伝言は、きちんとマクゴナガル先生がダンブルドア先生に伝えていてくれたらしい。日を空けてから、再び名もなきマグルに変装して私達はピーターの家を訪ねたが、彼は一応体だけ元気に生きていてくれた。もっとも、精神はかなり疲弊しているように見えるが。

「ダンブルドア先生から聞いたと思うんだけど、私達、この間死喰い人が集まってるバーに行ってきたの。そこで────あいつらは既に、私達が守人じゃないことを見抜いてた」

ピーターはもはやまともに口すら利けなくなっているようだった。びくびくと手足が震えている。唇はすっかり青くなっており、体の方も実は元気ではないんじゃなかろうかと心配になってくる。

「あの時はピーターが守人だってところまで掴んでるかはわからなかったんだけど…その状態だと、一応まだそこまではバレてないみたいだね」
「う…うう…うん…」

頷くだけでも大変そうだ。

「ピーター、私達、リリー達を守るのと同じようにあなたのことも守ってみせるから。怖いと思うけど、絶対に屈さないで」

何を言ってもまともな反応が返って来ないので、その日はピーターを一方的に励まして、私達は家を出た。

「恐怖が一周回って余計なこと喋っちまわないと良いけどな。今になって人選ミスしたんじゃないかって不安になってきた」
「大丈夫だよ…きっと。ピーターなら、リリー達を守ってくれる。だって狼人間のために自分まで動物になっちゃう勇気を持ってる子なんだよ」
「それは僕やプロングズがいたからだろ」
「だから今度は私達がこうして定期的に会いに行ってるんじゃん。その勇気が潰えないように」

ホグワーツにいた頃、恐れ知らずだったはずの私達(私は恐れてばかりだったが)にも、闇はじわじわとその手を伸ばしてきている。シリウスの笑顔が減ったことによって、それがハッキリとわかった。










どことなく重い空気が遂に私達の中にも流れ出した、5月の頃。
その日は突然やってきた。

朝、いつも通り眠っているシリウスにブランケットを掛けなおしてから私は出勤した。今日彼は昼過ぎから任務のため外出しなければならないと聞いていたので、帰った後のあの一瞬の癒しがないのかと少しだけ寂しく思いながら仕事をする。

とはいっても今日は週の半ば。明け方に帰ってくる彼を待って起きていたら翌日の仕事に支障が出てしまうので、私は明日の朝にシリウスと会える僅かな時間を楽しみにいつも通り書類の処理にかかっていた。

一晩会えないだけでもこんなに寂しくなるものなんだなあ、と改めて彼の存在の大きさを感じる。明日の朝は少しだけ豪華に、ローストビーフでも置いておいてあげようか。

自分達が囮としての効果を失ったことで、いよいよピーターの守りに縋ることしかできなくなったシリウス。その表情が以前ほど明るくなくなっていることに心を痛めていた私は、最近何か少しでも心が和らぐような話題や料理、ジョークグッズなどを積極的に集めるようになっていた。今までたくさん笑わせてもらった分、彼が落ち込んでしまうというのなら今度は私が頑張らなきゃ。

定時きっかりまで根を詰め、予定していた分の仕事をしっかり終わらせて、私はオフィスを出た。
今まで使っていたバーの暖炉は今、使用禁止になっている。言わずもがな、先日のレストレンジとの戦闘があったせいで通り道として使うには危険だと判断されたからだ。だから私はあれ以来、魔法省を"徒歩"で出て、自分に目くらまし術をかけてからシリウスの家の隣の地区まで姿現しをした後、周りに警戒しながら歩いて家まで帰っていた。
当然、家に帰るまでには相当時間がかかるし、毎回自分に術をかけるのも面倒だ。しかし、今度は"本当の秘密の守人"を知っている(ことを敵が掴んでいることも知っている)という別の意味で狙われやすくなっている私達には、今まで以上の警戒態勢が必要だとダンブルドア先生に言われていた。

正直、いつまでこんな生活が続くのだろうとは思う。
ハリーが自分で魔法をコントロールして、身を守れるようになったら? それとも、ハリーがホグワーツに入学したら? それとも────ヴォルデモートが完全に滅ぼされるその時まで、私達は身を隠しながらの生活を強いられるのだろうか?

