私の傷口は、リリーの特別薬が完璧に効果を発揮し、翌朝には治っていた。肩をぐるぐると回しても全く痛くない。シリウスを床に押し倒した時に裂かれた右腕も、傷口ひとつ残っていない綺麗な肌に戻っていた。

────そして、朝になるとリリーは"病院"へ行った。
大抵の不調であれば自分で治せるはずなのに、わざわざ病院────しかもマグルの民間病院に行くというのだから、私達は大層驚いた。

「な…何か思い当たることでもあるの?」
「ちょっと、急ぎで確認したいことがあって。こればっかりは私の専門外領域なの…」

魔法薬の達人をして専門外と言わせるとは、何か────それほどまでに大変な病気なのだろうか。
大事を取ってまだベッドに寝ている私と、口を開けば「グレイバック」と呪いをかけられたように呟くリーマスを宥めるためにも、私達はダンブルドア先生に報告する前にリリーが戻って来るまで待つことにした。

────そうして、午後になった頃だろうか。

たんたんと階段を昇ってくる音が聞こえ、客室のドアがガチャリと開いた。

リリーだ。嬉しそうな、でもそれを必死に噛み殺しているような変な顔をしながら────なぜかジェームズをまっすぐ見つめている。

「リリー? どうだった?」

いてもたってもいられない私が尋ねると、彼女は私の方を向いて困ったように笑った。

「────私、妊娠してたわ










リリーの妊娠報告は、暫し昨夜の騒動を忘れさせるだけの感動を私達にもたらした。ジェームズが爆発したような雄叫びを上げたのはもちろん、リーマスでさえガタンと立ち上がり、「おめでとう!」と言っている。ピーターはまだ顔を強張らせたままだったが手がちぎれるほど拍手していたし、シリウスも「良いタイミングで宿るもんだな。生まれてくる子は"持ってる"ぞ」と笑っていた。

私は────涙をひとつ、流してしまった。

「ちょっと、イリス!? どうしたの、どこか痛むの!?」

リリーが慌てて駆け寄ってくる。しかし私は、痛みなんてとっくに忘れていた。
リリーとジェームズの子供。大好きな2人の愛の結晶が、この世に生を受ける。

そのことがあまりに嬉しくて、私は結婚式の時に堪えていた涙がここで溢れてしまった。

「ううん…ただ…嬉しくて…!」

リリーは少し驚いたように私を見つめた後、優しく私の頭を抱きしめてくれた。

「ダンブルドアにひとつ良い報告ができそうだな。ヴォルデモートから逃げてきた話なんかよりずっと良いや」
「あの、でも…」

頭の後ろで腕を組んでリラックスしているシリウスに、リリーは遠慮がちに声をかけた。ジェームズとリーマスの方を交互に不安げにチラチラと見ている。こんなにおめでたい話をしているのに複雑な顔をしているのは、この2人────というか主にリーマス────のためだったのか、と唐突に悟る。

「私、産みたいのよ。子供、欲しかったもの。────でも、こんな大変な時に…ごめんなさい。昨日だってあんなことがあったっていうのに…」
「何を言ってるんだ!」

リリーの言いたいことはよくわかった。子供が産まれれば、どうしたってそちらのお世話の方が優先されてしまうし、これまでのように自由にあちこちを飛び回って任務を請け負うことはできなくなってしまう。そうでなくたって、昨日仇敵を目の前で逃してしまったリーマスにとっては(もちろん本人はそんな素振りを全く見せていないが)どんな嬉しい報告だって、素直に喜べないことがあるかもしれない。

騎士団に入るということに対して並々ならない覚悟を持っていたリリーにとって、それが果たして自分や仲間にとって────そして何よりこれから生まれてくる子供にとって良いことなのか、少し迷っているようだった。
しかし、彼女の言葉はジェームズの大きな声が遮った(階下からアバーフォースの「そろそろ声を落とせ馬鹿者!」という声が聞こえた)。

