シリウスは、呪文学の時と同じように、教室の外で私が出てくるのを待っているようだった。

「スリザリンの奴が君に声を掛けているのが見えたから、何かあったらと思ってここにいたんだ。悪かったよ、聞き耳立てるような真似して」
「別に聞かれて困るような話じゃないから良いんだけど────警戒しすぎだよ、スリザリンだからってみんなが攻撃してくるわけじゃないって、今の話を聞いてたなら尚更わかったんじゃない?」
「腹の中では何を考えてるかわからないぞ」

私が聞かせるまでもなく、その場の様子を見ていたはずなのに、彼はまだしかめ面をしたままそんなことを言っていた。流石にこれだけでは、シリウスに刷り込まれた"14年"は覆せないか、と私も大して心を乱さずに淡々と思う。

わかっている。人の考えを覆すことの難しさは。自分自身がそうだった。何度も迷ったし、何度も立ち止まった。
だから別に、ここでシリウスにヘンリーの良さをわかってくれなんて、そんな無理やりに言うことを聞かせるようなことをする必要なんてない。

でも、ダンブルドア先生は去年、私に「過ちを正してくれない友人がいないことは恐ろしいことだ」と教えてくれた。
そして同時に────。

「友を大事にしなさい。そして君も、友が誤っていると思った時には勇気を出して立ち向かっていきなさい。まことの友情とはそういうものじゃと、わしは思うておるからな」

こういう風にも、言われていた。

別にシリウスの意見が"誤っている"とは思っていない。スリザリンの生徒の大半が反マグル精神をおおっぴらに掲げていることは事実だし、ちょっと行き過ぎだとは思いつつも、"あるかもしれない悪意"を警戒する姿勢はこのご時世むしろ誰もが持つべきものだと思う。

ただ、そこに少しだけ歩み寄る余地も必要なんじゃないか、と思うのだ。

端から敵だと"決めつける"のではなく、"敵かもしれない"と思っても良いから、"見極める"ために少しだけ時間を置いてみても良いんじゃないかと。

私はただ、それを伝えたかった。

「そうだね。スリザリンに限らず誰が何を考えてるかわかんないから、一応注意はするつもり」
「ああ、それが良い」
「でも、もし本当にこの友情がちゃんと成り立ったら────」
「言いたいことはわかってるよ。スリザリンへの偏見をやめろ、だろ」
「難しいのはわかってるけど」
「難しいな、残念ながら」

シリウスは頑なだった。どことなくその様子がいつも以上に不機嫌なものに見えたので、私もそれ以上はあまり言葉にしないようにした。










翌週の金曜日、ホグズミードへ行く日。
私は予定通り13時に、支度を終えて談話室の入口付近で悪戯仕掛人が現れるのを待っていた。

しかし、時間になってやってきたのは────シリウス1人だけだった。

「待たせた」
「ううん、良いんだけど…あれ、ジェームズ達は何してるの?」
「先に行ってるけど?」
「え? 一緒に行くんじゃないの?
「え? 一緒に行くと思ってたのか?

一瞬、私達の間に完全な沈黙が降りる。周りの生徒がどんどん談話室を出て行く中で、私達だけが、時を止めたように固まったまま、状況を理解できずに立ち尽くしていた。

「…待って、整理しよう」
「ああ…僕は先週、君をホグズミードに誘った。一緒に行かないかと」
「うん。リリーがスラグ・クラブの先約を入れちゃってたから、1人になった私を気遣って声をかけてくれたんだよね?」
「…エバンズには元々約束があったのか?」
「えっ…知らなかったの?」

再び、沈黙。

もうその頃には、グリフィンドール生のほとんどが談話室からいなくなっていた。残っているのは、2年生以下の何人かだけ。不思議そうに、外行きの格好をして対峙している私達を眺めている。

「じゃあ、"ちょうど私も誘おうと思ってたところ"っていうのは…」
「うん。ひとりは寂しいから、あなた達の中に混ぜてもらえないかなって思って」
「…じゃあ、みんなで行くつもりだったのか?」
「シリウスは2人で行くつもりだったの?」

