捧げられた歌に光を灯す



※「星送り」イベントネタ・イベントSSRデュースパソストネタあります
「青き妖精へ捧げる歌を」の続きです
※捏造ばっかり







星送りの行事でスターゲイザーに選ばれた時、僕は心から名誉な仕事を任されたと思った。
地元新聞の取材も来るって言ってるし、きちんとやり通せたら、母さんの耳にも入るかもしれないって。僕はちゃんと学校から任された大役を最後まで真面目にやり通したって────はじめて、形に残せる報告ができるかもしれないって…そう考えたのだ。

だから僕は、全力で頑張った。
シュラウド先輩の説得、舞の練習、そして一番難航した星集め────。

正直、NRCの生徒がここまで非協力的だとは思わなかった。
ある時はひたすらお願いをして、ある時は「願うだけなんだから簡単だろ!」とつい声を荒げたりもして(後からあんな言い方しなきゃ良かったって反省した)、なんとか僕とシュラウド先輩の2人で集めるべき願い星を1人で集める。

そんな僕に同情してくれたのか、途中からは監督生も手伝ってくれた。
異世界からやってきた監督生にとっては、この学校にいるっていうこと自体がもう既にかなり大変なはずなのに、その上で「お願い事を星に込めてください」って他の生徒に頼んで回るなんて…きっと僕の何倍も苦労させてしまうことになるだろう。でも監督生は快く僕に協力すると言ってくれた。

「良いのか? シュラウド先輩の分まで集めるって言ったのは僕の責任なのに…」
「良いよ。いつだって私達、助け合ってきたじゃん?」

自分の願い星はグリムにあげてしまったから、彼女には"叶えるべき願い"なんてない。
言ってしまえば、その時点で彼女の"星送り"は終わっているはず。

それなのに────きっと、僕の熱意に応えてくれたんだろう、彼女は優しく笑って、「こんな綺麗なものを空にかざして舞うなんて、とっても幻想的だね。おとぎ話みたいで素敵」と言った。

────根拠はないけど、なんとなく「幻想的」という言葉からは「ただの幻だよ」という声が、そして「おとぎ話みたい」という言葉からは「現実にはならないよ」という声が聞こえてきたような気がした。元々魔法のない世界に住んでいた監督生は、あまり空想的な話を好まない。きっとこの星送りの行事でも、本気で「願いが叶う」なんて思っているわけじゃないんだろう。

でもさ、監督生。

僕はそれが叶うかどうかじゃなくて、どれだけ強く願えるかが大事だと思うんだ。

どれだけ本気で願うか。どれだけ本気で、夢や目標を持つか。どれだけ本気で────それに向かって、頑張るか。

僕だって、星に願ったからってすぐにそれが叶うなんて思ってるわけじゃない。
でも、願いを口にして、言葉に力を宿して、絶対に叶えてみせるって思ってた。

警察官になりたい。まだ今はそんなものなんて、それこそただの"願い"だ。まだまだ実力もセンスも、年齢すら伴っていない僕がそんなことを言ったって、誰も"現実的"とは思わないだろう。
願い事なんて、そんなものなんだ。
現実的じゃなくて、叶わなくて、当たり前なんだ。

だから僕は願い星を集めて、大樹にできるだけたくさんの"無理難題"を飾りたかった。
捧げられた願いに光を灯して、希望を振りまきたかった。

現実になるように。自分の手で叶えるように。
そんな誰かの────いや、他ならない僕自身の"道標"にしたかったんだ。

僕の願いはあそこにあるぞ。僕はあの星に誓って、絶対に叶えるぞ、って。

だから────そういう意味では、何よりも願うべきものがあるはずの監督生の星を預かれなかったことが、少し気がかりだった。
グリムに願い星を渡した判断は、彼女らしい優しい判断だったと思う。

でも、監督生。
お前にはきっと、それこそ願い星にかけなきゃいけない願いがあるんじゃないのか?

元の世界に────帰りたいんじゃないのか?










「なんでも良いんで。購買のカツサンドが3つ買えますようにとかでも、そんなんでも良いんで」
「あ? ナメてんのかテメェ! そんな子どもの遊びに付き合ってられっかって言ってんだよ!」
「ああ!? 子どもの遊びだと!? こっちは真剣に────」
「優等生ぶってんじゃねえよ1年坊が。とにかく俺は忙しいんだ、他のヤツらに頼め!」

「デュース、ごめん…なんとか今20個目が手に入った…」とスマホで監督生から連絡を受けた、数分後。
サバナクローの名前も知らない上級生に、そう言って黒いままの星を放り投げられ、ケンカになる前に一方的に去られてしまった。
なんてこった、これさえ光が宿れば300個達成できるのに…。

どうしよう。学園で出会った人に片っ端からお願いしてようやく集めた299個の願い星。でもこういう風に願い事をすることすら放棄するヤツも多くて…辺りを見回しても、もう半ば無理やりに星を回収した人の顔しか見当たらない。

ダメだ、もう全員声をかけてしまってる。

ここにあるのは、最後の1つ。願いのこめられていない、黒い星。

どうしようか、あの上級生を追いかけて、押し倒してでも何か願わせようか。
────いやいや、違うだろ。なんでもそうやってすぐ暴力に訴えるのは良くない。星送りは"純粋な願い"を空に届けるための行事なんだ。荒っぽい手で無理やり願わせたそんな"心のない願い"を飾るなんて、失礼なことをしちゃいけない。

じゃあ────どうする?

しばらく考えて、はたと思いついたことがあった。思わず、これからその星を飾る予定になっている大樹の方を振り返る。

願い星に願いを込められるのは、1人1つまでだ。
1つの星に2人以上が願ったり、1人がいくつもの星に願うことは、基本的にいけないことだとされている。

────でも。

願い事があるはずなのに、願えない人がいる。
あんな風に星を投げつけてどっか行っちまうようなヤツより、ずっと願うべきことがある人がいる。

その人のことを思い出して────僕は、そっと黒い星を包み込んだ。

"いけないこと"かもしれないけど、"できない"とは言われていない。

────こっそり、"彼女の願い"を代行しても、良いだろうか。
願ったのは僕になってしまうけど、その願いの中身が彼女の願いであったとするなら────星も、それを許してくれるだろうか。

手の中の星に、誰にも聞かれないよう小声で囁きかける。

「監督生が────」

元の世界に帰れますように。

言いかけて、止まる。
あいつは帰りたがってる。ツイステッドワンダーランドは自分のいるべき場所じゃないって思ってる。

彼女の気持ちを考えれば、それは当然のことだろうと思った。
でも────。

いつか彼女がここからいなくなる。一緒に笑って喋って、勉強したり補習を受けたり、走ったり転んだり────すっかり僕の日常に溶け込んだ彼女が、消えてしまう。

どうしてだろう。
彼女の望みなら、なんだって叶えたいと思っていることに嘘はないはずなのに。
友人の願いなら、どれだけかかっても叶ってほしいと思っていることに偽りはないはずなのに。

声に出した瞬間、思わず────自分でも理由がわからないまま、その言葉を詰まらせてしまった。

だって、想像できなかったんだ。
入学した時からずっと一緒にいたヤツが、突然手の届かない場所に行ってしまうことを。
初めてできたダチと、突然二度と会えなくなってしまうことを。

「監督生が────幸せになれますように」

結局僕は、"彼女のため"と言いながら"自分のため"の願いをこめてしまった。

帰りたいと言うなら帰ってほしい。
でも、だからって明日帰られるのも…ちょっと、流石に寂しすぎる。

だからどうか、帰らざるをえない日が来るまで────できることなら1日でも長く、僕らと一緒にいてほしい。
でも絶対に、また彼女を1人にはしたくない。そんなことが起きるような────それより前には、必ず帰してあげてほしい。

こんな世界に来て戸惑ってばかりいた彼女には、いつか必ず来るであろう"帰る時"に、幸せな顔で「楽しかった」と言ってほしい。そしてその"幸せ"を、僕がたくさん彼女にあげたい。

