10月下旬。

「弱虫の毛虫さん、優等生とその忠犬が来ましたよ」

私とシリウスは、ピーターの隠れ家を訪ねていた。

ことの起こりは、約2ヶ月前────ハリーが生まれて初めてリリー達の家を訪ねた日の帰り道に遡る。

「可愛かったね、ハリー。ちっちゃなジェームズがリリーの目を持って生まれてきたみたいで」
「プロングズの子供にしちゃ大人しすぎなかったか? 僕はもっと、こう…家を半壊状態にしてる暴れん坊を想像してた」
「流石にジェームズもそこまではさせないだろ。一応自分の今の立場をわかってるだろうし」

ゴドリックの谷を出て、姿くらましができる人気のない場所まで移動する途中、和やかに雑談をする中でピーターだけがずっと重く口を閉ざしていた。
先程リリー達の家にいた時には元気そうにしていたのに、まるでそこで元気を全て使い切ってしまったかのようだった。

「どうした、ワームテール。魂ごとあの家に忘れてきたのか?」

異変に気づいたシリウスが茶化しながらピーターを心配する言葉をかけた。

「ううん…そうじゃないんだけど」
「じゃあどうしたの? 何か気になることでもあった?」

シリウスに任せていたら一向に話が進まないのは見えていたので、私からピーターに続きを促す。その頃にはもう、明らかにピーターは項垂れていて、顔もどこか青白いように見えた。それこそ、魂をあの家に置き去りにしてきたかのように虚ろな表情をしている。

「ただ────あんなちっちゃな赤ん坊を例のあの人は本気で殺そうとしてるんだと思ったら、なんだか怖くなっちゃって…。あの2人がいたから頑張って気にしてないふりをしてたけど、僕、実は本当はずっと怖くて仕方なかったんだ。だって僕は────」
「弱虫の毛虫だからな」

今思えば、ピーターはその時うっかり「秘密の守人だから」と続けようとしていたのかもしれない。そう考えると、シリウスがピーターの言葉をそのまま続けるように声を被せたのは、それを阻止しようとした意図があったのだろう。

────確かに、ピーターの性格と彼の背負うものの重さを考えれば、恐怖に震えてしまうのも仕方ない気がする。今のところまだ、死喰い人は私とシリウスのどちらか、あるいは両方が秘密の守人だと思ってくれているようだったが、いつその追っ手がピーターに狙いを定めるかはわからない。
彼は、ひとつの家族を守っている立場なのだ。その小さな体で、小さな心臓で、新たに生まれた命を守っている。囮の私でさえ、時折自分の行動ひとつで平和であるべきポッター家に危害を及ぼしてしまうかもしれないと不安になることがあるくらいなのだ。
本人からすれば、その心労は更に大きいことだろう。

だから私は、家に帰った後シリウスにひとつの提案をした。

「定期的にピーターの隠れ家に行かない?」

シリウスは私の意図をすぐに汲み取ったようだったが、賛成はしなかった。

「ピーターのことが心配なのはわかるが、行ったところで何になる?」
「…多分なんだけど、ピーターはひとりでいるのが怖いんじゃないかなって思うの」

ホグワーツの時みたいにみんなが一緒にいてくれるわけじゃないし、どちらかというと"みんなと"何かをするのが好きだったピーター。それなのに、いきなり彼だけで3人の命を背負わなければならず、情報も味方も入ってこない隠れ家で敵襲を待っていないといけない状況…そんなもの、ピーターからすれば既にそれが拷問みたいなものじゃないだろうか。

「それこそ3ヶ月に1回とか、そんなペースで良いと思うんだ。ただ、ピーターはひとりじゃなくて、ちゃんとみんなで戦ってるんだよっていうことがわかってもらえれば、少しは安心するんじゃないかなって」

友人を守るために命を懸けることは、立派なことだと私は思う。
でも、誰かのために命を使うことが幸せだと、心から思える人ばかりじゃない。

ピーターは確かに私達といつも一緒にいたし、私達のことをとても大切にしてくれていた。彼と一緒に小さなことにびっくりしながら悪戯に加担するのは、とてもスリリングで楽しかった。

