あなたの闇は、私の光。



それは、全くの偶然だった。
授業が全部終わって、ハーツラビュル寮のお茶会に呼んでもらって、たらふくケーキをいただいた後、門限ギリギリになって教室に教科書を置き忘れてしまったことに気づいたのがきっかけ。
慌てて私は校舎に戻り、教科書を回収すると、時計を何度も確認しながら廊下を全力疾走して教室棟を飛び出した。鏡の間の前を通り過ぎ、城の出口を目指す。

────その、時だった。

誰もいない、暗い玄関ホール。月の明かりだけが頼りとなるそんな闇の中、一人の男性の人影が見えた。

それは────ついさっきまで、一緒になってお祭り騒ぎを楽しんでいた、ケイト先輩だった。

「ケイ────」

さっきまでハーツラビュル寮にいたはずなのに、どうしてケイト先輩がいるんだろう。名前を呼び掛けて、私はその異質な光景に、つい言葉を失った。

いつだってあの人は、笑顔を絶やさない人だった。しかも自分が楽しんでいるだけじゃない────どんなハプニングが起きたって、どれだけ皆が苦しそうにしていたって、この人はそんな皆の疲れや絶望を、たちどころに笑顔に変えてしまうことのできる、とても陽気で、まるで存在自体が希望の光のような、そんな人だった。

それなのに。
私は今呼ぼうとしたのが本当に"ケイト先輩"で合っていたのか、一瞬目を疑ってしまった。声を掛けきれなかったのは、その違和感のせいだ。

先輩は────いつもの笑顔を全て消し去って、能面のような表情でスマホを弄っていた。物憂げで、まるで何もかもがどうでも良いというような顔で────何かを操作しているようだ。いつものマジカメ更新だろうか────でも、それにしては、なんだか様子がおかしい。彼は常に、どの写真を選ぼうか、どんなタグをつけて投稿しようか、そのひとつひとつを楽しそうに語っている人だったのに。どうしてそんなにつまらなさそうな顔をしているんだろう。

ケイト先輩のこんな顔を見るのは、初めてのことだった。

別人を見てしまったかのような錯覚に陥り、つい私はその場で足を止めてしまう。すると、その気配を感じ取ったのか、ケイト先輩はぱっとこちらに視線を向けた。

「あっれれ、ユウちゃんじゃん! どしたの、こんな時間にこんなとこで。さっきまで皆と一緒にいたんじゃなかったー?」

ぞくりと、勝手に背中が総毛立つ。
怖い。
さっきまでの人とは、やっぱり別人だ。
いや、ここにいるのは確かに"ケイト先輩"のはずなんだけど────私の顔を見た瞬間、まるで笑顔の"仮面"をつけたかのように一瞬で表情も、雰囲気も変えてしまったこの人を前に、私は彼のようにすぐに"いつも通り"の可愛い後輩面ができたとは、思えなかった。

さっきの顔は何? あれは、本当にケイト先輩なの?
いや────むしろ、今ここで笑いかけてくれている先輩は────今まで私達が当たり前のように見てきていた先輩は、本当にケイト先輩だったの…?

「そ、の…忘れ物を、しちゃって…」
「あー、あるある。俺もしょっちゅう夜中に教室忍び込んでたなあ…夜のNRCってなんか神秘的でマジで映えるから、ついこっから見える月とか投稿しちゃって、翌日大目玉食らったこととかあったんだよ〜」

たはは、と笑いながらケイト先輩は実に"楽しそうな"思い出話を聞かせてくれた。

「先輩は、どうしてここに?」
「んー? 夜の散歩。パーティーは終わっちゃったけど、なんかテンション上がっちゃってすぐ寝る気になれなくてさぁ。たまーにやるんだ、こっそりNRC探検! 的な」

…じゃあ、さっきの何物にも無関心そうな、冷酷とすら言える表情はなんだったんですか。テンション上がって深夜の学校を忍び歩きするには、あまりにも行動と表情が合っていませんよね。

「俺もそろそろ帰るからさ、ユウちゃんも先生に見つかる前にオンボロ寮戻ろ? ほら、送るから」

そう言って、ケイト先輩は実に軽やかに私に向かって手を差し出してくれた。
その顔には、やっぱりさっきまでの冷たさなんてどこにもない。

見間違いだったんだろうか。月の光の加減で、先輩の笑顔が曇って見えてしまっていたんだろうか…?
なんとか自分を納得させようとは試みるけど、私は内心で、そんなわけがないということをよく理解していた。

