シリウスが息せき切って家に帰ってきたのは、翌年の3月下旬のことだった。
私達が一緒に暮らし始めてから約4ヶ月が経つ。クリスマスも新年のお祝いも慎ましく2人きりで静かに過ごしたものだったが、こうして彼が必死な顔をして帰ってきたのは今日が初めてだった。

時刻はまだ朝の7時。私は仕事の支度をしながらフライパンに火をかけているところだったので、帰って来た時の彼の顔までを見ている余裕がなかった。やけに大きな音でドアを閉めてくるので、何か嫌なことでもあったのか、程度にしか思っていなかったのだ。

しかし、彼はすぐに私の意識を現実に引き戻した。

「今晩、ベラトリックスを追うぞ

私はあまりに日常にそぐわない名前が突然出てきたことで、驚いてフライパンをひっくり返しそうになってしまった。急いで杖を使い、中のベーコンエッグをふわりと浮き上がらせる。フライパンはそのまま床に落ち、ガゴン! と痛そうな音が床に響いた。

「こ、今晩?」

浮かべたベーコンエッグをそのまま白いお皿に移し、シリウスの席に置く。

「ありがと」

シリウスは何食わぬ顔でお礼を言ってくる。追うのは良いのだが、今晩というのは一体何の意味があるんだろう。

「どうして今晩なの?」
「昨日、パブで聞いたんだ。そこにいた客────どうせろくでもないような奴だろうけど、そいつが明日ベラトリックスと"取引"するために夜の闇横丁に行くって」
「取引?」
「内容までは僕もわからない。ただ、仲間らしき奴に"俺だって手放したくないけどさ、レストレンジには逆らえないだろ"って言ってるのは聞こえた。ベラトリックスはそこそこ値打ちのある物をその男から巻き上げようとしてるってことだ。あの怯えようは本物だと思う」

なるほど。それで"今晩"になるわけだ。
しかもその男の素性が同じ死喰い人なら一石二鳥。更にその取引しようとしている品物が闇の魔法道具であった場合は三鳥手に入ることになる。

「具体的に何時かっていうのは聞いてる?」
「23時。行けそうか?」
「余裕」

ベラトリックス・レストレンジ。
シリウスの従姉であり、死喰い人屈指の実力を持つ危険人物として知られている魔女だ。
お遊び気分で死喰い人に関わっている魔法使いとは違い(もっともそんなことをしている時点でその魔法使いも正気ではないが)、彼女は心の底からヴォルデモートを敬愛し、その理念に賛同しているのだという。だから無差別にマグルを弄ぶような下等な真似はせず、その代わりヴォルデモートから下された命令については必要以上に過酷な方法を用いて完遂する────というのが、シリウスから聞いた彼女についての話だ。

私は直接会ったことがないものの、ここ最近出ている死者や拷問の末正気を失った人々をそう至らしめた事件には必ず彼女が関わっている、とすら聞いていた。

レストレンジを倒せれば、ヴォルデモートに一気に近づくことができるかもしれない。

「気合いが入ってるのは良いことだが、そのままだと家が燃えるぞ」
「あ」

シリウスに言われて、私は慌ててコンロの火を消した。
今夜、私は死喰い人最強の魔女と戦うんだ。しっかり準備をして、早めに仕事を終わらせておこう。

「じゃあシリウス、私はそろそろ行くね」
「ああ。23時までには帰って来いよ」
「19時には帰る。ちゃんと待っててね」
「わかってるって。一緒に行こう」

そう言って、いつも通り額にキスをして、私は家を出た。姿くらましでその場から消え、自宅近くのバーをわざわざ通って魔法省へ。
その日の仕事はいつも以上に捗った。これから待ちに待った決戦が控えているのだと思うと、どうしても他のことにも力が入ってしまう。

「イリス、なんだか今日は張り切ってるのね。デートの約束でもあるの?」

隣のデスクのオフィリアが、1日分の仕事を午前中のうちに全て終わらせてしまった私を見て驚いたように言った。

「うん、そんなとこ」

場所が死喰い人とならず者の取引現場というところを除けば、まあシリウスと2人で出かけるわけなのだからデートという表現も間違っていないだろう。

振られた全ての話題にそんな適当な調子で答えつつ、無心で仕事をこなしていると、夕方には翌日分まで丸ごと終わらせることができてしまった。
よし、これで今晩何かあって明日急に出勤できなくなったとしてもたいしたダメージにはならないだろう。