だからといって、そんな彼に私達と同じレベルでの覚悟を強いろというのは、少し無理がある話のような気がする。私だって別に自分の覚悟が誰よりも高尚だと思っているわけじゃないが、彼はどこか────長い友人だからこそ正直に言うが、"恐怖に呑まれやすい"ところがあると思っていた。
ひとりきりで怯えながら暮らしていく中、例えば敵が単純な攻撃を仕掛けてくるだけでなく────「この恐怖から解放してやるから」と優しい言葉を巧みに使って彼の恐怖心を煽ってきたら────もしものことがあるかもしれない、と考えずにはいられなかった。もちろん、ピーターが保身のために友人を売るなどということは絶対にしないと思いたいのは山々なのだが。

シリウスは私の言葉をまるで目で見るように考え込んでいた。きっと、私が「安心させたい」と言った言葉の裏に、「死喰い人に丸め込まれる前にこちらが手を打ちたい」と思っているその本意を、文字通り読み取ってくれているのだろう。

「────わかった。そういうことなら…そうだな、君の言う通り、3ヶ月に一度、月末にでも顔を出しに行くことにしよう」

────そういう流れで、私はピーターに『"ちゃんと名乗って"月末お家に行きます』といった旨の手紙を送った上で、その月の最終日にシリウスと共に彼の隠れ家へと向かっていた。

私が手紙で伝えた通り"自分達の間で自虐として使われていた名前"を告げると、ガタン! バシャン! と何かが倒れたり零れたりするような音がした後、ギギィ…とおそろしく慎重に扉が開いた。

「…ほ、本物…?」
「本物だよ。私はイリス・リヴィア。1年生の時、天文学の授業の後にいつも一緒に片づけを手伝ってくれてたよね」
「僕も本物のシリウス・ブラックだ。そうだな…2年生になったばかりの頃、君のお尻に豚の尻尾をこっそりつけて、1日中他の奴らの笑い者になってた君を見て笑ってたこと、覚えてるか?」

そんなことしていたのか、と私は本人認証のことなんてすっかり忘れてシリウスを睨みつけてしまった。「ちゃんと謝ったし今では反省してるよ。あれは流石に悪趣味だった」とシリウスが困ったように両手を挙げる。

ピーターはそれを聞いて、私の感謝に照れたのか、シリウスの思い出させた嫌な記憶で羞恥心を煽られたのか(おそらく後者だ)、顔を真っ赤にしながら「本物だね、来てくれてありがとう…」と扉を少し大きく開いた。

「は、早く入って。誰かに見られたら怖いから…」

ピーターの隠れ家は、外観こそごく普通の一軒家だった。二階建てで、白塗りの壁に深緑色の屋根がついている。中も暮らしやすそうな、例えば老婦人が住んでいた跡のような、背の低い赤茶色の家具に囲まれた温かい雰囲気の内装になっている。

「なかなか良いところに住んでるじゃないか」
「う、うん…。ちょうど騎士団の人の親戚に、外国に長期出張に行ってる人がいるってダンブルドア先生が教えてくれて…。そこを借りることになったんだ」
「しかも場所もチェルムスフォードときた。ロンドンからだいぶ離れたな、追跡の目も掻い潜りやすいだろ」
「うん。先生が、僕の第一の任務はとにかく敵に見つからないことだから、ロンドンから出た方が良いって…」

チェルムスフォード────イングランドの東部にある街で、ロンドンからはかなり距離が離れている場所だ。姿現しである程度自由に移動できる私達には物理的な距離はあまり関係ないが、それでも"ロンドンにピーターはいない"というだけで、たとえ死喰い人が"私達は秘密の守人ではない"ことを知っても、捜索が一気に困難となる。

「職場はどうした? ダイアゴン横丁にまだ通ってるのか?」
「まさか。もう辞めたよ。今は…騎士団の人達から寄付してもらったお金で、なんとか最低限生きてるんだ」

その言葉の通り、ピーターはなんとまだ学生時代のローブを着ていた。給料の出ない騎士団の任務だが、その性格上どうしても他の仕事を辞めざるを得ない状況に陥った場合、潤沢に資金を持っている団員からの寄付によって最低限の衣食住は確保されることになっている。とはいっても本当に最低限の分しか支給されないので、新しい服を買ったり、リリー達のように家をリフォームすることはなかなかできないのだろう。

