「そういうわけで、残党はイリスのやり方を真似して自分に目くらまし術をかけたわけだな。でもまあ、このちょいと細工した方位磁針の前に、そんなものは通用しない。1人を失神させた後、残り2人のうち1人はイリスに譲って、最後の1人に魔法をかけようとしたら────あいつら、本当にバカな下っ端だったよ。その1人が────あー、きっとイリスに死の呪いをかけようとしたんだろうな────でもあのノーコン野郎、間違ってその先にいる自分の仲間に緑の光を当てちまった。自分のやらかしたことに慌てふためいてる間にそいつを僕がバーン! だ。────あ、そういうわけで助かった。ありがと」

シリウスはそう言って、ジェームズの前に方位磁針と何か…平たい目玉模様のメダルのような道具を差し出した。

「役に立ったようで何より」

ジェームズは満足そうに笑ってシリウスから道具を受け取った。リリーは随分と大きくなったお腹をさすりながら、ジェームズとは真逆のハラハラした表情を浮かべている。

────7月の下旬、私達は約7ヶ月半ぶりにゴドリックの谷を訪ねていた。
『そろそろ予定日が来そうなの』というリリーの報せを受け、激励のつもりで少しだけ顔を出すことにしたのだ。もちろんここに来るまでに、私とシリウスは相当揉めた。「少しくらいなら問題ない」というシリウスと、「何のために私達が囮になってると思ってるの」という私。話し合いはほぼ半日行われ、結局私が折れる形で終わった。

なんだかんだ言って、リリーの様子が心配で仕方なかったのは私だって同じだったのだ。

久々に親友と会えたシリウスは嫉妬したくなるほど上機嫌だった。早速2月末にあったレストレンジの手下との戦いの話を聞かせ(逆に言うと、それ以外はちょっとした小競り合いこそあったものの、目立って私達が狙われるようなことはなくなっていた。私があのバーを通勤路にすることをやめたせいで、探すのが困難になったのかもしれない)、そしてこの謎のグッズをジェームズに差し出したのである。

「────戦ってた時から気になってたんだけど、それ、なに?」

方位磁針と目玉のメダル。方位磁針が"目くらまし術のかかった人間を探知する"作用を持っている道具であることはなんとなく察していたものの、メダルの方は全く見当もつかなかった。

「ああ、これ? 学生時代の遺品」

ジェームズは方位磁針を手に取って懐かしそうに眺めると、私にそれを手渡してくれる。方位磁針と思っていたが、針はなんと5本もあった。東西南北を示しているのはまさに方位磁針のそれなのだが、赤く塗られた針の先はそれぞれ私、シリウス、リリー、ジェームズをぴたりと指しており、残りの1本はいつまでも方向が定まらないようにくるくると回り続けていた。

「近くにいる人間の方角を指し示すんだ。半径10メートル以内なら観測可能。透明マントを被っていようが、目くらまし術をかけていようが、"そこにいる"限り絶対にこの針が見逃すことはない。まあ、6人以上の人数になっちゃうと途端に迷ってポンコツ化するんだけどね」

なるほど、だからあの時シリウスは姿の見えない死喰い人の位置を正確に言い当てていたのか。

「じゃあ、こっちのメダル…? これは?」
「ああ、それは見た通り。"目"だよ」
「目?」
「そ。例えば────ほら、ちょっと後ろ向いてみて」

ジェームズに言われ、素直にくるりと後ろを振り返る。すると彼はそのメダルを私の背中にぺたりと貼った。
その瞬間、私は目の前と背後の両方が見えるようになった。こう────なんと言えば良いのか、パノラマ写真で撮った景色を肉眼で見ているような感覚だ。

「これは疑似的に目の代わりを果たしてくれるグッズ。パッドフットがさっき"後ろから攻撃されたのが見えたからジャンプして躱した"って言ってたろ? それはこの目玉を背中に貼ってたお陰で、本当に"見えて"いたんだ」