別にジェームズやシリウスのように、派手に遊び回りたいというわけではない。今の生活だって、慎ましく暮らしていきたい私にとっては特に苦痛が伴うようなものではない。
ただ、一番大切にしている友人達の命が軒並み危険に晒されているというのは、些か精神状態に悪いと思っている。特に相棒のシリウスが目に見えてストレスを抱えているのがわかるので、その負の感情が少なからず伝播してくるのだ。

7月になったら、今度こそ騎士団のメンバーを全員集めて決起集会をやろうとダンブルドア先生は言っていた。その時に、少しでも皆の気持ちが明るくなってくれていたら良いと思う。

────そんなことを考えているうちに、私は家に────いや、家"だった場所"に辿り着いた。

「え────?」

周りの景色を見て、確かにそこがシリウスの家であることを確認する。
しかし、目の前に広がっていたのは────バラバラに壊された、大量の木材だった。ちょうど、家一軒を爆破したらこんな瓦礫が残るだろうなと思わせるような────。

「まさか!」

この家の場所がバレたのか。なぜだ、私の術が甘かったのか? それともシリウスが危ない人に尾けられて────いや、今はそんなことはどうでも良い。
私は急いで瓦礫の山に駆け寄った。外壁の色、木材の隙間から覗くボロボロになった家具────全て、うちにあったものだ。

────私達の家が、壊されている。

私は咄嗟に杖を抜き、辺りを見回した。いつこの家が壊されたのかは知らないが、犯人がまだ近くに潜んでいる可能性がある。よく耳を澄ませ、目を凝らしながら、私は片手と足先だけで木材の位置を少しずつずらしていった。

「シリウス、いないよね!?」

声をかけてみるも、反応なし。明け方まで外出しているはずのシリウスがこの中にいるはずはないだろうとわかっていても、呼びかけずにはいられなかった。
もし、何かがあってシリウスが一度帰宅していたら。そしてその隙に襲われたせいで、家がこんなことになっていたのだとしたら────いけない、考えただけで涙が出そうだ。

私が現れ、そして大声を出しても周辺から人が出てくる気配はない。
意を決して、私は杖を家に向けた。

「ウィンガーディアム・レビオーサ」

最大の力をこめ、バラバラにされた木材の全てを浮き上がらせる。部屋のドア、ベッド、バスタブ、ヤカンや時計までもが一斉に宙に上がった。しかし────その中に、シリウスはいなかった。

「…良かった…」

いや、でもこれをやった犯人に連れ去られた可能性も排除できない。
ひとまず今の時点で死んでいないことにだけ安心し、それを大きく上回る不安に押し潰されそうになりながら、私は木材を元の位置に戻す。

「────アクシオ…写真よ、来い」

そして、家を浮かべたその時に一瞬見えた、いつもダイニングの戸棚の上に飾っていたシリウスとの写真を1枚だけ、手元に呼び寄せる。シリウスが私の腰に手を回し、私が彼の肩に頭を乗せている、2人だけの写真。ここに引越すことが決まった時、ジェームズに撮ってもらったものだ。

写真の中のシリウスはキラキラとした笑顔で私に手を振っている。隣にいる私も嬉しそうにはにかんでいた。

────どうか、どうかシリウスがこの写真のままの姿で、いつも通りに任務を遂行してくれていますように。そんな祈りを込めて写真に口づけすると、私はそれをローブのポケットにしまい、再び辺りを見回した。

その時だった。

突然後方から、杖腕の肘に爆弾を投げ込まれたような衝撃と痛みが走った。同時に、何かが落ちるボトリという重い音が聞こえる。

「っ…!」

思わず杖を放り投げてしまったが、慌てて反対の方の手で拾う。
そしてそのために地面を見下ろした時────その惨状に思わず血の気が引いた。

腕が、落ちている。

杖腕の肘から下が、ごっそりなくなっていた。地面には、私の腕が持ち主を失って心細そうに転がっている。

「…フラグレート!」

道理で痛いわけだ。道理で気を失ってしまいたいと思うわけだ。
こんな痛みは初めてだった。無理やり体を散切られるというのは、こんなにも痛いものなのか。ブチブチと筋肉や神経が切れ、バキバキと骨が折られる感触が、今になって蘇る。
しかし私は攻撃してきた相手がすぐ傍にいることを察知し、痛みを我慢して傷口に焼印を当てた。ひとまず出血部分だけでも止血しておけば、失血死は免れるだろう。
ビリビリと痺れる感覚、肘下だけでなく腕そのものに力が入らない感覚、そして焼印を入れたせいで感じる熱さ。