ああ、僕も馬鹿だな。
こんな願い方じゃ、星が受け取ってくれるわけが────

そう思った瞬間だった。

ポウ…

星に、光が宿った。

「うっ、受け入れてもらえた! 僕の…いやいや違う、彼女の願いは、ちゃんと星に宿ったんだ!」

嬉しくて思わず声を上げてしまった僕を、何人かが不審そうに見ていた。
また舞の練習でもしているのかと思われたらしい。

これ以上怪しまれないようにと、僕はしれっと他の生徒の願い星に"もうひとつの僕の願い星"を紛れ込ませた。

そうして、監督生と合流し────300個になった願い星をあわせて、2人で笑い合う。

「デュース、すごいね。こんなにたくさん集めてくるなんて」
「意外と頼めば聞いてくれるもんだな」

最後の1つなんて────あんなもの、星が聞き入れてくれると思っていなかったのに。

「当日、晴れると良いね」
「ああ」

絶対に晴れてほしい。彼女の手ではこめられなかった願いを、どの星よりも空に近いところに飾って────神様だか妖精だか知らないけど、彼女の道標をどうか作ってあげてほしい。









そして当日────。
結論から言うと、大きな雷が轟くほどの雨雲が空一面にたちこめていた。
生徒達のささやかな願いを、そして僕と彼女の大きな願いを、これじゃあ空に届けられない。

希望の光を灯すことができない。道標を掲げることができない。

どうして。あんなに頑張ったのに。全てはこの日のため、僕は全力を懸けたのに────。

悲しみとも怒りともつかないような気持ちが湧いた時────誰もが失意の底に沈んだ時────シュラウド先輩が、動いた。

学園長室のシステムをハッキングし、「星送りをやる」とだけ言って、何もかもを食ってしまいそうなクジラが泳ぐ空の海の下に現れた先輩。
彼は────「星に願いが届かないなら、こっちから星に届けてやる」と────ものすごく良い笑顔でそんなことを言った。

何をするつもりなのか────シュラウド先輩の言葉を理解できずに戸惑っていると、星送りの衣によく似た外装を纏ったオルトが現れた。

「!!」

誰がこんなことを考えただろう。
オルトに大気圏を突破できるほどのシステムを搭載して、まさか"宇宙に飛ばして雨雲の上から星を降らせる"なんて。

「────シュラウド先輩」

正直、この人には何度もイライラさせられた。
大事な行事なのに、みんなの願いが集まっているのに、どうして真面目にやろうとしないのかと。

だけど────この人にもきっと、どうしても叶えたい願いがあったんだろう。
真面目にやりたくないっていう不動のスタンスを崩してしまうほどの、強い願いが。

ああ────その気持ち、わかる。

オルトはいつか苦手だと言っていた雷雲の中へと勇敢に突っ込み、クジラの大きな口でさえ呑み込めないほど上へ上へと上がっていった。
そうして、宇宙の果てから、地上に降りてくる願いたち。

空の恵みのようだ、と思った。

地上に根差す大樹に願い星を引っかけて、ただ突っ立って祈るんじゃない。
空の方が、僕らの願いを、残酷な雷雨の代わりに優しい星の雨にして降らせてくれている。

星の流れがどことなくリズミカルに見えるのは、一緒に舞の練習を見ていたオルトが、"イデア兄さん"の太鼓に合わせて星を飾っているからなのだろうか。

"星に願いを"。
誰だって関係ない、願いは叶う。
欲張りすぎなんてことない、願いは叶う。
愛がある限り、願いは叶う。
それは稲妻のようにやってきて、鮮やかな光で叶えてくれる、ちょっとした魔法の話。

今日は、僕がその魔法使いだ。
みんなの願いが叶うようにと、希望や道標の灯となるよう、心を込めて舞う。

監督生は、目を輝かせて僕達と空を交互に見ていた。
いつもどこか諦めたような顔をした監督生。人並みに笑うし怒るけど────きっといつも元の世界のことを気にしているんだろう。自分がいない間"故郷"はどうなっているだろう。突然いなくなった自分を"家族や友達"はどう思っているだろう。

わかるよ。
僕だって、僕がいない間、母さんがどれだけ僕のことを心配していたのか────母さんが泣いているのを見て、初めて知ったんだ。
失ってみないとわからないことの方が多い。僕はたまたま早いうちにそれに気づけたから、こうしてふいにしちまった15年を取り返そうと、今必死で生きてるんだ。

だから監督生。
お前も、まだ諦めないでくれ。
いつか絶対に帰れるから。いつか絶対、帰れる方法を僕が見つけてやるから。

だからそれまでの日々は、僕達と一緒に笑っていてくれ。
今みたいに、こんな「幻想的」で「おとぎ話」みたいな光景も現実に起こるんだって信じて────"その日"が来るまで、どうか幸せでいてくれ。

