ゴドリックの谷は、初めて来た時同様、非常に閑散としていた。ここが人の気配に乏しいのは元からだ。何も、ヴォルデモートがここの人を皆殺しにしたからこんなにも静かなわけではない。

私は早鐘を打つ心臓を押さえるように胸に手を当てながら、シリウスと共にリリー達の家がある方へと向かった。大通りに出て、角を曲がり、薄暗い小道を歩く。
その先に、家はあるはずだった。少し隣家とは距離があるが、大きくて、古びていて、立派な邸宅が────。

「────うそ、でしょ」

────リリー達の家を見て、私は驚愕から独り言を呟かずにはいられなかった。

家は、辛うじてまだその形を保っていた。
しかし、二階部分の右側の部屋が、バラバラに砕けている。まるでそこだけ強力な魔法で爆破されたかのように、ごっそりと抉れていた。

「リリー!? ジェームズ!?」

私は親友の名を叫びながら家に駆け寄った。シリウスはその場から動けないようで、走り出す私を呆然と見ているだけだった。

壊れた部屋の真下、瓦礫の山と化したそこへ行くと、バラバラに砕けた木片の中から大きな男の影がぬっと立ち上がるのが見えた。私は咄嗟に杖を抜き、いつでも呪いをかけられるよう心の中で失神呪文を唱えながらその影を確認する。

「待て、イリス。俺だ、ハグリッドだ」

────しかし、その呪いが最後まで唱えられることはなかった。
立ち上がったのは、2、3メートルはあろうかと思われるほどの大男だった。そしてその声と顔はよく見覚えのある────本人が言った通り、ハグリッドの姿をしていた。

私は杖を下ろさず、「証明して、あなたがハグリッドだってこと」と鋭く尋ねた。

「俺は禁じられた森の森番をしてる。あー…そうだな、お前さん達、7年生の時に森の奥に秘密基地を作ったろう。お前さん達が卒業した後にだが、俺はその場所を見ちょる。どうだ、こんな情報を知っちょるのは俺とお前さん達くらいだろう」
「…知ってたんだね」

まあ、森番と言われるくらいのハグリッドなのだ。あの場所を後から知られたこともありえない話ではない。そもそもあの秘密基地自体が私達6人だけの秘密なので、それを知っていることは彼がハグリッドであることの証明としても良いと思えた。

「これ、どういうこと?」

そこで多少いい加減にハグリッドが本人であることを認めたのは、そんなことはどうでも良いという思いが私の中にあったからだ。
崩れた家。姿を見せないリリーとジェームズ。ハリーは────ハリーは?

「俺が来た時にはもうこうなっちょった。俺はただ────ただ、ダンブルドア先生の命令でここへ来るように言われただけで、何が何やら…。今、なんとかハリーだけ助け出したところで────」

ハリーはハグリッドの腕の中にいた。緑色の────リリーの目をぱちくりと瞬きさせ、大きなハグリッドの髭もじゃの顔を興味深そうに見つめている。

「待って、じゃあリリーとジェームズは…」

ハグリッドは「ハリーだけ」と言った。
じゃあ、あの2人は…?

蚊の鳴くような声で尋ねると、ハグリッドのつぶらな瞳から涙がぽろりと零れた。

「────死んどった」

死んだ。

リリーとジェームズが、死んだ。

死んで、しまった。

「うそ、だ…」

私は誰に言うでもなくハグリッドの言葉を否定すると、杖を掲げて庭にうず高く積もっている瓦礫を全て宙に浮かせた。

すると、その下敷きになっている2人の人間が横たわっているのが見えた。どちらもうつぶせになっているが、くしゃくしゃの黒髪とたっぷりとした赤毛、すぐにそれが誰かということはわかった。

その時の、心臓がひゅっと一回り縮んだようなあの感覚を、私は一生忘れることがないだろう。

「リリー! ジェームズ!」

私はまるで寄り添うように寝転がっている2人の元へ駆け寄った。リリーの体を仰向けに転がし、何度も名前を呼ぶが、その開き切った目が再び瞬きをすることはなかった。私の声に反応する様子もない。

