「プロングズから聞いたよ。ヴォルデモートと戦ったんだってな」

クリスマスの夜、招待されていたシリウスの家を訪ねた私を迎え入れてくれたのは、ボロボロの流浪者のような風体の男だった。顔のあちこちが泥にまみれ、服はあちこちが切り刻まれている。不審者が家を乗っ取ったのかと反射で杖を構えた私に、「待て、僕だ。シリウスだ。僕も今帰ったばかりで全然君を招く準備ができてないんだよ」と"シリウスの声"が言う。慄きながらも本人確認を済ませ、シャワーを浴びてさっぱりとした部屋着に着替えた後には、見慣れたシリウスの姿が戻ってきていた。ひとまずお互いに腰を落ち着けたところで、彼は感情のない声で冒頭の言葉を口にする。

「悪かった、加勢できなくて」
「それは良いんだけど…大丈夫? ご飯、食べれてる?」
「それは大丈夫。あくまでこれは"あっち"にいる時に浮かないようにわざと汚してるだけだから」
「あっちって?」
「夜の闇横丁。この間ヤックスリーが宿を取ったって話を聞いたから、しばらくホームレスのふりをして僕もそこで過ごしてたんだ」

だからシリウスはジェームズの危険信号に反応しなかったんだ。シリウスがあの"チャンス"を逃すはずがないのにと首を傾げながらも、ここ1ヶ月ほどなかなか連絡が取れずにいた彼が元気な姿でその理由を明かしてくれたことに、安堵を禁じ得ない。

「それで────敵には会えた?」
「ああ、最後にはね。ただ怪我を負わせたところで逃げられた」

この間リリーが見せたものと同じ悔しさを滲ませて、シリウスが苦々しげに呟く。

「1人で戦ったの?」
「援軍を呼んでる暇も広さもなかったんだ。ダンブルドアに報告はしたけど、しばらくあいつもあそこには行かないだろうな。────チッ、もう少し石化呪文を早く唱えられてたらあいつの動きを止められたのに…」
「シリウスが無事だっただけでも良かったよ」
「それはこっちのセリフだよ、イリス。僕がのうのうとヤックスリーなんて小鼠を追ってる間に君は総大将と戦ってたなんて────正直、プロングズから聞いた時は肝が冷えた」

ひとまずお互いの無事を祝って、私達はグラスを合わせる。
この1ヶ月はヴォルデモートと戦った余波なのか、いよいよ魔法省内でも互いを疑い合うようになり、私も書類作業に忙殺される日々の隙間で一層目を光らせていた。数人────魔法ゲーム・スポーツ部と神秘部に死喰い人と関わりのあることが示唆されている者の名が挙がったので、今はこっそりその人達の素行調査中だ。
ようやく私達の任務も任務らしく動き出したことは喜ばしいことだったが、今まで以上に忙しくなったことで、こうして腰を落ち着けて会うのが難しくなったのは残念でならない。前から会おうと約束していたこの日でさえ、仕事帰りに余って安くなったお惣菜と小さなケーキを買って、"なんとかケーキプレートのお陰でクリスマスであることがわかる"程度のことしかできなかった。少し前にはここで爆破実験をして遊ぼう、なんてことも言っていたが、もはや私達にそんな気力は残っていなかった。

「プレゼントが用意できなくてごめん。誕生日にはせっかく良いグローブをもらってたのに」
「私も同じだから、気にしないで。忙しいのは良いことだし、こうして五体満足にお祝いができるだけでも十分嬉しいよ」

少し前までは、成果の上がらない互いを茶化し合う余裕もあったのに、今となってはもう心から「生きているだけで嬉しい」と思うまでになってしまった。一度本気の戦いを経験した後だと、いくら覚悟を決めていたところで結局それは"想像"の域を出ていなかったのだと思い知る。

だからといって決めた覚悟が揺らぐわけではない。逃げるつもりがないどころか、私はますます精を出して死喰い人の足跡を追うようになっている。
ただただ、私達は"現実"を知っただけだった。明日には死ぬともしれない、次に集まる時には誰か欠けているかもしれない────言葉の上でなら何度も訓練したその嫌な未来が、いよいよ現実味を帯びてしまったという…それだけのことだった。

