さまーふぁてぃーぐ!



暑い日が続いていました。
なんとなく食欲が湧かない、まぁ所謂夏バテってやつかな、あたしはそれになってしまったようで、だるいし眠いしとそれなりに辛い毎日を送っていたのです。

そんな生活の唯一の癒やしは何かっていったら彼氏の火神くんの存在で。
いつも快活、豪快に笑っている火神くんの隣にいると、気分の悪さもどこかへ吹っ飛びます。

いつも嬉しそうにあたしの名前を呼んで、楽しそうにバスケの話をしてくれる。火神くんはバスケもあたしも同じくらい愛してくれてるんだなってとてもよく解る瞬間。そしてあたしもそんな火神くんの事が――――

「おい、そこにいたのかなまえ」

こっ、事が――――

「ちょっとこっち来い。テメェなんで黙ってた? 逃げんじゃねぇこっち来い!!!」

こと――が―――――

「おらっ!! くそ暴れんな!!」
「きぃやぁぁぁああああああ!!!!」

怖くて怖くてたまりません!!!!!





「…て、え? 痛くない…」

よく見れば猛獣みたいな顔して近づいてきた割に、火神くんは私の手首を優しく掴んだだけでした。

「あ? 誰が好き好んでわざわざ痛くするかよ」
「かっ…火神くんって絶対顔で損してるよね…あたし寿命が1000年縮まった」
「基礎値いくつだよ!」

半日登校の日だったお陰でまだ明るい下校時間。見通しの良い校門前にはそれなりに生徒も多く、あたしの叫び声はだいぶ注目を集めてしまっていました。でも仕方ないよね、せっかく火神くん好きだなぁって再確認しようとしたのに、突然あんな般若みたいな顔して迫ってくるんだもん。あの大きい体と厳しい表情は本当に怖い。いい加減自覚してほしい。

「そっ…それで、この手は何?」

下校しながらも手首を離さない火神くんを流石に疑問に思い、聞いてみる。手を繋ぐとかならもっとノーマルに手の方を掴んでいただけた方が嬉しいんですが…

「お? あぁ悪い、お前が変な叫び声上げるからビビって忘れちまってた。はっはっ」
「…あたしの所為?」
「あのさ、細くなってるから飯と思って」

そう言ってくる火神くんの顔は凄く男前。凄く格好良いです。良いんですよ、ただ…

「もーちょっと説明してくれないと理解できない…」
「マジか。えーと…なんだ、だからお前、細くなってるだろ」
「はい?」
「なんだっけ、summer fatigue…ちょっと日本語思い出せないけど、それじゃねーの?」
「あぁ夏バテね…確かにそうかも。ていうか細くなってる?」
「なってる。ただでさえ細くて迂闊に触れねーのに、最近もう見えなくなりそうなくらい細い」

それであんな鬼の形相になってたんですか。いや別にそんな気を使ってくれなくてもちょっとやそっとじゃ…火神くんになら折られる事もありえるか。

「だから、俺が飯を作る! お前優しいから俺が一生懸命作った飯なら吐けねーだろ? そこにつけ込む事にした!」

…わぁバカ正直。

「お前今日は帰さねーからな?」

その決め顔と決め台詞、使うべき時に使ってたらもっと腰砕けになったでしょうに、あたしは既に夏の温度にやられてしまっているので、朦朧と頷く事しかできませんでした。

嬉しいんですよ? 些細な変化も、見てないようでちゃんと見ててくれる。気づいてくれる。そしてそれを放っておかずに、火神くんらしいやり方で解決しようとしてくれる。本当に嬉しいんです。

ただ、ね。

あー……あっつい。





火神くんの家はいつだって綺麗です。というか何もありません。
足を踏み入れるのは初めてじゃないけれど、いつまで経っても慣れないのはやっぱり彼氏の家という響きの所為でしょうか。

「適当に座っててくれ。麦茶冷蔵庫な。すぐ昼飯作ってやっから」

火神くんは素早くエプロンを身につけると、その無駄に似合う主夫姿でキッチンに立ちました。本当によく似合ってます。えー、本当に…

…だめだ、暑すぎて褒め言葉がうまく見つからない。
エアコンは帰ってきた時につけた為、まだまだ全然冷やしてくれないもんですから、今にも意識を手放してしまいそうです。

「うー…」

だるさに負け、ついフローリングにごろりと横になりました。冷た〜い…けど体温ですぐにあったまってぬる〜い……

「ほら、出来たぞ…ってなまえ!? おい、大丈夫かなまえ!!!」

必死な顔をして素早い仕事の成果が乗ったお皿を机に起き、あたしを抱き起こす火神くん。

「あたし…もうダメかも…」
「そんな事言うな、目を開けてくれ!」
「最後に火神くんの腕に抱いてもらえて、幸せだったよ…」
「やめろ……」
「ね、最後の最後にもう一度…あたしの名前…呼んでくれない?」
「やめろっつってんだろが」
「みきゃっ」

せっかくドラマチックな展開だったのに、乗るのに飽きたらしい火神くんは容赦なくあたしの頭をひっぱたいてきました。うぅ…KY…

「食欲ねーのは解るけど、それで食事抜いたら悪循環だぜ? とりあえず麦茶冷えてるの持って来たから、それで水分補給してから食え」
「解ったよママ」
「誰がママだ」

言いながら表面にたくさん結露をくっつけたコップを手渡してくれる火神くん。確かにひえひえキンキンって感じです。

喉と頭に一度刺激を与えてからスプーンを手に取ると、とても美味しそうな料理がそこにありました。パプリカやピーマンを混ぜたチャーハンのようなご飯の上に目玉焼きが乗っていて、お皿にはレタスも添えてあります。いかにも健康や季節感に気を配った見た目が…なんか、愛を感じるというか…

「…美味しそう」
「ナシゴレン。あんまカロリーは高くないけど、野菜も入ってるしとりあえず必要な栄養素だけぶっこんであるから全部食え」

気乗りしないのは確かだけれど、あたしはどうやら優しさに付け込まれているようなので、大人しくナシゴレンを口に運びます。

「……美味しい」

思わずそう呟くと、火神くんは少年のような顔で輝くような笑顔を見せてくれました。
料理もそうだけど、正直疲れへの一番の薬はその笑顔なんですよ。

「ありがと、火神くん」
「お前の為ならいくらでも料理作ってやるからな!」

その言葉が、その心が嬉しくて、気づいたらあたしのお皿は空になっていました。
なんだか久々に胃袋が充足してる感じ。





お皿を片付けている火神くんの背後に回り、ぎゅっと不意打ちでしがみついてみると、彼は変な声を上げて硬直しました。

「おまっ…ひっついたら暑いだろ!」
「大丈夫〜。エアコン効いてお部屋は涼しいから」
「…ったく、本当に自由だよな…」
「………ね、火神くん」
「なんだよ」
「いつでもご飯作ってくれるって言ったさっきのあれ、本当?」
「あ? うん、まぁメシくらいならな」

それを聞いたあたしは口の端が笑んでしまうのを止められず、お腹に回していた腕の力を更に強めました。

「ふぐっ…! ちょ、なまえ…!」
「じゃあ、今すぐじゃなくて良いから、毎日してほしい!」
「てか腕きつっ…………え、ま、毎日!?」

がしゃーん!!!!!!

あたしのお願いを聞き返すと同時に、火神くんは持っていたお皿を取り落としてしまいました。割れる痛々しい音に、あたしの腕も離れます。

「あっ、ご、ごめんなさい!! お皿割らせる程圧迫するつもりは…!」
「おま、違ぇよこれは!! 毎日の方だよ! おい皿は後で良いからとりあえずこっち向け! 毎日ってどういう事だ?」

お皿を拾おうとするあたしの頬をぶにっと片手の親指と人差し指で挟み聞いてくる火神くん。顔が般若。

「ほ、ほのははでふ…。ひょくへふいふなら結婚ひよっへ…」
「はふはふ言うな解んねーよ! んで、なんで結婚だけちゃんと言えるんだよ!」
「とりはえずはなひて!」

離して、それは伝わったらしく、般若の手の圧から解放されたあたしはもう一度伝えるべく口を開きます。
が、

「やっぱいい。伝わった」

顔を真っ赤にしている般若改め火神くんに遮られました。たぶん今髪の生え際見たら、毛根と皮膚の境界線絶対解んない。

「えーと、俺も当然お前とけけけけけ結婚…と、とか…考えてないわけ…じゃない…わけじゃない…わけじゃないけどよ…。ま、まだ俺ガキだし、バスケばっかだし、お前の事幸せにしてやれる自信もまだ現実的にはまだ…」
「だから良いんだって、いつでも」

あたしは、さっきのお返しにと、自分も精一杯の笑顔を火神くんに見せます。

「それに、火神くんがあたしの夏バテに気づいてくれるだけでもう既に充分幸せだしね」

そう言うと火神くんはだんだんいつもの顔色に戻り、照れたようにまた流し台の方を向いてしまいました。

「…お前の幸せ基準は夏バテなのかよ」
「天敵ですから」
「ぷ…意味わっかんねー」

そのまま火神くんはしゃがみ込み、割れたお皿の片付けを始めます。顔が微妙に笑っているのがちょっと気持ち悪いけど、きっとあたしも同じような顔をしているので人の事は言えません。

「お皿ごめんね」

代わりにそう言って、火神くんの隣にしゃがみ、手伝おうと手を伸ばすと

「なまえ」

ぼそりと彼が名前を呼んできました。

「ん?」
「あの…さ。これ終わったら………揃いの食器でも買いに行くか」

あっついあっつい夏の日。
蝉はうるさいし汗は流れるし体はだるいし、いい事なんて1つもない。

それでもあたしは、このどーしよーもない季節の事を、
嫌いにはなれないのです――――。

「……行く!」













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