それは、12月に入ってすぐのことだった。
そろそろ仕事を切り上げようかとまとめ作業に入っていた時、唐突に自分の小指の爪が深紅に染まる。

「────!」

"合図"だ。
騎士団の誰かが、助けを求める合図が────発せられている。

────これは、不死鳥の騎士団のメンバーのみがそれぞれ発信・受信できるようになっている"緊急召集の合図"だった。
騎士団に入る時、ダンブルドア先生はメンバーの好きな持ち物にこの複雑な通信機能のついた変色魔法をかけ、誰かひとりが自分のペンやブローチに杖を向けて叩くだけで、他の団員の持ち物に一斉にこのアラートが届くような処置を施した。
私の場合、基本的に昼間は書類とにらめっこしているし、持ち歩いている特定の物なんて、業務中は常に鞄にしまっている財布か時計か、それからシリウスからもらったブレスレットしかない。たとえ騎士団のためであってもこのブレスレットに手を加えてほしくはなかったので、私は先生に「体の一部に魔法をかけていただくこともできますか?」と尋ね、こうして目立たないが確実に自分の目では確認できる"爪"に魔法を施してもらっていた。

この印を確認したら、同時にその印の所有者にのみ、発信者とその所在地がわかるようになっている。例えば死喰い人との戦闘で苦戦している時、あるいは────ヴォルデモート本人と相対した時、私達は場所や時間を問わずこの方法でできる限り集まるようになっていた。

私は爪が赤くなったところを見た途端、ガタンと立ち上がり、書類を整理することもなく全て雑にデスクに突っ込み、なんとかいつもの習慣で鍵だけは素早く掛けると、同僚に挨拶すらろくにしないまま魔法省を飛び出した。

この印が現れるのを見るのは初めてだった。
しかも、小指の真っ赤な爪先にゴマ粒のような黒い染みができたと思った瞬間、なぜかその文字が大きくクッキリと読み取れるようになった。それによると────。

"ジェームズ・ポッター ロンドン・ナイツパーク"

「っ…」

本日二度目の緊張。
緊急召集をかけたのは、ジェームズだった。
私は魔法省を出ると、急いで人のいない物陰に潜んで姿くらましをした。行き先はもちろん、ナイツパークだ。

ナイツパークは、ハイドパークの"裏側"にある魔法使いのための公園だった。ハイドパークの広大な敷地の中のとある一本の木の"うろ"にあるトンネルを下がっていくことで誰でも一応行けることにはなっているが、例によってマグルにそれが見つかることはまずない。姿現しで直接行かずそのうろを使うのは、ごく僅かな未成年の魔法使いか、家族連れくらいのものだった。

なんてことだ。よりによって未成年、それも子供の多いエリアでジェームズが戦っているなんて。

姿現しで公園に立った瞬間、まるで空気自体に重力がかかっているかのような、どんよりとした闇が私の足取りを鈍くした。
…ここは私の知っているナイツパークじゃない。そこに恐怖に怯えている人がいないのは、皆既に逃げてくれたからだろうか。それとも────。

空は厚い雲に覆われ、辺り一帯が濃霧に満ちていた。表側の世界は冬の澄んだ夕方なのに、こちらはまるで雨季の深夜のようだった。

フォクシー!

はっと声に反応すると、ジェームズが私の到着に気づいたようだった。左腕の付け根と額からダラダラと血を流し、服はところどころ裂けているが────生きている。

彼はひとりではなかった。すぐ隣にいるリリーが、私にチラリと視線を送ったものの、笑っている暇も話しかける余裕もないというようにすぐ"敵"に向き直る。

彼らが対峙している相手を、私は見る。

────それは、ひとりの男性だった。
かつては端正な顔をしていたと思わせる、彫の深い目鼻立ちに、すっと痩せた顔のライン。仕草にも気品があり、どこぞの由緒あるお屋敷のご子息と言われても私は疑わなかっただろう────彼が、瞳孔に赤い光を宿しながら死の呪いを連射していなければ。

