どうやらわたしは変身術だけでなく、呪文学も得意だったらしい。

…そう気づいたのは秋も深まるハロウィンの日だった。
授業の時にはあまり他の生徒との差がついていなかったので気づかなかったものの、後で担当のフリットウィック先生は"生徒に苦手意識を持たせないよう、初回はあえて簡単な呪文を使わせた"らしいということが発覚したのだ。そんなウワサが流れた後、じゃあわたしは今一体どのくらいまでできるんだろう、と興味本位に教科書に書いてある呪文をイチから唱えてみたら────なんとおどろき、最後のページの呪文"スコージファイ"まで────できてしまった。

ハロウィンというイベントのおかげで、今日はどことなく校内全体が浮き足立っているような気がする。いつも通り昼前に起きたわたしは、大広間へ行くこともなく今日が提出期限となっていた宿題のレポートの最終チェックをする。

今のところのスタンスとしては、"お母さまに優秀でいなさいと言われたから、とりあえず全てそつなくこなしてきた"という感じ。
残念ながら全てで一番にはなれないけど、何か突出してできるものがいくつかあれば…まぁ、許してもらえるかな。そんな考えに落ち着いていた。

レポートを見ながらも、まだ寝起きの頭は文字をうまいこと追ってくれない。仕方ないのでレポートはしまい、実践の方の練習でもしようかと杖を取り出した。

そっと机に向けて、この間習った変身呪文を呟く。すると机は木の花瓶になった。わたしの膝くらいまでの高さがある大きな花瓶に。
それに満足して、今度はクッションに杖を向ける。クッションの布が裂け、中の綿が飛び出すと小さな塊をたくさん作り、そのひとつひとつが花へと姿を変えた。赤や黄色、種類もバラやユリなど色々取り揃えてみる。
どこからどう見ても本物の花をさっき作った花瓶に生けて、最後の仕上げに空中で杖を振った。
空気中のホコリがキラリと光を放ち、花瓶の周りを輝かせる。人気のなくて少しだけ暗い談話室が、そこだけキラキラと明るくなった。

これは全部、変身術と呪文学で習った魔法の応用だ。魔法は簡単でも、強くイメージを持てば大きなものだって変化させられるし、眩しい光も輝かせられる。
どうやらわたしはそういった、"空想にもとづく"魔法が得意なようだった。小さい頃からイメージトレーニングをしておいて本当に良かった。

「わあ、素敵な魔法ね」

その時、後ろからうっとりとした声が聞こえた。振り返ると、朝食から戻ってきたのであろうリリーが、目を輝かせながら光に包まれる花を見ている。
恥ずかしくなって花瓶を机に、花をクッションに戻し、光のホコリも消し去ると、クスクス笑いながらフルーツをわたしの前に置いてくれた。

「消しちゃうなんてもったいない」
「見られてたなんて恥ずかしい……。あ、そ、そんなことより…朝食持ってきてくれたんだね。ありがとう」
「どういたしまして。今の、変身術と呪文学の魔法を併合させたの?」
「えっと、そう。ちょっと大きなものに挑戦してみようと思って」
「じゃあ大成功じゃない! 1年生でそんなに高度な魔法を編み出せる生徒、わたし、他に見たことがないわ!」

ひとしきりわたしのことを褒めてくれた後にリリーは、校内でのハロウィンの飾りつけについて聞かせてくれた。寝起きになんとなく予想した通り、夜のハロウィンパーティーに向けて今日は朝から学校全体が明るい空気になっているらしい。

「普段からかぼちゃ料理は多いけど、ハロウィンといったらやっぱりスイーツよね! 夜にはどんなかぼちゃスイーツが出るか楽しみだわ」
「甘いものだけでお腹いっぱいになりそうだね」

この日は半日で授業が終わることになっていたので、気分もだいぶ楽だ。ハロウィン料理に何が出るか、なんて予想しあいながら朝食を食べ終えると、1時間目の飛行訓練の為にわたしたちは校外へと向かった。

外はどんよりと曇っているけど、風はない。何度か飛行訓練の授業に出てみてわかったのは、やっぱりわたしは地上の方が好きだってこと。悪い成績を出しちゃいけない、先生に悪い意味で覚えられちゃいけない…その一心でとりあえず箒には乗っているって程度で、とてもじゃないけどポッターのようにはいかなかった。彼は飛ぶのがとってもうまいのだ。

「そういえば知ってる? この間偶然聞いちゃったんだけど────」
「エバンズ! リヴィア! おはよう、良い天気だね!!」

その時タイミング良く、頭がお天気なポッターが陽気に話しかけてきたせいで、リリーが何を聞いちゃったのかは結局わからずじまいだった。
ポッターはどうやら、さっきの授業でフーチ先生に相当褒められたことに得意になっているようだった。1年生は規則でクィディッチ・チームには入れないそうなんだけど、「2年生になったらきっと歴史に残るプレーヤーになれるでしょう」と言われていたのを、少し遠くから羨ましい気持ちで見ていたからよくわかる(あの鷹のような鋭い顔をしたフーチ先生がスラスラと賞賛の言葉を並ているのを見て、わたしはマクゴナガル先生に褒められた時のことを思い出した)。

わたしとしては、思い浮かべていた本人がタイムリーに現れたことでちょっとだけ驚く。対して純粋に嫌そうなリリーは、あからさまにそれを表情に出してさっさと行ってしまった。
わたしも一瞬後を追おうかと思ったけど、ただでさえ朝のフルーツを食べた直後に箒に乗ったというのに、その上でさらに走ったりなんかしたら一瞬でお腹が痛くなるだろうから、歩みを速めることはしなかった。

「僕、また何か言った?」

言葉だけなら心配しているように聞こえるけど、実際その顔はたいして気にしていない様子のポッター。わたしはただ肩をすくめて、この時ばかりは口を閉ざすことにした。
ポッターの後ろでは、ブラックがせせら笑うように唇を歪めていた。










『親愛なるイリスお嬢様

ホグワーツでの生活を楽しまれているご様子で、パトリシアは大変嬉しゅうございます。奥様もそれはそれはお嬢様の事を気にかけていらして……ご学友も優秀な方だと申し上げましたら、大層喜んでいらっしゃいました。

ですがお嬢様、お友達がどんな方であれ規則を破ることはできるだけなさらないようにお気をつけくださいね。万が一ホグワーツから奥様に連絡がいった場合、連れ戻されるという事も考えられますでしょう?
わたしとしてはのびのびと自由にしてほしいのですが(それこそ、生徒なんですから規則の1つや2つ、うっかり忘れてしまうこともあるでしょう!)、奥様は本当にお嬢様のことを心配なさっていますから…。お友達が増えるとそれだけ行動も大胆になりますし…。

また学校のお話を聞かせてくださいまし。パトリシアはいつでもお嬢様の味方ですよ。

パトリシア』


「…………」

昼食を食べ終えてから寮に戻ると、そんな手紙が届いていた。ところどころに溜まったインクの染みには、パトリシアが何度もお母さまの言葉を書こうかどうしようかでためらったような気遣いが見て取れる。

たぶん、お母さまは散々パトリシアに怒鳴り散らしたんだろう。わたしの友達は完璧な人種じゃなきゃいけないとか、わたし自身はなぜ全科目で学年1位じゃないのかとか、規則は破っていないかとか夜はきちんと眠っているかとかご飯はバランス良く食べているかとか予習復習は怠っていないかとか────あぁ、もう疲れる。

ここに来て、自分だけの力で生活してみて、よくわかったことがひとつあった。

わたしはあの家に縛られていたのだ。

成績はトップが当たり前。先生からの評価も二重丸が当たり前。
全てにおいて模範となり、誰からも尊敬され、一切妥協しないような人間。お母さまと、お母さま以上に忙しくてほとんど家にいないお父さまがわたしに望んでいるのは、そういうカンペキな娘だった。

昔はそれでも良かった。周りはずっと遊んでいる年だったから、少し勉強しただけで一番になれた。周りはまずおはようのあいさつを教えられていたから、ご機嫌うるわしゅうのお辞儀を教えられたわたしは確かにお手本だった。

でも、年を重ねるごとにだんだんそれが苦しくなってくる。
礼儀に関してはまだしも、勉強においては当然得意、不得意が生まれる。周りも勉強するから、そこには競争が生まれる。

それなのに両親の期待は大きくなるばかり。わたしに求められるものは、いつだってわたしができる以上のことだった。
今だってそう。ホグワーツで全部一番なんて、凡人のわたしにはムリな話なのに。

お母さまに頭を撫でられて、3分おきくらいに言われていたからマヒしていた。離れてみて、初めてわかった。

わたしは絶対、カンペキにはなれない。

そんな当たり前のことが自覚できなくて、でも当たり前であることには変わりなくて、無意識に板挟み状態になってしまったわたし。あの家のことを考えるだけで起きていた腹痛は、きっとその現れだったんだ。理解できない苦痛を、そうやって体が訴えていたんだ。

カンペキどころか、わたしってとってもバカな子じゃん。狭い世界の中で、自分はできるんだと────たとえ無意識でも、信じてたなんて。

「イリス? どうかしたの?」
「リリー……────ううん、なんでもない。あ、明日の予習、良かったら一緒にやらない?」
「オーケー、じゃあまずは魔法薬学のレポートから片づけちゃいましょう」

でも、そうやって"優等生"として生きてきた11年はとてもとても重かった。
わたしはきっとこれからも、規則を一番大事なものとして守り続け、先生に気に入られ、トップにはなれずとも好成績を死に物狂いでキープし続ける、"愚かな"人間としてしか生きていけない。

寂しい人生だけど、つまらない人間だけど、悲しいことにわたしはそんな生き方をぶっ壊すだけの勇気なんて持っていなかった。



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