定時になったことを確認すると、私は怒涛の早さで帰り支度を済ませ、オフィスを出た。

「お疲れ様でした!」

魔法省の暖炉から、自宅近くのバーへ移動する。いつものバーテンに挨拶をして、店の外へ。

その瞬間。

「!」

人の気配を感じた私は、反射でざっと店から大きく一歩離れた。
どこかに誰かがいる。そんな予感で、そろそろと店の周りを歩いてみる。

すると────ちょうど入口からは死角になっている、店の横手の陰にひとりの魔女がいるのが見えた。

おそらく元々はかなりの美人だったのだろう。ツンと尖った鼻とほっそりとした色白の頬を持ち、艶のある黒髪が豊かに流れている。女性にしては高身長であるが、ウェーブを描くように流れる体のラインはとても美しかった。
しかしそれでも彼女を素直に「美人だ」と言えないのは、ひとえにその表情のせいだった。

目はギラギラと血走り、乾燥した唇からはチロリといやらしく舌が出ている。これではまるで、獲物を狙う肉食獣のようだ。

「────あれ…?」

そこで私は、彼女の目元が"誰か"に似ているような気がして────。

「ベラトリックス・レストレンジ…?」

つい、そう相手の名前を確認してしまった。

そう。彼女の目元が似ていたのは、戦っている時のシリウスのそれだったのだ。加えてその加虐的な表情、隠そうともしていない腕の髑髏マーク。
今までに聞いていたレストレンジの像とぴったり一致する。私達がこれからまさに彼女を打ち倒しに行こうとしていたから余計に意識してしまっているのか、私の目にはもう彼女がその人にしか見えなくなっていた。

「幼稚園児にも一応教えるべきことは教えてあげてるんだねえ、ダンブルドアは」

心がざわざわとする嫌な声で、レストレンジは本人であることをあっさり認めた。ヴォルデモートほどではないが、やはり彼女もまた"恐怖"を味方につけた魔女なのだろう。

どうして、レストレンジがここに…?
突然敵が現れた理由がわからないまま、私は杖を構え、暗がりの方へと移動する。レストレンジは気味の悪い笑い声を上げながら「そんなに怖がらないで」と猫撫で声で言う。猫撫でどころか、猫のザラザラした舌で背中を舐められたような悪寒がした。

「あのお方を脅かす奴らの"秘密の守人"────お前と、うちの可愛いシリウスがここのところ私の周囲を嗅ぎ回っていたのは知ってたんだよ」
「だったらなんなの」

うちの可愛いシリウス、と言われたところで、怒りが恐怖を完全に封殺する。
何がうちのシリウスだ。何が可愛いシリウスだ。お前達が正義の道を歩もうとしているシリウスを無法者として追い出したも同然だというのに。シリウスがどれだけ闇の魔術と、それを弄ぶ者を憎んでいるかは知っているはずなのに。

「お前の話は聞いてるよ、"優等生"・イリス・リヴィア。今どこに隠れ住んでいるのかは知らないが、カモフラージュのために必ず魔法省から出る時には一度ここを経由するっていうのはとっくの昔に掴んでいたんだ」

レストレンジは勝ち誇ったような声でそう言った。私はといえば、「やっぱりシリウスの家に直接移動せずにいて良かった」と安心するだけだった。
このくらいのことなら、予想はしていたはずだ。私の家はどうしたって目につきやすいし、魔法省に勤めている以上追跡もしやすい。死喰い人が私を探すのなら、まず私の自宅にあてをつけるであろうことは既に想定しており、だからこそ私はそれを逆手に取って、ここを経由してから姿くらましでシリウスの家へ帰っていた。

「そう。じゃあそれはご名答。でもあなた、こんなところで油を売ってて良いの? 聞いた話じゃ、今晩は大事なお取引があるみたいですけど────?」

だから私は、余裕を持って挑発を返した。
そうだ。この人は深夜、夜の闇横丁で何かの取引をする予定になっている。まさかその前に私を一瞬で殺して、それから悠々と目的地に向かうつもりなのだろうか。
────それほどまでに、この女は強いのだろうか。

恐怖とは違う、本能的な危険信号が頭の中で鳴り響く。表情に出さないよう厳しい顔をしたままレストレンジを睨んでいると、彼女は頭をのけ反らせて大笑いした。

「あははははは! 今晩取引があるって!? ああ、やっぱり学校を出たばかりの赤ん坊の愚かさったら本当に哀れだね!

突然人目も憚らずに笑い出した魔女を見て、私は遂に怪訝そうな表情を表に出してしまった。
どういうこと? どうして取引があるっていうことを伝えただけで「哀れ」だなんて────いや、まさか────。

そんなのは、お前達をおびき寄せるための嘘に決まってるじゃないか!! 言っただろう? 私はお前達が私を追っていることなど、とっくの昔から知っていたと! 昨日シリウスがパブに潜入していたことも、こっちはちゃーんと把握してたんだよ!」

私達をおびき寄せるための、嘘────。

「そこにいた私の手下に、嘘の情報を流したんだよ。今日の深夜、夜の闇横丁に私が現れるとね。哀れなシリウス坊ちゃまはひとりでのこのこと夜の闇横丁へ行くだろう────そしてそこにいる私の手下どもを見て、絶望に震えるのさ! ベラトリックス・レストレンジはそこにいなかった────それどころか、それより格下の魔法使い10人に囲まれて、死より惨い拷問を受けることだろう!」

恍惚とした顔で、ベラベラと真相を話すレストレンジ。今まで対峙してきた闇の魔法使い達は皆どこか慎重で、常に心を閉ざしているようなタイプが多かっただけに、目の前の騒がしい女を見ているとどうにも調子がおかしくなる。

「その点お前は幸せだよ、リヴィア。お前は私が手ずからあのお方の前に連れて行ってやるんだからね。深夜を待つまでもない。お前をここで捕らえてしまえば、"待て"のできない犬はひとりで夜の闇横丁へ行くことになる。ホグワーツなんていう小さな箱庭でどれだけ優秀な成績を収めていようが、バラバラになったお前達ヒヨコなんてとても我々の敵にはならないね!」

なるほど、そういうことか。
レストレンジには、ここで私を瞬殺して夜の闇横丁で取引をするつもりなど最初からなかった。取引なんて、存在しなかったのだ。
当然、彼女の嘘を信じた私は急いでその日の仕事を終わらせ、戦いの準備をするためにシリウスの家に帰────る前に、この場所を経由する。おそらくそんな私の行動予定まで読まれていたのだろう。暇を持て余したレストレンジはそこで私を捕らえる。
私が時間になっても家に帰って来なかったらシリウスはどうする? 彼女はこう考えた。シリウスなら、私が夜になっても戻らなければひとりで勝手に夜の闇横丁へ行くと。そこに待ち構えている彼女の10人の手下に取り囲まれ、成す術もなく、私達の大きな"秘密"を吐くと。

────事情はわかった。
私達が騙されていたことがまず明らかになったし、私の行動パターンについては完全に読み負けたと言って良いだろう。

しかし、彼女はひとつ大きな勘違いをしているようだ。
敵が予想以上に私達を侮っているらしいということがわかり、私の心にいくらかの余裕が生まれた。

「敵にならないと良いですね。確かに、うちの可愛らしい番犬に"待て"はできませんが────」

言いながら、私はいつも右手に着けているブレスレットのルビーの装飾に、杖をそっと押し当てた。

「────"来い"にはいつだって応じるんですよ」

バシッ。

────その瞬間、シリウスが私の目の前に現れた。まるでレストレンジから守る盾だと言わんばかりに、私に背を向けて彼女をまっすぐ見ている。後ろからではその表情がわからないが、雰囲気から察するに────これはきっと、怒りだろう。

「なっ────お前、どこから!」

レストレンジが初めて狼狽えた。家で私が殺されている間のうのうと昼寝をして、深夜になったら1人で夜の闇横丁へ行き、私が死んだ事実を知らされ呆然としている間に自分も10人の死喰い人によって殺される────シリウスに対してそんなシナリオを描いていたのかもしれないが、それなら残念なことだ。

シリウスは決して、私との約束を違えない。

「一緒に行こう」と言ったのなら、何があろうとも、どこであろうとも、彼は私を連れて行く。そして私がたとえ時間通りに帰れなかったとしたら、彼は待たない代わりに自分の方からこちらに来て無理やり私を連れ出していく。

シリウスの従姉だかなんだか知らないが、シリウスのことをよく知りもせずによくそんな杜撰なシナリオが書けたものだと感心してしまう。

「まさか本当に使う時が来るとはな」
「ね、私も本当に使えるのか心配だった」
「僕が作ったもので使えないものなんかあるわけないだろ」

シリウスはレストレンジがすぐ攻撃してくるわけではないと悟ると、私の方を向いてニヤリと笑った。私の腕を持ち上げ、ブレスレットを改めてしげしげと眺める。

「これは正真正銘、"君に相応しい"と思って僕が作った一点ものだ。ついでに簡単な通信機能もついてるから、君がこの偽ルビーをちょっと杖でつっついたら、いつでも駆けつけられるようになってる。…まあ、僕が姿現しできるようになったら、だけど」

────6年生の時、クリスマスにシリウスからもらったブレスレット。
それはただ単に彼が作ったルビーを模したアクセサリーというだけでなく、"シリウス専用呼び寄せ呪文"のかかった立派な魔法道具だった。

とはいっても、基本的に緊急事態において彼を何が何でも呼び出さなければならないようなことが今までなかったので、使うのは初めてだったが。
土壇場でもちゃんと効果を発揮してくれたお陰で、私もシリウスも無駄死にせず、そしてありがたいことに予定よりずっと早く本命と会うことができた。

「予定より随分と早いが────それじゃあ、仕事でもするか」

シリウスは軽やかにそう言って、杖をレストレンジに向けた。
その瞬間、彼女は杖を自分の髑髏の刺青に突き付ける。するとその髑髏は黒く光って────次の瞬間には、10人もの死喰い人らしき魔法使い達が私達の前に立っていた。

「考えることは同じってことか。血は争えないな」
「私は我が君の元に一度馳せ参じる。"秘密の守人"の候補が2人揃ってお出ましとあっては、ご自分で尋問なさりたいと仰るかもしれないからな。良いか、殺しはするな。生きたまま拷問して、自白したいという気持ちにさせないといけない。殺してやりたいのはやまやまだけど、忠誠の術を破るためだからね…動けない程度に潰しておけ

レストレンジはそう言うと、バシッと音を鳴らして姿くらまししてしまった。おそらくヴォルデモートの元へ行ったのだろう。秘密の守人が見つかったと、偽りの報告をするために────。

10人の死喰い人は、フードを被ったまま私達に向けて杖を上げた。

「どっちの方が多く狩れるか勝負するかい?」

10人対2人。数の上では圧倒的に不利だ。ひとりをまともに相手にしていたら、まず他の敵からの攻撃を防げなくなってしまう。
それなのに、シリウスはやけに楽しそうだった。今まで人目を忍ぶことばかり強いられ、暗がりの酒場にばかり顔を出さなければならなかったせいで、かなりストレスが溜まっていたのだろう。まったく、こんな状況でも笑っていられるなんて、本当に────。

「────オーケー、ひとり分の差が出る毎に10ガリオンで」

彼は私の返答に、一瞬驚いたような顔を見せた。
杖は構えたまま、それでも視線をちらりとこちらに向けたのがわかる。

それを見て、つい微笑んでしまった。

「あなたがいるだけで、どんなことでも笑えちゃう」

私はそう言って、シリウスに背を向けた。お互い背中を預け、私達を囲むようにじりじりと円を描き出す死喰い人全員の顔を見る。

「悪戯仕掛人をやってきた唯一の巧妙だね」
「唯一とはまた、随分過小評価されたものだな」

私達はどちらもリラックスしていた。互いを信じていることは、背中の体温でわかる。
この人となら大丈夫だと、そう自然に思える自分がいるのだ。

ラヴグズを殺してしまった時の孤独感とは大違いだ。あの時、ああまで動揺していた自分の姿を懐かしく感じる。それが良いことなのか悪いことなのかはわからないが────少なくとも、間違ってはいないはずだ。

これが私の覚悟。これが私の決めた人生。

彼がいてくれる限り、私はきっとどんな時でも顔を上げて歩いて行ける。
だから大丈夫。10人を前にしたところで、私は微塵も恐怖を感じていなかった。

「シリウス。私、好きなようにやるから巻き込まれないように気をつけてね」

一応一言忠告してから、私は大きく杖を振って一回転した。
杖先から噴き出すのは、真っ赤な炎。私とシリウスが背中合わせに立っているところを中心に、大きな円を描いて炎はバーの庭の草をごうごうと燃やした。

炎は広がることこそないものの、一瞬にしてシリウスの背より高いところまで高く燃え上がった。
その隙に、私は自分に目くらまし術をかける。これで敵から私の姿は見えないはずだ。この戦法でなら、まず3人はやれる。

「────ふん、安い挑発だな」

シリウスは姿の見えなくなった私に向かって満足そうに笑って皮肉を呟いた。

私は炎の中を飛び出し、突然の炎上騒ぎに戸惑っている死喰い人の1人に無言で失神呪文を放った。

バタンと勢いよく仰向けに倒れる死喰い人。そして────案の定、横にいた2人が慌ててその死喰い人の脇に屈みこんで容態を確認した。その更に隣にいる死喰い人達は、見えないところから射出された呪いの出所を探そうとあちこちに杖を向けては赤や緑の閃光を放っている。

そんなもの、当たるわけがないのに。
姿が見えない相手に向けて放たれる魔法は、5メートルほど離れたところに着地した。当然、そんなところには誰もいない。私は死喰い人と比べて随分細身な自分の体をうまく滑り込ませ、屈みこんでいる2人の死喰い人にも同じように失神呪文をかけた。

3人をダウンさせたところで、シリウスを探す。彼は目くらましをすることもなく、正攻法で死喰い人を4人も相手していた。ひとりの呪いを弾いて、すぐ隣にいる死喰い人の方へ軌道を逸らす。その隙に後ろから放たれた呪いは、軽やかな身のこなしのジャンプで躱していた。

すごい。体のあちこちに目がついているようだ。

ひとまずシリウスの後ろを狙っている最後の1人に石化呪文をかけておいた。ついでに、今シリウスのスーパージャンプを披露させてくれた死喰い人にも、お礼代わりに失神呪文をかける。

「今何人だ!?」
「5人!」
「なんてこった! 残り全員は僕がやらなきゃガリオンが消える!」
「アルファードさんにお礼言わなきゃ!」

シリウスは、私の姿が見えないはずなのに当たり前のように会話をしていた。内容も、まるでホグワーツで賭けゴブストーンをしているみたいだ(私はしたことないけど)。
体が軽い。思うように、ちゃんと動いてくれている。

だって────こんな下っ端、ラヴグズや…ヴォルデモートなんかと比べたら、全く敵じゃないのだから。

シリウスは自分の前に立っていた2人の死喰い人に向かって複雑な杖の動きを見せると、まとめて縄で縛りあげた。その上で失神呪文をかけ、地面に倒す。

「残り3人────どこだ!」
「気をつけて、私みたいに目くらまし術をかけてる可能性が高い!」
「オーケー、そういうことならイリス、一度僕に盾の呪文をかけてくれ!」

シリウスが何をしようとしているのかわからない…が、迷うようなことはなかった。私は間髪入れずに「プロテゴ!」と叫び、彼の周りを球状の盾で守る。
すると、彼はポケットから方位磁針のようなものを取り出した。くるくると自分も一緒に回りながら、何かの方角を確認しているようだ。

しばらくくるくると回ったかと思うと、彼は方位磁針を再びポケットにしまった。
そして自力で私の作った盾を破ると、バーの裏側にある森に向かって赤い閃光を放った。

そこには何もなかった────はずだったのに、シリウスの赤い閃光はその何もない場所にドンと衝撃を発生させた。その後すぐ、ドサリと何か重たいものが倒れるような音がする。

「イリス、そのまま東北東に1人いる!」
「わかった!」

理屈は知らないが、シリウスが「いる」と言うのだからいるのだろう。私はそこでも躊躇うことなく東北東の方角へ杖を向けたが────。

その瞬間、私の耳元を緑色の光線────死の呪いがかすめていった。髪がジリッと嫌な音を立て、焼け焦げたような嫌な臭いが鼻をつく。そしてその呪いは、先程シリウスが失神呪文を放った時と同じように、空中でパンと弾け、そしてまた何かの倒れる音が聞こえる。

「ステューピファイ!」

何が起きたのか確認する前に、シリウスが失神呪文を轟くような大声で発射した。姿の見えない最後の1人(と思われる)が、地面に倒れ込んだようだった。ゴンッという嫌な音が聞こえたところから推察するに、今の人はどうやら頭から倒れたらしい。

「シリウス────」
「これで全員のはずだ! ヴォルデモートが来る前に逃げるぞ!」

何を言うより先に、私はシリウスに腰を抱きかかえられていた。そのまま彼の姿くらましに引きずられ、次の瞬間には安全対策が施された彼の家に降り立っていた。

「ベラトリックスを逃がしたのは惜しかったな…。とりあえずダンブルドアには僕から報告しておくから、君はひとまず寝た方が良い。仕事が終わったばかりであんな重労働、大変だっただろ」
「いや、大丈夫。私も行くよ」

────今はそんなことより、もうあのバーからは出禁にされてしまうんじゃないかということの方が余程気がかりだった。



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