クィディッチ戦が開幕してから、その話題を一手にさらってしまったジェームズをよそに、私とリーマスはクリスマスの支度に追われるようになっていった。監督生の務めとして、学校中の飾りつけの手伝いや校舎内の見回りを強化するように言い渡されていたのだ。

本来なら寮ごとに担当区域を分けているので、私達グリフィンドールの監督生はホグワーツの東側だけを見ていれば良かったはずなのだが────。

「ごめん、リーマス、イリス。中央塔の人手が足りてないの。ほら、学期が始まる前にヘンリーが地下まで手が回ってないって言ってたでしょ? あの時は私とレイが手伝いに行くって言ったんだけど、レイブンクローの担当…西側の方も全然終わらなくって! もしグリフィンドールの誰かに手が空いてる人がいたら、少し地下を手伝ってくれないかしら?」

メイリアからそう言われたのは、休暇に入る1週間前のことだった。
確かに今年、行きのホグワーツ特急の中でヘンリーが「地下の人手が足りない」と言っていたのは聞いた。メイリアともう1人の監督生、レイがその手伝いに行くということも。

中央塔の地下にはスリザリンとハッフルパフ、2つの寮が正反対の位置に存在する。そのせいで却ってハッフルパフが積極的に上層階の飾りつけをしに行ってしまい、いつも地下の飾りつけがおろそかになってしまうのだそうだ(スリザリンの監督生には、自分の寮の周りだけきらびやかな装飾を施した後、さっさと帰省の準備に移ってしまう人が多いらしい)。

そういうわけで、特段他の人にそれを押し付ける理由もなく、またグリフィンドールの監督生は学年や帰省するかどうかに関係なくみんなが協力して手際よく校舎内の飾りつけを進めてくれていたので、私とリーマスがそのまま地下の手助けに行くこととなった。

「でも、私達があのエリアに足を踏み入れたら嫌な顔されそうだね」
「はは、マグル生まれと人狼なんて、彼らからしたら最も監督生から遠い立場だもんね」

リーマスと自虐しあいながら、地下へと降り、そのままハッフルパフのある温かい空気の漏れ出る廊下────の反対側、どこか冷たく厳しい寒地を思わせるようなスリザリンの領地へと向かって行った。
案の定、廊下ですれ違う生徒はスリザリンの生徒ばかりだった。良くない意味で目立つ私達は、全く潜まっていないヒソヒソ声に晒されながらヘンリーを探す。

「穢れた血が────」
「あのカリスマ気取りの腰巾着────」
「グリフィンドールの由緒ある監督生様が何の用────」

廊下の端の方でヘンリーの姿を見た時、私とリーマスは同時にようやく息をついた。まるで寒中水泳だ。偏見は持ちたくないけど、どう見ても大多数のスリザリン生から良く思われていない…どころか敵視されていることを、私はここでまた改めて思い知らなければならなかった。

「ああ、イリス! リーマス! 助かった、すまないね、君達も忙しいのに手を借りてしまって」

ヘンリーはいつも通り大仰な仕草で、それでも嘘のない笑顔で私達を歓迎した。周りにいた生徒が、そんなヘンリーの素振りすら嫌っているようにわかりやすく鼻を鳴らしていた。

「見ての通り、地下へ続く階段からここまではなんとか終えられたんだ。ただ、ここから更に下に続く部屋の方が全く手がつけられていなくてね…スザンヌが放棄してしまってから、5、7年生の監督生もそれに倣ってみんなどこかへ行ってしまったんだ」

成程、それでさっきから壁と向き合ってるのがヘンリーしかいないのか。
彼の孤独な戦いを思いやりながら、私とリーマスは即座に「わかった」、「じゃあこの先は任せて」と答える。彼の笑顔が少し和らいだのを見て、私も安心した。

仕事を任された後は、ヘンリーと少し離れた場所で作業を開始する。スリザリン寮に近づく機会などほとんどなかったが、そこは案の定どこか暗く物寂しい空気に満ちていた。
銅像の顔もどこか険しいし、絵画も戦争をモチーフにしたものばかりだ。
唯一、なんのためにそこに掛けられたのかわからない────恰幅の良い男性が馬に乗って杯を掲げている明るい絵が一枚だけ、廊下の隅の方に飾られていたが、その絵の違和感たるや。ホグワーツの絵画はどちらかというとこういった温かみを感じさせる絵の方が多いので、これだって例えばグリフィンドール寮の前に飾られていれば何の違和感もなかっただろうが、要はそんな"普通の絵"が場違いに見えて仕方ないほど、そこは冷め切った空間だったのだ。