彼女の体は既に固くなっていた。不自然に青白く見えるのは、もうその体内に血が流れていないから。目が閉じられないのは、筋肉がその機能を失っているから。

私はそれでも諦めきれず、隣のジェームズも同じようにごろんとひっくり返した。彼もまた、生気をすっかり失い、怒ったような顔をしたそのまま目を見開いて虚空を見ていた。

「リリー…ジェームズ…ねえ…起きて…」

私は2人の冷たい手を取った。
それが握り返されることは、なかった。

後ろからハグリッドの鼻を啜る音が聞こえる。

「俺もまさかこんなことになるとは思わなんだ。だってついこの間、騎士団の会合で会った時には2人とも元気で────」

私はその後にも2人に会っている。ちょうどこの辺り────ダイニングで、ハリーの1歳のお誕生日を祝っているのだから。
2人の顔は、その時から全く変わっていない。老いたわけでもないし、怪我をしているわけでもない。

ただそこから、"命"だけが抜き取られていた。
"死"とは、目に見えるものなのだと────その時、生まれて初めて知った。

これがどういうことか────わからないほど、バカじゃない。
それなのに、頭がその事実を受け入れてくれなかった。

リリーとジェームズは、ヴォルデモートに殺されたのだ。

「ヴォルデモートはどこにいるの……」

かつてないほどの怒りと悲しみが、私の体を支配していた。
私は仇敵の在処を尋ねながらも、リリーとジェームズの瞼を閉ざし、彼らは眠っているのだと言い聞かせた。
────そうでもしないと、あっという間に自分が狂ってしまいそうだと思ったからだ。

「おはよう、あの…」
「リリー・エバンズって言うの。昨日はごめんなさい、私達のせいで雰囲気を悪くしちゃって…」
「あ、えっと、イリス・リヴィアって言います。こちらこそ、なんか…何もわからなくて、わたし…何も言えなくて…ごめんね」
「あなたが謝る事は何もないわ。あの人たちって嫌な人ね。いくらなんでも失礼よ」
「うーん…難しいな…。ちょっとこう…どっちも一方的っていうか…あっ、スネイプはでもリリーの友達だよね。ごめんね、こんな言い方…」
「優しいのね、イリスは」
「優しくはないけど…ごめん、わたし…あんまり自分の考えを言うのが得意じゃなくて」
「少なくともあなたまで彼らみたいな考え方をしていなくて良かったわ」


ホグワーツに入って一番最初に友達になったのがリリーだった。あの時からずっと、私はリリーの一番の友達だった。初めて会話をしたその時から、私達はずっと一緒だった。
たくさん内緒話をして、夏にはいつも一緒に遊んで、助け合いながら膨大な課題もこなして、互いの長所を褒め合い、短所を補い合った無二の親友だった。

「はははっ! どうだい、ポッター特製特大クラッカー!!! どう? びっくりした?」
「………すごく」
「やった! さっきシリウスと一緒に声かけたんだけど気づかなかったみたいだからさ。このくらい大きかったら聞こえるかなって!」
「だ…大丈夫? こんなにハデに広げちゃって……」
「何言ってんだい、せっかくグリフィンドールは僕らが占拠したんだから、ハッピーにいこう!!」
「ジェームズ……」
「はい、じゃあまずイリスも景気づけに一発」
「………」
「ん? クラッカーの使い方はわかるよね?」
「……ありがとう、ジェームズ」
「何言ってんのさ、友達だろ」


ジェームズが初めて"友達"だと言ってくれたのは、1年生の時のクリスマスだった。その時の私はまだシリウスのことが苦手で、なんとなく会話をしながらもそこには明確な距離を感じていた。でも、それを特大のクラッカーと一緒に吹き飛ばしてくれたのがジェームズだった。

彼はいつも、私のことを当たり前のように"仲間だから"と言って彼らの輪の中に引き入れてくれた。私とシリウスが付き合ったことを喜んでくれ、リリーと付き合いたいからと何度も協力を頼まれた。彼の子供っぽさには困らされたことも多かったが、逆に私が暴走しかけた時にはいつだって落ち着く声と笑顔で止めてくれたものだった。

2人とも、私の大切な、かけがえのない友人だった。
何もなかった私に、全てを与えてくれた人だった。

明日には死ぬともしれない。何度も頭の中で繰り返した言葉だ。
でも、こんなに呆気なく、何の兆候もなく死んでしまうなんて、どうしたって信じられない。

「…例のあの人は、消えた」

涙すら出ず、2人の死体の前に蹲る私の頭上から、ハグリッドの声が降ってきた。

「俺もダンブルドア先生からある程度の事情は聞かされとった。ハリーが例のあの人を打ち倒す力を持ってる子だから、騎士団は全勢力を上げてこの子を守らにゃいかんと…。忠誠の術をかけて、家を巧妙に隠し、ハリーを一歩もここから出さないのだと。しかし────2人が死んどるっちゅうことは、そういうことだろう? ジェームズとリリーがあの人に殺され、ハリーも殺されそうになった時、何かの偉大な力が働いて、あの人を返り討ちにしたんだ。そのせいで、ハリーはこんな傷を額におっきく抱えっちまって…」
「傷…?」

ヴォルデモートは死んだのか? ハリーの手によって、完全に打ち倒されたというのか?

