Welcome back, Alice.



最初は素直な後輩を可愛らしく思った、程度の感情だった。
異世界からやって来て、ひとりぼっちで生きる術を模索しなければならないなんて、きっと想像を絶するほど大変だろう。入学早々にうちの寮長が世話になったこともあるし、元々世話を焼くのは好きな方だった。

だから俺は、あの子のことを何かと気にかけていた。

「ちゃんと食べてるか? これ、差し入れで持ってきたんだ。ケーキほどの出来栄えではないけど、栄養価をちゃんと計算して作った食事だから、良かったらグリムと一緒に食べてくれ」

そう言って頻繁に人気のないオンボロ寮を訪ねると、その度に彼女は目を輝かせて「ありがとうございます! 私、トレイ先輩のお菓子も料理も大好きです!」と言って、そのまま夕食にまで誘ってくれた。
一緒に食卓を囲んでいて、思う。やはりここは、ひとりぼっちでこの世界に投げ出されてきた少女が生きていくには、少し寂しすぎると。
グリムやゴースト達がいるお陰で、彼女の笑顔が曇ることはなかった。それでも、自分の賑やかな寮と比較すると、どうしてもこの静かで、今にも崩れ落ちてしまいそうな家に閉じ込められている彼女の心情を必要以上に慮ってしまう。

下の兄弟達の面倒を見ているうちに染みついた世話焼きな性質が、ここにいるとどうしても疼いてしまう。

「トレイ先輩が来てくださると、オンボロ寮がとっても明るくなる気がするんです。いつもありがとうございます」

屈託のない笑顔を向けられて、嬉しくないはずがなかった。

「それは良かった。でも食べて飲んで、自堕落な生活ばかり送ってはいけないぞ。この後はきちんと歯を磨いて、日付が変わるまでにはちゃんと寝ないとダメだからな」
「はい! あ、トレイ先輩って歯磨きがとっても上手なんですよね? 良かったら私にも、正しい歯磨きの仕方を教えてもらえませんか?」
「もちろん、そのくらいお安い御用だよ」

そうやって、俺達の過ごす時間は徐々に長くなっていった。
彼女の食事管理、生活習慣の改善────金銭的に余裕のない彼女は、驚くほど自分のことに対して無頓着すぎた。カップ麺だけで1日を乗り越えたり、課題のせいで夜中まで頭をフルに回転させなければならなかったり────放っておくと、彼女はあっという間に栄養失調や過労で死んでしまいそうだったので────俺は、何かと彼女の面倒を見るようになっていた。

「なんだかトレイ先輩といると、自分がちゃんと"人間"になれてる感じがして嬉しいです」

食後の紅茶を飲みながら、ほっと安心したように彼女が言う。

「元の世界ではどんな生活を送ってたんだ?」

あまりにも生活力のない彼女に構っているうち、あまりにも彼女は自分に対して無頓着すぎると眉をひそめる機会が増えた。俺がこうして定期的に通っていなければ、彼女はなけなしのお金を全てグリムのツナ缶のために費やしており、年頃の少女だというのに、食事はおろか美容にも全く気を留めていないようだった。

だから、気になった。
元の世界で、彼女は一体どうやって生きていたんだろう。最近は少し改善されているように見えるが、ここに通い始める前の彼女は、それはもう今にも死んでしまうのではないかと不安になるほどがりがりに痩せていて、肌や髪のつやもすっかり失われていたのだ。

「どう…と言われると難しいですね。ただ、私、自分のことに元々あんまり関心がないんです」

────ああ、そうだな。俺からもそう見えるよ。

「いつ死んでも良いやって思ってて。ツイステッドワンダーランドに来た時も、"ああ、またここで生きていかなきゃいけないのか"ってうんざりしていたくらいで。あ、でも今はトレイ先輩がこうして目をかけてくださっているので、毎日楽しいですよ」

とってつけたようなフォローが入ったが、俺はその前に言われていた彼女の「うんざりした」という言葉こそが本当の本音なのだろうと、半ば確信していた。

「心細かったりはしなかったのか?」
「全く。だってここでは皆さん良くしてくださいますし────。私、どっちかというとあんまり積極的に"生きたい"って思ったことがなかったんです。自分のことなんてどうでも良いっていうか」