私は先輩の厚意に甘え、寮の前まで送り届けてもらった。何度もお礼を言って、ハーツラビュルに戻る先輩の後ろ姿を見送る。

「────あ、そうだ」

玄関前で、せめて先輩の姿が見えなくなるまではとお見送りのために立ち尽くしていた私に、ケイト先輩は振り返って思い出したように声をかけてきた。

「…さっき、何か変なものとか、見た?」

────今度こそ、嫌な汗が首筋を流れた。
変なものって…ものっていうか…。

「い、いえ、何も────」
「そっか、それなら良かった。こんな綺麗な月夜だからさ、"光の加減で"なんかおかしいものが見えることもたまーにあるんだよね。でも、惑わされないでね。いつだって"見えるもの"こそが全てなんだから」

先輩はそう言うと、今度こそひらひらと手を振って、鏡の間のある本校舎へと戻っていった。

バクバクと、心臓が鳴り響く。
見えるものが全て? そんなの、嘘だ。
こっちの世界に連れられて初めて教えられたことは、「見えるものが全てじゃない。全てを疑え、本質を見誤るな」ということだった。

ケイト先輩の今の言葉は、そんなツイステッドワンダーランドの金科玉条と全く逆のことを意味している。これじゃあまるで、今見たものを信じるなと────私が覗き見てしまったケイト先輩の冷たい顔を忘れろと、そう警告されているようじゃないか。

私は震える手で、スマホをポケットから取り出した。真っ先に探し出したのは、ケイト先輩のマジカメアカウント。

そこには早速、今日のお茶会の記事が載せられていた。

『#恒例のなんでもない日のパーティー #監督生ちゃんとグリちゃんも一緒に #リドル君も今日はご機嫌』

…そして、その投稿時間を見た私は、いよいよ戦慄してしまう。

────それは、今しがた私が教室から飛び出して、ケイト先輩の表情が消え去ったあの恐ろしい雰囲気を目の当たりにした、その時間ぴったりだった────。










あれから数日後。
私はずっと、ケイト先輩の言動を注視していた。
学年が違うせいでなかなか四六時中見張っているというわけにはいかないものの、エースやデュースと親しくしていることが功を奏して、何かとハーツラビュルの先輩には目をかけてもらえていた────その延長線で、ケイト先輩と接する機会も、持とうと思えばいくらでも作ることができたのだ。

「おけおけ〜、次のなんでもない日のパーティーの件ね?」
「明日軽音部のライブがあるんだー、良かったら遊びに来てよ」
「げっ、やっばー、今日までの課題のこと、すっかり忘れてた!」

先輩の様子は、あれから何も変わっていない。いつも軽やかで、優しくて、視野がとても広い。皆が先輩を頼りにしてて、親しみやすい相手と見做しているのは────なんなら、ずっと前から知っていた。

でも、私はある日、遂に見てしまった。
ケイト先輩とトレイ先輩がリドル寮長と話している時。

トレイ先輩とリドル寮長が次のお茶会の計画を練っている時、ケイト先輩は話半分でぽちぽちとスマホを弄りながら時折「良いと思う」、「その件ならこっちで済ませてあるよん」などとうまく相槌を打っていた。
その隙間、トレイ先輩とリドル寮長が"2人で"話を進めていた、一瞬の出来事だった。

周りの誰もがその2人の話し合いを聞いていて、おそらく誰もケイト先輩の方を見ていなかったのであろう、ほんの数コンマ秒もかからないほどの、本当に一瞬。

────ケイト先輩は、またあの心を失ったような表情を────ほんの1秒にも満たない時間────その顔に、浮かべていたのだ。

真剣な顔で話し込む2人を侮蔑しているとすら言えるような、冷たい顔。「そんなのどうでも良いじゃん」と聞こえてくるような、怖い顔。

しかしケイト先輩はすぐに私の視線に気づき、お日様のような笑顔で「どしたのユウちゃん、顔が怖いよ?」と言ってきた。その変わり身の早さに、私の心臓がドキドキと嫌な音を立てる。

…ううん、今のは見間違いなんかじゃなかった。今度こそ、光の加減じゃ言い訳の立たない、決定的な瞬間を見てしまった。

────ケイト先輩は、何か隠してる。
きっと心の奥に、誰よりも乾いた冷たい気持ちを抱えてるんだ。

理由はわからない。何を考えているのかも、わからない。
ただただ怖いと思った。いっそせめて最初からそんな風に、何にも関心を持たないような顔で過ごしてくれていたなら、"そういう人"で片づけることもできただろうに。