「プロングズ達の結婚式、やっぱり早めてくれないかな」

そう言うシリウスの声は、どこか寂しげだった。










それから6日後、大晦日の日まで一緒に過ごした私とシリウスは、まだ日が高いうちに一緒にジェームズの家を訪ねた。
8月の末にお暇して以来まる3ヶ月しか空けていないのに、私はポッター家の明るい居間と庭、それから夫妻の優しい笑顔に出迎えられた時、激しく懐かしいような気持ちになった。思わずユーフェミアさんに抱きしめられた時には泣きそうになってしまったほど。

「なんだか少し離れている間に、随分と大人になってしまったのね」
「話はジェームズとリリーから聞いてたよ。君達も、卒業早々に大変だったね」

夫妻は揃って私達の無事を喜びながら、同時にたいして見た目は変わっていないはずの私とシリウスを悲しそうに見つめていた。お互いに見てみても「大人になった」感じなどしないのだが、あの経験で少しは私達も成長できているのだろうか。

庭に出ると、リリーとリーマスが先に着いており、ジェームズと杖を出して何か話し込んでいるのが見えた。

「────リリーは防御魔法が強いけど、長い発音の魔法になると少し速度が落ちるな」
「間違わないようにって無意識に正確性を取っちゃうのね。気をつけるわ」
「ジェームズは攻撃に集中しすぎですぐ背中がガラ空きになってる」
「攻撃は最大の防御ってね」
「茶化さないの」

どうやら、私達が来るまで魔法の練習をしていたようだ。話の内容から察するに、リーマスを中心にお互いの癖を指摘し合っているというところだろうか。

「お待たせ、3人とも」
「お、パッドフットにフォクシー」
「2人とも、変わってなくて良かった」

リーマスはこの1ヶ月、新たな任務を騎士団から言い渡されていた。
その内容とは────人狼となった魔法使いが、闇の陣営に加担しないよう見張ること。

どうしても日の下を歩きにくい人狼は、彼らの人権を保護しようとしない社会や、満月を気にせず笑顔で幸せに暮らしている魔法使いに憎悪や嫉妬の念を抱き、その感情に付け込まれやすいのだという。リーマスは「まだあんまり見つけられてないんだけどね。僕らはとにかく自分の素性を隠したがるから」と言っていたが、地道に人狼の仲間を見つけ、なんとかこちら側に加勢してもらえないだろうかと説得しにかかる重要な任務を任せられているらしい。

「うちにある人狼登録簿、ちょっと盗み見て来ようか?」
「それは助かるなあ。ありがとう、イリス」
「やっぱり身内に政府の役人がいると変わるよな」
「それはきっと向こうも同じだね」

それから私達は、私とシリウスも加えて魔法の練習を再開した。
リーマスは「実力じゃとてもジェームズには敵わないよ」と謙遜してばかりなのだが、こと"教える"観点に立つとそれこそ彼の右に出る者はいなかった。ジェームズの教え方はあまりに感覚的すぎて意味がわからないし、リリーは逆に理論的すぎて難しい。私は人の癖をあれこれ指摘するのが(精神的に)苦手だったし、シリウスにはそもそも人に真面目に教える気がないようだった。

そういうわけで、私達はそれぞれ1対1で組みながら決闘を行い、それを見ているリーマスから癖や改善点を教えてもらうことにした。

「イリス、リリーが相手の時にすぐ手加減するのをやめなきゃ。どうするんだい、死喰い人がリリーの姿になってイリスの前に現れたら」
「でも、ここにいるのは本物だよ!」
「それじゃ練習にならないじゃない」

私の悪いところは、専ら"身内に甘い"ところなのだそうだった。
死喰い人が友人や恋人の姿になって現れたらどうするのかというリーマスの指摘はもっともだった。私はいくら頭の中で「目の前にいるのは敵」と思い聞かせても、いざ目を開くと大好きな人達の顔が目の前にあることに手を止めてしまう。

「…私、まだ日和見なのかなあ…」
「どうだかな。実際死喰い人が僕の姿で君に愛を嘯いたが最後、"シリウスはそんな下品なこと言わない!"とか烈火のごとく怒って一瞬で相手を灰にしちまいそうだけど」
「シリウスから見た私ってそんな極端な人間なの…?」
「誰から見ても君は極端だよ。どっちにしろ、こんなポカポカしたお日様の下で友達を相手にしても、あんま練習にならないと思うな」