叫び声を上げなかっただけ偉いと思う。ただ、状況が私を痛みに悶えさせる暇さえ与えてくれなかった。

今のはおそらく、フリペンド────射撃呪文だ。無言で放たれたせいで、全く気付けなかった。私は慣れない逆手で杖を持ち、周りを改めて見回す。

すると────確かにさっきまでは誰もいなかった平地に、ヴォルデモートが立っているのが見えた。

「イリス・リヴィア。久しいな」

まるで旧知の友人のように呑気な声で挨拶をしてくるヴォルデモート。言葉は親しみさえあるような単語なのに、この人の吐く言葉は全てを凍てつかせるような冷たさを持っていた。恐怖を操る魔法使い────私の心に、否が応にでもここから逃げ出したいという衝動が生まれる。

しかし、逃げてはならない。私はなぜ彼がここにいるのか、ここで何をしようとしたのか、そして私の大切な人達は全員無事なのか────せめてそれだけでも、確認する義務がある。

私はすぐに落ちた小指の爪に杖を当てた。しかし小指の爪は赤く光らなかった。持ち主から離れたことで魔法の効力が失われてしまったのだろうか。同じく、落ちてしまった腕からブレスレットを抜き取り、その赤い石にも杖を当てる。

────それでも、何の反応もなかった。

どうして? 小指の魔法なら、確かにこうも見事に散切られてしまえば効果を発揮しないのもわかる(召集の魔法は、盗難防止のために印を刻んだ物が持ち主から離れると機能しないようになっている)。でも、ブレスレットの魔法は────杖を突くだけでシリウスがどこにいても姿現しができるようになっているはずのこの"道具"なら────誰が持っていようが、腕が散切れようが、その杖を使った持ち主の場所へ一瞬で移動できるはずなのに。

「どうした、援軍でも呼ぼうとしているのか?」

ヴォルデモートは攻撃してくるでもなく、ただひたすらに焦る私を鑑賞していた。

「っ…シリウスは無事なんでしょうね」

私の口から出たのは、彼の名前だった。もっと他にも確認したいことはごまんとあったのだが、ブレスレットの魔法が作動しなかったことにより────私は、"シリウスの身"に何かあったのではないかと思ってしまったのだ。

「それを答える義務はない」

吐息の多い、まるで蛇の威嚇を聞いているような声。ヴォルデモートは最初に私の腕を吹き飛ばしたきり何の動作も見せなかったが、その表情と口調には確かな敵意が滲んでいる。

「この家はあなたが壊したの?」

ヴォルデモートは杖をくるくると弄ぶだけで答えない。

「どうしてうちを狙ったの? あなたの狙いはリリー達でしょ。それに私達が秘密の守人じゃないことももう知ってるのよね。それなら、あなたには今更私を襲う意味がないはず」

彼はやはり答えなかった。人間離れした赤い瞳を細めて、私をまるで愛玩動物を見るような眼差しで見つめてくる。

「────答える気がないなら、こっちはあなたに呪いをかけるけど」
「慣れない逆手でか?」

私が杖を構えて初めて、ヴォルデモートは口を開いた。しかしそれでさえ余裕に満ちた嘲りの口調で、私を完全に見下しているのが伝わってくる。

「忌まわしいポッター共が姿を現さない。守人は口を割らず、この俺様を滅ぼすなどという荒唐無稽な予言を高らかに謳った予言者も今はホグワーツの保護に置かれている。────わかるか? リヴィア。この状況を打開するために、俺様が今何をすべきか」
「わかるわけないでしょ。拷問なりなんなりして守人の口を割らせれば?」

強がりでそんなことを言いながら、実際にヴォルデモートがピーターを拷問している姿を想像してしまった私は、腕の痛みも相俟って強い吐き気に襲われてしまった。嫌だ、そんなこと、考えたくない。

すると、ヴォルデモートは口先だけで笑った。

「正解だ。"優等生"の名は伊達じゃなかったようだな、リヴィア」
「は────?」

今、この人はなんて────?