普段は優しくて、明るくて、とても気さくな人。
でも、その裏では、冷たくて、暗くて、とても簡単に話しかけられないようなオーラを纏っている人。

そんな彼の二面性を見て、私は────恐怖の狭間で、「自分と似ている」と────そう、思ってしまった。

────私は、この世界に本来"いてはならない人"だった。
いつ元の世界に戻ってしまうかわからない、不安定な存在。どれだけたくさんの友人を作っても、思い出を作っても、いつか突然それを"また"奪われる可能性は大いにあった。

だから私はこの世界で、なんとかうまく生き延びられる程度には愛想を振りまいていた。怖い先輩にもヘラヘラと笑って腰を低く保ち、等身大に接することのできる人とは大笑いして、さも日々を楽しんでいるかのように見せかける。

でも、心の裏では、決してこの世界の人に気を許さないよう、いつだって気を張っていた。いつ私が消えることになっても、"私が"後腐れなくこの地を去れるように、何に対しても一線を引くようにしていた。

────ケイト先輩が(つまり、元からこの世界の住人であるはずの人が)どうして表と裏の顔を使い分けなければならないのかなんて、私にはわからない。
しかし、その"在り方"は私とよく似ていた。うまく世渡りだけして、いつだって周りとの縁を簡単に切れるようにする。周りのあらゆることに興味があるふりをして、首だけ突っ込んでおく(そこに気持ちは伴わないのに)。

だからだろうか。
私は、ケイト先輩の隠された顔を見て────怖い、知らない人のようだ、とそう慄きながらも、どこか親近感を覚えてしまった。
倒錯しているとは思う。でも、それは私の心を掴んでしまうのに、あまりに十分すぎる理由だった。

それをきっかけに、私はケイト先輩の闇に、いよいよ心を掴まれてしまったのだった。

────それから数週間が経つ。

私は、相変わらずケイト先輩と適度な距離を保ちながら、彼の闇を垣間見れる時を心待ちにしていた。
彼の擬態は完璧だった。ずっと彼のことばかり見ていなければ、あるいはこの間の月夜のような"ちょっとした偶然"でもなければ、私は今も彼のことを"陽気で面倒見の良い先輩"だと本気でそう思っていたことだろう。

でも、二度も"そうでない"ことの証拠を見せつけられた今、先輩の笑顔は造りの良い仮面にしか見えない。だからこそ、私は彼の素顔を見たかった。仮面を取り去った"本当の先輩"と、話をしたかった。

だって、私は────。

そんなことを思っていたら、チャンスは突然に訪れた。
奇しくも先月と同じように、夜になってから明日提出の課題をやっつけるために必要な参考書を教室に置いてきてしまったことに気づいたのだ。でも今回は、前回よりずっと遅い時間────もうとっくに日を跨いでしまっていたので、流石にケイト先輩だって門限を超えてまで不用意に校内をうろついているはずがないと、そう思っていた。

そうしたら────まさか運命というものが本当にあったのではないかと疑いたくなるような出来事が、起きてしまった。
誰もいないはずの教室棟で、私は再び、ケイト先輩と出会ったのだ。

こっそり忍び込んだ自分のクラス教室。急いで参考書を鞄に詰め直し、見回りの先生や防犯システムに引っかからないようにしながら、学園の出口を目指す。
ちょうどカメラやセンサーの死角になっている、昇降口から最も近い階段の一番下の段に、彼はいた。

「ほんっと、つまんな…」

猛ダッシュで階段を駆け下りていたせいで、身を隠す暇も、身を隠させる暇もなかった。素の私と、素の先輩は、あまりにも突然邂逅してしまった。

「って、え、ユウちゃん!? なんでこんな時間にこんなとこにいんの!? なんかこないだも学校ウロウロしてなかった!?」

先輩のこめかみには、脂汗が浮かんでいた。焦っているのは明白だ、だって私は、先輩の姿を"見た"だけじゃなく、その乾いた声まで"聞いて"しまったのだから。

「その、忘れ物をして…」
「また忘れ物〜? ユウちゃんなら要領良いし大丈夫だと思うけど、深夜は防犯システムが厳しくなるんだから気をつけなよ〜?」
「…どうして、先輩がそんなことを知ってるんですか」

