もう一度恋をして



自慢じゃないけど、小学校時代の私は所謂"コミュ障"だった。
友達がいなかった訳じゃない(と信じてる)。でもあの頃の楽しかった出来事なんて到底思い出せない。要は齢十数年にして既に人生最大とまでいえる黒歴史を抱える羽目になったのだ。
だからせめてそんな自分を変えようと、卒業後は学区外の私立中学へ進学した。
奇跡的にそれが功を奏し、必死の努力によって(最初は不自然だったし情緒不安定の毎日だったが)3年になる頃には周りに友達をはべらか…こほん、たくさんの友達に囲まれて笑顔の学校生活を送れるまでに私は成長したのだ。

さて、こんな長々と前置きを語ったのにはもちろん意味がある。

発端は先週の日曜日、中学時代の友人から久々に電話がかかってきた事だった。

「あ、なまえ? 私だけど、久しぶり〜! 高校でもうまくやってる? まぁアンタならどこ行ってもやっていけるか!! コミュ力高いもんね! あのさ、来週の土日、うちの高校で文化祭やるんだ! そう、秀徳高校。結構豪華で評判も良いんだよ! で、そこでなまえを我が校に招待して、再会がてら色々案内したいなって思って電話したの! 都合良い? そ、良かった、じゃあ土曜日の午前10時、校門前で! 場所解んなかったらメールして、じゃね!」

怒涛の早さで喋り、僅かな相槌を的確に捉えて納得し、勝手に電話を切るような奴だが確認しておく、ちゃんと友達だ。
仕方ないのでひとり、先程の会話を反芻してみる。

彼女は中学卒業後、秀徳高校へ行ったらしい(ちなみに私は隣町の高校へ進学した)。
そしてそこでは文化祭が来週催されるらしい(コミュ障を脱したとはいえ正直まだ祭り規模の集会は苦手だ)。
更に付け加えれば、それに私は誘われたらしい(うん、うん、の狭間、一瞬の隙を狙ってううん、とは言えなかった)。

はい、どうやら行かなきゃいけない感じです。
まぁ彼女が案内してくれるっていうし、適当にふらふらして帰ろう。








当日、10時に秀徳高校の門で立っていると、程なくして彼女が迎えに来てくれた。

「なまえ! 良かった、迷わなかった?」
「大きい学校だし、大丈夫だったよ」
「さすが! んじゃ行きますか」

豪華、評判が高い、そう言った彼女の言葉は誇張ではなかったようで、確かに活気溢れる校風や生徒の高い自立性が窺われる文化祭だった。
中でも特に目立つのが――――

「バスケ部? なにここ、バスケ部有名なんだ」

そこかしこに祝、全国大会出場…という類の文字が見えるそれは男子バスケ部の宣伝だった。
男子の部活のくせに体育館前をひしめくのは女子の姿ばかり、ということは―――

「そうそう。強いし、格好良い人も揃ってるから色んな意味で有名なんだよね」

あっけらかんと笑いながら説明してくれる彼女。くそうやはりイケメンが集う場所はそれだけでオーラが派手だぜ。

別段恨む理由などないが、コミュ障時代に散々派手なグループにからかわれた事もあり、派手なオーラにはどうしても嫌な先入観を持ってしまう。
若干人混みを睨むようにして歩いていると、私の視線は一点で止まった。
止まらざるを、得なかった。

「――――――た、かお…くん?」

目に次いで足も止まる。
なぜ、彼がここに。

小学校時代、隣の席にいたあの子が。
友達なんて深い関係じゃなかったけど、からかい目的以外では誰も話しかけて来なかった私に、唯一誰とも変わらない笑顔で挨拶してくれたあの子が。

今、成長した姿でそこにいる。

「なになまえ、高尾君の事知ってたの?」

小さな口先だけの呟きを聞き逃さなかった友達が、驚いた顔をして私に尋ねる。
私は頷くのが精一杯だった。

そうだ、確か高尾…和成君。
あの頃から格好良いな、くらいにはずっと思ってた。
私みたいな根暗にも変わらない態度でいてくれる、優しい子だなって。
でもそこで恋心なんて抱いた所で、報われない事も解ってた。
誰にでも優しいあのタイプには、恋しても傷つくだけだって。
だから、勘違いしそうな幼心は必死で封じ込んで、ただ言葉を返せない自分の歯がゆさと戦うだけに甘んじてた。

「高尾君ってね、1年にして全国レベルの秀徳バスケ部でレギュラー取った凄腕プレーヤーだから、だいぶ注目されてんの。加えてあの高いコミュ力に格好良さでしょ、女子男子両方からの人気がもう計り知れないね」

そんな過去を思い出す私の気持ちなどつゆ知らず、隣で友達は腕を組んでうんうんと頷いてから、

「どういう関係かは知らないけど、その顔じゃ久しく会ってないみたいだし、声かけとけば?」

とニヤリ笑いで提案してきた。

「…そだね」

今思えば、笑ってそんな提案はねのけてしまえば良かったのだ。
ちょっと興奮してた。
友達がいる手前、気が大きくなってた。
だってそうでしょ。
昔の知り合いに会ったかと思えばそれはよりによって高尾君で、衝撃を受けたまま私の脳はどこかで正しい判断を下すのを忘れてしまって。

ふらり、私が少し歩み寄ると、ちょうど人混みは高尾君の隣に立つ緑の髪の男の子に中心をずらしてくれた。
ほら、天も話しかけなさいって言ってるんだ。

「――――――あの」

そんな気概で臨んだ割に、私の声は恐ろしく小さかった。
しかしちゃんと聞こえたようで、高尾君はこっちを見てくる。
まずい、優しいこの目、よく覚えてる。

「ん?」
「えーと……わ、私の事、覚えてる……?」

あああああせめて挨拶くらいすれば良かった!!今からでもいける?いやいやちょっと待て、もう言っちゃったんだから突っ走れ頑張れなまえ!!!!

「えと、」
「ほ、ほら、小学校の時、あの、一緒だった……」

しかし現実なんて、

「………ごめん、誰だっけ」

そんなもので。

「……そ、そうだよね、忘れてて当たり前だわ。良いんだ、こっちこそごめん、変な事言って。…じゃあね!」

あーあ、最後にバスケ頑張ってくらい言えば良かったかな。
でもいきなり会った、向こうにとっては知らない女子に覚えてる?なんて言われて戸惑ってるだろうし。
こっちも恥ずかしいし。

仕方ない、もう、全部。

「おかえり、どう―――」

だった、そう続けようとしたらしい友達は私の顔から何かを読みとったか、

「…余計な事言ってそそのかしてごめんね。あっちでも回ろうか!」

優しく背中を押してくれた。
くっそ、そんな事言われたら怒れないじゃんか。

それからは必死でさっきの事を忘れようとしながら笑い、喋り、感嘆して校内を巡っていった。
知ってか知らずか、友達も体育館は避けるようにして歩いてくれる。
つくづく良い友達を持ったものだなぁ…なんて涙目になる理由をすりかえてみたり。

そんなこんなで昼を過ぎ、学校も一通りは回った頃、そろそろ友達がクラス企画のシフト担当の時間だと言うので私も暇する事にした。

「いっやー良い学校だね、秀徳! あんたにぴったりだと思った!」
「あはは、ありがと。楽しく毎日やってるよ。今度はなまえの文化祭も招待してね!」
「うん、確か来月だから、また近くなったら連絡する」
「待ってる。じゃ、来てくれてありがとう! 校門まで見送りできなくてごめんね!」
「大丈夫大丈夫、こちらこそ誘ってくれてありがとう!」

手を振り別れてひとり、学校を後にする。

ばいばい友達、そんで、
ばいばい高尾君――――。
どこかで見たドラマの真似をするように、感傷に浸りながら足を出すと

「みょうじ!」

後ろから名前を呼ばれた気がした。

弾けるように振り返った
その先に

「覚えてる! つか思い出した!」

その先にあったのは

さっき目の前で困った顔をしてた人の笑顔で

「さっきは本当ごめん! あんま小学校の時は喋れなかったし、でもなんかメチャクチャ綺麗になってるから正直びびっちゃって!」

駆け寄りながらかけてくれる言葉の数々

これは

「話しかけてくれてサンキュ! 会えて良かった!」

これは

「みょうじなまえだよな、ごめん、急いでるなら良いんだけど、偶然会えたのも何かの縁って事で…せっかくだしちょっと話さね?」

「……もちろん、喜んで」

あの頃蓋をした恋が、解き放たれる予感。



もう一度をして
(…も、良いですか)









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