「八方が塞がっている道のうちどれかを拓かなければならないというのなら、最も壁の薄いところを崩すしかない。では、今挙げた壁のうち最も薄いところはどこだ? そうだ、守人の口だ。お前も知っていようが、"守人"を拷問したり、真実薬を飲ませたりしても、本人が"自白したい"と望まない限り、忠誠の術で守られた秘密は暴かれない。そこでもう1つ質問だ、リヴィア」

ヴォルデモートはまるで授業中に生徒を指すようかの軽やかな口調で(それなのに私を纏う空気は異様に重かった)、私に問う。

守人が"秘密を話したい"と思わせるために、俺様は何をすべきか?

守人に秘密を話したいと望ませるには────もちろん甘言で惑わすも良し、拷問が直接効かないにしても、続けていれば「こんなことになるくらいなら秘密を話した方がマシだ」と思わせることができるかもしれない。

────そう、「秘密を話した方が良い」と思い込ませることが必要なのだ。

そしてヴォルデモートは、守人の口を割らせるために"私"のところに来た。

これが意味するところは何か。

「────あなたは、守人が誰だか知っているの…?」
「質問に質問で返すな、とダンブルドアは教えなかったのか? 俺様は"何をすべきか"とお前に尋ねているのだ。あの憶病鼠の逃げ道を塞ぎ、キーキーと"大事な秘密"を暴くために、俺様が真っ先に取るべき行動とは何だ?」

そんなもの、問われなくたって彼がここに来た時点で決まっているじゃないか。
それこそカレッジに通っている生徒にABCを訊くようなようなことだと、魔法界では教えてくれないのかと言い返してやりたかった。もっとも、そう思うだけでも度胸が必要なのに、口に出すなどということが私にできるわけなかったのだが。

彼は、私を殺しに来たのだ。

そして────それが、"守人に秘密を喋った方がマシ"だと思わせることに繋がる。
これがどういうことを意味するか。
私という友人が殺された。それでも"守人"が口を割らなければ、"守人"の友人達は次々に殺されていくだろう。次はシリウスだろうか、リーマスだろうか。"守人"の家族かもしれないし、仲間かもしれない。

憶病鼠の逃げ道を塞ぎ、キーキーと"大事な秘密"を暴くために────。

────ピーター・ペティグリューが全ての鍵を握っていることを、この男は知っている。

私達が自分のせいで殺されていったことを聞かされたら、ピーターはどう思うだろうか。きっとまず混乱するだろう。自分は友人を守るために秘密を背負ったのに、そのために別の友人が殺された。しかもその友人達には優劣がつけがたく、それほどまでに大切な存在だった。
秘密を話してしまえば、少なくとも守られる命は3つある。でも、彼が何も言わなければもっと多くの人が殺される。

その2つを天秤にかけた時────そもそもそれを天秤にかけなければならないこと自体が残酷なのだが────ピーターはきっと、ジェームズ達を売るだろう。彼はジェームズほど向こう見ずじゃない。彼だったらあるいは「絶対に口は割らないし、友達は僕が守る」くらいのことは言っていたかもしれないが、それは彼が常軌を逸しているだけに過ぎない。
ピーターのように善良で、至って普通の良心を持つ魔法使いにとっては、どうしても価値の等しいものを比べられたら"犠牲の数が少なくて済む方"を選んで当たり前なのだ。

だからヴォルデモートはまず私を殺しにきた。ひょっとすると、シリウスが家にいれば最初の犠牲者を彼にするつもりもあったのかもしれない。

ただ────そうすると、ひとつ見逃せない疑問が残る。

なぜヴォルデモートは、ピーターが本当の秘密の守人だと知ったのだろうか?