適当に謝って、すぐにここを去るべきなのはわかっていた。ケイト先輩がそれを望んでいるのは、彼の強張った表情と急ぐような口調にありありと浮かんでいる。
でも、私はその場に留まった。だって私は、この時をずっと待っていたのだから。

先輩と話をしたい。"NRC3年生のケイト先輩"という役割を取り払った、"ただのケイト・ダイヤモンド"と、本心から向き合いたい。

「どうしても何も、オレがそれで1年生の時に捕まっちゃってるんだよねえ。ほら、この間も言ったでしょ、夜のNRCってすっごい映えるから────」
「…つまんないって、言ってたみたいですけど」

今日ばかりは、「光の加減で」なんていう言い訳じゃ通用しない。そもそもこの間そんな杜撰な言い分で通したのは、お互いに「見なかったことにしよう」と────逆に言えば、ケイト先輩がその闇を露わにしたことを本当は私が認知していたことを確信していながら、こちらの善意で不問にしただけに過ぎない。
優位にあるのは、こちらだ。私さえ逃げなければ、いつだってこの人を追い詰める準備ができている。

「そりゃあ疲れる時だってあるよ〜、ヴィルくんほどじゃないにせよ、オレだって一応有名マジカメグラマーって言われてるわけだし? プレッシャーとか半端ないんだよねえ」
「この間、リドル寮長とトレイ先輩と話してる時、ケイト先輩が別人のような顔をしてるのを見ました」
「別人? ひどいなあ、オレだって真面目な顔をする時くらいあるって」
「"真面目な顔"との区別はついてるつもりです。それにケイト先輩だって、すぐにその時のことに思い至るあたり、心当たりはあるんじゃないですか」

引かない。
今日は、先輩がその笑顔を消してくれるまで、一歩も退かない。

「ははは…はあ…」

私が食い下がり続けていると、ケイト先輩は大して面白くもなさそうな笑い声を上げた後、すっと笑みを消し去った。さながら映画の悪役が主人公を裏切り、初めてその素顔を晒す時のようだ。

「────で?」

だから何? と、先輩は冷たい顔で私を見下ろす。

「で、とは?」
「オレの秘密…まあ別に大した秘密じゃないけど、わざわざこっちが隠してるようなことをこんな深夜に暴き立てて、君は一体何がしたいわけ?」
「特に何も…。ただ、話をしたかっただけです」

冗談を言ったつもりはなかった。それでも先輩は、「良い性格してんね」と言って、また口の端だけで笑う。

「話って何の?」
「…なんでも良かったんです。ケイト先輩が本当は何を考えているのか、それを知りたくて」
「本当のあなたを知ってるのは私だけ、ってやつ? 結構脳内お花畑だね、ユウちゃんって」
「そういう、つもりでは…」

思った以上に取り付く島のないケイト先輩の様子に、どんどんこちらの語調は尻すぼみになっていく。
簡単でないことはわかっていた。そもそも彼に対してはこちらが勝手に同族意識を持っただけのこと。初日からうまくおしゃべりするという方が無理な話だ。

じゃあ、次に本当のケイト先輩と会った時にもう少し長く話すために、ここでは何と言うべきなのだろう? 私も同じなのだとわかってもらうために、私はどう振る舞えば良いのだろう?

「じゃあなあに、興味本位で人の本性暴こうとでもしてたの? 何をどうしようが君の勝手だけど、あんまり良い趣味とは思えないかなあ」

私が迷っている間にも、ケイト先輩はぺらぺらと棘のある言葉を刺してくる。それが全て正論であることはわかっているから、うまい返しも思いつかない。

「…どうしたの、さっきから黙っちゃって。さっきまであんなに元気だったのに」

すると彼は、すっと屈んで私の目線に自分の目線を合わせた。グリーンの明るい瞳が、私の空っぽの体を射抜く。月明かりに照らされて輝くその瞳が、自ら輝くことはなかった。

「俺のこと、怖くなっちゃった?」

それなのに、私は終ぞ、この闇を体現したかのような人を怖いと思えなかった。
最初はあったかもしれない。いや、確かにあったのだろう。恐怖という、本能的な感情が。

しかしある程度の時間が経ち、だんだんと彼のことを理性で理解していくうち────私の心から、そんな憶病心は綺麗に消え去ってしまった。今私の胸にあるのは、興味、同族意識、それから、仄かな好意のみ。

「いいえ」

その時、自分でも笑えてしまうほどしっかりとした否定の言葉が出てきた。更に面白かったのは、私以上に先輩の方が驚いたようだったということ。
そしてその瞬間、私はようやく自分の言いたいことが定まったように思えた。