────そういえば、入学してきた時、彼女はあんまりにも自然に状況を受け入れていたっけか。普通ならもっと取り乱しても良いだろう場面で、彼女はただひたすらにつまらさそうな顔をして日々を送っているように見えた。

「元の世界では普通に一人暮らしをして、惰性で学校に通っていました。あっちでは魔法が使えないことが当たり前だったので、今みたいに"全てがイレギュラーな存在"としてあちこちから目をかけてもらうこともありませんでしたし…。私と同じくらい、皆も私のことなんて気にかけていなかったんです。だから、こんな風にお世話を焼いてもらえることが、なんだか新鮮で」

こともなげに彼女は言う。
誰にも関心を寄せられなくても、そもそも自分自身が自らに興味がないのだから、気にしない。そんな寂しいことを言えてしまう子。それなのに、こうして自分が彼女に目をかけていることは素直に喜べてしまう子。
憶測だけでこんなことを思うのは、ひょっとすると彼女にとって失礼になってしまうのかもしれないが────そこで俺のお節介を「嬉しい」と言ってくれるということは、口ではどれだけ「自分に関心がない」と言っていても、やはりどこかで他人から全く気に掛けられないという境遇を憂いていたんじゃないだろうか、と考えてしまう。

だったら、俺はこれからもこの子のことを大事に思い続けよう。
最初はむしろ客をもてなすような気分に近かったが、その日から俺は、いよいよ彼女のことを大事な妹と同等の存在に思うようになっていた。

歯磨きの仕方を教え、ついでに冷たい布団を魔法でほかほかにし、眠りやすいようほんのりと枕にアロマミストをかける。

「どうしてここまでしてくれるんですか?」

そうだな、多分それは、お前があらゆることへの無関心を装いながらも、寂しさを隠しきれていないからだよ。

「性分だから…かな」

元々そういう性格なんだ。優しいとか、困ってる人を放っておけないとか、そういう聖人のようなことを言うつもりはないけど、この子のことはリドルも学園長も何かと気に掛けているみたいだし────この子の周辺を"整える"ことは、きっと俺にとっても得になるって、そう思っただけのことなんだ。

だから安心して甘えて良いぞ。
なーに、対価なんて求めたりしないさ。

監督生は安心したように、すぐ眠りについた。
安らかなその寝顔を見届けてから、俺はそっと寮に戻った。

「あ、トレイ君じゃん。オンボロ寮の帰り?」

寮の談話室では、ケイトがひとりでいつものようにスマホとにらめっこをしていた。

「ああ」
「マメだよねえ、ほんと。どうせ門限過ぎて帰ってくるんなら、最初から外泊届を出して行けば良いのに」
「はは、自分の寮にたいして親しくもない男が泊まって行ったらあいつも気を遣うだろ」
「…ふうん? そういう感じね?」

どういう感じだと思ったのか知らないが、ケイトは意味深な笑みを浮かべて「リドル君にはうまいこと言っておいてあげたから、明日タピオカミルクティー奢ってねん」と言い、先に寝室へと上がって行ってしまった。

何が「ふうん」なのか、何が「そういう感じ」なのかもわからなかったが、ケイトに貸しをひとつ作ってしまったことだけは確かなようだった。
まあ、ケイトのお陰でリドルの機嫌を損ねずに済んだというのなら、そのくらいはお安い御用だ。

何事も穏便に。環境を整えて、自分が一番安らげる道を作る。
俺の生き方とは、そういうものだった。

────そうやって、3ヶ月も通う頃には、彼女は目に見えて健康的になっていた。肌や髪の艶は戻り、目にも心なしか明るい光が宿っているような気がする。

とはいっても、彼女は相変わらず自分のことに無関心なままだった。
例えばなんでもない日のパーティーに追われて一週間空けたとすると、せっかく整えられていた彼女の生活はまた不規則なものに戻ってしまっているのだ。

「…こっちが勝手でやってることだからこんなことを言うのはアレだけど、お前、俺が世話焼くのをアテにしてないか?」
「いやいや、そんなことないですよ。もちろんトレイ先輩のお陰でかなり自分の体が整ってることは感じてますけど…元々、不規則な生活の方が私のベースだったので。だから少しでも負担になるようなら、むしろこんなに手厚くしないでくださいね」