当然、このことは当事者のジェームズ、リリー、ダンブルドア先生、ピーター、それから囮としてこの計画に加わる私とシリウスしか知らない。私とシリウスなんてむしろ"自分が秘密の守人"だと言わんばかりの行動を取ってきていたし、当然外で秘密の守人が誰かという話をしたことだってない。

どこに綻びがあったんだろう。何かの防御魔法が甘かったのだろうか。それともどこかで内情を盗み聞きされていたんだろうか。

────それとも…この中の誰かに、スパイがいたのだろうか。

最後の選択肢を思い浮かべた時、私は自分の考えたことの恐ろしさで背筋が凍り付いた。

今────私は何を考えていた?

ここで挙げた人達は皆、私がホグワーツに入った時から最も信頼してきた人達だ。その中に、闇の魔術に取り込まれる者などいるわけがない。だって誰もが全員、最初から邪悪なものには真っ向から反対してきていたじゃないか。むしろこの中では一番私が自分の立場を曖昧にしていたくらいなのに。

ヴォルデモートは恐怖を操り、隣人を疑わせ諍いを生ませる天才だと、ダンブルドア先生は言っていた。私は今、まさにそんな彼の常套句に乗せられそうになってしまっていたのだ。

疑って、たまるか。

彼に対する敵対心が少しでも膨らんでくれたお陰で、私の周りの空気が少しだけ軽くなる。

もしかしたら、ヴォルデモートはただ言葉のあやで「憶病鼠」と言っただけなのかもしれない。リリーとジェームズが命を預ける相手を"これから"炙り出すために、最も秘密の守人に"なりえた存在"の私を、とりあえず殺しておこうと思っただけかもしれない。

私は友人を疑わない。そして私は、友人にそんな過酷な選択をさせたりはしない。
こんなところで、こんな人間に、殺されはしない。

「秘密を教えてくださいって地面に頭をこすりつけて懇願してみては?」

ひとつ勇気が生まれる度、それは連鎖していく。
学生時代、何度もこの男のせいで危険な目に遭わされたこと。リリーの大切な幼馴染を失ってしまった時の、彼女の涙。初めてヴォルデモートと会った時、手も足も出なかったことへの悔しさ。たったひとりでヴォルデモートの"一部"を滅ぼすと言って死んだレギュラス。

今この時代を生きる全ての人に無理やり植え付けられた、恐怖。

この男は、世界の癌だ。

そんな男に、決して屈してはならない。小指の爪もブレスレットも光らないというのなら、私ひとりでも立ち向かわなければならない。

ヴォルデモートは私の挑発に明らかに機嫌を損ねたようだった。世界で最も凶悪と言われている割には、器の小さな男だ。

「────まずはお前のその汚い頭から地面に擦りつけるとするか。その後でもう片方の手と両足をもぎ取り、守人の前に転がしてやろう」

私は友人の顔を頭に思い浮かべ、猫撫で声で私の解体ショーが楽しみでならないといった様子のヴォルデモートの空気に呑まれまいと抵抗した。

心は強く持てている、大丈夫だ。
しかしいくら強靭な精神力を鍛えたところで、ヴォルデモートとの間に明確な実力差があるのは事実。正攻法ではまず勝てないだろう。レギュラスの言葉を信じるなら、たとえ死の呪いをかけたとしても彼は死なないことになる。そして私は彼の言葉を信じているので────アバダケダブラは、私の使いたい、使いたくないといった意思によらず"使えなく"なってしまう。

今の私にとれる戦法を、必死で考える。

その間に、ヴォルデモートは私とおしゃべりすることに飽きたようだった。杖をおもむろに私に向けると、何の前触れもなく緑の閃光が迸る。
私はほぼ反射で盾の呪文を使い、なんとかその光を弾いた。盾の隙間から飛び出すよう、間隙なく失神呪文を放つが、ヴォルデモートはいつか見た時と同じようにその軌道を自分の杖先で器用に曲げ、私に向かって逆噴射させた。いやらしくも、その失神呪文の閃光には緑色が混じっている。彼は私に呪いを跳ね返した時、そこに自らが唱えた死の呪いも織り込んだのだ。