言われて、シリウスのあのスーパージャンプを思い出す。あれはタイミングといい、避ける方向といい、まさに背後が見えているかのような動きだった。それはこの目玉が助けてくれたお陰だったのか────。

「ま、この辺は全部フィルチとか先生達を撒くために作ったジョークグッズのつもりだったんだけどね。まさか命を助けるほど活躍してくれるとは」
「それだけでも僕らの7年間は無駄じゃなかったってことがわかるってもんさ」

シリウスとジェームズは楽しそうにハイタッチしていた。2人とも言葉の軽やかさや、息ぴったりな動きは学生時代の時と同じなのに────なんとなく、彼らの背負う面影があの頃より一回り大人びて見えてしまう。

知らない間に、彼らも年を取っているんだろう。特にシリウスは毎日一緒にいるからわからなかったが、こうして集まってみると、彼らがあの頃より随分と落ち着いてしまったことを嫌でも実感させられてしまった。もちろん学生時代のヤンチャぶりには相当頭を悩ませていたので、少しくらい大人になってほしいと思っていたことに違いはないのだが────こうして見ていると、なんだか少し物寂しくも思えてしまう。

「それよりイリス、大丈夫だった? 死の呪いが髪を掠めたって聞いたけど…。それに姿が見えないとはいえ、間近で死喰い人が事切れた場面に居合わせたんだろ? 去年君が死喰い人を死なせた時、相当動揺してたってパッドフットから聞いてたよ」

ジェームズが私を気遣うようにそんなことを言った。

「うん…」

思ったより大丈夫だった、というのが正直な答えだ。
私が直接手を加えたわけではないからなのか、そこにシリウスが一緒にいてくれたからなのか────それとも、私がすっかり"死"というものに慣れてしまったからなのか。理由はわからないが、少なくともあまり死に慣れたくはないな、と思った。

「戦争だからね…。やらなきゃ自分がやられるだけ。そしてやられたらもっと大勢の人が殺されちゃう。私も色々葛藤してたけど…やっぱり、戦わないっていう選択肢はなかったから」

騎士団に入ると決意した5年生の時は、こうも死が身近なものになるとは思っていなかった。
なんとなく、漠然とした"喧嘩"のようなものを想像していたのだ。例えば授業で習った決闘のように、正しく呪文を唱え、相手の出方を窺いながら石化や失神をさせて、裁判にかけさせる。あるいは、自分でもバカだとしか思えないのだが────戦意を喪失した魔法使いは、投降して大人しくなるものかと思っていた。

それが、現実は全く違っていた。
息をつく暇すらない。瞬きしている間に、非合法な死の呪いが飛んでくる。何度倒してもその度に立ち上がり、憎しみを増幅させてこちらに杖を向けてくる。詠唱なんて誰もしないから、どんな呪いが飛んでくるかわからない。コンマ秒の動きの中で、殺しにかかる相手を────こちらもまた、殺すつもりで迎え撃たなければならない。

想像を絶する過酷さだった。迷ってはいけないと頭ではわかっていても、ヴォルデモートやラヴグズを相手にした時には、迷いも躊躇も心の中に生んでしまった。

それでも、私は今ここにいる。
騎士団のメンバーとして、友を守るために。罪のない平和を望む人のために。
私はあの時、初めて自分の"生き方"を自分で決めた。ホグワーツで育てた自我が、私のいるべき場所はここだとしきりに訴えていた。

だから、私はこうして戦闘を繰り返す度、哀しみを抱えながらもひとつずつ迷いを捨てていく。こうして守られるべき人の顔を見ては、恐怖を覆い隠して覚悟を新たにしていく。

私は、私の意志で戦うと決めた。
それが一番、私らしいと思った。自分の矜持を守り、自由であれる生き方だと思った。

「だから、大丈夫」

私はジェームズに向かって笑ってみせた。彼は少し視線を泳がせた後、同じように微笑む。

「ジェームズ、少しイリスと話したいんだけど、良い?」

すると、リリーがジェームズにやんわりと退室を促した。彼は「大丈夫かい? まだ吐き気が治まっていないだろ?」と心配していたが、彼女が何か私に話があるというのなら聞いてやりたいと思い、私は傍にあった洗面器を引き寄せ「私がいるから大丈夫だよ」と代わりに答えた。

彼は私を見て「わかった」と頷くと、シリウスを連れて部屋を出て行った。2人騒がしいのがいなくなったお陰で、部屋はしんと一気に静かになる。

「リリー、どうかしたの?」

ベッドに横になっているリリーを見ながら、できるだけ優しく聞こえるように尋ねる。
すると────彼女は、今まで堪えていたものが溢れ出したとでも言わんばかりに、急に涙を流し始めた。

「ど、どうしたの!?」

突然泣き出してしまったリリーに、私は情けなくオロオロすることしかできなかった。気分が悪いのだろうか。それともお腹が痛いんだろうか。妊娠したことのない私には、リリーが今どんな体調でどんな気持ちになっているのか、推し量ってやることができない。

しかしリリーは小さく首を振った。「違うの」と、涙の隙間から蚊の鳴くような声を漏らす。

「私────あなたが死にかけたって聞いて、怖くなって…」

姿の見えない死喰い人から死の呪いを放たれたことだろうか。あれなら、結局その死喰い人がノーコンだったお陰で私から逸れ、まさかの仲間を殺すという結末に落ち着いたことをちゃんと話したと思うのだが。現に私は今、元気いっぱいでここにいるわけだし。

「あなたがそんなに簡単に死ぬような人じゃないっていうのはわかってるの。あなたはいつだって優秀で、力も勇気もあって、とても強い魔女だわ。いつだって尊敬してた。でも────たまに、思い出しちゃうの。人に杖を向けることを躊躇っていた、昔のあなたのことを。"闇の魔術に対する防衛術"を"怖い呪い"だと思って竦んでいた、あの頃のあなたのことを」

リリーは静かに涙を流しながらも、言葉を乱さないまま真っ直ぐに不安を吐露した。
そういえば私は最初の頃、授業にでさえ怯えていたっけ。今も迷ってばっかりだとよく反省会を開いているというのに、あの頃の怖がりようと言ったらもう目も当てられない。当時のことを思い出して、つい私は恥ずかしさに顔の熱を上げてしまった。

「ごめんなさい…。最近、妊娠しているせいなのか、すごく悪いことばかり考えちゃうの」

すぐに答えを返せなかった私に、リリーは急いで謝る。生理の時ですら私は普段よりネガティブになりがちなのだから、お腹の中にもう1人の人間を宿しているリリーの心労は想像を絶するのだろう。私は彼女の手を握って「大丈夫だよ。私も昔の自分のこと、たまに思い出して笑っちゃうから」と安心させるように言った。

「でも、私は変わったよ。たくさん迷ったし、正直今でもこれで良いのかなって思う日がないわけじゃない。でも、私はちゃんとホグワーツで色んなことを学んできた。自分がどう生きていくことが一番幸せなのかちゃんと自分で答えを出して、ここにいる。だから何も心配は要らないんだ、リリー。今の私は、もうあの時の私とは違うから」

しかしそれは逆効果だったらしい。リリーの目からは勢いを増して涙が溢れ出してしまう。しゃくりあげながら、彼女は「私…私は、そんなに強くなれないの」と、今度は自分を責め始める。

「私、怖いの、イリス。こんなことジェームズには言えないんだけど────学生の頃、勢いだけで騎士団に入るって言ったことを後悔したことが何度もあったわ。私、6年生の時の戦いで"自分ならやれるかも"って驕ってしまったの。本当の戦争を知らなかった」
「そんなの、私だって同じだよ。それにリリーは全然弱くなんてない。ヴォルデモートと3回も戦って、3回とも生き延びてる。これってすごいことだよ」
3回!

励ますつもりで言った言葉はどうやら彼女の心にある細い琴線を踏みにじってしまったらしい。悲鳴を上げるように彼女は────ああ、そうか────。
3回ヴォルデモートの手から逃げた者の間に生まれる子供が────。

彼女は、ずっと自分を責めていたんだ。
彼女が強いことは誰の目から見ても明らかなのに、彼女はいつまで経ってもそれでは不十分なままだと言う。いかんせん自分に厳しすぎる彼女は、自分の実力にすら満足していないというのに、その上で更に自分の子供まで守り、残酷な運命を背負わせることに罪悪感を抱いていたのだ。

私が中途半端に逃げることしかできなかったせいで、お腹の中にいるこの子は、生まれてきた瞬間から最も過酷な使命を背負わなきゃいけなくなってしまったのよ!

リリーの言葉があまりに痛い。大きくなったそのお腹の中には、もう胎児の形をした"人間"が外の寒々しい世界に出てくる瞬間を今にも待っているのだ。
ぽこんと、リリーのお腹の中で何かが動いたのが視界の端に見えた。
愛情と、憐れみと、悔しさに圧し潰れそうな母親の感情を、この子はどう受け止めているのだろう。

リリーはハッとした顔でお腹をさすった。大声を出したことを恥じるように唇をぎゅっと噛みしめる────が、それで彼女の気持ちが治まるわけではない。

「リリー、そんなこと言わないで」
「そんなことになるくらいなら、私、騎士団に入らなきゃ良かったんじゃないかって…。この…この子のことも…う…産まなきゃ…良かっ…」
リリー!!

そう言いたい気持ちは、苦しいほどにわかる。生まれた瞬間から誰かを殺さなければならないという、たったひとつの何よりも惨い使命を背負わなければならないなんて、親────リリーのような優しい女性からしたら、そんなことは何にも替えられないほどの苦痛になるのだろう。生まれてきた意味が生まれる前から決まっていることのどれだけ辛いことかは、私達全員がよく知っている感情だった。私達の誰もが、決められた人生をそれぞれ飛び出し、自分の殻を破ってここに立っているのだから。

でも、子供なんて産まなきゃ良かっただなんて、リリーにだけは言ってほしくなかった。
私がどれだけ彼女に酷いことを言っているのかはわかっているつもりだ。リリーは、リリーだからこそその優しさ故にそんなことを思い詰め、そして私にだからこそそんな"誰にも言ってはならない唯一の弱音"を漏らした。

それでも、私は彼女にだけはその子を否定させてはならないと思ってしまった。

ごめん、リリー。あなたが私にだけそっとそんな暗い気持ちを、勇気を出して打ち明けてくれたことはわかっているつもり。
でも、それならそんな弱音を否定できるのも、私しかいないんだ。

「生まれなきゃ良いなんて、そんなことはないよ、リリー。この子はリリーとジェームズの間に生まれた愛の形なんだから。それに、この子にしかヴォルデモートを殺せないわけじゃない。私達親の世代にだって、それはできるんだ」

レギュラスのことを思い出しながら、私は確信を持って言う。
彼が死んでもヴォルデモートは生きていた。きっとそれは、彼の言う通り、"ヴォルデモートは一度では殺せない"存在だということの証左なのだろう。
でも私にはわかっていた。レギュラスは、決して無謀な討ち死にはしないと。

クィディッチで散々見て来ていた。スニッチが現れるまでは決して暗がりから姿を現さず、勝利を確信したその瞬間に、誰も見ていなかったような場所から突然現れて金のボールをかっさらって行ってしまう。彼は勝てない勝負はしない。だってそうでもなければ、ホグワーツ内における死喰い人候補の生徒を裏で完璧にまとめ上げながら、決して自分の影すら見せないなんて…そんな所業ができるわけがないのだから。

「この子は、たまたまヴォルデモートを殺せる武器を持って生まれて来る特別な子だってだけ。どんな方法や手段なのかは知らないけど────この子は、人より少しだけ強く生まれて来るっていうだけなんだよ。生まれたからってヴォルデモートを殺すためだけに生きていかなきゃいけないわけじゃない。生まれる前から、運命を決められてるわけじゃない」

もしこの子が生まれて、「ヴォルデモートと戦いたくない」と言うのなら、ただこの武器を持って生まれた子供を全力で守りながら、私達が戦い続ければ良い。そしてジェームズとリリーなら、自分の子供が自分の意志で決めた生き方ならば、きっとそれがどんなものであれ(闇の魔術に傾倒しない限り)両手を広げて許してくれるはずだ。

「安心して、リリー。もしこの子が戦いたがらなかったら、戦争が終わるその時まで、私が代わりに前線に立ち続けるから。この子の自由を守るために、私も自由に戦い続けてみせるから。この子だけに、そんな辛い運命を押し付けたりしない」

予言がある以上、リリーの心から完全に不安が消える日はきっとないのだろう。
どうしたって"特別"であるというこの子の境遇を、悲しんでしまうのだろう。

だから私は、せめてその不安や悲しみが少しでも減るように、彼女と────これから生まれて来るその子に寄り添っていたいと思う。

「イリス…でも、私、あなたのことも失いたくない…。もう、誰にも戦ってほしくないの。誰かが怪我をしたり、死んでしまうところを見たくない。私は…きっと、騎士団にいるにはあまりに弱すぎるんだわ…。騎士団が世界にとって必要であることはよくわかっているのに、もうここにいるのが怖くて仕方ないの」

どれだけ元気づけても顔を上げなリリーの手を、私はより力を込めて握った。

「リリーは弱くない」

9年前からずっと、私はリリーの強さを誰より近くで見て知っていた。
相手が誰でも決して臆さず、自分の意見を堂々と言える心の強さ。仲間が危険に晒された時、どれだけ事情を知らない身であっても咄嗟に"自分にとって正しいこと"を判断し動ける体の強さ。テストで毎回満点を取り、卒業後すぐに騎士団にスカウトされるだけの魔力の強さ。

リリーは、この世が平和であるために必要な強さを、全て兼ね備えている子だ。
もし彼女が本心から騎士団にいたくないと思うのなら、私は無理にそれを止めようとは思わない。
ただ、その言葉は────どうにも、リリーの本音とは思えないのだ。

「ねえ、リリー。思い出してみて、騎士団に入らないかって初めてダンブルドア先生から言ってもらえた時のこと。私はその時一緒にいなかったけど────後から聞いた時、リリーは迷わず"入る"って答えたって言ってたよね。未成年にまで手を出して、魔法界を支配するなんて許せないって」
「でも、あの時は戦いがこんなに長引いて、しかも過酷なものになるなんて────」
「私も同じだよ。こんなに戦争って酷いんだって、すごく落ち込んだ日もいっぱいあった。きっと戦争だけじゃない。物事はなんでも、知る前はその実情を過小評価しがちなんだ。想像が体験に勝ることなんてないんだよ。だから、思ってたより悲惨だったっていう現実を初めて知ったところでリリーが弱かったとか、覚悟が足りなかったとか、そんなことは思わない」

リリー、よく考えて。
想像が現実に追いつかなくて憔悴してしまうのは、みんな同じなんだ。

もしあなたが本当に、冷静に考え抜いて戦いたくないというのなら、私はこれから"共に戦う仲間"ではなく、"守るべき大切な友人"としてあなたの前に立ちふさがる盾となるよ。
でもそんな当たり前のことで戦いを放棄しようとしているなら、もう一度考え直して。

あの日、騎士団の存在を改めて全員が知り、未来を共に誓い合ったことを思い出して。

「私はリリーが戦い続けようと、戦いを放棄しようと、本当はどちらでも良いと思ってる。小さな子供を抱えて戦うのは大変だろうし、冷静に考えて一戦を退きたいっていうのなら、私はその判断を歓迎するよ。ただ────ごめんね、私は、きっと何があっても戦い続ける。リリーが戦いをやめても、戦わないでって言われても、その望みにだけは、応えられない。これは私がもう決めてしまった"私の生き方"なんだ。…ごめん」

こんな言い方をしたら、もしかしたらリリーを責めているように聞こえてしまうかもしれない。でも、彼女の前に嘘や聞こえの良い言葉を並べ立てる方が余程不誠実だと思った私は、そう正直に伝える外なかった。

「その代わり、リリーがちゃんと元気な赤ちゃんを産んで、リリーが新しい生き方をどう決めるのか聞き遂げるまでは絶対に死なないって約束する。私は騎士団の一員だけど、その前にリリーの一番の親友だから。親友がそれで安心してくれるっていうのなら、私はその間だけでも自分の命を最優先にするよ。たとえあと一押しでヴォルデモートを殺せそうなところまで来ても、自分が瀕死だったらあなたのところに帰ってくる。だから、私の意志を尊重してくれる? その上で、あなたはあなた自身の決断をしてくれる?」

リリーは少女の頃のように泣きじゃくりながら、空いていたもう片方の手を私の手の上に乗せた。

「────わかった。その約束を受け入れるし、私も自分の在り方をもう一度考え直すと約束するわ」
「ありがとう」

ようやくそこで、彼女は顔を上げてくれた。涙で顔中がべたべたになっていたが、その瞳にはいつもと同じ、明るいグリーンの光が宿っていた。

「ごめんね。私────赤ちゃんが生まれる日が近づくにつれて、なんだかどんどん弱気になってるの。ジェームズにも心配をかけてて…」
「ジェームズならリリーが元気いっぱいでもどうせ心配してるから大丈夫だよ。今はどうか、自分のことだけを考えて」

リリーはぎこちなく笑った。私は彼女がうまく笑えない分も、顔いっぱいに笑ってみせた。










────それから2週間後、ポッター家には新たな命が誕生したという報せが届いた。

『パッドフットへ

昨日、リリーが元気な赤ちゃんを産んでくれたよ。名前はハリーと付けることにしたんだ。近いうちにまたフォクシーも連れて会いに来てくれよ! ムーニーとワームテールにも同じ手紙を出したんだ! また6人で会いたいな!

プロングズ』




『親愛なるフォクシー

この間、赤ちゃんを産みました。私も子供も健康そのもの。ジェームズったら、赤ちゃんを抱いた瞬間泣き出しちゃって、もう大変だったの。

少し前にうちを訪ねてきてくれた時、私のことを励ましてくれてありがとう。傷の舐め合いみたいなことを言うことも、私に嘘をついて同調することもしないでいてくれて、心から感謝しています。
あなたはあなたの立場をきっぱり言い切った上で、ある意味私を突き放したわよね。
でも私は、そんなあなたにだからこそあんな弱音を吐けたのかもしれないって、そう思っているの。

あなたはいつだって公平で、誰のことでさえも受け入れてしまう優しい人なんだって、もうこれを伝えるのも何回目になるのかしら。わからないけど…私、あの日あなたに思いっきり泣かせてもらえて良かった。

お陰で決心がついたわ。
私、これからも戦い続ける。私の大切な友達と、それから私達の宝である子供────ハリーという名なんだけど、ハリーを守るために、戦うわ。
もちろんハリーが小さいうちは、今までみたいに長期間誰かを追ってあちこち動き回ったりはできないでしょうね。でも、家にいてもできることはたくさんあると思うの。怪我をした人の治療なら私の専門分野だし、ジェームズが作る魔法防御のグッズって意外と役に立つのよ。

"戦う"ことの形は変わってしまうけど、そこに根差す意志は学生だった頃から変わってないっていうことを、あなたに教えてもらったの。本当にありがとう。

任務が落ち着いたら、ぜひパッドフットと一緒に遊びに来てね。前回ぐしゃぐしゃに泣いちゃった分も、私の笑った顔をあなたに見てほしいわ。

愛を込めて リリー』




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