「こんな時だからこそ何より嬉しいんじゃないか! 毎日色んな人が死んでいく中で、新しい命が生まれてくることは本当に尊いんだよ! それに、騎士団に入って闇の魔術を駆逐しようとしている僕らの子供なんだ、きっとまっすぐで、公平で、優しくて、キラキラしたものを好む立派な子になるに決まってるじゃないか!」
「ま、空いた分の任務を補充する人員ならここに4人もいるからな。イリスはそろそろ過労死するかもしれないけど────」
「ううん。私、リリーの赤ちゃん早く見てみたいもの。そのために仕事も、任務もこれまで以上に頑張れる」
「どうしても2人でないとできない任務があった時には、僕が子供の面倒を見ておくから安心してよ。それにリリー、僕への気遣いならありがたいけど要らないよ。復讐の機会ならこれからだって何度でもあるけど、子を授かれることはそう何度もあることじゃない。比べ物にもならないさ」
「ぼ、僕は何もできないかもしれないけど────」
「お前は2人の警護でもしとけ」

矢継ぎ早にリリーの妊娠を喜び、そしてこれから生まれてくるであろう子供を祝福する私達。リリーはようやくそこでほっとしたような溜息をついた。

「────皆、ありがとう」

それから私達は、6人揃ってホグワーツに出向いた。校長室に通されるまでの間、リリー達の子はどんな子だろうと予想し合いながらずっとおしゃべりをしていた。

「目は緑が良い! 私、リリーの明るいグリーン大好きだから!」
「外見はわからないけど、きっと頭は良いんだろうな。何せホグワーツの主席同士の子だ」
「それで"エバンズ"の頑固頭が遺伝したら困るな」
「そうなったらパッドフットは散々怒られそうだな」
「他人事みたいに言ってますけど、きっとパパになったあなたも散々怒られるわよ」
「パパ…僕がパパだって…ねえ皆聞いた…?」
「はいはい、聞いてる聞いてる」
「男の子かな、女の子かな。私、女の子だったらお洋服たくさん買いたいし、男の子だったら箒を買ってあげたいな」
「もう貢ぐ気満々なのかよこいつ…」
「男の子だったらクィディッチのヒーローになることは間違いないよね!」

まだ人間の形すらできていない、リリーのお腹の中身を本気で相談し合う私達。校長室に着くまでの時間はあっという間だった。
私の左肩が粉砕したことも、リーマスがグレイバックと再会したことも、この時ばかりは全てなかったことのようになっていた。もちろんこれからそれも含めて全て報告しなければならないのだが────。

────有事の時こそ笑顔を忘るるなかれ。

私はまた、シリウスがいつだったか言っていたそんな言葉を思い出した。
あの時は────そう、確か6年生のクリスマス前に、スネイプはじめとするスリザリンの数人がポリジュース薬を使って他寮に潜り込もうとした…なんてとんでもないことをしでかそうとした話をした時だ。ことを神妙に捉えている私とリーマスに、彼はそんな"些細な有事なんて有事のうちにも入らない"とばかりに笑ってみせた。

私は────状況が切迫していけばしていくほど、この言葉を思い出す機会が増えるようになっていた。怖いこと、嫌なことがあった時、それを茶化すのではなく────それを上回るほどの喜ばしいことを糧にして、明日を生きていこうと。当時のシリウスがそこまで考えていたかどうかは知らないが、私はあの言葉は核心をついていると思ったのだ。

ヴォルデモートとの戦いがあろうとも、自分を狼人間に仕上げた仇敵が現れようとも、生きている限り私達には明日がやってくる。辛いことで打ちひしがれてばかりいられない。悲しいことで涙を流してばかりいられない。
ひとつでも、少しでも、幸せだと────喜ばしいと思えることを胸に残して、私達は前を向くのだ。

「マロンタルト」

校長室の合言葉を唱え、螺旋階段を上がる。ドアをノックする間も、私とシリウスは小声のまま子供が生まれたらどんな名前が相応しいかということを、両親の目の前で口論していた。

「女の子だったらパトリシアが良い」
「それは君の友人の名前じゃないか。ダメだよ、こいつらの子供がそんな誰かと同じ名前になっちゃ。どこにもいない、誰も知らない名前にしてビッグな奴にするんだ。そうだな…ザイードとかどうだ?」
「どこのお国の方?」

校長室の中には、ダンブルドア先生が背の高い椅子に座って私達を待っていた。中には既に6脚、座り心地の良さそうな肘掛け椅子が用意されている。

「昨日は助けに行けずすまなかった。わしも自分の任務でノルウェーに行っておってのう…実は今朝ようやく戻って来られたところだったのじゃ。……しかし、見たところ悪い話というばかりじゃないようじゃな?」

今までより一層リリーを大切に、壊れ物のように抱き寄せているジェームズ。リーマスとピーターはにっこりと微笑んでいるし、私とシリウスは目線だけでバチバチと火花を散らしていた。

「お楽しみは後に取っておくことにして────イリス、昨日君が我々に緊急召集をかけた理由を教えておくれ」

私はシリウスから無理やり視線を引き剥がすと「はい、先生」と答え、勧められた椅子に座った。

「昨日、私達はジェームズ達の新居にお呼ばれして、6人で集まってたんです」
「それは良いことじゃ」
「そうしたら、夜の────そうですね、22時は回っていたかと思います。私とシリウスが2階で話をしていた時、1階で爆発音が鳴ったので、慌てて降りたら────。いたんです。…ヴォルデモートと、グレイバックが」

一瞬だけ、全て本当のことを話そうか迷った。つまりその場にいたのはグレイバックだけで、彼はヴォルデモートを連れてくるため一度その場を去っているので、私達にはそこで逃げる猶予があったことを。
しかし、これを話してしまえばリーマスが私怨で動いたと見なされてしまう。確かに"騎士団"にとってはあまり相応しくない行動だったかもしれないが、18年以上溜め続けていた怒りと憎悪が爆発したあの瞬間のリーマスを見て、誰が止められよう。

だから私は、最初からヴォルデモートもその場にいたかのような言い方をした。どちらにしろ2人と戦ったことは間違いないのだから。

「グレイバックはリリーとリーマスが、私達他の4人がヴォルデモートと戦いました。グレイバックとの戦いはリ…」
「私から話します」

リリーとリーマス、どちらを指名しようかとまたもや迷ったところ、リリーが間髪入れずに名乗りを上げてくれた。リーマスとしてもあまりこの話を自分からはしたくないだろうと思っていたので、彼女が私が言い淀んだことに疑いを持たれないほどの早さで遮ってくれたことはありがたかった。

「────ヴォルデモートが特に何かおかしな行動を取ったことはありませんでした。ただ実力の差があまりにも歴然としていたというだけで────」
「構わぬ。あやつがどのような魔法を使い、君達がどのようにそれに対応したのか、細部まで聞かせておくれ」

私はそれから、思い出せる限りのことを話した。最後には私の左肩が粉砕し、完全に形勢逆転は無理だと踏んだジェームズが全員に逃げるよう号令をかけたこと。

私が話し終えた後は、リリーが自分の戦いぶりを聞かせる。
グレイバックは杖を使う上、牙という武器も持っている。まるで杖を持っている獣と戦っているようだった、とリリーは言った。しかしこと対人狼における戦闘については、リーマスという専門家がいたことが功を奏した。巧みに牙を避けながら、リリーが攻撃できる隙を作る。リーマスの奮闘で防御に徹するしかなくなったグレイバックは、リリーの呪文を何度か防いだものの、右足に火傷と顔に大きな裂傷を作ったのだそうだ。ジェームズの逃走号令がかかったのは、ちょうど彼の杖を吹き飛ばし、失神呪文を直撃させたところだった。
リーマスが悔しそうに小さく舌打ちをしたのが聞こえた。彼はその後、グレイバックを拘束するなり────あるいは、殺すなりするつもりだったのだろう。
これについては、リーマスにリリーがついていてくれて本当に良かったと思う。そこで少しでもリーマスの感情に共感を示してしまえば、彼らはその直後、ヴォルデモートの手によって殺されていたに違いない。リリーが決してリーマスの感情を汲まなかったというわけではないが、彼女の冷静さと俯瞰的な視点が、結果として彼らを救ったのだから。