「待っててね、今、お茶を淹れるから…」
「ああ、ありがとう」

私とシリウスは案内された革張りのソファに座り、ピーターが台所に向かう背中を見ていた。どうやら私達が訪問した時にカップを落としてしまっていたらしい。「イタッ!」という声から、その破片を踏んづけたらしいことが窺えた。

「────とりあえず、いつも通りっぽいな」
「でもやっぱり、元気がないというか…」
「ああ、どもり方に拍車がかかってる」

私とシリウスは、互いにピーターの様子を小声で囁き合う。一応ちゃんと会話もできるし、正常に頭も回っていることはわかった。しかしやはり彼の表情には生気がなく、何もないのに常に怯えているような挙動を見せていた。

「…君の提案に乗って正解だったかもな。これじゃいつ死喰い人に付け入られるかわからない」
「まあ、そうならないことを祈るばかりだけどね…」

ジェームズならきっと、「友達のことを疑うわけないだろ! ワームテールが僕を裏切るなんて、僕がリリーを裏切ることくらいありえないね!」と一蹴するのだろう────が、残念ながら、ここにいるのは悲観主義者の私と現実主義者のシリウス。友を疑いたくない気持ちは共通していながらも、"もしも"のことを常に考えないと気が済まない私達は、誰にも真意を告げず、ただ「私達も隠れて生きるのに飽きちゃうから」という理由だけで、彼の家を定期的に訪ねることの承諾をもらっていた。

「ごめんね、薄いティーバッグの紅茶しか今うちになくて…」
「ありがとう。お茶を飲みに来たんじゃなくて、ピーターとお喋りしに来たんだから、気にしないで。外には出られてるの?」
「出られないよ! なんだか街を歩く人がみんな死喰い人に見えるんだ! 外を出た瞬間から尾けられてるような気がして…」
「じゃあ食糧の調達はどうしてるんだ?」
「魔法省が絡んでる企業の配達サービスを使ってるんだ。でも受け取る時も、ポリジュース薬を使って別の人になりすまして、偽名を使って頼んでるよ」

あまりに徹底されたピーターの自己防衛術に、私達は舌を巻いた。

「ピーターが秘密の守人になったのは正解だったかもね」

一番恐怖に呑まれやすい彼にこの任は重過ぎるのではないかと思っていたが────逆にここまで自分を守ろうとしているなら(そしてピーターはそういった類の策を巡らせることには非常に長けていた)、回り回ってそれはリリー達をも強固に守ってくれることになる。
その点、シリウスならそれこそ死喰い人の手に落ちることは100%ないだろうが、その代わり目立つ行動を止められるとは思えない。余計な争いが増えることは避けられなかったことだろう。実際それでこの間レストレンジとも戦闘になったわけなのだから…。

案外、私達を囮にして、本物の守人を"ピーター"に据えるというのは、完璧な作戦だったのかもしれない。

「ピーターはすごく苦労が多いかもしれないけど…逆に、あなたが守人になってくれたお陰で、普通の人よりずっとその守りが固くなってるはず」
「シ…シリウスが言ったんだ、代わりになるならぼ、僕が良いんじゃないかって」
「お前の逃げ足は誰よりも買ってたからな」

言葉こそ揶揄うように聞こえたが、シリウスは優しい表情をしていた。"逃げること"は悪いことなのではなく、時として何より賢い手になりうるのだということを教え、ピーターに少しでも自信を持ってもらおうとしているのだろう。

薄い紅茶を飲みながら、私達は少しでもピーターの気持ちが和らぐように、楽しい話ばかりを選んだ。学生時代のことで話が弾むのは当然、ハリーのことも積極的に持ち出し、彼らがピーターのお陰でいかに幸せに生活できているかということを強調し続ける。