────だから僕は、星送りが終わった後も平気な顔をして監督生に「来年」の話をした。
もしかしたら、来年なんてこないかもしれない。そんなことはわかってる。でも、"いつ帰れる"かわからないのなら、エース達と一緒にバカな未来の話をしていたかった。だって帰るその瞬間まで、お前は"こっちの世界の人間"なんだから。

それから僕は、笑顔で監督生に「願いが叶うと良いな」とも言った。
それがいつになるかわからないとしても、監督生が帰りたいと思った時に帰れたら良いなって、本心で思っていたから。それまでの────それこそいつになるかわからないうちは、僕と一緒に笑っていようと伝えたかったから。

そして最後に僕は、胸を張って「いつになっても願いを叶えて、お前に制服姿を見せる」と宣言した。
────元の世界に戻るからって、それが最後のお別れになるわけじゃない。

この世界に"来て"、そして"帰る"ことができるのだとしたら、きっと僕にだって同じことができるはず。手段は全くわからないけど、監督生じゃないとできないことなのかもしれないけど、それでも僕はやってみせる。

だって僕は、スターゲイザーだ。
おじいさんの願いを叶えた、青い妖精と同じなんだ。

僕だって最初から、願い事を星に詰め込むだけで叶うわけないってことをわかってる。
でも、違うんだ。そうじゃないんだ。
ずっと言ってたじゃないか。
願い事は、誰かに叶えてもらうものじゃないって。

願い星は、希望の象徴だ。目標への道標だ。
だから僕は何度だって願って、舞って、空へと届けてみせる。

だから監督生、安心して帰ってくれ。
お前の願いも迷いも、全部僕が引き受けるから。










────数年後。

NRCの卒業を控え、生徒達が最後の思い出を作ろうとしている時期。

「監督生君! 遂に私、見つけましたよ!」

いつも通り興奮している様子の学園長が、4−Aの授業中の教室に飛び込んできた。トレイン先生にギロリと睨まれたためすごすごと引き下がっていたが、授業が終わるなり監督生を呼び出し、学園長室へと連れ去ってしまった。

エースとグリムと3人で、学園長室前で待つこと30分。
監督生が、泣きながら部屋を出てきた。

「おっおい、今度はあのダメダメ学園長、何を言ったんだよ!」
「エース、仮にも学園長にそれは失礼だぞ。それより監督生、どうしたんだ」
「…元の世界に、戻れる方法がわかったの」

それが喜びの涙なのか────それとも悲しみの涙なのか、僕はすぐに理解することができなかった。
でも最初にグリムが無言でぴょんと監督生の肩に乗り、その涙を肉球で優しくふにふにと拭こうとしているのを見て。エースも表情のないまま、そっと監督生を抱きしめていて。

────きっと、みんな同じ気持ちなんだ、って思った。

元の世界に帰ることは監督生の悲願だ。"いるべき場所"に、"故郷"に帰れることは喜ぶべきこと。
でも、僕らは────宣言通り、あまりにも幸せな思い出を作りすぎてしまった。

監督生は最後まで迷っていた。
帰りたいけど帰りたくないな、とグリムにひとりこぼしているのを、偶然聞いてしまった日だってあった。

僕は、空いていた監督生の手を取った。

「私……どうしたら良いのか、わかんない…」
「学園長はなんて?」
「今日の夜、鏡の間の中央にある魔法の鏡に満月がすっぽり収まった瞬間がチャンスだって。今日の月は天文学的に見ると50年ぶりに観測できる珍しい月で…特別な夜だから、異世界への扉が開きやすくなるんだって……。今日を逃すとまた50年はここにいる羽目になる可能性が高いって言われた…」

監督生はしゃくりあげながら事情を話してくれた。

50年。

まだ10代の自分達に、その5倍の年月を想像することはとても難しいことだった。

「…監督生は、帰りたいのか?」

エースが尋ねる。監督生は「わかんない…」と言った。

「帰りたかった、帰りたかったよ…心細いし、魔法使えないし、はぐれ者って言われて…来たばっかりの頃は毎日帰りたくて仕方なかった。…でも………デュース達と過ごすのが楽しくて、私、幸せで────今更離れるなんて、また"自分の世界"を捨てるなんて────」