男はひとりでジェームズとリリーを相手取っていた。それでいて、彼らを窮地に追い込んでいる。彼はジェームズの放った魔法を跳ね返し、逆に彼自身にその矛先を向けてみせた。そして、瞬きする前に即刻跳ね返した魔法と同速度で緑の閃光を放つ。

2つの魔法──── 一方は自分の呪いの逆噴射、もう一方は死の呪い────に襲われるジェームズを守ったのは、リリーだった。すんでのところで盾の呪文を放ち、彼女が呪いとジェームズの間に割り入るなり、ジェームズはすぐその場をリリーに預けて再び攻撃に転じる。

ジェームズとリリーは素晴らしい連携を見せていた。リリーの防御が完璧であり、また彼も彼女を心から信じているからこそ、多少向こう見ずな行動であろうとも攻撃を続けることができている。しかし男は、2人が揃ったところでようやく1人と見なしているような────そんな優雅ささえ感じてしまうほどの余裕で彼らを相手にしていた。

ぞくりと、本能的な恐怖が背筋を凍らせた。

強い。これが、本物の死喰い人────。いや、それともまさかこの人は────。

しかし、いつまでも状況を見ているわけにはいかない。私は瞬時に迷いも恐怖も振り切り、ジェームズを援護した。

初めて私の存在に気づいた男は、自分に向けられる攻撃が2つに分かれたことで初めて弄ぶような侮蔑の表情に陰りを見せた。しかしすぐにまた、耳障りな笑い声を上げ、器用に私とジェームズの呪いを杖の一振りで封殺する。

「次から次へと雛鳥ばかり────騎士団はいつから幼稚園になったんだ?」

それは、胃を素手で掴まれるようなおぞましさを呼び起こす声だった。
本能で感じる。この人は、魔法だけじゃない────その存在と立ち居振る舞いだけで、人の心を恐怖に陥れる。この人は────"恐怖"を操ることができるのだ。

皮肉には応えず、私はジェームズのすぐ後ろで彼に向けて放たれた呪いを弾き返した。腕に負担を感じながらも、今しがた男がやってみせたように、そのまま受けた呪いを逆噴射して男目掛けて放つ。

私が加勢したことで、リリーにも少し余裕ができたらしい。これまで防戦一方だった彼女は、突如防御魔法を打ち消すと、これまでで最も強い失神呪文を放った。

「────!」

男の気がリリーに取られた。跳ね返そうとするが、なかなか真っ直ぐに放たれたリリーの閃光は思うように曲がってくれないらしい。その隙を狙い、私とジェームズも最大の力を込めて失神呪文を放つ。

男はリリーに攻撃することを諦め、彼女の魔法を空に向かって無理やり捻じ切ると、私とジェームズの呪いから身を守るために自分を半透明の盾で包み込んだ。

よく耐えた、ポッター!

その瞬間、バシッという音がいくつも聞こえ、凍り付いていた心に沸騰した湯をかけるかのような熱く大きな声が轟いた。

マッド-アイ・ムーディ、ギデオンとフェービアンのプルウェット兄弟、そして────ダンブルドア先生が、その場に現れた。先程ジェームズに声をかけたのはムーディのようだ。

「ジェームズ、君はリリーと一緒に一度退け! 安全なところで回復しないと、失血死する!」

ギデオンがジェームズにそう言うと、退路を確保すると言わんばかりに彼は2人の前に立った。悔しそうなジェームズは何かを言いかけたが、「後は頼みます」と冷静に彼の容態を判断したリリーが彼を連れて無理やり姿くらましした。戦いの中で忘れかけていたが、彼の出血量は尋常ではなかった。いつ左腕が落ち、頭が割れてもおかしくないほど血が流れ続けていたのだ。心配は残るが、リリーがついていてくれるなら安心だろう。

歴戦の魔法使いに加え、ダンブルドア先生本人まで出てきたことで一気に形勢が逆転した。男は小さく顔を歪め、そして一瞬にしてどこかへと消えてしまった。

「アラスター!」
「闇祓い全員騒動で捜索させよう!」
「ギデオン、フェービアン!」
「私達は近隣の被害状況を見てきます!」

本人がいなくなっても、彼らの気が緩むことはなかった。こういった事態には慣れているのか、ダンブルドア先生が名前を呼んだ途端、阿吽の呼吸で次の行動を告げ、来た時同様あっという間に姿をくらました。