「────よくぞ逃げ切った。イリス、肩の調子はどうかの?」
「リリーが魔法薬を調合してくれたので、一晩で治りました」

ぐるぐると負傷していた左肩を回してみせると、ダンブルドア先生はにっこりと笑ってくれた。

「命に別状がなくて本当に良かった。しかし────ヴォルデモートは、どうやら君達若者を精力的に狙っておるらしいのう…。これからも変わらず警戒し続け、必要があればいつでも助けを呼び、そして命を落としてしまう前には逃げることを心がげておくれ」

先生は痛ましそうな顔で、私達1人ひとりの顔を見つめながらそう言った。
私達は神妙な顔で「はい」と頷く。

ただ────そろそろ"彼"が限界なんじゃないだろうか。

「でも、先生────良いご報告もあるんです」

案の定、昨日の騒動などすっかり過去のことになってしまっているジェームズがすぐに顔をぱあっとお天気にした。私達全員が無事だったことに加え、リリーのお腹に赤ちゃんが宿ったということで────彼の頭の中は、今幸せでいっぱいに違いない。
せっかく忠告をしてくださったばかりだったというのに、ダンブルドア先生はクスクスと笑うだけだった。どうやら、最初からジェームズがこの話をしたがっていたことがわかっていたようだ。

「そうじゃったの。君達が揃ってそんなに嬉しそうにしておるということは、何か君達の誰かに素敵なことがあったんじゃろうが────」
「はい、実は────リリーが妊娠していることがわかったんです!

まるで何かの表彰状でも読み上げているような朗々とした口調で、ジェームズが校長室中に響き渡らせるように吉報を打ち明けた。壁に掛かっている歴代の校長先生達が、揃って「おお」「それはめでたい」と笑ってくれるのが見える。

ダンブルドア先生も、優しげな笑みを浮かべた────のだが、私は見逃さなかった。ダンブルドア先生が私達に微笑みかける前のその一瞬、キラキラとしたブルーの瞳を曇らせ、口をきゅっと閉ざしたことを。

────?
今の反応は、なんなんだろう…?

「それはまことにめでたい! リリー、それがわかったのはいつのことかね?」
「今朝です。病院に行って、検査をしてきました」
「そうか…そうか、まことに喜ばしいのう…。きっと生まれてくる子は、君達に似て勇敢でとても優しい子になるのじゃろうな」

ダンブルドア先生にまでそう言われて、リリーとジェームズは目を見合わせてはにかんだ。

「そうなると、昨晩誰も駆けつけられなかった状況下で君達の全員が生還したことは事実以上に貴重な結果じゃった。君達がまだ学生であれば、グリフィンドールにそれぞれ50点をあげていたことじゃろう」

そんな冗談まで交えて、「生まれた時にはぜひわしにも訪ねさせておくれ」と言ってくれた。

「そうじゃ、ジェームズ、リリー。昨日の襲撃現場については午前中のうちに団員からの報告結果で上がってきておる。家は半壊、とても住む場所がないと────。つまり、君達は新しく住むところを探さねばならないのではないかな?」
「…ええと…? はい、そうです」

二の次どころか三の次くらいになっていた家の状態について、今思い出したというようにジェームズが答えた。あの家は元々魔法使いが多く住む街で、そこそこの広さがあり、高齢なポッター夫妻に何かあった時すぐに駆け付けられるほどの近さがある、という理由で選んだものだ(ジェームズは思っているより、自分の両親の容態を心配していた。私から見てもユーフェミアさんの衰弱ぶりは気になっていたので、実の息子と義理の娘ともなれば相当不安だったのだろう)。
似たような家を探すとなると、相当な手間がかかるはず。

「そこで、わしからひとつ2人のおめでたい話に対してお祝いを贈りたいのじゃが────」

先生はぱちぱちと瞬きをして、悪戯っぽい顔をしてみせた。

────まさか。

「ジェームズのご実家からは少し離れてしまうが、魔法使いが近くに住む、安全で静かな村に空き家がひとつある。これから子育てをしていく上で、のびのびと遊べるだけの敷地もあるし、周りに住む魔法使いは喜んで君達を手伝ってくれることじゃろう。良ければ一度、内見に行ってみぬか?」