なんとかハグリッドの言葉尻だけを捉えると、彼は屈んで私に再びハリーの顔を見せてくれた。
ハリーは私を見ると、「ぷー!」と嬉しそうな声を上げる。何を言っているのかはわからないが、もしかして私の名前を呼んでくれているのだろうか。
────その額には、大きな稲妻形の傷がついていた。くしゃくしゃの、ジェームズと同じ黒髪の分け目。肌荒れの全くない綺麗な顔に、忌まわしいヴォルデモートの証が残ってしまっている。

私はそっとハリーの額を撫でた。ハリーはくすぐったそうにきゃっきゃっと声を上げて笑っている。

その姿を見ていたら、乾いていたはずの涙が零れてしまった。
ハリーが嬉しそうに笑っている時の、リリーの優しい顔を思い出してしまった。ジェームズが一緒になって小躍りしている様を思い出してしまった。

この家族は、誰よりも幸せになるはずだったのに。
過酷な運命を背負わされたというのなら、その運命が実現してしまう前にこの戦いを終わらせるはずだったのに。

ヴォルデモートがどのような形で力を失ったのかは知らない。そもそも、レギュラスから聞いた話を信じる限り、私はヴォルデモートがこれで本当に死んだとは思っていなかった。
でも、ハリーの額にはひとつ、ヴォルデモートの少なくとも一部を破壊した跡が残ってしまっている。何の罪もない、何の理由もなく愛されるべき子供の額に、最もこの世で憎まれるべき男の傷痕を残してしまった。ハリーに、ヴォルデモートを殺すという我々の身勝手な使命の片棒を担がせてしまった。

「僕のせいだ…」

後ろから、私以上に力の抜けたシリウスの声が聞こえた。ゆっくり振り返ると、彼はリリーとジェームズの亡骸を見て、その場に膝から崩れ落ちてしまう。

「僕のせいで2人は死んだんだ。僕があんなことをしなければ────」

私はその言葉を聞いて、目の前の出来事にショックを受けるあまり頭から抜けていたひとつのことにようやく理解が追いついた。

────ピーターが、裏切った。

ずっと私達にでさえ怯えていたピーター。仄暗い闇を感じさせる言動。そして、先程彼の家に行った時の────争った形跡の一切ない、綺麗なまま持ち主を失った家。

これらを総合して考えれば、ピーターがどんな行動を取っていたのかなんて、すぐに知れることとなる。
ピーターは最初から抗うつもりなどなかったのだ。ピーターはとっくに、闇に呑まれていたのだ。彼は────どのタイミングでかは知らないが、自らヴォルデモートにこの家の位置を教えていた。
拷問をかけられることもなく、どんな痛みも責め句を負うこともなく、彼は自ら"秘密"を差し出した。

そのせいで、リリーとジェームズは────。

「ハグリッド、ハリーを抱いても良い?」

ハグリッドは私にハリーを預けてくれた。そしてそのまま、呆然と項垂れているシリウスを慰めに行く。

ハリーは大きな目で私のことをまっすぐ見つめていた。その眼差しを通してリリーを見ているような気持ちになって────私の目からは、とめどない涙が溢れる。
すると、ハリーはいつかマッキノン一家の訃報を思い出して泣いてしまったリリーにそうしたように、私の頬をぺたぺたと叩いた。その力は思ったより強く、私が弱音を吐いた時にジェームズに何度か肩を思い切り叩かれた時のことを思い出させる。

この子は、紛れもなくジェームズとリリーの子だった。この子のあらゆるところから、2人の面影を感じる。2人の命が、この小さなひとつの命に息づいていることを感じる。

「ハリー…お父さんとお母さんは、あなたを最後まで守ってくれたんだね…」

今にもリリーの「泣かないで」という声が聞こえてきそうだった。ジェームズの「君が泣くなんて珍しい!」と笑う顔が見えてきそうだった。いっそそうなってくれたら良いのにと思って、私は声を上げて泣いた。

