シンタローと人見知り彼女



街を歩いていたら、見慣れた背中を見つけた。

「――――名前!」

迷う事なく彼女の名を呼ぶと、すぐに振り返って嬉しそうに笑う。花が咲くような笑顔で駆け寄ってくる彼女を見ていたら、簡単に俺の頬も緩んだ。

「シンタロー!」
「久しぶりだな。最近会えなかったから……」

まぁ、それは俺がメカクシ団のアジトに入り浸っていたのが原因なんだが。何度か一緒に行かないかと誘ったものの、「シンタロー以外の人とはうまく喋れないから」と断られている。
彼女は人見知りするタイプなのだ。以前一度だけ怖じ気づいている彼女を引き連れ、挨拶だけでもとみんなに会わせたのだが、結局最後まで彼女は一言も喋らず、(主にカノが)一方的に友好の意を示して終わってしまった。それを未だに気にしているらしい。

「だってシンタローがお友達の所にばっかり行くからだよ」
「…悪いな」
「嘘、気にしてないよ。シンタローの事だからそのお友達を放っておけない、とかだよね。…事情はよく解んないけど」

わざと怒ったような声を出しながらも、そこには俺への深い理解と優しさが見えていた。
いじらしさを感じているうちにこみ上げた、彼女を強く抱きしめてやりたい気持ちをこらえ(街中だしな)、この後予定があるかどうか訊いてみる。

「予定? もう終わったから今日はないよ」
「じゃあ、ちょっとどっか入って話さねえ? 俺ももう用事は済ませたし、久々に話したい」
「本当? 嬉しい!」

両手をぱんと合わせて微笑む名前は、なんつーかもうどうしようもないくらい可愛かった。





駅前の喫茶店にやってきた俺達。一緒にアイスコーヒーだけを頼むと、遠くの方でドリンクを作っていた店員がこっちをガン見している事に気づいた。

その顔を見た瞬間、よく知るそいつの姿につい大声を上げてしまう。

「――――セト!」

セトは一人前に喫茶店のエプロンをつけて笑っていた。

「やっぱりシンタローさん! それに隣は…確か名前さんっすよね、前に1回だけ会った……」

セトにつられるように横を見る。案の定名前はすっかり俯いて立ち尽くしていた。

代わりに俺が頷くと、全く彼女の様子を気にしていない風のセトはいつもの爽やかな笑顔で「随分久しぶりっすねー! いつもシンタローさんにはお世話になってます!」なんて話しかけていた。
……女性客から圧倒的に人気がありそうだ。

「…ど、どうも……。こちらこそ、シンタローがお世話になってます…」

微妙に反応に困る返答を、それでもなんとか絞り出す名前。早く席に連れて行ってやろうと小さく手を引くと、

「そういえば今日はメカクシ団のみんなも来てくれてるんすよ! そこの窓側にいるんで、良かったら会ってやってくれっす!」

…なんて言いながらクリーム入りのコーヒーを2つ、手渡された。

セト、大声。

窓際の奴ら、こっちを振り向く。

当然俺、見つかる。

……今日は名前と水入らずで楽しむつもりだったのに………。





「名前ちゃん久しぶりー!」

強行突破でシカトしようとすら思っていた俺達をやはり足止めし、馴れ馴れしく名前の名前を呼ぶのはカノ。お陰で俺達はカノキドマリーの3人と相席する羽目になり、現在窓際の席の一番窓際、つまりどうしたって逃げられない所に腰をおちつけていた。

ぎこちない笑顔で彼女も頑張ってはいるが、正直言って余計に人見知り気質が丸出しとなっているだけで物凄く哀れな状態である。

「シンタロー君からいつも話は聞いてるよ〜」

しかもカノはそんな事まで言ってくるものだから、本格的にどうして良いか解らなくなったらしい名前は泣きそうな顔で俺を睨んできた。
言っとくけど俺はお前の事を話すような真似はしてねーぞ。……………そんなには。

「2人は今日どうしてここへ?」

続いて掛けられたのはキドからのそんな質問。俺を睨んでいた彼女は顔を赤くして俯いてしまった。これはこれで、ころころと変わる表情が可愛いなぁなんて開き直った事を考えつつ、どうせ答えられない彼女の代わりに口を開く。

「あー…えーと、街で偶然会って、久しぶりだからちょっと話すかってなって…」
「シンタロー君がデートに誘ってあげたんじゃないんだ」
「悲しいくらいに流れだな」

容赦ないツッコミで余計に下を向いてしまう名前。
や……やっぱり前言撤回、俺までなんか情けなくなってきた。つーかなんだこれ、公開処刑?

その後も彼女は一言も喋る事なく、やたら降りかかる質問は全部代わりに俺が答えてやっていた。最初は純粋にあまら喋らない彼女に興味があるものだと思っていたのだが、

「じゃあもし2人が結婚して、新居に選んだマンションの隣室の人が超ファンキーなアマチュアパンクロッカーで、毎晩ハードなメタルをがんがんに掻き鳴らしてたらどう折り合いをつける?」

というカノの問いで、自分達が単にからかわれていただけだという事にやっと気づいた。

当然俺は激怒した。





「俺もカノが遊んでるだけとは気づかなくて…すまない」

帰り際、カノの代わりに謝ってきたのはキドだった。カノも「ごめんごめーん」とは言っているが、賭けても良い、絶対こいつ反省してねぇ。

結局最後まで2人水入らずはかなわず、質問攻めに遭うだけ遭って日が暮れてしまった。さっきは彼女の事を哀れんだような気もするが、今はただとにかく自分の鈍さが哀れでならない。

「えーと……ほら、うちもマリーとかいるし、人見知りとか気にしないから………今度また良かったらゆっくり遊びに来てくれ」
「あぁ……ありがとな」
「名前ちゃんはシンタロー君がいなきゃダメなんだねぇ」
「カノ!!!!」

そんな応酬の後、3人は嵐のように去っていった。
………夕暮れが地味に目に染みる。

「………ごめんな、楽しくなかったろ」

しかしおそらく俺以上に困憊しているだろうと、歩きながら隣の名前に声を掛ける。すると彼女は俯いたまま左手をこちらに伸ばし、俺の右手にそっと触れた。そのまま柔らかい指先を絡ませ、優しく手を握ってくる。

思わずどきんと心臓が高鳴った。

「………私こそごめんね」

呟くような謝罪。なんだか久々に彼女の声を聞いた気がするななんて思いながら、まさか謝られると思っていなかった俺はただ言葉の続きを待つ。

「シンタローのお友達だから、ちゃんと挨拶して、色々話そうと思ってたんだけど……。結局私、なんも喋れなかったよ」

いや、正直言ってあの質問攻撃の中に本当に答える価値のあるものがいくつあったかなんて知れたもんじゃ…………とは、真面目な顔で反省している彼女には言えず、自分の表情がどんどん固くなっていくのだけを感じていた。

そんなに責任感じる事、ねぇのにな。

「人見知りするの、なんとかしなきゃとは思うんだけど……。うまく言葉が出てこなくて」

繋いだ手が、急に小さく見えてきた。頼りなげな横顔が自然と俺の足を止める。

「カノさんの言う通り、私、シンタローがいなきゃダメなんだ」
「――――それで良いんじゃねぇか?」

耐えきれずに言葉を遮ると、彼女は驚いたように俺を見上げた。

「…お前が喋れなくても、俺がいくらでも代弁してやるよ。お前の事ならなんでも解るし、何も困る事なんかねぇだろ」

まぁ、俺もコミュショーだから、多少は困る事もあるかもしれないが―――――。

「――――それにさっきの言葉でさ、」

そして納得していない様子の彼女が何か言うより早く、俺はまた話を始める。

「…なんか、優越感抱いた」

彼女には俺がいなきゃいけない。
彼女は俺にじゃないと、落ち着いて話せないから。

「つまりそれって、お前の隣にいられるのは俺だけって事じゃん?」

うまく言えないけど、なんだかあの去り際の言葉は妙に胸につかえていて。
多分それは、彼女の本当の良さを理解してるのは俺だけだっていう気持ちとか、一番愛しい人が俺だけを頼ってくれてるっていう実感とか、色々な感情が綯い交ぜになって生まれたものなんだと思う。

「……て事で、全然迷惑じゃねぇから安心しろよ。……お前の、俺以外には喋れなくなる所、可愛くて好きだし」

火がつきそうな勢いで、彼女の顔が紅く染まっていった。あたふたと目を動かし、繋いだ手をぎゅっと握りしめる。

「わっ……私の社会復帰が」
「……社会復帰?」
「……困った……………」

すっかり混乱している様子の彼女はそれきり俯いてしまった。励ますつもりがこの反応、何が困ったのだろうかと何故か俺まで慌ててしまう。

「……な、何が困ったんだ?」
「そんな事言われてしまうと、シンタローに頼り切った結果私の人見知りは一向に改善されず、社会復帰できなくなってしまうのですよ……」
「……………」

それは、それは。

「……シンタローの所為で私、どんどんダメ人間になっていく…」
「俺としては全く問題ないけどな」

彼女への愛おしさで、柄にも心が暖かくなるのを感じた。手を引いて歩きながら、口元が緩むのと格闘する。

社会復帰できなくても良い、なんて不謹慎な事は言えない(そもそも彼女はちゃんと生活してるしな)。
ただ、人見知りな彼女が彼女らしくいられる唯一の居場所になれた事が幸せだった。

もっと頼り切ってくれよ。
もっと寄りかかってこいよ。

その幸せを噛み締めながら、俺は密かに自分のコミュショーを治そうと決意する。

彼女には悪いが、気兼ねなく話せるのはこれから先も俺だけであってほしいから………

そんな気持ちをこめて、俺は彼女の手を優しく握り返した。









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -