女。

自分には、何も残らなかった。何も、残せなかった。

それから時は流れ────自分は今、あの忌々しい男の息子と研究室で対峙していた。
ダンブルドアから「ハリーに閉心術を教えろ」と直々の命令があったせいで、彼のために自分の時間を使わなければならなくなってしまったのだ。
5年前、この少年が入学してきた時、あまりにも父親に酷似していたせいで平静を保つのに随分と苦労させられた。それなのに彼の瞳があまりにもよく見てきた鮮やかなグリーンを煌めかせているので、それがまた自分の心を強く掻き乱した。

ああ、この子は紛れもなく彼女の子なのだ。

憎かった。たまらなく、自分の手で苦しめてやりたいという衝動が何度も掠めた。
それでもそうできなかったのは、ひとえに彼がリリーの子供だったから。唯一愛した女性が、命を懸けて守った宝物。身の安全だけは確保しなければならないと思ったし、贖罪のためにも闇の帝王の手にだけはかけさせてはならないと思った。
彼女と同じように、この子を自分の命を賭してでも守る覚悟なら、すぐにできた。どれだけ憎い面影があったとしても、もはや全てを失った自分にできることはそれしかなかったからだ。

だからその特別授業にしたって、断る選択肢など最初からなかった。

「立て、ポッター。もう一度だ」

記憶をこじ開けられて喘ぐ少年を、無理矢理立たせる。美しい瞳に憎悪をみなぎらせ、彼は立ち上がった。

「心を閉じろ。甘えを捨てるんだ。さあ────レジリメンス

憔悴し、隙だらけとなっているポッターの心に入り込むのは容易かった。脳裏に流れ込んできたのは、おそらく直近の記憶。
クリスマス休暇、グリモールドプレイスで友人達と楽しそうに談笑している姿。ブラックと2人、静かに語らっている姿。
穏やかに、幸せそうに笑うブラックが、ポッターに1枚の写真を見せている。

人の皮を被った獣の幸福になど興味はなかったが、それでも強制的にその写真の中身が自分の視界にも入ってきた。

────そこにいたのは、今は亡きイリス・リヴィアだった。

約13年前、ブラックと共にワームテールを追っていたリヴィア。ブラックが投獄された後も1人で追跡を続け、死喰い人との戦いの果てに命を落としたと聞いた。
正直、彼女が生きていようが死んでいようが自分にはあまり関係がなかった。リリーが生きていれば、彼女の死はリリーに多大なる傷を残しただろうと想像もついたが、そのリリーは彼女より先に亡くなっている。元より自分と関わりの薄い(それなのに自分にこうも憎悪を植え付ける)存在がいなくなったところで、それは新聞の隅で報じられる名もなき魔法使いの訃報と同じ程度の意味しか持たなかった。

しかし。
ポッターは、明らかにリヴィアに関心を持っているようだった。

ちょうどその瞬間、開心術の効果が切れ、激しく息切れしながら胸を抑えるポッターの姿が戻ってくる。

「────楽しい休暇だったようだな、ポッター。あの犬がまだ女狐に執心していたとは」

せせら笑うようにそう言うと、反抗的な目をしたポッターが自分を見上げる。

「イリスは────僕の家族だった」
「ほう? 君のご家族は残念ながら全員命を落としてしまっていたと聞いていたが────」
「血の繋がりが全てとは思いません。イリスとシリウスは僕を守り続けてくれていた。それにイリスは母さんの一番の親友だったんです、母さんがこの世にもういなくても、イリスがもういなくても、彼女は僕の中で大事に生き続けます」
「健気なものだな。強者の威を借りねばろくに発言すらできない、自我のない女だったというのに」
「…イリスの話なら、シリウスから聞いているので。きっと先生よりちゃんと本質を見ている話を」

それはなんということのない、ただの家族思いな少年が口にした戯言。本人だってリリーやリヴィアが死んでいることはわかっているし、ただの"思い出"の域を出ないことくらい理解している。

それでも。

それでも────確かに、ショックを受けている自分がいた。

ああ、この子も。

この子までも。

あの女をこの世に留めるのか。

誰にも譲れない特別な席に、あの女を据えるのか。

なぜなんだ。
あの女のどこに、それほどまでの価値がある?
自分からリリーを奪ったあの女。自分の尊厳を貶めたあいつらと常に共にいたあの女。
直接的な害は加えられていないかもしれない、しかし彼女は紛れもなく自分にとって"存在自体が悪"だった。

あの女さえいなければ、未来が変わった場面はたくさんあったことだろう。

「────リヴィアは死んだ。いい加減死者に縋ることはやめるんだ」

ポッターは答えなかった。その瞳にリリーの面影を残し、リリーが愛したリヴィアの記憶を残し、自分をまっすぐに見据えていた。

────わかっているのだ。
自分にとっては害悪だったとしても、リヴィアは確かにリリーの太陽だった。
リリーを笑わせ、リリーに泣くことを許し、リリーの道を切り拓いた無二の相棒だった。
彼女がいなければ自分の未来は他の選択肢もありえたかもしれないが、同時に彼女がいなければリリーの未来はどこかで閉ざされていたかもしれない。

わかっている。リリーには、絶対にリヴィアが必要だった。
自分ではなく、リヴィアが。

「リリー、信じてるよ」
「私も信じてるわ、イリス」


蘇ったのは6年生の時、ホグワーツで8対6の戦争を起こした時。
自分と戦おうとするリリーにそう言って、リヴィアは自分達を守る盾を解除した。

信じて。背中を預けて。守るのではなく、互いに戦うと誓って。

「────今日はここまでだ」

特別授業の終了を告げ、研究室から出て行くポッターに背を向ける。
記憶越しに久々に見たリヴィアは、ブラックの隣で幸せそうに笑っていた。

自分はどう足掻いても、彼女には勝てなかったのだ。生きていた頃も、死んだ後も。

「………………」

────僕は、そんなイリス・リヴィアという女が嫌いだった。









スネイプについてのお話でした。原案は椎名さんです、いつもありがとうございます!
いやー…難しかったですね、スネイプ。
絶対に色々と思うことはあるはずなんですけど、それをじゃあ言葉にしてハリーに伝えるかと言われると…否、だろうなというのが私の中の結論でした。

なのでスネイプ視点のモノローグで語らせ、ハリーには簡単な侮辱の言葉だけ二、三吐かせるスタイルになっています。
一人称もだいぶ困りましたね…。"我輩"をモノローグで多用することにどうしても違和感があったので、基本"自分"で通してもらうことにしています。
ちなみに学生時代の回想および最後の言葉でだけ"僕"と言っているのは、気持ちが当時のものに戻っているからです。

それにしても…うーん…嫌われてますね。
こういうのがお好きじゃない方には大変申し訳ないのですが、個人的にはいくら夢小説のヒロインであっても"万人に好かれる人間は存在しない"というスタンスでおります。そのためにこんなものが出来上がってしまいました。
もちろん私はヒロインが大好きなのですが、彼女の美点や人間性をこういう風に否定する人間もいるんだなあ…となぜか少し楽しい気持ちになってしまいました。

作品化までに大変お時間を要してしまいすみませんでした。
今回も素敵な機会を作っていただき、ありがとうございました!









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