ねえ、気づいて、2人とも。
私が泣いてることに気づいて、早く慰めに来て。

そんなところで眠っていないで、あなた達を想って涙を流さずにいられなくなっている私のことを、優しく抱きしめてよ────。

「ハリーを僕に渡してくれ」

後ろの方でハグリッドに慰められているシリウスが、唐突にきっぱりとそう言う声が聞こえた。

「僕が後見人だ。僕"達"が育てる」

決意のこもったその声に、私はハリーを抱きかかえたまま振り返る。シリウスは私と、その腕の中にいるハリーを見据えていた。彼もまた、ハリーに親友2人の影を見ているのだろう。最初に秘密の守人に立候補した時と同じように────彼らの意思を、彼らの宝物を継ぐには自分が最も適任だと、信じて疑っていない声だ。

「ダメだ」

しかしハグリッドは沈痛な声でシリウスの言葉を否定した。

「ダンブルドアが、ハリーはおばさんとおじさんのところに行くんだって言いなさった」
「おばさんとおじさんって、まさかリリーの姉のところじゃないだろうな!?」

両親も兄弟もいないジェームズを除けば、どうしてもリリーの親戚筋を頼るしかなくなってしまう。そして"おばさん"というからには、最もそれに近しい存在は────リリーの姉、ペチュニアだろう。

しかし私もシリウスも知っていた。リリーとペチュニアがどういう関係にあったのかを。ペチュニアはリリーを「生まれ損ない」と罵り、彼女を"いないもの"として扱ったマグルだ。魔法を妬み、疎んでいる彼女のところにハリーを預けたりなんてしたらどうなるか────そんなもの、火を見るよりも明らかだった。

「リリーの姉はダメだ! ハリーを人間扱いしないに決まってる! この子はそんなところに行くべきじゃないんだ! この子は…この子は最も凶悪な闇の魔法使いに両親を奪われ、そんな痛々しい傷をつけられて…そうでなくたって、望んでもいないのにヴォルデモートを打ち倒す者だなんて要らない運命を生まれる前から背負わされてるんだぞ! そのヴォルデモートがもういないっていうんなら、この子は一身に愛を注がれて育つべきだ!!」
「ハグリッド、私もそう思う。もうリリーとジェームズが…い…いないって…し、死んだって言うなら…この子を育てられるのは、もう私達しかいない」

ハグリッドは私達2人の抗議を聞いても、首を振るばかりだった。

「ダンブルドアがそう言いなさったんだ。きっと何かお考えがあるに違いない」
考えがあったんならもっと早くにプロングズ達を守れただろ!!!

村中に響き渡るような大声でシリウスは吠えた。そこに滲む後悔と怒りが、まるで声に乗せられたように私の体と心を貫く。

「シリウス…気持ちはわかるが、もう起きちまったことは仕方ねえんだ。…俺だってまだ受け入れられない。あんな気の良い奴らが…まだまだ若くてこれからだってのに…。でも、こればっかりは俺も勝手にできねえ。もしお前さん達がどうしても折れねえって言うんなら、直接ダンブルドアのところへ行け。俺は────俺は、ダンブルドアのところへハリーを連れて行かなきゃなんねえんだ…」

ハグリッドも涙を含ませた声で言う。シリウスはしばらく恨みがましい目でハグリッドを睨みつけていたが、憎む相手が違うことに気づいたのだろう、再び地面に視線を落とし、「────わかったよ」と承諾した。

「シリウス…」
「イリス、僕達には、他にもやらなきゃいけないことがある。この場はハグリッドに任せよう」

まだやりきれない気持ちでいた私は、シリウスの言葉にまた気づかされた。
ピーターを探さなければ。

今ここで、どうしてこんなことが起きたのか知っているのは私達だけだ。私達だけにしかできない復讐が、残っている。

ハリーのことが心配なのは当たり前だ。ペチュニアのところになんて、とてもじゃないが預けられない────が、私達は、まだ"リリーとジェームズの仇を討っていない"。

「────そうだね、わかった。ハグリッド、ハリーをお願い」

私はハグリッドにハリーを返した。ハリーはまだ私の方を見ていた。きっとハグリッドより、何度か顔を合わせた私の方が馴染み深かったのだろう。そのことが、また私の胸を締め付ける。

「ハグリッド」

シリウスは立ち上がると、ここまで乗ってきたオートバイのキーをハグリッドに投げて寄越した。

「これで空を飛べる。君は魔法を使うことも姿くらましすることも禁じられているだろ、これに乗っていけば、どれだけ遠くとも明日中にはおばさんとやらのところに行ける。…僕にはもう必要がないだろうから」

ジェームズのいない今、オートバイを弄って遊んだり、一緒に警察とのカーチェイスを楽しむ相手が彼にはいない。とてもひとりでこれを乗り回す気になどなれなかったのだろう、シリウスはオートバイの所有権を完全に放棄した。

「うんにゃ…そいじゃちょっと借りるぞ。…2人とも、あまり気を落とすな。辛いのはみーんな一緒だ。あんなに気高い若者はそういなかった。これは魔法界のとんでもない痛手だ────」
「ハグリッド、もうそれ以上言わないで」

リリーとジェームズがこの世から喪われてしまったことを、これ以上実感させないでほしかった。私が懇願するようにそう言うと、ハグリッドは私の頭をぽんぽんと叩いて「すまん」と謝った。

「じゃあ、俺はもう行かにゃなんねえ。2人とも────こんな時にこんなことを言うのもアレだが、気をつけるんだぞ。例のあの人がいなくなったとしても、死喰い人の残党がこの辺りをまだうろついてるかもしれん」
「うん…ありがとう。ハグリッドも気をつけて」

ハグリッドはシリウスのオートバイに跨ると、轟音を立てて空へと消えていった。
後に残されたのは、私とシリウスと、瓦礫の山────それから、今はもうこの世にいないリリーとジェームズの亡骸だけだ。

私はずっとリリーの手を握っていた。冷たくなっても、硬くなっても、リリーはリリーだ。私の友達は、ずっとここにいるのだ。

「イリス」

シリウスがよろよろと歩いて来て、私の肩を叩く。私はまだ泣いているようだった。もう、色々な感情がごちゃ混ぜになっているせいで、自分が今どんな表情を浮かべているのかすらわからない。ただ目の前に本人がいるのに、声をかけても、触っても、反応を返してくれないことがひたすらに悲しかった。

「リリーは…ここにいるのに…」
「うん」
「ここにいるのに…どこにもいないなんて…どういうこと?」
「そうだな」

もっと何か話せたことがあったような気がする。もっと一緒に過ごす時間だってあったはずだった。
こんな陳腐な後悔だけはしたくなかったはずなのに、私の頭の中には過去と今と未来、その全てにおいてリリーと一緒に笑う自分の姿がチラついて仕方なかった。

「リリー」
「イリス、ありがとう」
「うん。ずっと大好きだよ」
「私も、あなたのことがとっても大好き」


彼女の結婚式の時、私は精一杯の愛を、そんな一言に込めて伝えた。
リリーも少しだけ目を潤ませて、そんな私の気持ちをそのまま返してくれた。

リリー、大好きなリリー。
どうして私を置いて行ってしまったの。

あなたを託せるのはジェームズしかいないと思ったから、私はあなたの手を離したのに。
2人が幸せでいてくれることを祈ったからこそ、私はリリーをジェームズに預けたのに。

こんな────"死"なんてものに────ヴォルデモートなんかに奪わせて良い命じゃなかった。私はこれからも、リリーが幸せそうに笑っていてくれるのを、ずっとずっと傍で見ていたいと思っていたのに。

私はシリウスの胸に顔を埋めて泣いた。シリウスの涙がぽたぽたと頭に落ちてくる感覚を得る。

目を閉じるとリリーの笑顔が眼裏に浮かぶから、私はずっと目を開けていた。
耳を澄ませるとリリーの声を思い出してしまうから、私はずっと声を上げて泣いていた。

自分の半身を失ったような痛みだ。もはやこれを痛みと表現することすら、あまりに温く感じる。

「────シリウス」
「…ああ、わかってるよ」

私はシリウスから離れると、彼の背中を抱いたまま、その鋭い眼差しをまっすぐ見据えた。

「ピーターを探す」
「この償いは必ずさせよう」

私達の気持ちは、これ以上ないほどに一致していた。
それから私達は、いずれ来るであろう警察組織がここを訪ねてくる前に姿を消すことにした。
リリーとジェームズの亡骸をそっと抱きかかえ、瓦礫の山の脇にできるだけ体を傷つけないよう気をつけながらもたれさせる。こうして見ると、2人が壊れた家の前で座って寄り添いながら眠っているようだ。────それが、心から苦しかった。

それが終わると、姿くらましをして私達は家に帰る。
やることはただひとつ────ピーターを探し出し、事の次第を尋問して、場合によっては────。

「明日、夜明けと共にここを出よう。それで、ワームテールを────」
「うん。一緒に探そう」

既に夜明けは近い。私達は最低限の荷物を詰め、動きやすい服装に着替えると、朝日が昇ると同時に家を出た。



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