「あ…あはは、別に強がんなくていーよ。なんなら今のこと、みんなに話したって良いし」

気を取り直してぎこちない笑みを浮かべるケイト先輩。それは、「そんな話をしたところで誰も信じないから」と言われているかのようだった。先輩は確信しているんだ。自分の演技が完璧であることを。

「────言うつもりはありません」

私もケイト先輩の演技が"簡単に"バレることはないと思う。だからといって、それを"完璧"と呼ぶには、その振舞いはあまりにもいい加減だとも思っていた。
先輩の演技は完璧な代わりに、タイミングが杜撰すぎる。この学園において「誰もいないだろう」なんて思いこんで、深夜とはいえ公共の場で素を晒すなんて、脇が甘いとしか言いようがない。いくら他の人がトレイ先輩やリドル寮長に注目してるからといって、他の人もいるところで一瞬でも重たい空気を纏うなんて、軽率としか言いようがない。

「でも先輩、そんなに迂闊に表情消してたら、いずれ他の人にも勝手に知れることになりますよ。他の寮の、魔法も使えないような下級生に看破されてるくらいなんですから」

少しばかり挑戦的なことを言ってしまったのは、先輩がそれだけ私に攻撃的な態度を取ってくるから。
ここまでだんまりを続けてしまったのは悪手だった。最初から友好的な関係が結べないというのなら、これ以上弱気な態度を見せるべきではない。

私は毅然と先輩の瞳を見返し、その表情が崩れていく様をじっと見つめていた。

「どうせ隠すなら、完璧に隠してください。あなたのその在り方は、私にとっての希望なんですから」
「────希望?」
「私も同じなんですよ。この世界に乾いた気持ちしか持てなくて、おちゃらけた態度で場をやりすごすことが第一優先で…目的は知りませんが、ケイト先輩の"闇"は私の"光"です。同族嫌悪なんて言葉がありますけど、私からすれば…そうですね、同族愛好とでも言いましょうか。この孤独な世界で、自分と同じ物の見方をしてる人がいるっていう事実に、救われてるんです」

そう言うと、ケイト先輩は────今度こそ、こちらを馬鹿にしたように笑った。

「俺に救われてる? 孤独な世界で、同じように孤独にしてる人間がいたところで、結局馴れ合うことも、傷を舐め合うことすらできないじゃん。だって孤独なんだから。それなのに君は救われるって言うの?」
「ええ、私は最初から、ひとりで戦うつもりでしたから。良いんです、この世界にも自分と同じ価値観の人がいたんだって、そうわかるだけで」
「戦うって、何と」
「もちろん、全てとです。この捻れた世界そのものとも、自分自身とも」

今度は呆気に取られたような顔をしてこちらを見てくる先輩。こうして見ると、素のままでも十分に表情豊かな人だな、なんて羨ましく思えてしまった。

「────君って、なんだか変な物の見方をするんだね」
「そうでしょうか? まあ、起きたら突然異世界に飛ばされてそこで逞しく生きろなんて言われたら、誰だってこの程度には穿った視点を持たざるを得ないと思いますけどね」
「…はは、何それ。おもしろ」

相変わらず、全く面白くなさそうに「面白い」と言うケイト先輩。しかし、その唇は僅かに震えていた。その震えが意味する感情を、私はまだ知らない。

「良いじゃん。秘密を抱えた者同士、孤独に戦うとしようか」
「ええ、ぜひ」

────そんな会話をしたところで、私と先輩の何かが変わるわけじゃない。結局表向きには仲の良いただの先輩後輩として、"貼り付けた"笑顔を振り撒き続けるだけだ。
でも、こうして2人でいる時だけは、私達は頑張って笑わなくて良い。世界に興味があるふりをしなくても良いし、無闇やたらとはしゃぐ必要もない。
初回面談にしては、なかなか良い出来なのでは?

先輩はこれを"馴れ合うことすらできない孤独な戦い"だと言ったけど("戦う"と言ったのは私か)、私からしてみれば、たったひとときでもこうして肩の力を抜ける時間ができたことは、確かな救いになっていた。
先輩の闇は、私の光。そしてきっと────私の闇は、先輩の光。

この歪な関係が、思ったよりも好きになれそうだ。
その時私は初めて、この世界で息をつけたような気がした。







日中はいつも誰かと一緒にいるし、夜でさえ一人部屋じゃない寮ではとても顔の力を抜くことなんてできやしないから。









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