まさか、だった。
ダンブルドア先生は、リリーの妊娠祝いに"家"をプレゼントすると言い出したのだ。

はー、さすが校長先生…。やることのスケールが全く違う。

「で、でも…そんな、先生のお手を煩わせてしまうなんて────…」

流石にやりすぎだと思ったのか、リリーが慌てて先生の提案をどう断るか言葉を模索し始めた。しかし先生は微笑んだまま、リリーのことをやんわりと遮る。

「今、君達はこの上なく危険な状況に晒されておる。ヴォルデモートは猛威を奮い、死喰い人は世に蔓延り、安全と呼べる場所はもはやホグワーツを置いて他にないと思った方が良いくらいなのじゃ。どことも知れぬ寂れた空き家で雨風を凌いで、闇の魔法使いの訪問に怯えながら子供を抱えるより、安全だけでも確保されている場所でゆっくりと育ててやった方が子供のためにもなるのではないじゃろうか?」

リリーは困ったようにジェームズを見た。
ジェームズは少しだけ考え────そして、「ありがとうございます」と、その申し出を受け入れた。

ジェームズならきっと受け入れるだろう、とは思っていた。ダンブルドア先生の厚意があまりにも厚くて気後れする気持ちはよくわかる────が、生憎そういう繊細さはこの男にはない。先生の提示する条件を客観的に見た時、それが理に適っていると思えば、どれだけ借りを作るようなことであったとしても彼はそれを呑むのだろう。

そして友人の立場として、私もそちらの方が良いと思っていた。
ダンブルドア先生が紹介してくれる物件ならまず安全性は確保されるだろう。これから彼らは、騎士団という一般市民より遥かに狙われやすい立場に追われながら、子供というこの世で一番不可思議な生き物を育てていくのだ。そこらへんのアパートの一室で生きていく、というわけにはいかない。

「よろしい。では────ひとまずの借り住まいは────」
「僕の家でどうでしょう」

手を挙げたのはシリウスだった。叔父のアルファードさんから莫大な遺産を相続したシリウスが今住んでいるのは、当然ながら安全性も確保されており、暫くの間なら誰かを泊めても全く差し支えないだけの広さを持っていた。

「そうじゃな。シリウス、君が2人を守ってやってくれると嬉しい。1週間後の土曜日、お昼ご飯を食べた後にでもまたここに来てくれるかの?」
「わかりました」
「すみません、本当にありがとうございます」

朗らかに承諾するジェームズと、頭が膝につくほど大きなお礼をするリリー。
それを見て嬉しそうにダンブルドア先生は笑うと、私達の方を見た。

「そして、その時には君達にも同行してほしいのじゃが────予定が合わないものはおるじゃろうか?」

私達はリリーの頭上で目を見合わせる。
予定…は別にないけど、どうして私達までもが内見に行かなければならないんだろう?
家の場所を知らせるのなら、今回みたいに住むことが決まった後でジェームズが手紙を送ってくれればそれで済むのに。

しかし、先生はその理由を明かしてくれるつもりはないようだった。

「…わかりました。伺います」

よくわからないまま、代表して私が頷いておくことにした。

────そして、翌週の土曜日。
私達は、言われた通り煙突を使って再びダンブルドア先生の校長室で再集合していた。

「行き先はどこですか?」
「ゴドリックの谷というところじゃよ」

ジェームズの問いに対して返って来た聞き覚えのある地名に、私達は揃って口をポカンと開けてしまった。
ゴドリックの谷といえば────ゴドリック・グリフィンドールが生まれたところであり、最初の金のスニッチが鋳られた場所でもある。国際機密保持法が成立して以来、魔法使いは自分の素性を隠して(私のように)マグルの街で当たり前の顔をして暮らしている者がほとんどだが、中には魔法使いに寛容な者や、錯乱の魔法がかかりやすい者と一緒に堂々と"魔法使い"として暮らしている村落もある。その代表格が、ゴドリックの谷だった。

なるほど、そこならば確かに魔法使いが子育てをするのには最適な土地だろう。赤ん坊が突然物を浮かしたりしても、誰も驚くまい。

ただ────安全性は、本当にそれで確保されているのだろうか?
魔法使いが魔法使いとして生きている村。一度はその拠点を特定された私達が次にそんな"わかりやすい"場所に移り住んでしまったら、たちまち再びヴォルデモートに見つかってしまうのではないだろうか。

私の疑問は全員に共通していたらしい。首を捻る私達に、「まずはついてきてもらえるかの? 説明はそこでしよう」とダンブルドア先生は言った。
これ以上ここで議論していても仕方ないので、私達は先生に従って学校の外に出て、それぞれ姿くらましをした。行き先は、もちろんゴドリックの谷。

そこは、とても閑静な村だった。
狭い小道の両側に、小さな家が立ち並んでいる。村の中心には、まだ明かりのついていない街灯が並んでいるのも見えた。広場には郵便局やパブのような、生活感のあるお店もいくつか据えられているが、これといって目立つものはない。強いて言うなら、小さな教会のステンドグラスが秋晴れの太陽に照り返されてキラキラと輝いていることくらいだろうか。協会の裏にはいくつもの墓碑が並んでおり────驚くべきことに、私達がその間を突っ切った時、墓碑に書かれている名前がいくつか変化していることに気づいた。

「名前が…」
「此度の戦い────あるいはそれ以前に、戦争で命を落とした魔法使いがここに眠っておるのじゃよ」

思わず呟いてしまった私だったが、ダンブルドア先生は丁寧に教えてくれた。

一度村をぐるりと回った後、私達は元の道を戻り、ひとつの小道を曲がった。
その先にあったのは、雑草が生い茂っており、手入れされている様子こそ窺えないものの、崩れているところも壁が剥がれている様子もなく、小綺麗な状態のまま安置されている一軒の家だった。ジェームズ達の元の家ほど大きくはないが、2人、いや3人で暮らすには十分な広さだろう。私の家と比べてもずっと大きい。

「ここじゃ。前の持ち主が手放してから10年程誰も住み着いておらなんだ」
「廃墟にしては綺麗なもんですね」

あまりにも素直すぎる感想を言うジェームズに、「失礼よ」と叱責するリリーとクスクス笑うダンブルドア先生。

「さて────話は中でしよう。ジェームズとリリー以外の皆は、なぜ忙しい中こうしてまた集まらせられたのか、そろそろ不思議に思うておるのではないかな?」

先生の言葉に、私達は揃って頷いた。やはり、何か目的があって私達は召集されたのだ。何か────何か、この先にある秘密を共有するのか、あるいはまた新たな任務でも与えられるのだろうか。

私達は恐る恐る家の中に入った。埃を被っているが、家具はやはり綺麗なまま残っており、掃除さえきちんとすればすぐにでも住み始められるように保たれている。

ダンブルドア先生は、ポケットからライターを出して、カチリとひとつ鳴らした。すると火は────ライターではなく、部屋の真ん中に置かれているランプに灯った。

魔法で火を点けるものだとばかり思っていた私は、先生の奇妙な行動をついまじまじと見つめてしまった。

「ひとつこういうものがあると便利なものなのじゃよ」

驚いている私を見てダンブルドア先生はまた笑うと、明るくなった室内に私達を呼び集めた。

「さて────では、改めて皆をここを集めた理由じゃが────。もちろん、君達にもここを案内して、ここが本当に彼らに相応しい新居となりうるか、一緒に判断してほしかったということもある」

「ただ」と先生はそこで言葉を一度切り、私達の顔をひとつひとつ見た。
その顔には、もう笑顔がない。私はその時────リリーが妊娠した、と聞いた時、微笑みを浮かべる前にほんの一瞬見せた厳しい顔つきを思い出す。今の先生は、その時と同じ顔をしていた。

「今日ここで皆には話しておかなければなるまい。昨日の襲撃により、ジェームズ、リリー…君達はヴォルデモートが最も危険視し、最優先に殺すべき標的となってしもうたのじゃ



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