私は常時盾を張っていなければ即死する状況に追い込まれていた。一瞬防御を解いた隙に攻撃しても、まるで飛んできたボールを跳ね返すように簡単に呪いは弾かれてしまう。そしてヴォルデモートは、ひとつ私の呪いを弾く度、一歩進んで距離を詰めてくるのだった。まるで私の喉元に杖を突き付けようとでもしているかのように。

どうする。援軍は見込めない。こちらの攻撃は効かない。防御もあとどれだけ保つかわからない。私が張っている盾を破られ、目の前に来られたら終わりだ。

「ジェームズは攻撃に集中しすぎですぐ背中がガラ空きになってる」
「攻撃は最大の防御ってね」


その時────数年前にジェームズの実家で対ヴォルデモートとの戦闘に備えた練習をしていた時のことを思い出した。"背中"がガラ空きだと言ったリーマスに、ジェームズがそう言ったのだ。

今────私の後ろに誰かいるか?
いや、いない。

ここにいるのは、私と、私の目の前にいるヴォルデモートだけだ。

「────っ、ジェームズ、信じるからね!」

私は自分を奮い立たせるために、ここにいないジェームズに向けて一喝すると、盾の魔法を解いた。

そして、最大出力の失神呪文を唱える。

ステューピファイ!!

真っ赤な呪いの光が、ヴォルデモート目掛けて太く大きく、そして長く放たれた。

今までの私だったら、きっとこんな捨て身の攻撃はしなかっただろう。いつも頭のどこかに保身の考えがあった。もちろん友人の危機を前にした時にはそんなこと考える暇もなかったが、"自分と誰か"が戦う時には、いつも必ず"生きて帰ること"を第一に置いていた。

しかし、ヴォルデモートが相手では保身を考えた時点で既に"負け"なのだ。
圧倒的な実力差があるのなら、自分が今持っている全ての武器を総動員して放たなければならない。

もちろん、死ぬ気なんてさらさらない。しかし、死ぬ気で向かっていかなければ、その"生きたい"という願いが足枷になってしまう。背中を狙う者が誰もいないのであれば────攻撃という"防御"で、私は彼に対峙するしかなかった。

案の定、ヴォルデモートは私の呪いを正面から受け止めた。しかし私が最大の力で射出した呪いはそう簡単には跳ね返せなかったらしく、ちょうど赤と緑の光が2人の中間点で繋がり、をひとつの長い線となった。

初めて、ヴォルデモートの顔が歪む。杖を握る手に力が込められ、緑の光────死の呪いが、私の方へと近づく。
対して私は使い慣れていない逆手での呪文行使。最大限の力を出しているつもりでも、いまいちその呪いが自分に馴染んでいないことを感じ取っていた。

それでも、緑の光を押し返す。
私の怒り。憎しみ。そして哀しみ。

過去、この男のせいで背負わされた様々な負の感情が、私を焚きつけていた。
そして同時に、友人達の笑顔が思い浮かび、その希望が私の体を支えてくれていた。そのうち、まるで失った杖腕が戻ってきたかのような力強さが私の体に宿る。

「助けて────お願い────」

ピーター、リーマス、ジェームズ、リリー…そして、シリウス。
悪戯仕掛人の4人にできないことなんて、何もなかったよね。
リリーと2人で組めば、どんな難しい課題だってクリアできたよね。
6人が集まれば、ホグワーツの恐れるべき神秘ですら楽しいピクニックにできたよね。

だからどうか、私を助けて。
ここにいなくても構わない。皆が私を想ってくれている限り、私は決してひとりじゃない。

自分を鼓舞する度、私の杖から射出される赤い光は勢いを増す。一度近づいてきていた緑の光を再び押し返し中間地点に戻すと、今度はヴォルデモートの方へとどんどん圧していく。

「!」

ヴォルデモートが驚愕に目を見開いた。今や彼は両手で杖を握っている。
しかしきっと彼は気づいていないのだろう。彼はただ、自分の相手がまだ20歳そこらの若い小娘ひとりだと思っているのだろう。

そうじゃない。そうじゃないのだ。
私はいつだって、仲間と一緒に戦ってきた。たとえここに"見える"のが私ひとりでも、私の心にはあと5人の面影が力強く残っている。どれだけの窮地に立たされようと、いや、窮地に立たされれば立たされるほど、私は彼らの顔を思い出し、そして彼らと共に戦った記憶を思い出す。そしてその記憶が、私の力になるのだ。

「友を大事にしなさい。きっと君が経験した"友との戦い"は、いつか君が大いなる敵と相見えた時に君のことを支えてくれるじゃろう。記憶も魔法の一種なのじゃよ、イリス。友と支え合った記憶は必ず、君の窮地において君を助けてくれる」

4年生の時、初めてダンブルドア先生と話し、何を信じるべきか迷っていると相談した私に、先生はそう言った。私には友人がいると。過ちを時に正し、時に正される真の友人がいると。

そして、彼らと支え合った記憶は、魔法となって私を救ってくれると。

今がまさに、その時だった。
ひとりで戦っているのに、孤独を感じない。私はまるで、6人で一緒に戦っているかのような錯覚に陥っていた。

ヴォルデモートは、私の失神呪文が彼の杖先に触れそうになったところで、重い岩をてこで持ち上げるような仕草で無理やり呪いの繋ぎ目を絶ち切った。

「おのれ────」

おそらくまともに呪いを受けることはないだろうと踏んでいたので、私は即座にまた同じ失神呪文を放った。継ぎ目のほとんどない閃光を前に、ヴォルデモートはなんと杖の先から大蛇を一匹出した。
失神呪文が当たった、生まれたばかりの蛇が力なく地面に倒れる。小さな生き物を召喚する魔法があることは知っていたが、このタイミングで盾として"生き物"を使ってくるとは思っていなかったので、私はその非道さを改めて思い知り、一瞬だけ隙を作ってしまう。

それがいけなかった。

ヴォルデモートはまず私の武器を取り上げた方が良いと判断したのだろう。

「エクスペリアームス!」

唱えられたのは、死の呪いではなく────武装解除呪文だった。
ただ、これまでずっと無言で呪文を放っていたにも関わらず、今回だけ声に出して詠唱したということは、彼も相当追い詰められていると思っている証拠だ。杖は地面に落ちてしまったが、私はそれでも諦めていなかった。

きっとヴォルデモートは私が即座に屈んで杖を取ると思うだろう。そして、その瞬間をついて、下方に死の呪いを放つはずだ。

────だって、そんな狙いでもない限り、ヴォルデモートほどの腕がある魔法使いが、わざわざ敵の杖を足元に落としたりはしない。私でさえ、反撃を恐れる相手を前にした時は可能な限り杖を自分の手元に引き寄せるよう呪文をかけているのだから。

だから私はそれを逆手に取り、一旦杖から離れることにした。小さくジャンプして杖が落ちた方と逆の方向へ飛びのくと、思った通り今私がいたその場所にどんぴしゃで緑の閃光が突き刺さったのだ。

「!」

ヴォルデモートの顔が再び歪む。今度こそ私が今いる地点に向けて杖をぴたりと据えたので、私は素早く元の場所に戻って杖を拾い上げた。

「エクスペリアームス!」
「ステューピファイ!」

私は杖を拾い上げた時の屈んだ姿勢のまま、ヴォルデモートの足元を狙った。
ヴォルデモートは杖を拾った私のもう片方の手を狙っていた。

この時、私達の放つ呪いは初めて繋がることなく────高低差のある地点から別の地点を狙って射出された光がそれぞれの膝と肩にぶつかった。

武装解除呪文を体で受けたのは初めてだった。
まるで皮膚が剥がれ、骨を砕かれているようだ。

初めてリリー達の新居にお呼ばれした時、ヴォルデモートとシリウス2人分の"フリペンド"を受けた時と同じくらいの痛みだろうか────。

冷静にそんなことを考えていると、私の体は唐突に限界を迎えた。
膝に力が入らなくなり、世界がぐるりと一回転する。

意識を失う直前、最後にに見えたのは、同じように倒れ込むヴォルデモートの姿と、なぜかこちらに向かって慌てて駆け寄るリーマスの姿だった────。



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