「幸せで」「自分の世界を捨てるなんて」

────その言葉だけで、十分だった。

「監督生」

僕は監督生の手をもう一度引いて、注意を向けさせた。グリムはまだ肩に乗っていたけど、エースが身を引いて僕に監督生の体を預ける。

「お前は、帰るべきだ」
「デュース…?」

どうしてそんなこと言うの、と目で訴えるように、涙に潤んだ瞳がこちらを向いた。
…正直、そんな顔をされてしまうと…今すぐにでも「帰るな」と言って抱きしめたくなってしまうから困るんだが…。

でも、僕は"あの日"、星に願いをこめた。

監督生が幸せになれるようにと。
監督生が、いつも笑っていられるようにと。

そして────この世界と向こうの世界、2つの世界に"故郷"を作った彼女が、いつでもどちらをも行き来できるようにと。

「監督生、1年生の星送りのこと、覚えてるか?」

何を言い出したのかわからなかったらしい。首を傾げながらも、彼女は「うん」と短く返事をする。

「僕はあれから毎年、スターゲイザーを手伝ってきた」
「あー、そういえばお前、やけにあのイベントはいつも張り切ってたよね」
「オレ様達も相当巻き添え食らったんだゾ…」
「ああ。だから僕は、多分NRCで一番"青い妖精"に近い存在だと思う」

エース達は呆れていたけど、監督生はじっと僕の目を見ていた。

「僕は、毎年空に一番近いところで願ってたんだ。"お前が幸せでいられるように"って」
「えっ…でも、デュースの願いって…」
「警察官になるっていう願いを込めたは、最初の1年だけだ。…というか実は、あの後誰も使ってなかった星にこっそり"お前が幸せになれるように"って"お前の願い"を勝手に追加して飾ってたから、実際この4年間、ずっと僕はそれだけを願ってた」

彼女の目が驚きに見開かれる。涙が止まり、小さなしゃっくりの音だけが僕の声に応える。

「監督生、僕は"こっちの世界"こそがお前のいるべき世界だと思ってる。でも、4年前までいた"向こうの世界"は、お前が忘れちゃいけない本来の故郷だ。そこには、僕と同じように家族がいたり…他の生徒みたいに、地元の友達がいたりするんだろう。だから、どっちの世界にもお前が自由に行き来できるよう、僕は毎年祈ってた」

もちろん、祈るだけじゃだめだ。希望と道標を掲げたところで、動かなきゃ何も意味もない。
どうせ僕が目指しているのは最も優秀な魔法士。警察組織の魔法執行官になるためには、最高ランクの知識と体力、そして実力が必要になるんだ。

だったら、その"自分の夢を叶える一環"として、"異世界との接続を可能にする技術あるいは魔法"を研究することだって、まったく無駄にならない。

「────悲観的なことを言うと、50年待たせちまう可能性もある。でも僕は必ず、監督生がまた"好きな時にこっちに戻ってこられる"方法を、見つけ出してみせる」

それが監督生の望んだ"本当の願い"かどうかは、今もわからない。
僕は最初から、"彼女はきっと帰りたがってるだろう"と決めつけてしまっていたから。
彼女が帰るまでの間、楽しく過ごしてほしいと思ったことに至っては更にひどい、完全に僕のエゴだ。

でもそんなエゴが効果を発揮して────彼女を泣かせてしまうほど、この世界に馴染ませてしまったというのなら、僕はやっぱり最後まで自分勝手に、僕が考えた彼女の"幸せ"のために全力を尽くす義務があると思う。

「だから、安心して"里帰り"してこい。なんてったって僕はスターゲイザーだ、お前の願いは、必ず空に届ける!」
「何年前の話を引きずってるんだよ…。でもま、1年の時はあんなにゴミカスだったデュースが今や卒業後は警察官の養成学校に進むところまでいったんだからな。こいつの"夢を叶えることへの執念"はオレも認めるわ。こいつが忙しい間はその研究、オレが手伝っても良いし」
「オッ…オレ様だって一番偉い大魔法士になるんだゾ! そうなったらどんな鏡からでも、どんだけ月が雲に隠れてても、いつだって子分のところに行けるようになるんだゾ!」

僕の言葉に、エースとグリムも加勢してくれる。
監督生は最後の涙をぽろっとこぼした。そして────ようやく、笑ってくれた。

「ありがとう。私もこっちで…どれだけ信憑性の高い魔法に関する文献があるかわかんないけど…色々探してみるね」

────そして、その日の夜、彼女は元の世界に帰ることになった。
鏡の間に集まることを許されたのは、僕とエースとグリムだけ。他の生徒まで来させると部屋が埋まって、監督生と一緒に向こうの世界に引きずられる者が続発しかねないからとのことだった。

「おー、ようやく来た。早くしねーと満月、鏡の前を通り過ぎちまうぞ」

今まで散々色んな人と別れの挨拶を済ませてきたらしい。両手いっぱいにプレゼントや花を抱え、髪をぐしゃぐしゃにされた監督生がよろよろと鏡の間に現れた。

「…じゃあ、ほんのちょっとの間だけ…元気でな」
「いつ行っても良いようにツナ缶を常備しとくんだゾ!」

エースとグリムは、涙を堪えているかのような突っ張った声で監督生と握手を交わした。監督生は、また泣いていた。

「うん、また会おうね」

それから、こっちを向く。

「デュース」
「おう」
「…信じてるからね、スターゲイザー」

それは単なる幻であり、おとぎの世界の話。

でも、僕はそんなおとぎ話にしかない幻の景色を、確かに1年生の時に実現させた。
もちろんあの時の奇跡は、周りの人達の協力があったから起きたこと。何もこれだって、自分ひとりだけでやろうと思ってるわけじゃない。
使えるものならなんだって使う。助けてくれる人になら何をしたって助けを乞う。

僕は、青い妖精にはなれないけど。
それでも、大事に思ったたった1人の女の子の願いを叶えるためになら、命だって懸けても良い。

僕はそっと彼女の前髪をかきあげ、額に小さな口づけをした。

「必ず、叶えるよ。お前の願い」

監督生は笑った。そしてそのまま、満月が移る鏡の中へと、まるで障壁物など何もないようにするりと入って行った。

────月が、鏡の前を通り過ぎる。

「────行っちまったなあ、監督生」

エースがぺたりと鏡に触れた。さっき監督生が通り抜けていった鏡は、今は爪の先1ミリすら通してくれない。固いガラスに阻まれ、悔しそうなエースの顔が映っている。

「デュース、大丈夫か?」

監督生と一番親しくしていたのは僕だ。心配されるのは当たり前のことだろう。エースは嫌味で素直じゃないヤツだけど、ダチのことを大事にするいいヤツでもある。

「…大丈夫」

なんとなく、視界が滲んでいるような気がしたけど。

「…絶対また会えるから。というか、会うために僕にはまだまだやらなきゃいけないことがたくさんあるんだ。こんな"一瞬の帰省"で一回ごと落ち込んでなんかいられないだろ」
「……ま、それもそーね」
「よし、こうなったら早速図書館に行くんだゾ! 今日の月とやらのことを調べるんだゾー!」
「え、グリムがまともなこと言ってるの怖…」
「なに〜!?」

いつも通り言い合いをしながら、鏡の間を出る僕達。
…後ろからエースとグリムのケンカを眺めながら、思う。

なあ、監督生。
やっぱりここにお前がいないと寂しいな。

────だから、早く見つけるよ。

僕が、お前の願いに必ず、光を灯すよ。








そういうわけでデュース目線からの本当のラストでした。

監督生が必ず帰ることをわかっているからこそ、ずっと隣にいられる根拠なんてどこにもないとわかっているからこそ、"その日が来るまでは"一緒にいられると信じているデュースと、元の世界に帰ることを意識しすぎてツイステッドワンダーランドへの執着心に鈍かった監督生の話。

公式から得た解釈をおおいに捻じ曲げた結果になってしまいましたが、どうしてもこの監督生には元の世界に帰ってほしかったのでここまで書いてしまいました。

デュースは最後まで無自覚なままでしたが、監督生のことが大好きでした。愛してました。
あともう展開的に載せられなかったんですが、この世界線では5年後くらいに制服を着たデュースが迎えに来ます。デュース・スペード、約束は守る男。









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