言葉にして、即座に思い出した。
あの時の、シリウスのやけに緊張した顔。わざわざ私が呪文学の教室から出るのを待って、慎重にかけてきたお誘いの声。

シリウスは、最初から2人でホグズミードに行こうという意味で私に声をかけてきていたのか。
────だから、あんなに構えていたのか。

「…いや、良いんだ。君が僕"達"と一緒に行きたいんだったら、今からでも走って追いかければ────」

シリウスはどこか落胆したようにそう言った。

「ううん、良い。2人で行こう」

その顔を見た瞬間、反射で私はそんなことを答えていた。

────あれ。どうして今咄嗟に否定しちゃったんだろう。
私は最初から"5人で行く"つもりでいたんだから、別にシリウスの提案を呑んでも良かったのに。

ただ、お誘いを承諾した時のシリウスの嬉しそうな顔を思い出して。
そして、勘違いが判明した今の悲しそうな顔を見て。

つい、"2人で行く"ことを承諾してしまった。

「良いのか? まだあいつらもそんなに遠くには行ってないと思うぞ」
「良いよ良いよ。5人じゃないと嫌ってわけじゃないし、シリウスと2人で過ごすのも楽しいから」

シリウスは気恥ずかしそうに「じゃあ…行こうか」と談話室を出た。
談話室で下手に時間を浪費してしまったせいで、ホグワーツを出たのは私達が最後だった。許可証を舐めるように見る時間と、私達を思いっきり睨みつける時間をたっぷりとって、フィルチはようやく外出許可を与えてくれた。

「────でも、どうして私を誘ってくれたの? いつもジェームズ達と一緒にいるのに」

ホグズミードへの道を歩きながら、率直に尋ねる。
そう、私は"シリウスと2人でホグズミードに行く"ことに抵抗感を全く持っていない代わりに、その"理由"も全くわからないままでいた。
また何か"女除け"が必要な場面でも出てくるんだろうか。それだとちょっと気の持ちようを変えないといけなくなるから、早めに言ってほしいんだけど。

隣を歩くシリウスは、私に歩幅を合わせながら黙って前を向いていた。
何と答えようか、考えている顔だ。

「たまには、君と2人の時間も取りたいと思って」

それは…また、どういう風の吹き回しだろう。私が彼とよく似ている存在だから、とか、そんなところ?

「僕こそ驚いたよ。君はてっきりエバンズと約束をしてると思ってたから、ダメ元だったんだ────」
「スラグ・クラブがなかったらそうなってたかもね」
「スラッギー爺さんに感謝しないとだな」

そう言ってはにかむシリウスの横顔が、温かい日差しに照らされて眩しく見えた。

「どこに行く? ハニーデュークスか?」
「ううん、ハロウィンパックは最後にお土産で買って帰りたい。リリーの分も持って行きたいから荷物になっちゃうし…。シリウスこそ、ゾンコとか覗いておかなくて良いの?」
「あー…そうだな、いくつか買い足しておきたい物もあるし、付き合ってくれるか?」
「うん、良いよ。買い足すって、例えば?」
「投げた相手に永遠に付きまとうゴムまりとか」

誰に投げるのかは聞かないでおこう。ジェスチャーでぽんぽん跳ねるゴムまりの真似をするシリウスの格好があまりにも面白かったので、私はしばらく笑いが収まらず、危うく過呼吸を起こすところだった。

ゾンコの店に入り、シリウスについて行きながら店内をぐるりと回る。シリウスはリリーと違って、もっぱら"悪戯"────つまり"誰かを相手にして使う"グッズにばかり興味を示していた。臭い玉、噛みつきフリスビー、爆発スナップ…危ないものばかり籠に入れて、お会計をしている。

「これ、全部使うの?」
「そりゃ、使わない物を買っても仕方ないからな」

こんなもので遊ぼうと思う人の気が知れない。やっぱり私は、彼らの"ちょっと外側"からそれを眺めているだけで十分だ、と改めて思った。

「そういえば、エバンズともよくここに来てるんだろ?」
「うん。リリーも意外と悪戯グッズが好きでさ」

その時、初めて彼女とここへ来た時のことを思い出した。勝手に飛んで行く羽根ペンを買ってしまったばかりに、ベッドの脚に括りつけなければならなくなって、あの子はそれにやたらと苦労してたんだっけ。
当時のことを思い出していたら、つい笑ってしまった。

