翌日、私はシリウスを連れて必要の部屋に再び赴いた。
目的はもちろん、この間見つけたルビーの鍵で"扉を開ける"ことだ。

私は、昨日見た夢に"新たなヒント"を見出していた。

ここでシリウスだけを連れて行ったのは言うまでもなく、私の今からやろうとしていることが完全に"夢の中"の話だったから。これで期待を持たせて4人一緒に連れて来て、結局この仮説が間違っていた…なんてことになったら、私は申し訳なさで胃が破裂することだろう。

「そろそろ説明してくれないか?」

必要の部屋の前を往復する私に、シリウスの狼狽したような声が聞こえてきた。
私はここに来る前、夕食後にゆっくり談話室で休んでいた彼を「ルビーの鍵を持って一緒に来て」とだけ伝えて無理やり連れ出してしまったのだ。この件については「新しい案が見つかるまでは忘れよう」と言い合っていたので、彼も私が"新しい案"を思いついたところまでは予想をつけているだろうが────その案がどれだけ荒唐無稽なものなのかまでは考えを及ばせていないのだろう。

私だって、そんな魔法みたいなことがあってたまるか、と思わないわけじゃない。
でも、その度に私は初心に立ち返るのだった────ここは、魔法に溢れた場所だったじゃないかと。

開いた部屋は、前回見たような扉まみれの部屋。シリウスは「前と同じじゃないか」と今度は不満そうな調子すら滲ませて言ってきたが、私はむしろ好都合なことだと思った。

────どの扉とも合わない鍵。
その鍵を開けるために必要と思われる、無数の扉。

必要の部屋は確かに開いた。それなら、この鍵が使える場所は必ずある。
一見どの扉にも合わないかのように見える鍵だが────私は(夢の中で無意識に)その発想を逆転させていたのだ────つまり、この鍵は"どの扉にも合わせることができる"のではないかと。

『自由の翼を授ける』と書かれたガラスケースのメッセージ。
あの言葉は、こう解釈することができないだろうか? ────行こうと思えば、"どこにだって行ける"と。

安全面から、校外への移動にかなりの困難を伴うホグワーツ城。
それはほとんどの生徒には"ここにいれば安心だ"という優しい気持ちを与えると同時に、一部の生徒には"外に出られないなんてつまらない"という閉塞感も与える。

だから、創設者達は考えたのではないだろうか。
自分の理性と力量を弁えた"素質ある生徒"であれば、一時的に校外への道を繋ぐことを許しても良いのではないか、と。

私は適当に選んだひとつの扉の前に立ち、シリウスから鍵を受け取った。

「ねえ、今の時期に生徒が一瞬姿を見せてもお目こぼししてもらえるところってどこだと思う?」
「は? え? えー…ホグズミードとか?」
「わかった」

この間ジェームズがどの扉も開けられなかったのは、きっと"どこへ行きたいか"という思いが欠けていたからだ。必要の部屋に行く前に試した、施錠された部屋を開けられなかったのは、きっと"その先に何があるか"を知らなかったからだ。

でも、どこに行きたいか明確にわかっていて、その場所を鮮明にイメージすることができれば────。

私は震える手で、歪んだ鍵の先端を、一見全く形の合わない鍵穴に差し込んでみた。
すると────どうだろう、鍵は一瞬鈍い金色に光ったかと思うと、徐々に鍵穴の形へと変わっていった。

「…マジか」

横でシリウスが驚きの声を漏らしている。
私はそのまま、ゆっくり鍵を横に回した。

ガチャリ。

扉の、開錠される音がした。

「────開いた…」

私は安堵の溜息を漏らし、そして緊張したまま扉を開いた。

────その先に広がっていたのは、寂れたパブの光景だった。試しにそろりと外に出て、扉越しにその裏側を覗いてみると、何がどう変化したのか、そちら側は"パブの扉の反対側"が見えるようになっていた。

夢の話だと馬鹿にしなくて良かった。

やはりこの鍵は、行き先を念じればどこにでも通じる魔法の鍵だったのだ。

「…どういうことだ?」
「必要の部屋でこれだけ扉があって、そのどれとも合致しないってことは…逆に条件次第で、そのどれとも合致する可能性もあるんじゃないかって思ったの。今まで試してきた時に足りてなかったのは、"そこがどんな場所か"っていうイメージと、"どこに行きたいか"っていう思い。その条件を揃えた"正当にこの鍵を手にした生徒"なら、文字通りこの鍵は"自由の翼"になるんじゃないかと思ったんだ」

賢いシリウスは今の説明だけでわかってくれたらしい。「なるほどな」と納得したように頷いて、それから改めて私の方を見た。

「で、なんで行き先がホッグズ・ヘッドなんだ?」
「あはは…一番人に見つかりにくいかなって思って…」

案の定、客は誰もいないようだった。一度シリウスと外から見たことがあるホッグズ・ヘッド。私はどうやら、その入口のドアを開いてしまったらしい。

「まずいな、客だと思われたら困る。さっさと閉め────」
そこで生徒が何してる?

急に店内から聞こえた厳しい声に、私はびくりとわかりやすく肩を大きく跳ねさせてしまった。あまりよく見えなかったが、隣にいるシリウスもちょっとだけびっくりしたような動きをしていたような気がした。

それまで姿が見えなかったのは、カウンターの下で作業をしていただろう。バーカウンターからにょきっと顔を出したマスターらしき男性の老人は、どこかで見たことのあるような青い瞳で私達2人を訝しげに見ていた。

「今日は遠足の日じゃないはずだが? それとも恋愛にうつつを抜かした上級生が下級生のお手本としてお忍びデートの指南でもしているのか?」

許可日以外に訪れたこちらが悪いので、全て言われても仕方のないことばかりではあるのだが────初対面で交わす会話にしては、ちょっとばかり非友好的だと思った。非友好的どころか、バーテンはズカズカとこちらに歩み寄り、店内に足を踏み入れてしまっていた私をまるで押し戻そうとしているかのようにさえ見える。

マズい。何か言い訳を考えなければ。

「すみません、私もただ先生から頼まれ事をしていただけで、今の今まで教員用の倉庫にいたんです。なかなか頼まれた物が見つからなかったので、倉庫の更に奥にあった扉の向こうならあるかもしれないと思って開いてみたら、偶然ここと繋がっていて────」

彼がホグワーツについて"何も知らない"人であれば、私の言っていることは嘘だと一発で見抜かれたことだろう。しかしホグワーツについて"多少なりとも知っている"人であれば、"思いがけないところに校外への抜け道が存在している"ことを理解し、私の言っていることを信用する可能性が高い。

さて彼はそのどちらか────と脂汗を滲ませていると────幸いなことに、バーテンは「フン、抜け穴だらけのハリボテ学校め」と悪態だけついて、それ以上追及してこなかった。良かった、この人はホグワーツの防御網が完璧でないことをちゃんと知っている人だった

「それなら、とっととお使いに戻ることだな。見ての通りここはホッグズ・ヘッドだ。ホグワーツの教師が使うような物なんて置いてない。それから帰ったらその入口は何かで塞いでおけ。また別の子供が紛れ込んできたら仕事の邪魔だ」

そう言って、バーテンは私の肩をとんと叩いたが────その時彼の指が、扉の境界線ぴったりのところで、ぶにんと────まるでゲルか何かに触れたような弾力で弾き返された。

「…?」

一瞬、今起きたことを呑み込めずに固まる私達。バーテンは驚いたように何度か手をこちらに向けて伸ばしてきたが、毎度その手は弾き返され、彼の髪の毛一本ですら扉の"こちら側"に来ることができなくなっていた。

────この鍵を正当に握りし若き者に、自由の翼を授ける。

「────すみません、お邪魔しました。境界線は塞いでおくので、安心してください。失礼します」

私はそれ以上疑われる前に、扉をバタンと勢いよく閉めた。

「────今のって」

一連の流れを間近で見ていたシリウスが、ようやく口を開く。

"この鍵を正当に握りし若き者"だよ。つまり、各寮の"生徒"じゃないと、この扉で行き来することはできないんだ」

ホグワーツを卒業したのかしていないのかは知らないが、かなり年を取ったあのバーテンはもう"若き者"と見なされなかったのだろう。あるいは、"グリフィンドール"の鍵に相応しくないと判断されたのかもしれない。

考えてみれば、それも当然のことだと思った。
ホグワーツの創設者達は、この学校をマグルの目から遠ざけ、生徒が"安全に魔法を学べる場所"を作ったのだから、いくら息抜きで"生徒が外出"することを許しても、"不当に侵入してくる大人"の存在を許すはずがないのだ。

だからバーテンはこちら側に来られなかった。創設者達の生徒への寛容さと、外部者への警戒心が浮き彫りになっている────それが、この鍵の持つもうひとつの力だったのだ。

「────レギュラスがここで何をしていたのか、なんとなくわかったね」

この鍵の使い道がわかったところで、私は本来の目的に立ち返った。創設者時代から受け継がれてきた神秘の詰まった鍵。それは、生徒に自由を与え、大人に不自由を与える、創設者達の最大ともいえる"悪戯"だった。

ここから予想できることとしては1つ。
レギュラスは、必要の部屋という他人からは決して見つかることがなく、魔力の痕跡さえ残らないこの場所で、ヴォルデモートがいる場所へ直接出向いていた。
ヴォルデモートは残念ながら20年以上前に卒業済(それに、いくら力が強いとはいっても、流石のホグワーツ創設者には敵わないことだろう)。生徒という資格を失った"大人"はこちら側へは来られないので、どうしてもホグワーツを介して何かをしようと企むならレギュラスという内通者が必要になる。

そう仮定すれば、レギュラスがどうして今年もホグワーツに残ったのか、そしてどうやってヴォルデモートと連絡を取っていたのか、その全てに納得がいく。

「ヴォルデモートが何を知りたがってるのかはわからないままだけどな」
「それこそ色々あるんじゃない? 大人でも入って来られる抜け道とか、ダンブルドア先生を殺せるタイミングとか。まだ死喰い人リスト作成が終わってないとも言い切れないし…」
「確かにそれはそうだ。この城はあいつにとって情報の宝庫のはずだし。…となれば、やることは?」
「レギュラスから鍵を奪う」
「そうなるな」

シリウスと私の意見が一致した。
私達は談話室に戻り、他の悪戯仕掛人とリリーを呼ぶと、今起きたことの全容を聞かせた。

話し終えた後、改めて意見を問うと、彼らも概ね同意見だった。ただし、難色を示していたのがリーマスとリリー。このグループの良心だ。

「ダンブルドア先生にも話しておいた方が良くないか?」
「そうね。既にグリフィンドールとスリザリンの鍵が見つかっている以上、レイブンクローとハッフルパフの鍵もあると考えた方が良いでしょうし。創設者時代がどうだったかは知らないけど、今の時代の生徒にそんなものを持たせたら悪用する生徒の方が多いに決まってるわ」
「まあ、まず鍵が見つかる確率そのものが低いわけだから、その労力に見合うお遊びくらいは許してやっても良いと思うんだけどな。創設者もそう考えたんじゃないか?」
「それで結局スリザリンの鍵は死喰い人の手に、グリフィンドールの鍵はホグワーツきっての悪ガキ4人衆の手にあるわけでしょ。ろくなことになりゃしないわ」

ジェームズの呑気な言葉はリリーの言葉に一蹴されてしまった。
私もこの件を先生に報告した方が良いのだろうか、と一度は考えた。しかし、そもそも私達がこの鍵を見つけるまでの過程がかなりグレーゾーンであることと、レギュラスのことを報告したところで全てが状況証拠でしかないことを踏まえると、果たしてこのタイミングで報告することが本当に正しいのだろうか、と迷ってしまうのだ。

去年度、ダンブルドア先生は「一連の騒動の首謀者は騎士団が追っている」とも言っていた。そしてそれ以上のことを明かしてはくれなかった。であれば、私達がまた余計なことに首を突っ込んで余計なことをガーガーがなるのもどうかと思うのだ。

大人は大人にできることをしている。
だったら、子供は子供にできることをすれば良いんじゃないだろうか。

一度ダンブルドア先生に意見を物申して以来、私は先生への忠誠を誓いながらも、どこかでそういった"自分達の領分"を決めるようになっていた。

「────まだこの段階では不確定要素が多すぎる。必要な情報がどれかもわかっていない、何の根拠もないそんな空想で先生を煩わせるより、まずは自分の足で確かめてみたい。だって考えてもみてよ、私達、レギュラスがあのグループのリーダーかどうかすらわかってないんだよ

半ば確信していることではあったが、いや、だからこそ私はこの問題には慎重に取り組むべきだと思っていた。私達の目的はあくまでヴォルデモートなのであって、レギュラスではないのだから。

普段なら諫める側に回っているであろう私までもが、この時ばかりはシリウスとジェームズに同調したことで、リリーとリーマスは折れてくれたようだった。ピーターは心配そうに成り行きを見守っていた。

「となると、レギュラスの鍵を奪うことが第一優先になるわけだ」
「クリスマスまでにはこの辺のことを全部片づけておきたいな。心置きなくホリデーを楽しみたい」

ジェームズがぼやいた。簡単に言ってくれるが、クリスマスまでといったらあと1ヶ月半程度しかない。
本当になんとかなるんだろうか。あのシリウスの弟で、これまでもその狡猾さを存分に発揮してきたレギュラスの手元から、おそらく今一番大切に持ち歩いているであろう小さな鍵を盗むなんて────それこそ、ダンブルドア先生が見ている目の前でその杖を奪うことと同じくらい難しいだろう。

課題がはっきりしたところで、手段が全く掴めない。不意をつく? それとも怪しまれるのを承知で何か────それこそスラグ・クラブのようなパーティーでも開く?

どれも現実味のない提案ばかりが飛び交う中、いよいよ万策尽きるかという頃合いになって、ひとつの小さな手がにょきっと上がった。

「────僕、なんとかできるかも」

そう言ったのは、ピーターだった。



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