「────イリス」

そして先生は、最後に私のところへ来た。

「君がヴォルデモート卿と戦うのは、これが初めてじゃな?」

────ヴォルデモート卿。

なんとなく予想はしていたが────改めてその名を聞いて、私は7年越しにようやく"敵"の正体を知ったのだと、仄暗い高揚感(一転するとすぐ立っていられなくなるほどの恐怖になりえるものだったが)を感じていた。

「────はい」

あれが。
あの男が。

数多の闇の魔法使いを魅了し、罪のない人々を恐怖に陥れてきた本人。
スネイプやレギュラスが尊敬してやまないカリスマ。

あんな顔をしていたのか。あんな声を出すのか。あんな動きをして、あんな風に戦うのか。
私の頭の中では、何度も繰り返し今の戦闘が蘇ってきた。初めて大人の魔法使いと戦ったその相手が、よりによって狙うべき敵の総本山だったなんて。

「君達が戦うべき相手の姿は、よくわかったかね?」

よく考えれば、これまで"ヴォルデモート"という名前だけでよくここまで敵対心を募らせられたものだと思う。私はここにきてようやく、真に抗うべき存在の姿を目の当たりにしたのだ。

私の表情から言いたいことは察してくれたのだろう。ダンブルドア先生は浅い息をつく私の肩に手を置いた。

「ジェームズとリリーのところに行ってあげなさい。おそらくリリーの家に行ったことじゃろう。あちらの方が人の目が多く、ヴォルデモートにとってはうかうかと後追いしにくい場所じゃろうからな」
「はい、先生」

私は言葉を全て呑み込み、先生に一礼するとリリーの家に姿くらましした。

あれがヴォルデモート。
あれが────私達の、本当の敵。

リリーの家に着き、家の扉をノックする。
すると中から「誰なの?」というリリーの鋭い声が聞こえた。

「イリスだよ」
「本物だという証明は?」

猜疑心を隠そうとしない彼女の言葉に、私は6年生の時、同じような会話を他の人としていたことを思い出した。

「────でも、このハリエットが本物だって証拠は? その偽ハリエットが彼女の姿に変化することができたのなら、今一緒にいるハリエットだって偽物である可能性を排除できない」
「偽物がわざわざ聞き出さないような細かいプロフィールを公開すれば良いのね? 私は卒業後にコリーを飼って、その犬に初恋の人の名前────ジャスティンって名前を付けるつもりよ。これで良い?」
「ええ、ありがとう。その話なら、確かに3年生の時に一度聞いたわ」


あの時は、レイブンクローの7年生、ハリエットが何者かにその姿を模倣されていた。その偽りの企みを暴くため、私は一時的にレイブンクローの生徒と手を組んだのだが、彼女達は"あるがままの姿"には決して惑わされず、たとえ見た目が仲間であろうとも疑いをすぐに解いたりはしなかった。

誰だって、敵の隠れ家をわざわざ訪ねるために、敵の姿のまま向かったりはしないだろう。

「私の宝物は、シリウスから5年生の時にもらった赤いブレスレット。でもそれは、2年生の時にあの人がいやらしい自己顕示欲を満たすために買ってきたものとよく似てるんだけど…私はそんなエピソードも含めて、このブレスレットが何よりも大事なの。…どうだろう、こんな小さい話なら、死喰い人もわざわざ調べたりしないと思うんだけど」
「────ええ、最後にちょっと自信なさそうにそうやって付け足すところまで、ちゃんとイリスだわ。疑ってごめんなさい、今開ける」

だんだんとリリーの声が近づき、「開ける」と言った直後に扉が開いた。中から、まだ戦闘の余韻が残っているのか────疲れ切っているのに、爛々と目を血走らせているリリーの姿が現れる。

「さっきは助けてくれてありがとう」
「私は何も。それより、ジェームズは?」
「今は眠らせているの。血も止まったし、無事よ。私が薬剤調合師の資格を持っていてこれほど良かったと思ったことなんてないわ…」