「何か面白いネタでもあるのか?」
「ううん、特別面白いってわけじゃないんだけど。リリーが初めてここに来た時、勝手に飛んで行く羽根ペンを買って、それを捕まえるのに苦労してたのを思い出したの」
「あのエバンズが?」
「そう、あのリリーが」

へえ、と意外そうにシリウスが言う。

「リリーって意外とお茶目だよ。私、たまにジェームズと似てるなって思うもん」
「君も大変だよな、プロングズとエバンズの間に挟まれて」
「最初はもう…本当に大変だったよ。でも最近はそうでもない」

リリーが、最近はジェームズの話でも笑って聞いてくれるようになった。
相変わらず本人の前ではすごく怒った態度ばかり取ってるし、"高慢ちきで嫌な人"って思ってること自体は変わってないみたいだけど、"友情に厚くて人を笑わせることが大好き"なところは、徐々に認め始めてくれているみたい。

「正直、脈はあると思うか?」
「うーん、ジェームズがもう少し大人になったらかな…」
「はは、あと何百年かかるんだろうな」

それから私達は、ダ―ビッシュ・アンド・バングズ魔法用具店と、グラドラグス魔法ファッション店を見て回った。グラドラグスに売られている服は当然ながら魔法使い向けのものなので、マグル生まれの私にとってはどれもが珍しく見えた。派手な紫色のローブ、緑色の山高帽、ピカピカ光るとんがり靴。中にはマグルの世界でも通用するような服も売ってたけど、きっとこういう普通の服より、ああいうピカピカごてごてした服の方がこっちの世界の人にとっては"おしゃれ"なんだろう。店の奥のたったひとつの棚に、いい加減に丸められながら押し込まれているジーンズを見ながらそう思った。

「シリウスもああいうの、着るの?」
「着ないよ。ここに売ってるのは時代遅れだからな」

シリウスがそう言った途端、隣にいた店員さんにジロリと睨まれてしまったので、2人揃って慌てて店を出た。

「逆に新しい服って、どんなの?」
「若い奴は結構マグルと同じような格好をしてるよ。純血主義を気取ってふんぞり返ってるような奴らは年中真っ黒なローブを着てるけど。マグルの格好って、動きやすいよな?」
「そうだね、私も…まあ慣れてるからっていうのもあると思うけど、マグルの格好の方が楽だな」

それから向かった先は、ホグズミード郵便局。
2年ホグズミードに通ってきているけど、ここに来るのは初めてだった。
百羽は超えるであろうふくろうが、木製の棚に留まって仕事が来るのを待っている様は圧巻だった。毛の色ごとに綺麗に配置が分けられているのは、どうやら配達速度に違いがあるかららしい。

「せっかくだし、ジェームズのご両親とかにお手紙出してみる?」
「それ良いな。僕達2人からって組み合わせなのがヘンテコで面白い」
「あ、そしたらさ、私のお友達にも短いお手紙書きたいんだけど…今まで結構シリウスのことも話してたから、ついでに一言メッセージをもらえない?」
「良いけど、それ、どんな友達だ?」
「うちのお手伝いさん。ホグワーツのハッフルパフ卒で、家では私の唯一の味方だったの」
「オーケー、イリスがいかに優秀で高尚で格式高いか、論文にして────」
一言で良いってば

それから私達は、その場で売っているレターセットをお金を出し合って買い、据え置きの羽根ペンで手紙を書いた。

まず私は、パトリシア宛のものを。
ホグワーツで元気に過ごしていること。夏休みは初めての一人暮らしに挑戦して、パトリシアが今までしてきてくれていたことに、改めて感謝の念を覚えたこと。シリウス達やリリーとは相変わらず仲良くしていること。今年は監督生に選ばれたこと(ここだけお母様に伝えておいてください、と書き添える)。

それからシリウスと便箋を交換して、今度はポッター夫妻宛の手紙を書く。
シリウスは、夏休みお世話になったことへのお礼と、ホグワーツでの日常を(無難に)綴っていた。相変わらず無二の相棒はジェームズで、2人でたまに悪戯もしながら、基本的には真面目にやっていると────どこが真面目だ、と思って隣を見ると、ちょうどシリウスもパトリシアに宛てた私のメッセージを読んでこちらを見ながら笑っているところだった。

「真面目にやってるって何?」
「監督生になったことだけお母様に伝えてってなんだ?」

お互いに揶揄いながら、ペンを走らせる。

私もシリウスと同じようなことを書いた。
夏はお世話になりました、狭い家ですが今度はお2人もぜひ遊びに来てください。ジェームズはシリウスの言う通り、元気いっぱいです。規則を破って怒られることもあるけど、成績は優秀で、相変わらずみんなの人気者です。今日はたまたまシリウスと2人でホグズミードに来ていたので、一緒に手紙を書いてみました。変な組み合わせだって、驚いたでしょう?

────そんな感じのことをしたため、最後に名前を書く。

最後にもう一度便箋を交換して、互いのメッセージを確認する。
シリウスはパトリシアに向けて、とても丁寧な言葉を添えていてくれた。

私の友達でいられるお陰で毎日が楽しいとか、私は年を経るごとにどんどん自分の意見をハッキリ言うようになってるとか(誰目線でものを言ってるんだろう)。

「無難に書いてくれてありがとう」
「そりゃ、毎年大喧嘩したり他寮の生徒と呪いを掛け合ってるなんて、流石に書けないからな」
「そんなものは即くず籠行きです」

それから封をして、お金を支払い、ふくろうに封筒を持たせる。

「よろしくね」
「頼んだぞ」

その後は、三本の箒で一休みすることにした。
お互いにバタービールを頼み、乾杯してから一気に半分くらいまで飲んでしまう。

────ふと、足が止まったところで私は、ここまでの間に全く"違和感"がなかったことに気づいた。

「シリウス」
「ん?」
「私達さ、こんなに長い時間2人で過ごしたことってなかったよね」

そう。私達はいつも5人だった。というより、私がいつも一緒にいるのはリリーなのであり、あの4人組とは"時折私が混ぜてもらう"という形でしか付き合ってこなかった。
もちろん、シリウスと2人になったことがないわけじゃない。それこそ2人でしかできない話も色々としてきたし、一時期は必要の部屋に2人きりでこもって淡々と作業をしていたことだってある。

でも、こんな風に────外の開かれたところで、何時間も一緒に過ごすのは初めてだった。秘密の話をするのでもなく、違法な薬を作るのでもなく、ただ共通の友人の話をして、お互いの文化や家の話を自然にして、普通に楽しくお買い物をするだけ。私達にとってはただそれだけのことでさえ、経験のないものだった。

「…そういえば、そうだな」
「なんだか変な感じ。シリウスと2人になる時ってだいたい人に聞かれたくない話をする時か────」
「────喧嘩をする時か?」
「そうそう」

彼と"普通の時間"を2人で共有しているのは、彼に言った通りとても「変な感じ」だ。
そしてそれを、今まで"変"と思わずにいたこともまた────とても変な感じだった。

「なんだかデートみたいだね」

女の子を避けてるシリウスのことだから、あんまりそういうことを意識してやった経験はないんだろうな。それとも昔は遊んでたのかな? …いや、昔っていっても私、彼が11歳の時から見て来てるんだけど。遊んでる11歳って何。

相手が私だからこそデートっていう感覚なんて全く持たず、彼もこうして気軽に楽しんでくれているんだろう。でも私だって一応女の子なのだ、男の子と2人で外を歩いて、お店で買い物をして、カフェでお茶をして────そんな風に過ごしたら、「デートみたい」と思ってしまうのも当然のこと。

ちょっとばかり揶揄うつもりを込めてそう言ったものの、シリウスは意外なことに笑わなかった。あ、嫌な話題だったかな。"女の子っぽい"感じで接されるの、嫌だったかな。

慌てて言い繕う言葉を考えていると、

「────そのつもりだけど」

…なんていう、斜め上すぎる答えが返ってきた。

「……え?」
「だから、僕は今日、デートのつもりで君を誘ったんだけど

ぶすっとした顔で言うシリウス。どうして気づかなかったんだと、責められているようにすら感じる。

「…だから2人で行こうって言ったの?」
「最初からそう言ってただろ。どうして逆にここまでその発想に至らなかったんだ、優等生」

だって、シリウスは女の子があんまり好きじゃないと思ってたから。
どんな美人に告白されても、どんなにキラキラとおめかしした可愛い子に言い寄られても、決して彼は振り返らなかったから。