申し訳なさそうに上目遣いでそう言われたが、そこには言外に「お前のことも誰のことも、そもそもアテにしてない」というような意味が含まれているような気がした。…穿ちすぎだろうか。

「負担になんてなってないさ。言ったろ、性分なんだって。ほら、わかったら風呂入って来い。その間に夕飯作ってやるから」
「ありがとうございますお母さん」
「誰がお母さんだ」

案の定、彼女の冷蔵庫の中には何も入っていなかった。買ってきておいた食糧をしまい、数日作り置きできるようなおかずを何品か作る。
ついでに風呂上がりに使える化粧品類もいくつか補充しておいた。ケイトからその辺りはリサーチしておいたので、ヴィルが使っているものほど高価なものではないにせよ、年頃の少女の潤いを保つには十分だろう。
それから、グリムのためのツナ缶と────これから寒くなるので、毛布も何枚か用意しておいた。

3ヶ月かけて、徐々に自分の持ち込んだものでオンボロ寮を埋めていく。
3ヶ月かけて、徐々に彼女を自分の手で染めていく。

植物を育てている時と同じ感覚だ、と言ったら流石に気分を害するだろうか。
でも、その時はまだ────俺にとっては、その程度の感覚だった。
その程度の感覚で、"そこまでのこと"を当たり前にやっていた。

「うーん、今日もおいしいです。すごいです、これだけの短時間でこんなにおいしいビーフシチューを作れちゃうなんて。私、料理なんてやったことありませんけど…普通こういうのって、かなり時間をかけて煮込むものじゃないんですか?」
「コツがあるんだ。あと、俺達には魔法もあるしな」
「なるほど」

理屈もよくわかっていないだろうに、いい加減な相槌を打ちながら俺の作った夕食に舌鼓を打つ彼女。俺はといえば、ぼーっとその姿を頬杖をつきながら眺めているだけだった。

「トレイ先輩は食べないんですか?」
「ああ、さっき軽く食べてきたからな」

それに、美味そうに俺の料理を食ってるお前を見てるだけで十分だよ。

「…私、自分のことなんてどうでも良いって思ってましたけど、トレイ先輩にあれこれとお世話してもらってるうちに、だんだん健康的に生きようとすることって大事なんだなって思うようになりました」
「お、それは何よりだ」
「でも、自分でやろうとしてもうまくいかないんですよね。料理もスキンケアもトレイ先輩にやってもらった時ほどうまくできないし、気が付くとつい夜更かししちゃうし。…まあ、夜更かしの件は自分で何とかするしかないんですけど、良かったら料理とか、今度私にも教えてくれませんか?」

その時俺は、なぜかすぐに頷くことができなかった。
だって────既にこの子には俺がいるのに、どうして自分で今更自分のことを整える必要があるんだ?

この子は俺が育てているようなものだ。そこに他人の────彼女自身も含めた────干渉など、要らない。

「…トレイ先輩?」

またこちらの顔色を窺うように覗き込まれて、はっとする。

「あ、ああ。そうだな。そのうち教えてやるよ。今は俺がいるんだから良いだろ? お前もそっちの方が楽だろうし」
「楽っていうか、まあありがたいのはそうなんですけど…」

彼女は「先輩はそのうち卒業しちゃうじゃないですか」とか、「こんな風に誰かに頼り切ってたら、もっとダメ人間になりそうです」とかモゴモゴ言っていたが、結局それ以上俺を押し切ろうとはしてこなかった。

卒業したって、その後もここに通えば良いじゃないか。どうせチェーニャみたいな他校生ですら簡単に入り込めるような学校なんだから、OBが通うことくらい何の咎めもないはずだ。
それに、別に元々出来た人間ってわけじゃないんだから、ダメ人間になったって良いじゃないか。

ちょっと可愛く思える後輩のサポートをしてやろうと思っていたはずのそんな気持ちが、少しずつ薄れていっている気がしていたが────そもそも人間とは、付き合えば付き合うほどその関係性が変わっていくもの。いつしか彼女のことをまるで自分の作品のように思っている自分がいることにはなんとなく気づいていたが、だからといってそれを修正しようとは思わなかった。

だってその結果、彼女はどんどん綺麗になっていって、「自分のことなんてどうでも良い」なんて悲しい言葉も吐かなくなっていってるんだ。
そのどこに、悪いことがある?

