目が覚めた時には、もう太陽がすっかり昇ってしまっていた。慣れないベッドだったのに、疲れには勝てずぐっすり眠っていたらしい。

1年の寝室は静かだった。わたし以外の生徒はもうみんな朝食を食べに行ったんだろうか。制服に着替えながら、昨日の夕飯は美味しかったなぁなんて考える。デザートの味が、家でたまにパトリシアが作ってくれていたのとそっくりだったのは、多分彼女がここの卒業生だからなんだと思った。

談話室への階段を降りる途中、ブラックとポッターに会った。汽車の中でああも自信たっぷりだったとはいえ、本当に2人ともグリフィンドールに入ったことにはやっぱり驚く。向こうも一応わたしの顔は覚えていたみたいで、寝起き全開のいい加減さであいさつをしてくれた。と、わたしは同時に昨日の汽車内での騒ぎを思い出して、お腹が痛くなる。

「おはようリヴィア、君もグリフィンドールだったんだね?」
「うん。2人とも…有言実行だね」
「ま、ね。それよりこれから朝食? 良かったら一緒に行くかい?」

そう言って笑うポッターは、あの時セブルスをバカにした時からは考えられないような、優しい顔をしていた。誰とでもすぐに友達になれそうな、みんなの中心にいそうなタイプに見えるのに…あのスリザリンを嫌う態度はなんなんだろう。

「ううん、わたし朝はあんまり食べれない体質で…ごめんね」
「オーケー、じゃあまた授業で!!」

お腹が痛かったので、ていねいに断る。すると全然気にしていない様子の2人はそう言って笑いながら走って行ってしまった。きっと本当になんにも気にしてないんだろうな、って思いながら談話室に降りると、そこにはたくさんのグリフィンドール生が話したり、授業の支度をしたりしていた。

その中でぽつんとひとり、端っこのイスに座っている女の子を見かけてハッとする。窓から外をぼんやり眺めているその子は、確かに昨日の────泣いていた、赤髪の子だった。

「あ…」

話しかけるつもりはなかった。だって何を言ったら良いのかわかんなかったし、知識のないわたしには、どの寮が正しいのかなんて難しいこと、わかるわけもなかったから。
でもその子を見かけた時の驚きの声が思ったより大きかったせいで、本人に聞こえてしまったらしい。のろっと振り返って、その子の顔もハッとしたものになった。

「昨日の…」

逃げられなくなって、仕方なくその子の前にあったイスに座る。

「おはよう、あの…」
「リリー・エバンズって言うの。昨日はごめんなさい、わたしたちのせいで雰囲気を悪くしちゃって…」
「あ、えっと、イリス・リヴィアって言います。こちらこそ、なんか…何もわからなくて、わたし…何も言えなくて…ごめんね」
「あなたが謝る事は何もないわ。あの2人は友達?」
「うーん…そうかな。でも昨日初めて会ったんだ」

友達って言っちゃって良いのかは微妙なところだったけど、まぁ話した事がないわけじゃないし、今日も会って自然にあいさつを交わしたくらいだし、と思って本当の事を言う。でも案の定リリーは嫌そうな顔をした。

「あの人たちって嫌な人ね」
「セブルスって子は、あなたの友達? えーと…リリー、で、良い?」
「もちろん。セブルス・スネイプはわたしの家の近所に住んでいる魔法使いだったの。わたしはマグルで、こっちのことは何も知らなかったから、ここへ来る前にもいろいろ教えてもらってたんだけど…ちょっと汽車に乗る前にケンカしちゃって」

それから気まずいままあのコンパーメントに来たらしいんだけど、そこでリリーがスネイプの言葉以上にムカつくポッターと出会ってしまったものだから、あの後2人の喧嘩は自然と終わったんだそうだ。

「それにしてもどうしていきなりあんなことを言ったのかしら。いくらなんでも失礼よ」

うーん…まぁあれはスネイプを、というよりはスリザリンを嫌ってるって印象だったけどな。

確かにそんな先入観で個人を嫌うのは良いことじゃないけど、やっぱりわたしがどうこう言える立場じゃあない。スネイプと親しいわけではもちろんないし、ポッターをよく知っているわけでもない。もしかしたら彼にはスリザリンを憎むべき理由があるのかもしんないし、それこそ勝手に偏見を持ってポッターが嫌ってるだけかもしれない。

「イリス?」
「うーん…難しいな…。話を聞いてるだけでは、ポッターは誰にでもああいう態度ってわけじゃないみたいなんだけど…でも、確かにあの汽車の中の空気はあんまり心地良くなかったもんね…。ちょっとこう…どっちも一方的っていうか…あっ、スネイプはでもリリーの友達だよね。ごめんね、こんな言い方…」

なんて言ったら良いんだろう。自分の言葉をなんとか探そうとしているわたしを見て、リリーがふいにクスリと笑った。

「優しいのね、イリスは」
「優しくはないけど…ごめん、わたし…あんまり自分の考えを言うのが得意じゃなくて」
「少なくともあなたまで彼らみたいな考え方をしていなくて良かったわ」

初めて見たのが泣き顔だったから気づかなかったけど、リリーはとってもハキハキとした、明るくて賢い子だった。それこそ、わたしとは対照的って言っていいくらい。
そんなわたしたちがどうして意気投合したのか、ちゃんとした理由はわかんないけど…そういう対照的な性格が効いたのかもしれないし、とにかくわたしたちはすぐに仲良くなれた。

お腹の痛みは、おさまっていた。










ホグワーツに入学してからの最初の授業は、"魔法薬学"だった。何をどうしたら良いのかわからなかったわたしは、とりあえず他の生徒にならって大鍋と教科書だけ持ち、リリーと一緒に教室へ向かう。そこにはもう早めに着いていた生徒が結構いて、グリフィンドールとスリザリン、2つの寮の生徒が入り混じっているのが見えた。ブラックとポッターの姿も見える。スネイプもいた。

しかしリリーは一瞬ポッターを睨んで、すぐに席についてしまった。そんな視線に気づくはずのないポッターは、やっぱりブラックと楽しそうに話をしている。しかも今日は、その付近に彼らの会話に楽しそうに混ざる、別のグリフィンドール生の2人も加わっていた。

「さて、さて! みんな席について! 大鍋と『魔法の薬草ときのこ千種』を一緒に出すこと! あぁそうか、みんなはこれが初めての授業だったかな…でも大丈夫、最初はみんな初心者だ。それでも必ず────才能ある者は、必ず報われる!

地下牢の扉を開けて、快活な声を出しながらずんぐりとした先生が入ってきた。この人、昨日の夕食の時にも見た、確か魔法薬学の────

「わたしの名はホラス・スラグホーンだ。君たちの中には、親御さんから私の名を聞いている子も多いんじゃないかね? わたしも結構長いから────じゃあまずは…記念すべき一発目の授業を記念して…出席を取ろうか」

そうだそうだ、このセイウチみたいな先生、スラグホーン先生。この人が魔法薬学の先生なのか。優しそうだけど────どこか抜け目ない様子で鋭く教室を見回しているのは…わたしの気のせいだろうか?
スラグホーン先生が生徒の名前を呼んでいくのをぼんやり聞きながらそんなことを考えた。

「シリウス・ブラック! ほっほう…君があのブラック家の嫡男か…スリザリンの名家ブラック家からグリフィンドールが出るなんてまっこと惜し…いや、珍しいな」

視界の端でブラックの顔が歪んだ。結構おぼっちゃまみたいだけど、スリザリンの名家とか言ってるし、この様子じゃブラックも相当なスリザリン嫌いなんだろうな。

それから何人かの子が同じように名家の子だと言ってスラグホーン先生を喜ばせ、ようやくわたしの名前まで来た。

「イリス・リヴィア……ふーむ、もしや君の親族にアナスタシア・リヴィア嬢はいないかね? 優秀な闇祓いとして有名だが…彼女は私の20年前の教え子なんだよ。実に優秀だった。実に」

……アナスタシア・リヴィア嬢?

「聞いた事がありません。多分、別のリヴィア家の方だと思います」

いやだってわたしマグル出身だもの…とは言わずに、にっこりと"優等生のように"答える。スラグホーン先生はちょっとだけ残念そうにしていたし、これまでの反応からして"魔法族の名家出身"の者が好まれていることもわかっていたけど、こればっかりは仕方ない。

────その日指示されたのは、"おできを治す薬"とやらだった。
初心者でも簡単に調合できるらしく、ホグワーツでは1年生の教材としてよく使われるらしい。マグル生活の中ではおできを一発で治す薬なんて聞いた事なかったから、"11歳の子どもでも作れるそんなもの"はやっぱり魔法に違いないんだな、なーんて。

「確かに簡単だが、調合を間違えたらおできだらけになる。各自細心の注意を払って取り掛かるように」

スラグホーン先生からわざとらしくおごそかに発せられた忠告を流しながら、材料を取りに棚まで行く。隣のリリーも張り切った様子だった。
わたしも腕まくりをして、材料を鍋へと入れていく。緊張するけど、教科書通りにやればうまくいかない事なんてない。

────いつだって、そうだったから。

材料を入れて、鍋をかき混ぜる。やがてわたしの大鍋はぐつぐつと煮立ってきた。時間は残り20分。片付けるところまで考慮に入れれば、たぶん…ちょうど良いはず。
予想通り、スラグホーン先生が間もなく見回りに来た。何人かの、同じようにきれいな湯気を上げる鍋の生徒には満足げに微笑み、逆に明らかにマズい色をしている鍋の生徒には苦笑い。わかりやすい反応で助かる。

わたしとリリーの机に来ると、先生は小さく楽しそうな笑い声を漏らした。2人の薬はどっちも、教科書に載っている完成形そのものだった。

ほっほう!

特にリリーの薬はわたしのものより透き通っていて、とてもきれい。湯気でさえなんとなくきれいな形をしている気がする。

「ミス・リヴィア、完璧な薬だね!! 100点満点だ!! そしてミス・エバンズは…正直、まさか初めてでここまでやれるとは思わなかったよ。点をつけるなら150点だ!!

そして、通り道を挟んだ隣の机で同じように完璧な薬を作ったブラックとポッターの鍋を見ると、スラグホーン先生はいよいよ嬉しそうに跳ねた。

「これは、これは…! 久々に才覚を感じさせる生徒達だ! よしよし、君達の成長に期待してグリフィンドールに10点あげよう」

リリーと顔を見合わせる。小さく机の下でハイタッチをした。
やった、初日1発目から加点だ!

「おっと、もうこんな時間かね! じゃあ各自できた薬を小瓶に入れて提出しておくこと。大丈夫、今見回りきれなかった分の薬もちゃんと採点するし、今の有望な魔法使い達を超える薬があったらその寮にも次回きちんと加点をしよう!」










「やったわね、イリス!」
「うん、リリーのお陰だね」
「何を言ってるの、わたしだけじゃ加点はいただけなかったわ」
「まぁ一応先生はああ言ってたけど…4人ともが"100点"の出来だったらきっと加点はなかったよ。リリーの150点祝い、後でしよっか」
「あぁイリス、大袈裟よそんな……でも、ありがとう」

そう言って笑うリリーの笑顔は、本当にユリの花が咲いたみたいに可愛かった。



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