私は、"女の子"じゃないと思ってたから。
たまたま育った境遇が似てて、偶然が重なったお陰でそれを打ち明けあって、ちょっとだけ他人より相手を信頼できると思えるようになった────たったそれだけのことだと思ってたから。

「…冗談?」
「だと思うか?」

机に肘をついて、掌で口元を隠されてしまったので、その時のシリウスの表情はよく読めなかった。
でも、彼の目だけは真剣だった。綺麗な灰色の視線が、私の目をまっすぐに射貫く。

────1年生の時は、この視線が苦手だったなあ。なんだかまるで、全てを見透かされているみたいで。弱虫な私を、こっそり見下してるみたいで。

いつからだっただろう。その視線に、安心感を覚えるようになったのは。
"見透かされてるみたいで怖い"と思っていたのが、"理解してくれているから大丈夫"と思えるようになったのは。

「…冗談じゃなく、もし僕が本当に君のことを好きだって言ったら、どうする?」

そしてシリウスは、唐突にそんなことを尋ねてきた。

今まで考えてもみなかったそんな"もしも"に、私の頭はすぐ対応できなかった。
おかしいな、授業中に当てられた質問なら間髪入れず答えられるのに。

もしシリウスが私のことを好きだって言ったら?
シリウスが? 私に? 好きって言うの?

そ…想像して、私。
シリウスが…人気のない静かな廊下で…私の前に立って…「好きだ、イリス」って言ったとしたら…私はどう答える?

────そうしたら私はきっと、こう答えるだろう。

「ポ…ポリジュース薬の効き目が切れるのを待つ」

結局、"もしも"の状況を上手にトレースできなかった私は、シリウスの質問の意図を汲めないまま、"今の私が最も現実的だと思う答え"を素直に返してしまった。
だってまさか、シリウスが誰かを────私のことなんかを好きになるなんて、天地がひっくり返ってもありえないと思っていたから。そんなことがあるとしたら、それはきっとジェームズ辺りがポリジュース薬でシリウスに成りすまして、私を揶揄おうとしている時だけだ。

シリウスは顔から手を放し、しばらくぽかんとした顔をしていた。
それから、大きな声で笑い出した。それこそ、犬が吠えている時のように。

はははは!! 誰も"ジェームズが僕に変わって君に告白する"なんて言ってないだろ!!!」
「いや…でもシリウスが誰かのことを好きになるのがちょっと考えられないというか…。そもそも女の子、苦手じゃなかった?」
「まあ、顔だけ見て惚れたの腫れたの言ってる女子は苦手だな、確かに」

それは…なに?
"顔だけ見てるわけじゃなければ良い"ってこと?
"シリウス"という人のことをちゃんと知ってる人だったら────"苦手じゃない方の女の子"として見る、ってこと?

────そのカテゴリーに、私が入るってこと?

「待って、ちょっと…予想してなかったから…色々と…」

シリウスって、私のことが好きなの?
でも、さっきは「もし」って言ってたから、やっぱり違うのかも。
でもでも、今日はデートのつもりで来たって言ってたじゃないか。
でもでもでも、デートしたからって何もイコール"好き"っていうわけじゃない。

無限に増え続ける"でも"に殺されそうになっている私を見て、シリウスはずっと笑い続けていた。

「ごめん、ごめん。いきなりで混乱するよな」

そのまま笑い死ぬんじゃないかと思うほど散々声を上げた後、涙さえ拭いながらシリウスは謝ってきた。

「良いよ、真に受けなくて。今は、まだ」
「今は…って」
「僕もちゃんと、好きだと思える人がいれば好きになるし、好きになった人には好きだって言うよ。ただ、今日はその日じゃなかったみたいだ。後日出直す」
「待って、それって────…」
「さ、そろそろ帰ろうか。時間も良い頃合いだ」

慌てふためく私を置いていきそうなスピードで、シリウスは店を出てしまった。後を走ってついて行く私を、店外で待っていてくれるシリウス。
視線が合った時、彼はごくたまに見せる────あの、愛情に満ちた優しい表情で、柔らかく微笑んだ。

どきんと、心臓の音が一際大きく聞こえた。

「ねえ、シリウス」
「なんだ?」
「…さっきの、どういう意味?」
「君がちゃんと自分でその意味を自覚できるようになったら、説明するよ」

彼は答えてくれなかった。

だったらこっちだって素直に言えば良かったのに。
ねえ、シリウス、私のことが好きなの? って。

でもそれを言えなかったのは────。

あまりに胸の鼓動がうるさすぎて、口を開いたらそのまま心臓がころりと飛び出してしまいそうだったから。
突然の情報の洪水に脳が混乱して、そんな単純な単語さえ並べられなくなってしまっていたから。

そして────さっき彼が私に見せたあの柔らかい微笑みに、思考も言葉も、心でさえも、奪われてしまったから。

私は結局その日、それ以上一言も口を利けないまま、右手と右足、左手と左足を同時に出しながらホグワーツまでなんとか帰った。実際、どうやって談話室まで戻ったのかよく覚えていない。三本の箒を出た瞬間から、周りの人の存在も、建物の景色も、みんなわからなくなってしまった。

ただ────シリウスが隣でずっと楽しそうに笑っていたことだけが、頭にずっと残っていた。

「おかえりなさい────あら、2人なの?」

談話室で私を出迎えてくれたリリーは、シリウスと私を見て少しだけ驚いたような顔をしていた。

「エバンズ、悪いんだけどこいつを寝室に連れて行ってやってくれないか」
「…何かしたの?」
「ああ、思いっきりやらかしちまった。フォローは頼むよ、どれだけ僕をこき下ろしても良いから」

リリーは怪訝そうな顔をして、それでも私の手を引いて寝室に上げてくれた。
私はベッドに座るまで、ずっと体を固くしたままだった。

「────何をされたの?」

なんとかベッドに座ったことでようやく息をつけた私(あれ、私帰るまでの間にちゃんと呼吸してた…?)。リリーは私の隣に座ると、冷えた私の手を温めるように自分の手で包み込んでくれた。

「…シリウスって、私のこと好きなの?」

30分前に言うべきだった言葉が、唐突にぽろっと零れだす。
本人がいなくなって、安心できるリリーという存在が私の凝り固まった体を解してくれて、ようやく正常な位置に心臓が戻り、正常な単語が並んでくれたようだ。

リリーは目を丸くしていた。

「…えっ?」
「今日、私…本当は、悪戯仕掛人の皆とホグズミードに行くものだってずっと思ってたの。でも待ち合わせてみたらそこにはシリウスしかいなくて…なんだか成り行きのまま2人で回ることになって…"デートみたいだね"って言ったら…"そのつもりだ"って言われて…。それで、"もし僕が君のことを好きだって言ったらどうする"とも言われて…私…」

要点だけかいつまんで説明を加える(うまくかいつまめた自信はなかった)。
────その間に、私は何を言っているのかと────急に恥ずかしくなってきてしまった。

私、何を真に受けているんだろう。

シリウスがあんなこと、本気で言うわけないじゃないか。
それを私、あんなにわかりやすく狼狽えて…そりゃあ、笑われるのだって当然だ。

恥ずかしい。あんなの、自分の恋愛下手をただ露呈しただけだ。

「…これ、揶揄われてるだけだよね? っていうか私、帰りのことほとんど覚えてない! 変なことは口走ってないと思うけど、相当無様だったはず! なんか妙に歩きにくかったし、絶対動き変だったよ! あんなの本気にするなんて、バカだって思われるよね!?」

口を動かせるようになった途端、洪水のように溢れ出すネガティブな言葉。
デートみたい、だなんて言わなければ良かった。いつも通り友達とただ遊んでいる感覚で終わらせていれば、シリウスだってあんな風に乗っかってきたりはしなかっただろうに。

リリーは突然わんわんと自分の痴態を恥じ出した私を困ったように見ていた。

「落ち着いて、イリス」
「でも、リリー」
「ねえ、聞いて」

強い力で手をぎゅっと握られたので、言われた通り一旦口を閉ざす。
リリーはまっすぐ私の目を見て、そして────にっこりと笑った。

────あなた、今まで本当にそれに気づいてなかったの?



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