「さあ、そろそろ寝ようか。新しい歯ブラシを買っておいてやったから、一緒に歯磨きタイムだ」
「はあい」

素直にてちてちと俺の後をついてくる彼女。
朝から晩まで、手をかけて育ててきた子。

お前はどうかそのまま、俺だけに世話を焼かれる、俺だけの可愛い妹でいてくれよ。










「トレイ先輩、私、お付き合いすることになりました」

そう言われたのは、彼女のところに通うようになってから半年近く経った頃のことだった。
聞けば、相手は同じクラスの奴らしい。名前しか聞いたことのない、ポムフィオーレの生徒だと言っていた。

「みるみる綺麗になっていく私に惹かれた、って言われたんです。私、綺麗だなんて初めて言われました。トレイ先輩のお陰ですね」
「そうか。良かったじゃないか」

にこりと笑った顔は、うまく作れていただろうか。
────内心では、全く良かっただなんて思えていなかったというのに。

「お前もそいつのことが好きだったのか?」
「うーん、ここだけの話、彼が伝えてくれる愛と同じだけの好意を返せるかどうかはわからないんですけど…。でも、彼、とっても優しいんです。勉強やお化粧のことも色々教えてくれたり、私の元いた世界のことを楽しそうに聞いてくれたり…。好きか嫌いかで言われたら、好きだなって思って」

そうか。
別にそこまで好きでもない奴と────"好きか嫌いか"の天秤にかけないと"好き"だと言えないような奴と、お前は付き合うのか。
俺が今まで愛情込めて育ててきたお前という存在が、そんな薄っぺらい、俺の知らないような男のために消費されるのか。

ああ、心底胸糞悪いよ。
この子は俺の、俺だけの可愛い妹だったのに。

でも、ここで喜ばないのは、"兄"として正しくないんだろうな。
だから俺は、その日もずっとにっこりと笑い続けていた。「おめでとう」と言いながら、お祝いと称してお手製のローストビーフと新鮮な野菜のサラダ、それに温かいスープとデザートのケーキを振る舞った。

「じゃあ、これからは俺もここに来ない方が良いな」
「え…?」
「だってそうだろ、彼氏からしたら、他の男が彼女の家に入り浸ってるなんて、良い気分じゃないだろうし」

うろうろと視線を彷徨わせる彼女を見て、俺はようやく少しだけ胸のすく思いがした。
お前は本当に軽率な子だな。普通に考えたら、俺の言っていることが"常識"なのだということはすぐにわかっただろうに。

わかるよ。
もうお前は、俺の世話なしではまともに生きていけないんだよな。
今までは誰にも目をかけられていなかったから、無頓着に不健康な生活を送っていても何も感じなかったのかもしれないけど────俺の手によって少しずつ整えられていった今のお前に、俺なしの生活なんてとても考えられないんだろうな。

でも、選んだのはお前の方だろ?
綺麗だ、なんて軽い言葉に舞い上がって、嫌いじゃないから、なんて程度の気持ちで他の男の手を取ったりしたのは、お前自身なんだ。

せいぜい楽しい生活を送ってくれ。
俺なら大丈夫だよ、だって俺はそもそも、お前のことを心配して、お前を心配している友人達を案じて、お前の心身を整えていたに過ぎないんだから。そのお前が他の男といることで幸せになれるっていうんなら、いつだってこうやって笑って送り出してやるよ。

自分の感情をコントロールすることなら得意分野だ。
まだ完成していない作品を他人に手渡すなんて気分が悪くて仕方ないが、俺は何も彼女の人権を無視してまで囲いたいわけじゃない。そこまで固執しているわけじゃない。

────その日から、俺はオンボロ寮に通うことをやめた。

ケイトやリドルは俺のことを心配してくれているようだったが、不思議と俺は落ち着いていた。
そりゃあもちろん、落ち着いているといっても気分は悪いままだ。俺がパーティーの準備をしている間にも、本当ならその時間で勉強を教えていたはずの彼女が、知らない男と笑っているんだ。俺が自分のための夕食を作り、風呂に入り、歯を丁寧に磨いている間にも、本当なら同じことをしてやっていたはずの彼女が、知らない男と手を繋いで眠っているんだ。そんなこと、考えるだけで虫唾が走る。
半年かけて育ててきた花園を、何もわかっていない野郎に土足で荒らされているような気持ちだ。