彼女のベッドには、頭と左腕を包帯で巻かれたジェームズが寝ていた。

「変な呪いのかかった裂傷ができてたの、とてもじゃないけど普通の呪文じゃ止血できなくて────こっちも検出した毒の解毒作用を持ってる薬を患部に当てて、こうやって包帯でなんとか止めてるだけなの。こうして見ると、マグルの病人みたいでしょ」
「ホグワーツにはマダム・ポンフリーの薬で血が止まらないほどの呪いなんてなかったもんね」

リリーはふうと息をつき、眠っているジェームズの手を握った。

「よく寝てるね。リリーが魔法をかけたの?」
「応急処置をした途端、"もう一度戻る"って聞かなくて」

確かに、ジェームズが言いそうなことだ。

「あの後、どうなった? あなたがここに来てくれてるってことは、負けてはいないのよね?」
「ヴォルデモートなら、ダンブルドア先生が来た途端逃げて行ったよ」

その名前を出すと、リリーの手に一瞬力が入った。彼女はすぐに自分が怪我人の手を握っていることを思い出し、そっと力を抜いたが────瞳孔が開ききり、どこか別人のような表情に一層凄みが増す。

「あの男が例のあの人だったのね。私、もう二度と忘れないわ、あの顔。蛇みたいに赤く光ってる目も、あの大仰な杖の振り方も────」
「どうして2人はヴォルデモートと戦ってたの?」
「ジェームズがロウルの尻尾を掴んだのよ。あいつが寂れたパブにいるところを見つけて、そっと後を追ってたの。そうしたらあの公園に辿り着いて、ロウルがそこにいた男と何か話してすぐ消えた直後────戦闘開始ってわけ。言わずもがな、その男が"例のあの人"よ」
「リリーはいつそっちへ?」
「印に気づいた時、私、他の人が誰もいない倉庫にいたのよ。だからその場ですぐ駆けつけたわ。その時点でもう彼はもう左腕と頭がちぎれる寸前だった。だから彼がどうして例のあの人に会ったのかは、私もついさっき、ここに来て治療してる間に聞いたの」

リリーは話し終えるとジェームズから手を放し、散乱していた薬瓶を片付け始めた。薬学に精通した彼女が彼の傍にいてくれて良かった、と私も遅れて彼女と同じことを思う。

「────悔しいわ」

いくつか空になった瓶を消して、リリーが呟く。こちらに背を向けたまま、窓際のデスクに手をついて、彼女は押し殺すような声で誰に聞かせるでもない悔恨の念を滲ませた。

「私にもっと力があれば、ジェームズをもう少し早く守れたかもしれないのに。私達にもっと力があれば、例のあの人に遊ばれるようなことだってなかったのに」
「仕方ないよ。ダンブルドア先生でさえ、あいつを最後には逃がしてしまったんだ」
「でも、最初にあいつと対峙したのは私達よ。私がもっとちゃんとしていたら…」
「リリー、今の私達には、先生が来てくれるまで誰も死なずに足止めできただけでも十────」

ガチャン!!

私が宥めるようなことを言った瞬間、彼女はまるで学生時代のように荒々しい仕草で机を叩いた。力任せに殴られた古いテーブルは嫌な軋み音を立て、上に乗っているいくつもの小瓶や試験管がカチャカチャと危なっかしくぶつかり合う。

私達はダンブルドア先生の秘書じゃないのよ!
「リリー、落ち着い────」
私達騎士団のメンバーが全員、あいつを倒せる力を持ってないと意味がないわ!!