最後まであまりやる気のない様子だったシリウスと一戦交えたところで、私達は休憩がてら夕飯の仕込みをしているユーフェミアさんや草刈りをしているフリーモントさんを手伝いに行くことにした。

「それにしても、ピーターが来られないのは残念だわ」

冷蔵庫からチーズを取り出したリリーが、溜息をついてこの場に来られなかった友人のことを口にした。

「ピーターって今漏れ鍋の近くの宿で働いてるんでしょ? この時期じゃ、そっちの仕事の方が忙しそうだよね」

とはいえ、私もここ1ヶ月、とんとピーターと連絡が取れずにいることをこっそり不安に思っていた。
12月の頭にヴォルデモートと戦ってから、騎士団の警戒態勢は一気に上昇している。これまであまり表立ったことをしてこなかったヴォルデモートだが、今回"騎士団の新メンバー"としてホグワーツを卒業して間もない私達が現れたことで、彼も若者を中心に積極的に刈り取りを行おうとしているのではないかというのがダンブルドア先生の見解だ。
学生時代から死喰い人未満の生徒を見てきていた私達にとって、その推測は実感のあるものとして頷けた。ヴォルデモートが"マグル支配"を掲げる新たな社会を作る過程において、死を待つだけの幸せな人生を全うした老人より、これから思想を育てていく柔軟かつ繊細な若者の手を取ろうとすることは、ある意味理に適っているからだ。

現状の戦力差でいえば、数にしろ力にしろ圧倒的に死喰い人の方が上回っている。あくまで法に則り、人道的な戦い方を好む私達騎士団と比べて(ムーディのような過激派ももちろんいるが)、死喰い人はとにかく手段を選ばない。簡単に言えば「こんにちは」の代わりに「アバダケダブラ」をお見舞いしてくるような連中なのだ。

じわじわと、光の世界が闇に侵蝕されている感覚を味わう。

だからこそ、私達は思っていた。
広げられた枝葉を切っていても意味がない。花が咲いてしまう前に、ヴォルデモートというを断ち切らなければならない、と────。

「ピーターが無事だと良いけど」
「縁起でもないこと言わないで」

リリーは怒ったようにそう言っていたが、私は本気でピーターのことを心配していた。
学生の時から、ジェームズとシリウスの後ろを喜んでついて行っていた子。ピーターだって十分賢くて力もあって、親しみやすいという独自の魅力でみんなから好かれていたのに、圧倒的なカリスマの前ですっかり「僕なんて」が口癖になってしまった子。

彼の光は、いつだってジェームズとシリウスだった。
彼の前には、いつだって彼らがいた。

今、こうしてバラバラに生活をし、簡単に連絡を取ったり会いに行ったりすることができなくなってしまった中で、彼はどうしているのだろう。厳戒態勢に入っている騎士団の波に呑まれて、初めて突き付けられた現実を見て、恐怖心を拗らせていなければ良いのだが。ひとりぼっちでも、私達と同じようにその"恐怖"と"現実"に立ち向かうだけの有り余る反骨心を持ち続けてくれれば良いのだが────。

「まあ、ピーターなら大丈夫だよね」
「絶対大丈夫。結婚式には何がなんでも来てくれるって、先月言ってたもの」

1日ごとに大きく状況が様変わりしている。それをわかった上で、リリーは期待を込めてきっぱりと言った。

夜ご飯を食べた後は、ジェームズとシリウスが学生時代に遺していた花火を打ち上げて遊んだ。いつまでも戦いの話や練習をしていたら、ポッター夫妻の表情がどんどん曇っていってしまうとシリウスが言ったからだ。

ちょっとだけ、あの頃に戻ったような気持ちで私も輪に加わる。

「なんだこれ? プロングズ、これ君が作ったやつか?」
あっ! それは失敗作だ、点火するな!」
「ほーう、ほう? よっぽど渾身の出来らしいな。いっちょ派手にやってやろう」
「待て待て! 武器を取り上げるぞ、パッドフット!」
「残念、後ろには僕がいるんだな。ほら、インフラマーレイ!」
「恨むぞ、ムーニー!!」