「来年の夏にはまたダンブルドアが騎士団の奴らを集めてランチパーティーをしようって言ってるんだ。来れるだろ?」
「ば…場所はホグワーツだよね? 一緒に行ってくれる?」
「もちろん。また私達が迎えに行くよ。それから一緒に行こう」
「ホグワーツに着くまでは変装しててくれる?」
「まあ、それも面白いかもな。ただワームテール、今度は君もイリスに服を身繕ってもらった方が良い。この間のは本当に悲惨だった」
「だ、だって…どんなコーディネートをすれば良いのか相談できる人もいないし、服を買う余裕もないし…」

楽しい話題を選んでいるつもりだったが、ピーターは何につけてもその恐怖を拭えないようだった。前回騎士団が全員集まった時にはもう少し楽観的な表情も見せていたように思うのだが────。

「ピーター、大丈夫だよ。ヴォルデモートも死喰い人も、今は皆、私達が守人だと信じて"私達"を追ってる。あなたがそうやって徹底的に自分を守ってくれている限り、あなたが守人だとバレることはないんだ。警戒するのはとても大事なことだけど、それ以上あまり自分を追い詰めないで」

思わず、震えている彼の手を私はそっと握ってしまった。これ以上何もかもに怯えていたら、却ってその挙動を怪しまれてしまうかもしれない。今の段階であれば完璧な計画として進んでいるが、何事もやりすぎてしまえばボロが出るのだ。

「う…うん。…ごめんね、君達の方がずっと危ない立場に晒されてるのに、僕…自分のことばっかりで…」
「何言ってるんだよ、僕らだって自分のことばっかり考えてるさ」
「そうだよ。シリウスなんて、自分が危ない立場だっていうのを逆手にとってわざわざ死喰い人を探しに行ってるんだから。ほんと、あなたはもう少し命を大事にして」
「してるさ。だからこうやって毎日君のところに帰って来てるじゃないか」

途中でシリウスの向こう見ずな行動に説教を始めた私と、のらりくらりとそれを躱すシリウス。流れで始まってしまった私達のいつもの喧嘩を見て、ピーターが重い溜息をついた。

「良いなあ…君達は、お互いに支え合える人がいて…。帰る場所に絶対安心できる人がいてくれるって、きっとすごく幸せなんだろうな…」

そう言ってから、はっとした顔をして「ご、ごめん! そういうつもりじゃ…」と、失言だったと思ったかのように謝るピーター。そういうつもりも何も、彼の言いたいことはそのままそう言われて当たり前のことだと思う。

私達には、互いに私とシリウスという、心からその命を預けられるパートナーがいる。そのお陰でどんな時でも、孤独を感じずに済んでいる。
でもピーターはひとりだ。家から出ることさえ怖がってしまうほど、彼はひとりぼっちをその身にひしひしと感じているのだ。

「────だからこれからは、僕らもちょくちょくここに来るよ。君がひとりじゃないってことを、ちゃんとわからせに行くから」
「だから安心して、ピーター。私達は、ずっと友達だよ」

私の手の上に、シリウスの手も重なる。
ピーターはそこで、やっと笑ってくれた。まだ泣きそうな顔をしていたけど────その面影は、学生時代の時の頃に一瞬だけ戻ったかのようだった。

2時間ほど滞在した後、私達は何度も惜しまれながら家に帰った。

「────意外と重症だったな。行って良かったよ」

家に帰った後、シリウスが神妙な顔をして言う。

「うん…そうだね」

終始青い顔をしていたピーター。ストレスが積もりに積もっていることが一目でわかった。
彼が自分の意志で今更闇の陣営につくことは決してないだろう。しかし恐怖を操ることのできる敵の手に絡め取られてしまうことなら────考えたくはないが、それだけ強大な敵を相手にしている以上、最悪の想定もしていないといけない。

そして、それを私達は全力で防がなければいけない。

「…ヴォルデモートに、ピーターはあげない」

リリーとジェームズ、それからハリーだけじゃない。
これから私は、ピーターのことも、守らなきゃ。

決意を新たに拳を握りしめている私を、シリウスがそっと抱きしめてくれた。

「僕も一緒に守るよ。あいつらも、君のことも」

私の光。私の希望。
たとえ恋人という関係でなくとも、どうか同じだけの明るい未来を、彼にも分け与えられますように。



[ 135/149 ]

[*prev] [next#]









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -