目覚めた時、自分が医務室に寝かされていることに気づいた。

「ん…あれ…今何時だ…?」

すぐに、自分が寝不足と栄養不足で倒れたことを思い出し、時計を確認しようと身を起こす。疲労で倒れたのなら、結構な時間眠っていたはず。試験は一応全部終わった後だったから良かったけど、あの時隣にリリーがいたからかなり心配をかけただろうな。

まだ眠い目をこすりながら起き上がると、すぐそばにシリウスとジェームズがいて────なんで!?

「シリウス!? ジェームズ!?」

心の声がそのまま口からこぼれ出た。私の驚いた顔が相当面白かったんだろう、シリウスはクスクスと笑っている。ジェームズはぱっと嬉しそうな顔をしていた。

「良かった、目が覚めたんだね!」
「さっきまでエバンズもいたんだけど、スラグホーンに呼ばれて出てったんだ。マダム・ポンフリーが疲労で倒れただけだって言ったら安心してたみたいだから、きみも安心しな」
「今何時?」
「19時。日はまたいでない」
「3時間だけで済んだのか…3日とか経ってなくて良かった…」

とりあえず、ほっと胸をなでおろす。

「突然倒れたんだって、エバンズが泣きそうな顔をしてお前を医務室に引きずろうとしてるのを、たまたま見かけたんだ。さすがに倒れてるやつを階段で引きずって行ったら、いらない傷がつくだろうと思って、たまたま通りがかった僕らが代わりに運んだんだ」
「2人が運んでくれたの?」
「運んだのはシリウス。結構ザワついてて面白かったよ。学校のプリンスがいわくつきの優等生をお姫様抱っこして運んでたんだから。きみ、来年は女子生徒からの呪いに気を付けた方が良いね」
「ええ…ありがたいのになんだろう、複雑な気持ち…」
「お礼は冒険話で良いぞ。きみって本当に学期末になるといつも何かやらかすよな」
「今度はどうしたの、誰かの作った遅効性の毒でも飲んだ?」

マダム・ポンフリーが「疲労だ」って言ってたはずなのに、彼らは私がまた何か誰かともめたと思ったらしい。というか去年やらかしたのは、半分以上あなたたちのせいなんですけど。

「必要の部屋に通ってたんだよ。試験勉強と並行して」
「あー、道理で。ジェームズが最近あの部屋に行く時間帯をずらしてたもんだから、何かあったのかと僕も思ってたところだったんだ」
「イリスが鬼の形相で地図を貸せって言うから、折れるしかなくてさあ」
「ああ…ごめん。ちょっとこっちも学期末が迫ってたから切羽詰まってて。ほぼ毎日飲まず食わず、空いた時間全部使って8階に行ってたから、そのつけが試験から解放された途端回ってきたの」
「そんなもん、勉強の方を放棄すりゃ良かったのに」
「それは無理。良い成績を維持するのは、"賢く生きるため"に大事だから」

きっぱり言い切ると、シリウスとジェームズはそろって意外そうな顔をした。

「なに?」
「いや、君は…そういう優等生発言、嫌いだと思ってたから」
「ああ…うん、そうだね。嫌いだったよ」
「だった?」

私は倒れた理由を説明しがてら、必要の部屋で得た自分の在り方を2人に話して聞かせた。

「私も最初は"優等生ぶって自分を殺す"自分が嫌いだったから、まず私の全てを否定して殺して、新しく作り直そうとしたんだけど────」
「言ってることが物騒すぎるな」
「でも、リリーが言ってくれたことを思い出したんだ。"私が育ってきた中で身に着いたものはそのままで良い、間違ってない"って。その上で"自分が思ったことさえ言えば、もうそれが自分らしさになるんだよ"って教えてくれたの」

これには2人も驚いたようだった。仕方ない、2人はリリーがぷりぷり怒っているところしか見たことがないだろうから、彼女の本当の優しさと賢さを知らないんだ。
本当にもったいないと思う。

「へえ、エバンズがそんなことを…」
「エバンズって、結構良い子だよな? 可愛いし、頭も良いし」
「おいおい、エバンズはやめとけよ。お前とは絶対合わないから」

2人が小声でリリーの認識を改めているのを見て、つい笑ってしまう。

「だから私は、これからも優等生ぶって賢く生きていくことにしたんだ。無害な人間は信頼されやすいし、信頼を勝ち得ればあらゆる場面で自分に有利になりやすいからね。でも、私は私の中で許せないラインを引くことにもしたから、そのラインを越えた人とは絶対に関わらない。その代わり、噛み合うことがわかった人のことは誰よりも大事にして、絶対に味方しようと決めたの」
「どうする? この女、思ったより怖いぞ」
「ああ、"信頼"を作為的に生み出そうとしてるぞ。スリザリンもびっくりの狡猾さだな」

聞こえよがしに言う2人だったけど、その表情は笑っていた。

「────ところで、そんな機密事項をわざわざ打ち明けてくれるってことは、僕らはきみと噛み合う人って認識で良いのかな?」
「あっ…ええと、私はそのつもりだったんだけど…2人が嫌だったら…」
「そこで弱腰になるなよ!」
「自信持てって! 僕らもきみのことを仲間だと思ってなかったら、目が覚めるまでついてたりしないさ!」

急に怖くなってしまった私を見て、2人の笑みは声になって漏れ出る。
全部含めてからかわれていたのだとわかって、私は今まで自信満々に「優等生を続けます」なんて宣言したことを今更恥ずかしく思った。

「すぐ弱気になってちゃ優等生は務まらないね…」
「大丈夫、大丈夫。すぐ慣れるって」
「まあでもこれでイリスが味方についたってことは、スネイプを相手にした時邪魔するヤツがひとり減ったってことだな」
「あ、それは喧嘩両成敗だと思ってるからノータッチで」
「ええ!?」

私はスネイプのことを、きっと好きになれない。だから彼の味方もできない。
でもこの件については、シリウス達も決して"被害者"ではないと思う。
お互い顔を合わせるなり問答無用で杖を向け合う仲だなんて、そんなのそもそもどっちの肩も持てるわけがない。

「でも、その辺をずっと中途半端にしててごめんね。これからは色々ともう少しハッキリ────」
「ハッキリはしてたじゃん、前から」

答えを出すまでに相当な時間がかかってしまったことを詫びると、ジェームズのキョトンとした声がそれを遮ってきた。

「だってイリス、スネイプとやり合ってる時はあんなに困ってたのに、マルフォイやジャクソンを相手にした時、きみは僕らの中の誰よりも早く杖を抜いてたぜ。いやー、あれはビビッたなあ」
「な。何か乗り移ったんじゃないかって心配した」

シリウスたちはうんうんと深刻そうな顔でうなずき合っている。目を伏せているのに、唇が笑いに震えていた。

「スネイプについてはエバンズの影があったからうまく動けなかっただけで、多分あいつがエバンズの友達でもなんでもなかったら、きっときみはこっち側に加勢してたと思うね」
「いや、だからあれは両成敗だって…」
「え? 聞こえないな。とにかくきみは、前までだってちゃんと優等生ぶりながら僕らを贔屓して、自由に生きてたと思うよ。ただそこに、"これで良いのかな"って迷いがあったからモタついてただけで」
「ま、正確には去年度の終わりくらいからだけどな、きみが楽しそうにしだしたのは」

…あれ? 私は2年かけて、この間ようやく自分らしさを見つけられたとばかり思ってたのに────。
────2人は、最初から私の"私らしさ"に気づいていてくれたっていうの?

「なら仕方ない。それが"イリス"だからな。こうして物陰に隠れたところでだけ、そのパン職人の腕前を見せてもらうことにしよう」

思い出したのは、去年、帰りのホグワーツ特急でシリウスにそう言われた時のこと。

私はそんな自分の在り方がまだ"中途半端"だと思っていた。
もっと家の呪縛から解き放たれなきゃと思っていた。
私の言いたいことを"いつ、どんな時でも、誰に対しても"言わなきゃと思っていた。
目の前にいるこの人たちと同じように生きなきゃって────そう、思い込んでいた。

でも────そうだったのか。
私の"在り方"そのものが中途半端なのではなかった。
私はただ、"新しい在り方"を受け入れきれない、"中途半端な心"を持て余していただけだった。

シリウス達はとっくにそんな私らしさに気づいていてくれて────そして、最終的にリリーが私にもそれを自覚させてくれた。
良い友人に恵まれた、と思う。人をよく見ていてくれる人。人の本質を見抜いてくれる人。

────だったら、最後に1つだけ────私自身では"答えを見つけられなかった"問いを投げても、良いだろうか。

「────ねえ、私ってさ…グリフィンドールで正しかったと思う?」

どこの寮にも向いていないと思っていた日々。
勇気なんてない。誇りもない、騎士道もない、半端で臆病で、二面性のある私。
そんな私が、勇敢で公平な輝かしいこの寮にいて良いのだろうか────。

2人は笑みを引っ込め、しばらくお互いに顔を見合わせていた。
それから、まるで質問の意図がわからないというような顔で、揃った答えを返された。

「当然だろ!」










学期末最終日、私たちはトランクに荷物を詰め込み、ホグワーツ特急に乗るための最後の準備をしていた。

成績はもちろんオール100点。呪文学は今年は150点に上がっていたし、変身術の100点の横には"Respectable"とある。去年は"完璧"、今年は"尊敬に値します"────ここまできたら、来年以降どこまで賞賛の言葉が進化するのか、それ狙いで勉強を頑張ってみるのも楽しいかもしれない、と思った。

リリーの魔法薬学は240点。やっぱりこっちも点数が上がっている。一部の先生の評価基準はよくわからないね、と笑い合う。

シリウスとジェームズは余裕の全科目満点。リーマスも全部90点以上をキープ。ピーターもなんとか、落第は免れていた。

「お互いあれだけ"必要の部屋"にとらわれたのによく頑張ったよな」

帰りの電車の中、去年と同じようにリリーを先に行かせて、私はちょっとだけ悪戯仕掛人のコンパートメントにお邪魔していた。

「イリスが倒れたって聞いて僕、すっごいびっくりしたよ…」

ピーターがまだ顔を青ざめさせている。相当心配をかけたのは、何もリリーだけじゃなかったらしい。

「ごめんね、ちょっと自分の限界超えに行っちゃった」
「じゃあそのお陰かな、随分顔が明るくなったね」

リーマスが優しくそう言ってくれる。この2年…ううん、12年ずっとモヤモヤしていたものがやっと吹っ切れた私は、心からの笑顔で「うん、人生が楽しくなりそうでワクワクしてる」と答えた。

「階段で転んで頭打ったんじゃないか。イリスの口から人生が楽しいとか、正気で聞けると思わなかった」
「まあまあシリウス、せっかくイリスが楽しそうにしてるんだから」
「そうだ! 結局、例のお母さまからのお許しはもらえそう? 僕ら、7月20日くらいに集まる予定なんだけど、きみのことも喜んで招待したいんだ。ほら、母さんもすごくきみのこと気にかけてたから…」
「ああ、うん。優等生に任せておいて」

ジェームズの問いに、ニヤッと笑ってみせる。大丈夫、それについてもちゃんと考えておいた。
リヴィア家は私の一番強い敵だけど────だてに11年、あの牢獄で過ごしてきたわけじゃない。"利用"する手なら、もう立っている。

「優等生って、ガリ勉のつまんないやつだって思ってたけど…なんかイリスが言うと格好良いな。僕も来年から優等生になろうかな」
「やめとけジェームズ、もうきみはこの2年ですっかり落第生だよ」
「その"落第生"が全科目で文句なしの100点を取って、クィディッチの超・名プレーヤーで、学校一番の人気者なんだぞ。…あれ? じゃあ僕の場合、落第生でいる方がすごいってこと?」
「…私は自分でそこまで言える度胸が本当にすごいと思う」

彼らとの会話はそこまでにしておいて、私はリリーの待つコンパートメントに移動しようと席を立った。

「じゃあ20日に! ダイアゴン横丁の…そうだな、フローリアン・フォーテスキューのアイスパーラー集合にしよう。イリスは僕の家の場所を知らないだろうから、煙突飛行ネットワークを使って来てもらうのが一番良い。シリウスに迎えに行かせるよ」
「嫌だよ、面倒くさい。ピーターが行けよ」
「えっ、ひとりで行くの…?」
「全員で迎えに行けば良いだろう」
「あはは、誰が来てくれるのか楽しみにしてるね。それじゃあ」

リリーはコンパートメントで静かに外を眺めていた。
────彼女は、やっぱりあまり家に帰りたがっていないみたいだった。さっきまでシリウスたちと夏休みの計画を楽しく立てていただけに、その雰囲気をこっちにも持ってきてしまわないよう、ぴしっと背筋を伸ばして「お待たせ」と彼女の前に座る。

「夏休みはポッターの家に行くの?」
「うん」

ごめん、と口をついて出そうになったけど、それはやめておくことにした。
ごめんだなんて、そんな失礼な言葉、きっとリリーは望んでない。

「私もね、今年はちょっとひとりで旅行してみようと思ってるの。お母さんはあんまりまだ賛成してないんだけど、お父さんはアイルランドくらいの近場だったら良い勉強になるんじゃないかって言ってくれてて」
「わあ、そうなの?」
「ええ。だから今年はお互いにお土産話をたくさん持って帰りましょうね」

静かに私を待ってくれていたリリーの雰囲気から感情は読み取れなかったけど────今、彼女はとても楽しそうに旅行の計画を話してくれた。どちらかというと、さっきまで静かにしていたのは、私が入ってきてこの話をするのを心待ちにしていたみたいだ。

「────ありがとう、リリー」

だから私は、そんなリリーに精一杯の感謝をこめてお礼を言った。

「えっ、どうしたの、突然」
「リリーがいてくれたおかげで、私、ちゃんと"私"になれそう」

リリーは目をぱちくりとさせ────それから、私の大好きな花のような笑顔で笑った。

「私のおかげなんかじゃないわ、イリス。あなたが自分で出した結論よ」



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