リーマスが炎を出して点火した花火は、よく晴れた夜空に『愛してるよ 僕のエバンズ』と────これだけ広い敷地の、果てない空でさえも覆ってしまうのではないかと思うほどの大きな赤い文字を描いた。

「……どういうこと、ジェームズ」
「いや、これは…その、ちょっと僕が拗らせてた時に…」
「まさかとは思いますけど、これをホグワーツで打ち上げようとしてたんじゃないでしょうね?」
「打ち上げてないからここにあるんじゃないか!」
「ま、結果論だけどな」

あまりにジェームズらしい熱烈な告白に、私達はお腹を押さえて笑い転げた。リリーを除いた私達はみんな、ジェームズが語尾に「エバンズ」と付けないと気が済まない"エバンズ病"の被害者だったことを思い出す。

「パッドフットだって絶対フォクシーに何か仕込んでるだろ。くそー、暴いてやる…」
「残念ながら僕はイリス病に罹る前にちゃんと本人に伝えたんでね」
「初回は全く伝わってなかったようですけどね」
「告白したらまずポリジュース薬の服用を疑われた、なんて聞いた時、僕はもう椅子からひっくり返るほど笑ったからなあ」
「ジェームズは実際ひっくり返ってたじゃないか」

ふふんと笑ってジェームズの負け惜しみを一蹴したつもりだったらしいシリウスは、すぐにリリーはじめとして私以外の全員からの攻撃を食らって一気に表情を崩した。

「あ────あれはだって! まさかそこまで信用がないなんて思わないじゃないか!」
「そもそもイリスは最初、デートだとすら思ってなかったらしいじゃない。あなたの誘い方が下手過ぎるのよ、シリウス」
「君はプロングズのド直球でド熱血な告白に慣れすぎなんだよ」

こんな風に子供のじゃれ合いみたいな喧嘩をするシリウスとリリーを見るのは珍しい。その光景があまりにも幼かったので、ここでも私達は体が痛くなるほど笑った。

「あ、そろそろ日が変わるぞ」
「よーし、じゃあ特大のやつをブチかまそう。フォクシー、カウントダウンして」
「オッケー。あと30秒ね」

30秒数えながら、私は走馬灯のように駆け巡る今年1年のことを思い出す。
NEWTを控えていてもどこか緊張感が欠けたまま、ホグワーツの最終学年を楽しんだ私達。春には秘密の花園を創って、そこにホグワーツ創設者の秘密を隠した。夏にはオマケ程度の試験を受けて先生方の笑顔に見送られた。秋からは転がるような毎日を過ごし、冬となった今日を迎えてしまったので、もう半年前のそんなことでさえ、すっかり遠い昔のことに思えてしまう。

あの頃の私達は本当に、"守られていた"んだと思う。
ホグワーツという、魔法の城に。ダンブルドア先生という、最強の魔法使いに。

今度は私達が、そんな世界を守らなくてはならない。
誰かを守るということは想像以上に難しくて、厳しいことだった。気を抜けばすぐに口からまろび出そうな恐怖心をなんとか抑えつけて、ここまで育ててきた勇気と闇への反抗心を高く掲げなければならない。体力も、気力もいることだった。

「10、9、8────」

だから、私は今年の終わりに、"変わらぬ明日が来ること"を願った。

「7、6、5、4────」

このまま花火が打ち上がって、明日を迎えられたとして。
その"明日"が、これからもずっと続きますようにと。

ジェームズとシリウスが、揃って打ち上げ台に乗せられた花火に火を点ける。

「3、2、1────」

ゼロ、という私の声は、花火が打ち上がる爆音に掻き消された。

空には、さっきのリリーへの愛のメッセージより大きな明かりが、今度こそ暗い夜空に大輪を咲かせた。赤、黄、青、緑、ホグワーツの4つの寮の色が、空の上でバチバチと混ざりあいながらゆっくりと姿を消していく。その煌めきは一瞬だったが、その一瞬は何よりも鮮やかで、そして眩しかった。

「ハッピーニューイヤー! 今年も平和な1年が始まるぞ!」

昼中より明るい光の下で、すっかり10代になったばかりの頃の気持ちに戻っているジェームズが叫んだ。

仲間が既に1人この場にいない状況の中、私はそんな時間が一刻も早く終わってほしいと切に願う。

どうか、どうか彼の言う通り、平和な1年になりますように。



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