小さなアパートの一室に、リリーの怒りに任せた叫び声が響く。私はそれを、悲しい気持ちで聞いていた。
彼女ははっと息を呑むと、くるりとこちらを振り向き────私の顔を見てすぐに冷静さを取り戻した。

「────ごめんなさい。怒鳴るつもりはなかったの」

わかってる。リリーは何も、私に怒っているわけではない。
彼女はただ、自分の無力さに憤っているだけだった。

そして私もまた、彼女の言いたいことは痛いほど身に染みていた。
自分を責めているリリーを慰めるように言った私の言葉は、他でもない「それしかできなかった」自分を慰めるために言ったようなものだ。

リリーの言っていることが、正しい。

私達は、ダンブルドア先生が来るまでの時間稼ぎをするために不死鳥の騎士団に入ったわけではないのだから。
私達は、全員がそれぞれヴォルデモートを倒すためにいる。それなのに現実は、援軍を待ちながら、怪我を負い、2、3人がかりでようやく対等に戦うのがやっとだ。

いくら高い志を持っていたって、いくら学生時代にホグワーツで功績を上げたって、社会に出てしまえば私達なんてヴォルデモートの言う通り、雛鳥同然だった。
呪いさえまともに打てない。受ける攻撃を防ぐのがやっと。それでもなんとか持ち堪えていたと思ったのに、結局は自分より強い大人が現れたことでみすみす敵を逃してしまった。

リリーの怒りはどれほどのものだっただろう。ヘルプを見てすぐに来てみれば、最愛の人が今にも死にそうな体で戦っていたところを見た時。最後まで戦線に残ることすらできず、こうして「敵を逃がした」という報告を又聞きで聞いた時。

「────あなたなら、きっと戻って来てくれると信じていたのに! 例のあの人さえいなければ、闇の魔法があなたを誘うことだってきっとなかったのに!!!

6年生の時、ホグワーツで小さな戦争に巻き込まれたリリーは、許されざる呪文を使ったスネイプに対してそう叫んでいた。
彼女は最後まで、スネイプを憎めなかった。彼女の怒りと憎しみは、彼女の大切な友人だった少年を闇の道へと導いた────ヴォルデモート本人に向けられていた。

そういう意味では、騎士団の存在や卒業後の進路を固めたこと自体は私より遅くとも、ヴォルデモートに対する執着心はリリーの方が余程勝っていることだろう。私よりずっと切実にヴォルデモートを追い求め、そして私よりずっと鮮明にあの姿を焼き付けたことだろう。

私は、そんなリリーにだからこそ────残酷なことかもしれないとは思いつつ、今ここで冷静さを失ってほしくなかった。敵が現れたことで我を忘れ、闇雲に突っ込んでいくようでは、それこそ相手の思う壺だ。そして、リリーはすぐに私に謝ってくれたが、現実をうまく消化できない自分と、現実を現実として客観的に捉えている他人の温度差に激昂するようでは────いずれ、仲間内にも不和がもたらされる。それこそ、私達が最もしてはならないことのはずだった。

「強くなろう、一緒に」

だから私が────今は比較的落ち着いている"温度の低い方"の私が、リリーの熱くなった頭に冷水をかけなければならない。

そうだ。私達は弱い。弱くて、無知だ。
でもそれを嘆いている暇はない。八つ当たりをする暇も、後悔する暇もない。

今回のことで、敵がいつ現れるかわからないということは私達の誰もが真に理解したはずだ。今までのように"想像"するだけでなく、私達はようやく"現実"を思い知る機会を与えられたのだ。

「私も、今度はもっとうまくやるから」

リリーは唇を噛みしめた。私がリリーを慰めるようなことを言っても、それは決して自分達の弱さを正当化しているわけではないということが伝わったのだろう。私だって自分の無力さが情けなくて、どうしてもっと戦いのための訓練をしてこなかったんだと責めたくなってしまう。5年生の時には既にここにいる自分の姿を思い描いていたはずなのに、私はまだどこか、戦闘を避けたがっている自分がいることに気づいていた。

そのことが、今は心から恥ずかしい。

「────今日は帰るね。また日曜日にでも、遊びに来るよ。ジェームズによろしく」
「ありがとう。気をつけてね、イリス。声を荒げて本当にごめんなさい」
「大丈夫だよ、リリーの気持ちならわかってるつもり」

私は最後に、泣き出しそうな顔をしているリリーのことを抱きしめてから帰った。
────今日も、レギュラスの姿は見つからなかった。



[ 122/149 ]

[*prev] [next#]









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -