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バン! バン!

飛び上がるほどの爆音が聞こえた後、フーチ先生の大声が校庭のどこからか響き渡った。湖のそばでリリーと一緒に本を読んで過ごしていた私は、笑いをかみ殺しきれずに本に顔を埋める。
リリーは大きな溜息をついていた。「笑ってる場合じゃないわよ、今度は一体何点減点されるのか…」と言っている。

しばらくして、ボロボロになったシリウスとジェームズが笑いながら走って来た。私たちに気づくと、そろって手を振ってくる。とても今しがたお説教を食らった人間のする顔じゃない。

「今度は何したの?」
「ちょっと新しい呪文を開発してたんだ」
「呪文を開発?」
「そ」

簡単に言ってくれるけど、それ、2年生にできることなの…?

「どうでも良いけど、それ、人を傷つけるために作ってるんじゃないでしょうね?」

全然どうでも良くない口調でリリーがツンと責めた。彼女の言う"人"が"スネイプ"のことを指していることに、たぶんこの場の全員がなんとなく気づいたことだろう。シリウスは声を殺して笑っていたし、ジェームズなんて「なんでわざわざ人を傷つける呪文なんか考えるのさ?」と純度100%のお日さま笑顔で言う。

「じゃあ、どんな呪文?」

興味をひかれて尋ねると、2人は顔を見合わせた。なんだろう、そんなに説明が難しい呪文なんだろうか。

「…音は聞いてたろ。だいたいあんな感じ」
「うむ。なんというか、アラームみたいな感じの」
「声を拡大させる呪文も、花火を打ち上げる呪文も既にあるでしょう。なんでわざわざそこに新しい警報を生み出す必要があるのよ」

リリーの指摘はもっともだった。そして私は同時に、今なにかをはぐらかされたような…2人が答えるまでに、そんな不自然な間があったような気がしてしまった。

「何を言う、エバンズ。既存の魔法にだけ頼ってたら発展はないぞ」
「より楽しく、より良い魔法を。次の時代を担うのは僕らだからな、教科書をなぞってるだけじゃあ何も得られない」

────いつか我々が再び陽の当たるところに出て、マグルを支配する"より善い世界"を実現させてみせよう。

シリウスの軽快な声を聞いた瞬間、私は先月自分で考えたそんな"闇の思想"を思い出してしまった。

一体その人たちが目指すのは、"誰にとって"善い世界なんだろう。一体シリウスの言う「より良い魔法」は、"誰にとって"良い魔法なんだろう。

「イリス? 難しい顔して…まさか、君まで僕らの実験を責めるつもりかい?」

あれ以来、私は魔法界の根深い溝について考えこむ時間が増えた。リリーなんかは試験を控えて(といってもまだ2ヶ月以上あるんだけど)私が復習に燃えてると思ってくれてるみたいだったけど、試験のことなんておそらくすっかり忘れているのだろうこの2人は、私の顔を覗き込んで不思議そうに尋ねてきた。

「いや、まさか。あれだけの爆音なら朝一の授業で遅刻する人が一気に減りそうだなって」
「イリス!」

リリーが怒ったような声を出す。リリーはこうして私がシリウスたちの肩を持つと、だいたい私にも怒った顔を見せてくる。でも、私は去年リリーが言ってくれたことを信じてた。自分の思ったことを言って良い、誰に肩入れしようがしまいが、私たちの友情は変わらないと。

事実、リリーはその場では怒ったように見せていても、シリウスたちがいなくなった後は「もう、本当に仕方ないんだから…」とだけ言って、私には変わらない態度で接してくれていた。

「まあまあリリー、何も危害は加えてないんだから」
「本人たちはボロボロのようですけど?」

まるで絵に描いたような"実験に失敗した人"の姿をしている2人を見ると、どうしても私は笑ってしまう。ジェームズは顔がところどころすすで汚れているし、シリウスはせっかくのきれいな顔が台無しになるほど細かいすり傷をたくさん作っていた。

「だから屋外の人がいないところで試したんじゃないか。成功したらだーれもこんなに真っ黒にはならないさ」
「フーチが相当ビビッてたけどな。何か爆破したんじゃないかって」
「いんや、あれは僕らを殺そうとしてたと思うね」
「フーチが誰かを殺すか? 一応あの女は人の心をまだ持ってると思うぞ」

2人はそんな会話をしながら、校舎へと戻って行ってしまった。リリーがまた大きな溜息をつく。

「どうしてあの2人がみんなから好かれてるのか、私、本当にわからないわ」
「みんながどう思ってるかは知らないけど、私があの2人を好きなのは、どんな時でも笑ってるからだよ」

誰の前でも、何があっても、全て笑いに変えられる2人。
きっと、2人みたいな人が世界にとってはいつだって必要なんだと思う。

────今日の"日刊予言者新聞"で、マグルが1人殺されたと聞いた。
ああ、残酷なことだ…と思った朝食の席で、その直後ハッフルパフのテーブルから悲鳴が聞こえた。

どうやら、殺されたのはハッフルパフ生のお父さんだったらしい。
顔だけは見たことある────同じ学年の、確かマグノリア・キャビー、だったかな。話したことはなかったけど、薬草学の合同授業で「平凡だった自分の家から魔女が生まれたことを両親がとても喜んでくれていた」と誇らしげに話しているのを、遠くから聞いた記憶がある。

私は入学するまで知らなかったことなんだけど────私たちが入学する前の年くらいから、"例のあの人"がその名を世に知らしめて、マグル支配を掲げ敵対勢力の粛清を始めたのだそうだ。ダンブルドア先生が対抗組織を作って戦ってる、なんてウワサもたまに聞いていたけど、今のところ私たちを守ってくれる力はホグワーツという城に閉じ込められた魔法以外にない。だからたまにこういう痛ましいニュースが耳に入って来くるのは、決まって"外の世界の情報"によってばかりだった。。

────マグノリアは、その日の薬草学の授業に出てこなかった。

そんなご時世だからこそ、思う。
2人が言う「より楽しく、より良い魔法」が一体誰にとって楽しくて良い魔法なのかはわからないけど────でも、それを必要としてる人は、絶対にいる。暗いニュースにも負けずに、みんなを笑わせるあの2人のような人を、きっとたくさんの人が求めてる。

私は、そんな2人のことが好きだった。
まだみんなの言っていることの何が正しくて何が間違ってるのかはわからないし、私自身の"思想"も完成してない。
レギュラスとの会話を経た後だと、どうしてもレギュラスの方が物事を深く考えてるんじゃないか、って思っちゃうことも何度かあった。

でも、そんな半端な私がただひとつ信じているのが────"私は、私が大事にしたいと思う人を絶対に大事にし続けたい"というシンプルな考え。
リリーが去年私に言ってくれた時から、まだおぼつかない"私の意見"がひとつだけ、確固たるものとして決まった。

リリーと、悪戯仕掛人。
この人たちは、私にとって大事な友達。その人たちが笑っていられる世界であってほしい。その人たちの幸せを、私も応援していたい。

「────まあ、あなたの言うことはわかるけど…」

リリーもきっと、今朝のニュースを思い出したんだろう。あの場の大広間は、本当にいるだけでこちらが泣けてしまうくらい重たい空気だった。大事な人がいつ死んでしまうかわからないそんな恐ろしい世界で、そんな恐怖でさえ「たいしたことない」と笑い飛ばせることを、素直にすごいと思う。マグノリアからしたら「お父さんが死んだのになんでみんな笑ってるの!?」って怒って当然のことだと思うけど────なんとなく、この2人は────自分が死ぬ時でさえ、誇り高く笑って死んでいくんじゃないかな、なんて思った。










悪戯仕掛人は、休暇明けから頻繁に姿を消すようになった。
元々あまり寮にはいつかず、一体どうやっているのか校内を徘徊してばかりいるみたいだったけど、ここ最近は毎日のように寮を出て行っているのを見ている。しかもどうやら、行き先は必要の部屋のようだった(「毎度8階まで行くのはさすがに疲れるな」とジェームズがこぼしているのを、偶然聞いてしまった)。

「必要の部屋で、いつも何をしてるの?」

5月の終わり、いよいよ試験が近づいてきたことにより学校全体がピリついてる中でも、なおしょっちゅう寮を出て行く4人。今日は珍しくその4人がいつもの談話室の隅っこに集まっていたので、私はなんとなくその輪に混ざり、なんとなく尋ねてみた。

一見4人とも試験勉強をしているような素振りをしてみせているけど(そして多分リーマスとピーターは本当に勉強してるんだろうけど)────どう考えても、私が入る前まで何やらヒソヒソ内緒話をしていたらしい4人は、私の質問にそろって首をひねった。

「何をしてると思う?」
「いけないこと」
「いけないこと…良い響きだ」

シリウスが茶化して言うけど、試験を放り出してまでのめり込む"何か"が一体何なのか、私にはまったく見当もつかなかった。見当もつかなかったからこそ、つい訊いてしまった。

「イリス、あんまり人のプライベートに首を突っ込むものじゃないぞ」
「でも、私が必要の部屋に行こうとした時にはみんなして理由を訊いてきたじゃん」
「まあ、確かにな。じゃあそんなに気になるなら、君も来てみれば良いじゃないか」
「シリウス」

もっともなことを言うシリウスを制したのは、リーマスだった。今日のリーマスは、たまに見るあの────とんでもなく体調の悪そうな顔をしてる。ペースがだいたい月一というなかなかの頻度で、ぐったりとしているその様は毎回本当に辛そうなものだから、私はあまり突っ込まないように自制しながら、そちらのことも気になってしまっていた。女性だったら生理痛がひどいんだろうと思えたかもしれないけど、男性に生理が来るって話は…聞いたことないな…魔法界ではありえるのかな…?

ただ、今はそれは関係ない。私はシリウスの挑発なんかより、それを制したリーマスの発言の方に気を取られてしまっていた。リーマスはたいてい、こういう"ろくでもない"話をする時には黙っているか、場を丸くおさめるような"最後の言葉"しか言わない。進んで彼らの"計画"を口止めするような────そんな、彼らの肩をわざわざ声に出してまで持つようなことを、これまでした試しがなかったのだ。

「まあまあ、リーマス。こいつは地図なしで8階に来られるほど元気じゃないよ。それに、僕らがこの話をこれ以上広げたくないことに気づかないほどバカでもない」

そう言われると、黙るしかなくなる。

「お互い秘密の1つや2つ、あって当然だろ?」

────私も、秘密の部屋でレギュラスに会った話を彼らにしないままにしていた。
もちろんシリウスはそんなつもりで言ったんじゃないだろう(きっと今のは、お互いの家の事情っていう"私とシリウスだけの秘密"を挙げたんだと思う)。ただ私も彼ら"全員"に秘密にしていることがある以上、うなずくしかなかった。

「ん、そうだね。訊かれたくないんならやめとく。ところで防衛術の試験なんだけど────」
「試験の話なんかするなよ! 僕は夏休みにもう一回ロンドン探索をしたいんだ! この中じゃ君だけがマグルの世界をよく知ってる人なんだから、僕すごい期待してるんだぞ!」
「…ジェームズ、せっかく机の上に教科書を広げるアイデアを思い付いたなら、言葉もちゃんと行動に合わせた方が良いと思うよ」

思わず呆れてそう言うと、ちょっとだけ緊張していた空気がほどけたのを感じた。
訊かれたくないんならやめとく。でも────彼らが何をしているのか、私はその疑問をずっと忘れられなかった。

いつかその"悪戯"が完成したら教えてほしいな。そのくらいの気持ちで、私は結局夏休みのロンドン探索の話に乗る。

「なんかイリスの好きな店って女ウケするとこばっかだな」
「しょうがないじゃん、女なんだもん」
「いや、そういうところで女の子の好みをリサーチすることは結構大事だと思う。何も知らないままじゃ、彼女ができたらプレゼント選びに困るし────」
「きみはいつも一体何年後の話をしてるんだ? ジェームズ」

ジェームズは真剣だった。私も実際、この1年で────正確には、ジェームズがクィディッチのメンバーに選ばれてから────よく黄色い歓声が飛んでくるのを聞いていたので、それで舞い上がる気持ちはなんとなく理解できた。

「ジェームズ、最近すごくモテるようになったもんね」
「ハ、ハ。それっぽい肩書きがついた瞬間寄ってくる女にロクなやつがいるわけない」

でも、そんな私の言葉も顔面国宝のシリウスが簡単に蹴飛ばす。彼は入学した頃から、女の子に人気だった(去年度のクリスマス、レイブンクローの女の子に告白されてたのを私は未だに忘れてない)。シリウスはそんなミーハーな女の子たちになんて興味がない…どころか厄介だとしか思ってないみたいだったけど、そんなつれない態度ですら女の子たちには"ご褒美"だったらしい。

「シリウスが言うと説得力が違うよね…」
「イリス、今のは嫌味が直球すぎる」

女の子を意識しすぎて、無駄に髪をくしゃくしゃにしてみせたり、わざとらしく目立つような行動ばかりとっているジェームズ。
苦手意識なのかはわからないけど、そういう理由からちょっと女の子を遠ざける傾向のあるシリウス。

そんな2人が、私に対しては"女の子"として接してこないことが、私は嬉しかった。
大丈夫、僕らは"友達"だよって言われてるみたいで────意識されないのも、敬遠されないのも、どちらもありがたいことだった。

もちろんリーマスやピーターもね。この2人はシリウスとジェームズに比べるとあまり目立つ方ではないから、浮いた話もそんなにあるわけじゃないけど、私をただの"仲間"として受け入れてくれているのがわかる。
この4人の結束力には敵わないけど、私はたまーに参加させてもらう準レギュラーみたいな立場。そして私はそんなのらくらとした立場を、案外気に入っていた。



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