でも、それを言ったところでどうなる?
元々俺は、ひとりぼっちだった彼女が少しでもこの世界を居心地良く過ごせるようにという"親切心"で近づいたに過ぎない。"正解"を言うなら、その彼女がようやく俺なしでも幸せに生きられるようになったことを喜ぶべきなんだ。

わざわざ自分から、そんな"安定した環境"を壊しに行こうなんて思わない。
どうせ俺の彼女に対する執着心なんて、その程度のものだったんだ。

それに────。

日に日にやつれ、最初の頃に知らない男の隣で見せていた花のような笑顔が少しずつ萎れていっていることに、気づかないわけがなかった。
大丈夫、どうせ────"時間の問題"なんだから。










それから3ヶ月程経った頃のことだった。

『別れました』

マジカメで受け取った短いメッセージ。何の感情もないその言葉を見て、俺はすぐにオンボロ寮に向かった。

「なんだか窮屈だったので、やっぱり別れることにしました。それにやっぱり、私、トレイ先輩がいないと全く人間として機能しないみたいです。別れ話を持ちかけた時、彼にもあっさり"その方が良いと思う"って言われちゃって」

彼女はすっかり、ここへ来た時の"あらゆることに無関心"な顔に戻ってしまっていた。
仕方ない、花の盛りは短いのだから。一度枯れて、再び新たな蕾をつけるには時間がかかるんだ。

そんなことも知らず、ひとつの冬を迎えただけであっさり世話を放棄するような奴となんて、関わらない方が良いに決まってる。
だから監督生、お前がそいつと別れたのは俺も正解だったと思うぞ。

「そうか」
「私、やっぱりトレイ先輩がいないとダメみたいです。だから、失礼は承知なんですけど…せめて先輩に彼女ができちゃう前に、改めて私が自立するための手伝いをしてくれませんか?」
「自立?」
「はい、あの人と付き合ってみて、私がこれまでいかにトレイ先輩に頼り切っちゃってたのか、よくわかりました。先輩がいなくなった途端自分がどんどんオンボロになっていくのがわかっちゃって、普通に恥ずかしかったんです。今まではどうだって良いやって思ってたんですけど、やっぱり人として…ある程度、ちゃんと自力で生きていけるくらいの力はつけないとなって思いました」

ぐ、と拳を握りしめるその様に、彼女らしくない熱意を感じる。
そうか、そうか。
お前はその男のせいで、"自分のことは自分でやらなきゃ"なんて考えを"植え付けられて"しまったんだな。

「その心映えは立派だが、急になんでも自分の力だけで全部やろうとしたら疲れるだろ」
「ま、まあ…そうかもしれませんが…。だからこそ少しずつ…」
「まあ、こう言っちゃなんだがお前は失恋したばっかりなんだし、今はひとまずまた俺に任せておけ。お前が本当に元気になれたら、色々と教えてやるから」
「うう…トレイ先輩優しい…。その優しさに絆される…」

冗談で泣き真似をしながら何度もお礼を言ってくる彼女を、さながら理解のある兄のようにそっと抱き寄せる。
ぽんぽんと彼女の頭を撫でながら、彼女には見えない頭上でにやりとほくそ笑んだ。

自立? そんなこと、させるつもりなんてないよ。
今回のことで彼女もはっきりと自覚したことだろう。結局この子は、俺以外の男となんてとてもうまくやっていけないんだってことを。

自力で生きていかなくたって良いさ。
お前の傍にはいつだって俺がいてやるんだから、もうその恥を感じることだってないぞ。
ようやく俺のことをアテにしてくれるようになったんだ、こっちも誠心誠意お前の求めに応えるよ。

大丈夫、賢いお前ならもういい加減な気持ちで他の男とも付き合ったりしないだろう?
俺といつまでも一緒に、"整えられた生活"を楽しんでいこうな。

────おかえり、俺の小さな花園。






そこそこに拗らせたトレイの話。
というより、そこそこ拗らせているのがトレイの通常運転だと思っています。









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