「────それにしても、ドイルも酷いよね。ホグワーツ特急ではちゃんと監督生らしくしてるように見えたのに、こんなにわかりやすくサボるなんて」
「まあ…そうだね。ただヘンリーが際立って優しい生徒なだけかもしれないよ」
「どういうこと?」
「イリス、君も思わなかった? "こんな誰も通らないようなところをわざわざ飾り付けたって意味がない"って」
「ああ…」

私だって、こんなところにわざわざ立ち止まるのは初めてだった。杖を振って、キラキラと輝く妖精の光を集めたモールのようなものを壁に貼り付けていきつつ、徐々に暗い地下に明かりが放たれていくのを眺める。

「与えられた仕事である以上、それを遂行するのが義務であることに変わりはないけど、僕もこれを延々とやれって言われたら嫌になっちゃうかもな」
「リーマスって時々あのシリウスとジェームズと一緒にいるとは思えないくらい公平なこと言うよね」
「はは、皮肉かい? でも僕だってそれを言ったところで"だから僕はグリフィンドールで良かった"って思うだけさ。あいつらと何も変わらないよ」

そんな軽口を飛ばしながら、今や誰もいなくなった廊下深くまで降りて行きつつ飾りつけを進める。ヘンリーには「夕食前には絶対切り上げてくれ、そこまで君達をここに拘束したくない」と言われていたが、そうは言っても今はまだ16時。まだ2時間くらいはこの長く果てしない暗闇を照らし続けなければならないのかと思うと、早くも気が滅入りそうだった。

サラザール・スリザリンはなんだって学生の一番の交流場をこんな人気のない暗がりに設置したのか。やっぱり闇の魔法は暗がりにいた方が冴えるんだろうか。

「そういえば、最近エバンズの調子はどう? ジェームズが毎日うるさいんだ、いつになったらデートに誘えるのかって」

考えることは同じだったのか、リーマスも積極的に沈黙を作らないようにしているように見えた。そうして話題に上ったのは、私達どちらもが笑い話にできるそんなこと。

「この間のクィディッチは良かったよ。でもしばらくデートは無理だね、もう本能でジェームズを拒んでる」
「本能か、そりゃすごいな。たった5年ちょっと一緒にいただけでそこまで強い感情を植え付けるなんて」
「私なんて最近、もはやこれは憎さ余って…なんてことになるんじゃないかって思ってるくらいだよ」

実際、最初の出会いで憎しみのメーターが頂点を振り切ったとして、そこから本当に見えない程の遅々とした動きで、リリーのジェームズへの感情は変化しているのではないかと考えていた。それが憎しみを募らせすぎたが故のことなのか、それともちゃんと少しずつ改善されているのか、そのところはよくわからないままだが────とりあえず、リリーはジェームズを常に注目している。その結果、この間のクィディッチの試合のように彼女の気持ちを盛り上げてくれるようなことが起こる度、彼女の感情は必要以上に揺れ動く。嫌いなはずなのに、どうしてこんなに盛り上がるんだろうと。

「────昔の私みたい」
「何が?」
「私のシリウスに対する気持ちが、リリーのジェームズに対する気持ちと────逆だけど、揺れ方自体は似てるなって。ほら────私の場合は最初から憧れてて、友達としては好きだったはずなのに、どうして受け入れられないんだろうって、相談したこともあったじゃん? 要はそれだけ"相手のことを気にしちゃう"って現象が今のリリーにも起きてるのかもって考えると、可能性は捨てきれないんじゃないかって思うんだ」
「そういえばそんなこともあったなあ」

メーターの向きは逆でも、最初に抱いた感情が大きければ大きいほど、その後に待っているどんな小さなイベントでも心はそれに反応してしまう。その度に感情が揺さぶられ、思考を囚われ────。

「まあ、その結果、君はシリウスを好きになれたから良かったけどね」
嫌いから始まったリリーの感情がどこに行き着くかは私にもわからないなあ…」

確かに、リーマスの言葉には苦笑いを返すしかない。

「そういえば、ジェームズは────」

今年のクリスマス、リリーに何を贈ろうとしてるの?

そんなことを訊こうと思った時だった。

「イリス、静かに!」

リーマスがピンと張りつめた声で囁くと、素早く私の腕を引っ張って、目の前にあった狭い掃除道具入れの中に連れ込んだ。

「!?」

最初は何事かと思ったものの、すぐにその場所が"掃除道具入れ"ではなかったことを知り、強張っていた体が解けていく。
────そこは、広くて何もない部屋だった。ここに机と椅子をいくつか置けばすぐに使える教室として機能しそうだが、それすらないがらんどうの空き部屋は、随分昔から使われていない場所のようだ。床には埃が積もっていて、足を一歩踏みしめただけでもぶわっと舞い上がり、くしゃみをしそうになってしまう。

「乱暴にしてごめん」

リーマスはすぐに私の腕から手を放した。申し訳なさそうに詫びてくるが、相変わらずその表情は厳しくて、声はどこか緊張している。

「どうしたの?」
「向こうからスネイプの声が聞こえたんだ。僕も君も"穏健派"だから無用な争いはしたくないだろうと思って、ついこの隠し部屋でやりすごそうと」
「なるほどね」

そういえば、彼も悪戯仕掛人の1人だった。ホグワーツ内のありとあらゆる隠し部屋や通路を熟知している、この神秘の城の探索者なのだ。それにしてもあんな、見ようと思わなければその入口さえ見えない掃除道具入れの奥がこんな古い教室に繋がっているなんて────よくもまあ、この人達はそんなことを思いついたものだ。

きっと、学校の全てを疑ってかかったんだろう。天井の染み一つ、床のタイル一つとっても調べ上げ、仕掛けがないか探して回ったんだろう。その歳月と労力を思い、私はふっと────こんな場面だというのに、頬を緩めてしまった。校舎内を、人目を忍んで楽しそうに徘徊している4人の姿を思い描いてしまったからだ。

「────あれ? 何かおかしいな────」

できるだけ物音を立てないように、私はリーマスの後ろで息を潜めていた。ただ、扉の僅かな隙間から外を窺っていたリーマスが、不意に不思議そうな声を上げる。

「今度は何?」
「いや────ちょっと、見て」

後ろ手で手招きをされたので、私は埃を立てないように気を遣いながらリーマスにぴたりと身を寄せ、彼の顔の下から同じように隙間を覗き込んだ。

────そこにいたのは、スネイプとスラグホーン先生、それから────レイブンクローの生徒?

「あの子、知ってる?」
「7年生の…名前まではわからないけど、見たことがある」

リーマスが"おかしい"と言ったのは、明らかにそのレイブンクロー生に向けられてのものだった。スリザリン寮の近くで、スリザリン生のスネイプとその寮監であるスラグホーン先生が一緒にいるところまでならわかる。でも、上級生のレイブンクロー生の女子が一緒にいるって、どういうこと?

「この仕事の重要さをわかっているのか」

低い声で叱りつけるようにそう言ったのはスネイプだった。先生には一応の敬意を見せているスネイプが、スラグホーン先生の前とはいえ他寮の生徒(しかもシリウス達みたいに有名な敵じゃない子に)にあんな風に声を荒げているなんて、少し信じられない。

しかし、驚くべきはそこではなかった。

「わかってるよ! わかってるけどさあ、だってスラッギー爺さん、死喰い人は明らかに嫌ってるんだぜ。これがバレたら────」

オドオドと怯えたような声でスネイプに返事をしたのは、スラグホーン先生だった。

顔も声も先生本人のものだ。
でも、明らかに声音が違う。表情も違う。こんな風に砕けた態度で、恐怖を露わに────自分のことをスラッギー爺さんだなんて呼ぶ先生を、私は見たことがない。

これじゃあまるで、スラグホーン先生の中に別の誰かが入ってるみたいだ。

私とリーマスは息を潜めて目の前の光景を見ていた。

「…これって…」
「ああ……たぶん、"そう"だ」

2人とも────きっと、この異様な事態に対して同じ仮説を立てていたのだと思う。
少なくとも私は、このチグハグな景色を知っていた。

誰かの中に、別の誰かが入っている現象。誰かの姿を、そのまま完璧にコピーすることのできる、とある魔法────。

でも、今はまだあくまで仮説の段階でしかない。
だから、確証がほしい。もうひとつ、この仮説を立証してくれる証拠がほしい。

レイブンクローの女の子に、早く口を開いてほしい。

「────バーカ、バレるかよ。あの老いぼれなら酒をしこたま飲ませりゃ一晩はねんねんころりだ。それに僕が変化してるレイブンクローの女も、今さっきぐっすり睡眠薬で眠らされたのを確認したばっかりだろ
「無駄口を叩くな。誰に聞かれるかわかったものじゃない」
「へいへい。まったく、スネイプは神経質すぎるんだよ────」
「と、とにかく僕は自分の寮で"調査"を終えたらすぐに戻るからな、お前達も────」
「わかった、わかったから。早く行けって。こっちはレイブンクローの談話室に忍び込まなきゃいけないんだから忙しいんだよ

────そう言って、3人は地上への階段を上がって行った。

「────…」
「……今の…」

再び静寂を取り戻した私達は、誰もいない古びた教室の中で、黙って目を見合わせながら呆然としていた。



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